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エピローグ




 ラインフェルド様が甘い。それはもう、お砂糖を吐きそうなくらいの激甘だ。

 かつてヒロインと幸せになってほしいと願った私だが、彼の愛を一身に受ける今では「ヒロインルート? なにそれ美味しいの?」くらいに前世の規定ストーリーは遠い彼方だ。


 ……でも、おかしいのよね。


 実は、昨日が私が『一カ月後』と離婚を意気込んだヒロインとラインフェルド様の出会いの日だったのだ。その日は孤児院の創設記念日でもあるから、日にちを間違うことはないはず。だけど結局、ラインフェルド様はヒロインと出会わずに終わったようだ。


 ヘンだなぁ。

 創設記念日は職員が式典の準備にあたるから子供たちの世話が手薄になる。町に住むヒロインはそれを知り、子供たちの世話を手伝いに行くのだ。そして子供の悪戯だったかなんだったかで、小屋に閉じ込められてしまう。それをヒーローが助ける。

 アニメはまだ第一話しか観ておらず、原作小説とは若干違う展開になりそうだったが、概ねそんな筋書きだったはずだ。


 ……そういえば、私とラインフェルド様が二年前に会ったのも創設記念日だったなぁ。ヒロインのように職員の多忙を知り、子供たちの世話を手伝おうとその日に訪ねたのだ。格好も聖女のドレスじゃなく町の娘たちみたいなワンピースにして、わざわざ目立つ銀髪も鬘で隠す念の入れようで行ったんだっけ。


 まぁ、私の場合は農具小屋に閉じ込められた一件で、手伝いに行ったつもりが逆に職員さんに心配かけたりもしちゃったんだけど……って、待てよ!?


 雷に打たれたような痺れる衝撃と共に思い至った。


 ……え、やだ。ヒロインとラインフェルド様の出会いのイベントに、私自身がそこはかとない既知感を覚えるのはなぜだろう。


 こめかみにツーッと冷たい汗が伝う。


 するとここで、階段を降りてきたラインフェルド様に声をかけられた。


「フェリシア、どうかしたのか?」


 玄関ホールでどっぷり思考の沼に沈みかけていた私はハッと顔を上げ、ブンブンと首を横に振った。


 ラインフェルド様は、懐かしい旅装のローブを羽織っていた。今日は私用の外出ということで、この格好らしい。街ですれ違う子供たちへの配慮が素敵だ。


「い、いえ! なんでもないです」


 うん、なんでもない!

 これについてはもう、深く考えるまい。考えたら、きっと負けだ──!


「そうか。出かける準備はできているか?」


 今日の私たちの外出の目的はお買い物。……そう、新しいボンネットを買いに行くのだ。


「はいっ、いつでも出発できます」

「よし、さっそく出るとしよう」


 残念だけど、例のボンネットをあのまま持ち続けることは難しかった。もっとも、私が強がって「使う」と言ったところで、事情を全部知ったラインフェルド様が許すはずもないのだけれど。

 ちなみにあのボンネット、私が王城に展示された国王一家の肖像画の中で見たと指摘したら、ラインフェルド様は大層驚いていたっけ。どうやら、知らなかったらしい。


 特別思い入れのある形見の品というわけではないと分かり、私は少し肩透かし……いや、ホッとした。


「ふふふっ。ラインフェルド様に選んでもらうのすごく楽しみです!」

「そうか。君に一番似合うボンネットを見つけよう」


 今、私とラインフェルド様は名実ともに夫婦だ。私たちは以前の教訓を活かし、互いに伝えることを惜しまなくなった。

 喜びも、悲しみも、なんならちょっとした愚痴やイライラだって全部ふたりで共有する。ちなみに仲違いとまではいかずとも、小さな相違に不満をぶつけるのはいつだって私。彼はそれを大きな心で受け止めて、すっぽりと包み込んでくれる。うん。年上の包容力……最高か。


 そんな私が密かに抱く目標は、彼が頼みにし寄りかかれるような立派な奥様になることだ。

 今は私が彼に甘えきっているけど、私だってラインフェルド様に甘えてもらえるようになりたい。……いや、なってみせますとも!


「ん? そんなに目をキラキラさせて、どうかしたか?」


 ジッと見つめていたら、視線に気づいたラインフェルド様が首を傾げた。


「ラインフェルド様、お覚悟くださいませ! これから私、あなたが誇れる素敵な奥様になりますからね!!」


 私の突然の宣言にラインフェルド様は目を丸くして、直後、白い歯をこぼして破顔した。


「君は今のままで十分過ぎる自慢の妻だ。だが、心して待っていよう」

「はいっ!」


 こうして、離婚を回避してすっかり仲良し夫婦になった私たちは手つなぎで王都の街に……ううん、どこまでも続く幸福な未来へと踏み出した──!





END




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