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8・二年前の真実と強面騎士団長の想い




「初めて言葉を交わした二年前から俺はずっと君に惹かれていたんだ」


 彼の言葉を耳にした瞬間、ドクンと鼓動が跳ねた。

 そのまま鼓動は駆け足のまま、煩いくらいに鳴っていた。


「……二年前?」

「君は覚えていないかもしれないが、お忍びで孤児院に慰問に来ていた君と会っている。君はかくれんぼで、まだひとりで隠れられない幼い子供ふたりと一緒に農具小屋に隠れたところを、運悪く農夫に施錠されてしまったようだった」

「たしかに、おっしゃる通りの出来事がありました」


 耳の悪い高齢の農夫は私たちがあげた声に気づかずに行ってしまい、私は幼い子供ふたりと共に農具小屋に閉じ込められてしまったのだ。

 農具小屋は孤児院の敷地内ではあったが、皆が生活している建物から一番離れた道路沿いの畑の端に建っていた。大声をあげたところで建物までは届かない。

 かくれんぼに参加していた子供たちが見つけてくれるのが先か、日が暮れても戻らない私たちを職員が捜しに来るのが先か。


「いずれ助けが来るのは分かっていたのですが、幼いふたりがぐずり出してしまい、本音では途方にくれていました。そこに、たまたま通りがかった旅の男性が気づいてくれて。その旅の男性に助けられました」

「たまたま側を通りがかった時、壁越しに君の声が聞こえてきた。助けを呼ぶ声と、気丈に子供たちを励まし、元気づけていた声が印象的だった。……君が言う旅の男、あれは俺だ」


 ……あぁ、そうだったのか。


「あなた、だったのですね」


 驚きは一瞬で、すぐに胸にストンと理解が広がった。

 今思えば、農具小屋の扉を開け助け出してくれた彼に穏やかな声で『よく頑張ったな』と言ってもらい、大きくて温かな手でトントンと背中を撫でられたあの時。きっと、あれが私の初恋だった。

 安堵に包まれながら、同時に不可思議なほどの胸の高鳴りをたしかに自覚していたのだ。


「すまん。身元を偽りたかったわけではないのだが、俺はこの面だからな。高確率で子供に泣かれるんだ。だから、あの時が特別というんじゃなく、私用で街に出る時は旅装のフード付きのマントを身に着けていることがほとんどだ」

「そうだったんですね」

「俺は公式行事で何度も君の姿を見る機会があったし、聖女の特徴である銀髪を隠して質素な衣装を着ていてもすぐに聖女だと分かった。正直、実際に話してみた君は、俺が想像していた聖女像とはまるで違っていたよ。もちろん、いい意味でだ」


 彼は、当時を思い出しているのか、ブルーの双眸を柔らかにした。


「自分も心細かったろうに、子供たちを一番に気遣う様子に感心した。俺に何度も礼を言う姿は謙虚で好ましかった。一緒に母屋まで戻る途中、子供たちに気取らない笑顔で接する君を見て、その笑みを俺にも向けてほしいとそう思った」


 まさかラインフェルド様が私のことをそんなふうに思ってくれていたなんて。ジンと胸が熱くなった。


 だけど嬉しい反面、次々に伝えられる賛辞はこそばゆく、なんとも座り心地が悪い。彼は、そわそわと落ち着きなく視線をさ迷わせる私を蕩けるような瞳で見下ろして、口を開いた。


「あの時から、俺は君に惹かれていた。君との結婚が決まった時は、この幸運を与えてくれたまだ見ぬ神に感謝した。そして君と過ごした一年間は俺にとって夢のような時間だった。君が望む離婚を叶えてやるべきだと頭では分かっているのに、どうしても手放せない。君を愛しているんだ」


 彼が紡いだ『愛している』の一語を耳にした瞬間、時が止まったかのように錯覚した。

 そうして気づいた時には、感情のまま声をあげていた。


「だったら、私を離さないでください……っ! 離しては嫌です!」


 理性的な思考を置き去りに、迸る想いを叫ぶ。


「どうか聞いてください! 身勝手に離婚を言い出して、優しいあなたを傷つけておいて、今さらどの口がと呆れられてしまうかもしれません。ですが、私はあなたをお慕いしています」

「君が、俺を慕って……?」

「離婚を切り出したのは、政略で娶らされた私というお荷物からあなたを解放したい一心でした。だけど、本音では離婚なんてしたくなかった。お飾りの妻でもいい、あなたの側にいたかったんです!」


