実家と和昭その2と伝説
「ばあちゃんちに祠ってあった?」
どんな話が来るのかと思えば、なんて事ない相談だが、顔色変えるわけもなくその質問に対応した。
「お前も知っているだろう。隅にお狐様があったじゃないか」
「いや、そうじゃない。それなら俺もわかる。ほかになかった?思い出してほしいんだよ」
何気なく必死になる和昭に、なんとなく思い出そうとしている準三郎。
しばらく2人の呼吸音がつづいた。
父はしばらく考え込んでいる。
そして、ソファーから少し身を出す感じに姿勢を変えた。
「悪いなぁ和昭、わからん。兄さん達のが、その辺りは詳しいかもな。父さん3番目だし。
自分の家といっても俺は勉強ばっかしてたからな」
和昭は、それはすぐ理解した。
父に望んだひとかけらの希望はなくなった。
「和昭。なんで実家の祠の話なんか聞きに来たんだ?」
その父の言葉に、ふつうに返事をした。
何も得られる情報はないわけだ。
と、諦めていたところに、思わぬ言葉が返って来た。
「何か別の生き物でも見たか?」
和昭の中にある思いを察している様だった。
「なに?どういう事?」
父は何か納得し
「なんてな」
と返す声と顔は笑っていた。
父は知っている。
そう思った和昭は改めて聞いてみることにした。
「今の話。ばあちゃんちの事、なんか知ってるよね?匂わしたよね?教えてほしいんだよ。それ」
前のめりに聞く和昭に、圧倒された様な表情でじっとみた。そうして父は口を開いた。
「そういえば、頼子んところの静ちゃんには最近会っているのか?お前達仲良いだろう。」
話をそらしてきた。
なんでだ?。和昭は思った。
「静子のことなんかどうでもいい。そんなことより、話戻して教えてくれ」
父は立ち上がり、部屋を出ていきそうになった。
「ちょっ!!匂わしといてそれはないだろう!おれんちにいるんだよ!2人。ばあさんちから連れてきて!」
父は足を止めて振り返った。
「なんだと!」
父の表情が変わった。
少し開けたドアを閉め、再度ソファーに座った。
和昭も立ち上がりそうになっていた腰を落とした。
「2人か?」
「あぁ、2人だ」
やはり知っている。和昭は思った。
父はソファーの背もたれにおもいきりもたれると、頭を抱えた。
「何でお前なんだ。」
「本当言うとおれだけじゃない。静子も知ってる。時々あいつんち行っているし」
父は少し驚いたような顔をすると、身体を戻しため息をついた。
「あの2人はあの家からから出してはいかん。私達も子供の頃に会っているが、あの頃はまだ生きていた父と一緒に、納戸に札を貼り閉じ込めた。」
「あの2人はどういう経緯でうちに来たの」
父は腰の位置を治すかのように座りなおし言った。
「母さんが声を聞いて連れてきちゃったんだ。あの辺りに伝わる伝説があってな、うちの側に小さな供養塔があるんだ。そこを通った時に、可愛い泣き声が聞こえたらしい。母さんは可哀想でその声に言われる通りに石を動かした。そうしたらあの2人だ。母さんからしたら、お前も知っての通り可愛いに決まってだろう。それをみた父さんは驚いてその供養塔まで行くと、石は無惨にも転がっていて、とても焦ったそうだ。石は戻したが鬼の事は知られるわけにはいかず、なんとか誤魔化して札をもらい家の納戸に閉じ込める事ができた。」
「でも、納戸じゃなく家の中にいたぞ」
「俺たちがいた時までは確かに閉じ込めてあった。母さんが可哀想だと、ちょくちょく納戸の中に入って2人の相手をしていたことは知っていた。でも閉じ込めていた。家の外に出すわけにはいかない事は、あの母さんもわかっていたんだろう。まずい事だが、もしかすると、みんなが出て行ってからは、自由にあの家の中で遊ばせていたのかもな」
父はソファーから立ち上がり、部屋のドアを開けると大きく声を上げた。
「森江さん!温かいコーヒーを2つ頼む」
家政婦さんの返事を確認すると、部屋のドアを閉め、ソファーに腰を下ろした。
「父さんはその伝説って知ってるの?」
父は立ち上がり、机の引き出しを開けるとキセルを取り出して吸い始めた。
「しってるよ。聞きたいか?」
ドアをノックする音が聞こえて、家政婦さんがコーヒーを持ってきた。
ソファーの間にあるテーブルに、コーヒーを丁寧に2つ置くと、お辞儀をして静かに出て行った。
