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6・聖女、町を浄化する




 浄化を終えた日の夜。

 私は館のホールで、町長夫妻に役場から回収してきた粉飾だらけの収支報告書を突きつけていた。


「これが証拠です。税金横領、公職への親族の不当な採用、町人に対する使役強要、他にもあなた方はこれから多くの罪を問われることになるでしょう」


 町長は、役場の要職を親類縁者で固めていたのがあだとなった。身内ばかりで警戒心の〝ケ〟の字もなく、ちょっと漁るだけで不正の証拠が面白いように出てくる出てくる。


「な、なっ……! 違う、これはなにかの間違いだ!」

「そ、そうですわ! 私たちの知らぬ間に役場の者が勝手をしたのです!」

「往生際が悪いですよ! 言い訳があるのなら留置場の中で、取調官におっしゃってください!」


 意地汚く食い下がってくる町長夫妻に、私はピシャリと吐き捨てた。夫妻はわなわなと体を震わせながら、憎々しげに口を引き結んだ。


 そうこうしているうちに、報せをやっていた南地区を管轄する犯罪取締官たちが到着する。彼らは私の護衛騎士と二、三言葉を交わした後、すぐに夫妻を拘束した。


「ちょっと!? その宝石をどうするつもり!?」


 私が宝石を纏めていたら、連行されていく夫人が気づいて声をあげた。


「どうするのかと聞かれれば、差し押さえます。おそらく、最終的には使い込まれた税金の補填に回されるかと思います」

「っ、この小娘がーーっ!!」


 夫人の金切り声が館内に反響し、ちょっと耳がキーンとした。


「お、おい!? なぜうちの庭に小汚い町人どもがいる!? 勝手になにをしているっ!」


 館の玄関を出たところで、今度は町長が声をあげた。

 庭では現在、私を遠巻きに見つめていた町の人たちが集い、わいわいと賑やかにワンハンドスタイルの食事を楽しんでいた。


「なにをと言われれば、町の皆さんをお招きして浄化記念のガーデンパーティをしています。生ものは差し押さえるわけにはいきませんもの。せっかくなのでこうして晩餐会のメニューを、町の方たちに振る舞わせていただきました」


 いくらゴンザレスが罪人とはいえ、私有地に勝手に人を入れるのはどうなのか?と思うところだが、なんと町長館は町の所有するもので、ゴンザレスの私有物ではなかった。

 ゴンザレス自身、自分の物と疑っていなさそうだが、役場で登記を確認したから間違いない。

 なにかしらの手段で町の人たちに晩餐会の料理を振る舞うつもりでいた私は、役場に向かう途中ジェイコブとの会話でこれを知り、庭の開放を思いついたのだ。


「こっ、この厄病神がーーっ!!」


 町長の叫びが響き渡るや、庭に集っている人たちの表情が歪む。

 すると、人々の輪からひとりの老婆が進みでた。


「ハンッ。小汚い、ねぇ」


 老婆は町長のもとに近づくと、自分の前掛けを解いて投げつけた。


「うわぁ!? なにをする!?」

「お前さんたちが役場や公民館の水瓶にやっと溜まった少ない雨水を、当たり前のように独り占めしてったからね。あたしらはね、もう十日も満足に洗濯なんかできちゃいないよ。そりゃ、汚いし匂うのも当然だろうよ。だがね、あたしらはお前さんらのように心まで汚れちゃいないよ!」


 老婆が肩を怒らせて、町長を一喝する。


「そうだそうだ! 俺たちは壁の塗り替えはおろか、掃除に使う水すら確保が難しくて家はすっかり汚れ放題だ。野菜畑への水やりを優先したから、どこの家の庭先も花なんかはとうに枯れてる。ここみてぇに花咲かせてる家なんか一軒もねえ。だが、それがどうした! 町の窮地に見向きもせず、普段通りにお綺麗な生活を送る恥知らずよりよっぽどいいさ!」