 目を丸くして言葉をなくした彼に、私はさらに畳みかける。


「ラインフェルド様、あなたを愛しています。私にもう一度、やり直すチャンスをください。これからは精いっぱいあなたに添い、よき妻になれるように頑張ります。どうか、私に妻としてあなたの隣にいる権利をいただけませんか!?」

「君が俺を、愛していると?」


 低く唸るように問われ、首を縦に振る。


「一緒に暮らす中で体調など気遣っていつも労わりの言葉をかけてくださるお優しいところも、温和な話し方や穏やかなお声も、騎士団長として部下の方たちに慕われる頼もしいお姿も、すべてを愛おしく思っています」


 彼は、私の告白を一言一句を噛みしめるように聞いていた。


「あなたは私にとって掛け替えのない大切な方です。誰よりも愛しているからこそ、あなたの幸せを阻む枷にはなりたくないと──」

「フェリシア、もう十分だ」


 熱い囁きが耳朶を掠め、気づいた時には息をするのも苦しいくらいの力で逞しい胸の中にグッと掻き抱かれていた。


「君の気持は十分に伝わった。やり直すチャンスもなにもない。そもそも俺は君しかいらないのだから」

「っ!」


 胸に歓喜が巡る。愛おしさが熱い迸りとなって、眦からこぼれ落ちた。


「改めて確認しよう。俺たちは離婚せず、これからも夫婦として暮らしていく。これでいいか?」

「もちろんです!」


 一も二もなく頷いた。


「俺の妻は永遠に君ひとりだ。……だが、覚悟しておいてくれ。俺はもう、容赦はしない」

「え?」


 彼の懐にきつく抱かれたまま、目線だけを上げる。間近にぶつかったブルーの瞳に、燃え滾る炎みたいな激情を見た気がした。


「俺はもう、君に愛を伝えることを躊躇わない。君が望んでも離してなんかやらない。君は、俺のものだ」


 おとがいに指がかかり、クイッと上を向かされる。高い鼻梁と形のいい唇がアップに迫り──。


 唇がしっとりと塞がれる。

 温かで、柔らかさと弾力に富んだ感触に、くらくらと目眩がした。


 ほんの一瞬触れ合って唇はすぐに離れていったけれど、私は頭が逆上せたようになってしまって、まともに物を考えることもできなかった。


 ふいに下唇に彼の親指が押し当てられる。そのままツーッと輪郭をなぞられて、全身がぞくりとした。


「柔らかなこの唇も……俺のものだ」

「んっ!」


 再びの口付けと独占欲の滲む台詞に、覚えたのはたしかな喜び。彼に望まれている。その事実が、戸惑いも羞恥も飛び越えて私を有頂天にさせる。


 全身がふわふわして、頭の中がラインフェルド様でいっぱいだった。



◇◇◇



 フェリシアと想いをひとつにし、初めて口付けを交わした。俺の腕の中で目を潤ませ、乱れた呼吸を繰り返す彼女の姿は、いっそ暴力的なほどの艶めかしさだった。


 本音を言えば、口付けの先を望む思いはある。

 しかし、いくら最後まで奪われていないとはいえ、男の欲をぶつけられて恐ろしい思いをしたばかりの彼女に情交を強いることは憚られた。なにより俺自身、理性の部分で彼女との初夜はこのタイミングではないと感じていた。

 結局、彼女にお湯と着替え、温かい飲み物を用意した後で、俺はひとり別の客間に下がった。


「……フェリシアはもう眠っただろうか」


 それにしても、まさか彼女が俺のことをあんなふうに思ってくれていたとは想像もしなかった。

 妻の体調を気遣い、労わる。一年の結婚生活の中、俺はそんな当たり前のことしかしてこなかったが、それを彼女は『愛おしい』とそう言ってくれたのだ。俺がもっと早く想いを伝えていたら、今頃はひとつの寝台で体と心を寄り添わせていたのだろうか。


 ……いや。これは言ったところで詮無いこと。


 最大の憂慮であったフェリシアとの離婚を回避、撤回できただけで十分過ぎるほどだ。その上、互いに愛し合っていることまで確認できたのだから、これ以上を望むべくもない。


「そう、最高の結果だ。もちろん、フェリシアの身を守れたという意味でもそうだ。……あぁ、本当によかった」


 しみじみと呟きながら、こんな時でも悲しいかな男の性。理性的な思考と熱を持て余して昂る体は別物だった。

 寝ることを諦めた俺はカウチに移り、白み始めた空を眺めながら、少し苦しくも幸せなため息をつくのだった。






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