父はソファーに再び座り、その伝説を話し始めた。
「ずっと昔、あの地域一帯で疫病が蔓延した。医者も一般的でない時代、その村あげて疫病退散の祈祷を三日三晩やろうと言う事で村をあげて始まった。
だが祈祷をしても一向に治らない現状に、村人は神に使いを出すことにした。
疫病を治めるよう神に申し願う為に人柱にして。
そうして選ばれたのは、疫病で両親を亡くした幼い兄弟だった。
小高い山の頂上には村の守り神である神社がある。
2人はそこにある御神木に括り付けられた。
泣き叫ぶ声は、山から降りる道中ずっと聞こえていたという。
翌日。まだ薄暗い中、その兄弟をよく知る者が、2人をあまりに不憫に思い、連れて帰ってこようと、こっそり山を登っていた。
2人が括り付けられている御神木にたどり着いたが、2人の姿はなかった。代わりに2人の身の丈ほどの丸太が御神木にくくられていたという。
2人がどこに行ってしまったのか不思議に思ったが、無事を祈ることしかできず山を降りた。2人のことは誰にも言わなかった。
しばらくして、疫病がおさまり始めた。
人柱を立てたからだと村長も安堵していたが、皆が口々に小鬼様が治してくれたと言い始めた。そのうちあちらこちらから聞こえてくるようになった。小鬼様とはなんだ?それを知らないものたちはざわめいていた。が
村長も小鬼様と拝み始める始末。
「小鬼様が疫病を退治しに来てくださった」と。
人柱の子供たちが、小鬼様を村によこしてくれたおかげだと皆が言い始めた。
しばらくして、人柱になった子供と小鬼に宛てて供養と感謝の碑をたてた。
そこに有難い、有難いと村人達が毎日お供えをする。そのお供えが毎日きれいになくなっている。
あー召し上がってくださいっていると、村人たちは喜びながらも、半分面白がってお供えするようになってきた。
そうしていつしか、人々の口から出ていただけだった小鬼という者たちが、姿をはっきり現して村に出てくるようになった。
はっきりとした姿に最初は驚いていた村人たちも、だんだんと慣れ始めた。人懐っこい小鬼達は人々に愛された、だがそれも束の間。
慣れ始めた頃、飢饉が訪れた。
食べ物が手に入らなくなり、村人たちが痩せ細る中、小鬼たちはいつものようにお供えをせがんだ。だが村にはなにもない。
小鬼たちは最初はおとなしかったが、やがて村で暴れ始めた。その暴れ回る姿に手がつけられなくなった時、その話を聞きつけた陰陽師が村に訪れた。
今後一切村で暴れることを禁ずと、2人を村の隅の小さな祠に封印した。
村はその年飢饉で全滅し、ひとつの村が消えてしまった。でもまたその土地には人が住んでくるわけだが、伝説はこれで終わりだ。」
父はやはり知っていた。
家に帰ってきて来てよかったと、和昭は思った。
タイミングよくドアがノックされた。
「旦那様。奥様からお電話です。」
家政婦さんからそう伝えられると父は片手をあげ、机の上にある電話の受話器をとった。
「はい。わたしだ。ん、んん。わかった。和昭食事に行くぞ。ん、わかった、これからいくよ」
電話の途中で、適当にも和昭を食事に連れて行く返事をした。
和昭は呆れたが、仕方なく行くことにした。
電話を切った父は面白そうに
「母さん喜んでたぞ。さぁ行こう」
「父さんもだろ」
「先にガレージにいっていてくれ。支度したら向かう。」
和昭はため息をひとつ、わからないようにつきながら外に出た。
庭師の伊達さんがいつの間にか仕事が終わって帰っていた。
「さっ!いくぞ」
運転好きな父に運転手は不要だ。
父は今、水平対向エンジンの車に夢中だ。
和昭は助手席に座り、シートベルトをすると、サングラスをかけた父の横顔を眺めて前を向いた。
急な坂を怖いくらい長く下る。
やっと平地に着いたという安堵感を感じ、車は進む。
「そういえば、今日は鬼達はどうしてるんだ?」
「静子といるよ」
それを聞くと、父はそのまま現地まで無言だった。
母が予約したというし、高級レストランかと思いきや、普通に焼肉だった。
「あっ!来たわね。座って。」
母は腕まくりをし、しっかりエプロンをかけて肉を焼いていた。
「珍しいね、母さんが焼肉選ぶなんて」
和昭は席につきながら言った。
「かしこまった席が多いもの、たまにはね。あなたもこういう方が好きでしょ」
「確かに」
久しぶりに家族で食べた夕食は美味かった。