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10・強面騎士団長、最愛の妻との離婚を回避して新婚生活に蕩ける




 フェリシアと心と体をひとつにしたあの日からもうじき一週間が経つ。


 この短い期間で俺の日常は一変した。

 無機質だった世界はフェリシアを中心に鮮やかに色づき、目にするすべてが輝いて見えた。俺は日々、彼女を得られた幸福を噛みしめるように過ごしていた。


 ちなみに、俺がテグレン市から伝書鳩を飛ばし忘れたのを根に持っているのか、グレンの奴はよく口煩いことを言ってくる。だが、今の俺にそんな小言は痛くも痒くもなかった。




 そんなある日の朝食の席。


 ……あぁ、俺の妻が可愛い。可愛すぎて困る。


 フェリシアがスクランブルエッグをスプーンで掬って頬張る様子。パンをちぎって口に運ぶ姿。オレンジジュースを飲もうとして、白魚のような手をコップに向かって伸ばす仕草も。

 どの一瞬だって見逃すのが惜しくて注視していたら、フェリシアが怪訝そうに首を傾げた。


「ラインフェルド様? そんなにジーッと見て、どうしたんですか?」


 ……おっと、いかん。集中してつい見過ぎてしまった。


 さすがにそのまま本心を告げるのは憚られた。いくらなんでも変態じみている。

 さて、なんと答えたものかと思案していると、フェリシアがはたと気づいた様子で微笑んだ。


「あ、オレンジジュースですね!? すみません、普段ラインフェルド様はジュースの類は飲まれないから気づきませんでした」


 フェリシアが嫋やかな手でコップを掴み、隣の俺に向かって差し出す。


「はい、どうぞ」


 満面の笑みを浮かべる彼女に、俺も微笑みを返す。


「ありがとう」


 礼を伝え、受け取ったオレンジジュースをグイッと傾ける。

 含んだ瞬間、爽やかな酸味とフレッシュな甘みが口いっぱいに広がる。ゴクリと喉を鳴らし、口内に残る瑞々しい果実の余韻にホゥッと感嘆の息を吐いた。


 ……驚いたな、〝フェリシアに差し出されるオレンジジュース〟はこんなにも美味いのか。


「ふふっ、美味しいですか?」


 ニコニコと俺に問うフェリシアが、妖精のごとく愛らしい。


「あぁ、美酒にも勝るとも劣らない味わいだ」

「え! そんなにですか?」


 パチパチと目を瞬く無邪気な妖精に、スッと腕を伸ばす。彼女の肩を抱き寄せるのと同時に、反対の手に持ったコップをもう一度口に運ぶ。


「疑うなら君も確かめてみるといい」

「えっ?」


 ぽかんと俺を見上げるフェリシアのサクランボの色の唇に、そっと俺の唇を合わせ、含んでいたオレンジジュースを口移す。


「っ!!」


 俺が口付けを解いて離れていくと、彼女は目を真ん丸にしながらコクンと喉を鳴らして嚥下する。そうしてひと呼吸置いた後、真っ赤に染まった頬で上目遣いに俺を見た。


 ウッ!! その可愛らしさといったら、いっそ暴力的なほど。だが、彼女から受ける暴力なら、いつ何時であろうとも喜んで受け止めたい。


「どうだ? 美味いだろう?」


 俺が問えば、彼女は目を潤ませてキッと俺をねめつけた。


 エメラルドの瞳を涙の膜でキラキラ輝かせ、まるで「私、怒っていますよ」とでもいうようにこちらを睨む彼女の可憐な様子に、俺は呼吸すら忘れて見入った。

 すると、そんな俺の反応に彼女はなにを思ったか、握りしめた小さな拳でポカンとひとつ俺の胸を叩き、プイッと顔を背けてしまう。


「ラインフェルド様のばかっ!」


 しかも顔を背ける際、最強に可愛らしい罵り〔?〕付きときた。


 ヴッ! なんだそれは!? いくらなんでも可愛すぎやしないか!? 子猫だってもっとマシなパンチを繰り出すだろう。これはいったい、なんのご褒美だ?

 愛する妻から貰った可愛らしいパンチと『ばかっ』は、ある意味凄まじい破壊力でもって俺の胸を打ち抜いた。


 ……ぐぬぬっ、妻の可愛さが危険だ。


 こうして俺は、今日も今日とて最愛の妻と共に過ごす幸福を胸に刻む。

 この結婚は神から与えられた僥倖で、彼女との結婚生活は俺にとって至上の喜び。


「愛しいフェリシア。オレンジジュースの感動を君と分かち合いたかったのだが、その美味さに舞い上がり、つい手段を誤ってしまったようだ。申し訳ない、この通りだ。どうか機嫌を直してくれないか?」


 そっぽを向いてしまった彼女の銀髪をひと房掬い上げ、その毛先に乞うように口付けながら神妙に告げる。


「……もぅ、その言い方はズルいですよ」


 頬をぷぅっと膨らませたフェリシアが、おずおずと振り返る。俺と目が合うと、彼女はぺしゃんと頬をへこませて、はにかんだ笑顔で口を開いた。


「ほんとに困った旦那様。……でも、私も大好きですよ、ラインフェルド様?」


 グッ!! この瞬間、俺は永遠に愛しい妻の愛の僕に甘んじようと胸に誓う。


「フェリシア、俺の最愛の人。俺の方がもっと君を大好きだ」

「んっ」


 最愛の妻を抱きしめて、夫である俺だけに許された甘やかな唇を啄んだ──。






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