「誰が厄病神だってぇ? 馬鹿なことをお言いでないよ! 聖女様はあたしらを食い物にしてきたあんたらって癌を綺麗に浄化してくれた女神様さぁ」

「そうだ! これまで俺らを搾取して、いいように町を運営してきたお前たち一族が疫病神だ!」


 他の人たちも次々と追従し声をあげた。


「サッサと連れて行け。聖女様のお目汚しだ」

「ハッ」


 レックスさんの指示を受け、犯罪取締官たちは反抗的な町長夫妻を少し強引に引っ張り、護送馬車に押し込んだ。

 段々と小さくなっていく護送馬車を背に、町の人たちが私を囲み、口々に感謝の言葉をかけてくれる。


「聖女様、本当にありがとうございました」

「町の皆さんのお役に立ててよかったです」


 私は全員に笑顔で応えた。


「なぁ、みんなで乾杯しようぜ」

「そりゃあいい!」


 ジェイコブが乾杯の音頭をとり、皆がそれに続く。


「聖女様に乾杯ー!」

「かんぱーい!」


 笑顔がそこここにあふれ、楽しげな声は途切れることがない。それらを聞きながら、私は〝アレッポスの浄化〟の成功を噛みしめるのだった。




 浄化記念のガーデンパーティは夜更けまで続いた。


「わざわざ騎士様に送っていただくなんて、なんだか申し訳ないわねぇ。本当にいいのかい、聖女様?」

「もちろんです。この暗がりの中女性が歩くのは危険です。私が心配なので、ぜひご自宅まで送らせてください」

「そうかい? すまないねえ」


 私は護衛の騎士たちに、女性たちを自宅まで送るように指示した。レックスさんは護衛の人数を減らすことに難色を示したが、女性をひとりで帰らせるなど私が容認できなかった。

 結局、隣近所まで一緒に帰宅できる人がいない女性八名に対し、同数の騎士を付けた。私の護衛はレックスさんの他、残る二名の騎士が担うことになった。


 そうして町の人たちが全員帰っていくと、館は一気に静かになった。私は客間の前の廊下で、レックスさんから報告を受けていた。


「フェリシア様、所轄の屯所から先ほど連絡が入りました。ニーグをはじめ横領等へ関与が疑われる町長の親類縁者たちは、取り調べのため連行したとのことです」


 レックスさんはあくまで私の護衛騎士。この町で起こった犯罪を取り締まるのは、この地区を担当する屯所の仕事だ。

 私としても、後のことはすべて彼らに委ねるつもりだ。


「そう、ありがとう。レックスさん、後はひとりで大丈夫だからあなたも休んでちょうだい」

「フェリシア様、本当に宿に移らなくてよろしいのですか?」


 ゴンザレスの逮捕を受けて、この館は正しく町の所有に戻った格好だ。


「もちろん。ひと晩ここの客間をお借りするわ」


 町の人たちも、僅かに残った役場の職員も、『ゴタゴタがあった場所ですが、聖女様さえお嫌でなければぜひこの館をお使いください』と言ってくれたのだ。それなら、わざわざ遅い時間に宿に押しかけて迷惑をかける必要もないだろう。

 なにより水が使えない状態でずっと宿は臨時休業していたと漏れ聞けば、私にここに泊まる以外の選択肢はない。


「そうですか。では、隣室に控えておりますので、なにかあればお声がけください」

「ありがとう、おやすみなさい」


 私はレックスさんに頭を下げ、ひとり客間の中に入っていった。

 客間のローテーブルの上に、私の鞄だけが置かれていた。


 ……あら? ボンネットがないわ。


 館に到着したのが夕方だったので、日よけのボンネットは被らず馬車の中に置いていたのだ。てっきり鞄と一緒にアンディノールが運んでくれたものだとばかり思っていたが……。


 念のためクローゼットや脱衣所の中まで覗いてみたが、どこにも見当たらなかった。

 着替えなどの必需品は鞄の中に入っているから、今すぐないと困るという物ではない。けれど、ラインフェルド様に借りた大事なボンネットをひと晩目の届かない場所に置きっぱなしにするのは憚られた。


「よしっ、馬車を見てこよう!」


 わざわざレックスさん声をかけるまでもない。彼は朝から騎馬で私に付き従い、長い一日を終えてやっと部屋に下がったところ。それに馬車は、館の玄関を出てすぐの場所に停められているのだ。


 私はスルリと部屋を飛び出して、玄関に向かった。



◇◇◇



 月明かりを頼りに山道を下り、隣接するアレッポスへ続く街路を駆ける。

 テグレンで〝仕事〟を終えた俺は、ひとり部隊を離れフェリシアのもとに向かっていた。


「オルブラン、もう少し頑張ってくれ」


 愛馬は俺の呼びかけに応えるように、力強く土を蹴る。


 ……よし。このまま休まずに進めば、今夜中には着けるだろう。


 騎士団長である俺が自らテグレン行きに手を挙げたのはなんのためか。

 そんなのは分かりきっていた。すべては愛するフェリシアのもとに行きたいがため。

 離婚を突きつけられたまま、大人しく彼女の戻りを待つなど土台無理な話なのだ。

 だが、やるべきことは完璧以上にやったのだから誰にも文句は言わせない。俺の手にかかれば、山賊の討伐などほんの些事。山間部に潜む山賊どもは俺がひとり残らず捕らえ、根絶やしにしてやった。


「待っていてくれ、フェリシア!」


 俺は今度こそ君に伝える。胸にあふれるほどの想いを言葉と態度で、きちんと君に届ける。


 だからどうか、俺にチャンスを──!


 愛しい彼女の面影を脳裏に浮かべながら、馬脚を速めた。






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