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実家と和昭その1

自転車で登るのはものすごく辛い坂道がある。

歩くのだって膝にくる。

そんな坂道を登り切る先に、和昭の実家がある。

高級住宅地。

その場所はそう言われる場所である。

親が建てた家に文句を言うわけではないが、小さい時から不便で、少しも高級に感じたことはなかった。何よりも、この坂がきらいだった。

高級車が立ち並ぶ家々を横目に、車のエンジンがうねりを上げて登っていく。

もう直ぐ頂上かと思われるその手前にある豪邸が和昭の実家だ。

車を横付けし、インターフォンを押した。

カメラで気付いた家政婦が開錠し、和昭は門を押して入った。

「ぼっちゃん、久しぶりですね。お元気そうで」

門を入ると庭師の伊達さんが剪定していた。

「伊達さんもお変わりなく。お疲れ様です」

和昭は右手を軽く挙げると伊達さんも軽く手を上げ、和昭は家の玄関に立ちドアを開けた。

ドアを開くと、大きな絵画が飾られたフロアが広がる。

「あれ?何か匂うぞ。」

和昭は右奥にある居間に向かった。

「違う、ここじゃない」

臭いを辿ろうとしてもなんの匂いだかが、まずわからない。

「なんだ?どこだ?」

和昭が探していると、

台所の外から心配そうに見ている家政婦が、和昭を見つけて言った。

「あっ、和昭さん!旦那様が…」

急ぐように手招きをしている。

和昭は急いで、その家政婦のそばによった。

「旦那さまが、和昭さんが来られると言うので、食事を振るまおうとされているんですが…」

夢中で台所に立つ父親。

後ろ姿で頑張っているのはわかる。

「なんだ?何を作ろうとしてるんだ?」

2人は小さな声で話し合っている。

「旦那様がカレーをお作りになるとかで、だいぶ前から台所にお入りになっているんですが、どうも、そのぉ…」

「んー…」

和昭は家政婦が言いたい事はすぐ理解できた。2人はしばらく後ろで眺めていることにした。

切る煮る切る煮る。

その度になんとも言えない匂いが広がる。

そしてものすごい水蒸気が父、準三郎の前に広がった。

後ろで見ている2人も驚くほどだった。

準三郎の掛けていた眼鏡がくもった。

くもった眼鏡を拭くものをキョロキョロと探している。後ろを向いたその時、

「ん?和昭か。森江さんも」

和昭は持っていたハンカチを差し出した。

そのハンカチでメガネを拭おうと、メガネを外した。

「お前のが早かったな。お前が来ると言うのでな、珍しく料理を作っていた」

渡されたハンカチでメガネを拭いている。

「料理って何?」

和昭は、家政婦の森江と目を合わせながら言うと、準三郎に目線をやった。

「カレーだよ。カレーには色々なスパイスを入れると聞いた。体に良いスパイスがたくさん入ると言うじゃないか。それを追求していた」

和昭は鍋のそばに行くと驚いた。

(うわっ結構なこれ、高級食材じゃないか。しかもこれなんか高麗人参じゃないのか?)

漢方屋に売ってそうなのが沢山あった。

「驚いだだろう。スパイスを沢山入れるといいと聞いていたから、父さん追求したよ。体に良いものだと言うので食材をそこら中から集めた。だがなぁ。実はもう何が何だか全くわからなくなってしまっている。父さん諦めたい。すまん和昭、カレーはできん」

父はいきなり開き直った。

「母さんこれ知ってるのか?」

父はさらに開き直っていった。

「しっている。これを見にきた母さんに、カレーを作っていると言ったら、どこかへいってしまった。」

(母さん正解だよ)

「カレーとは奥が深いな。父さんには無理だ」

(父さんこれ、もしかすると薬膳の方向なんじゃないのか?)

和昭は心の声がだんだん多くなっていた。

父は台所を投げ出し、諦めて奥の間に行ってしまった。方向がどこで間違ったのかわからない荒れた台所の片付けを、家政婦の森江1人に負わせられるわけもなく、和昭は一緒に片付けることにした。

片付けてから、奥の間に行った父の元に行くことにした。

「森江さんごめんね、父のせいで。」

「いえ。旦那様張り切っている様子でしたし、その気持ちもわかりますので」

あまり帰ってこない事に、申し訳なさを感じていた。

「和昭さん、もう大丈夫ですので、旦那のところへ行ってあげてください。一緒に片付けていただいて物凄く助かりました」

森江は和昭の方を向いて、丁寧に頭を下げると、そう言って向かわせた。

準三郎がいる部屋は奥にある。

その書斎は薄暗く、西洋窓からは庭の花がのぞき、歴史を感じさせるような作りになっている。通常大学教授の父は、もっぱらこの部屋で、ぶつぶつと仕事をしていることが多い。

「父さん入るよ」

ドアの前で声をかける。

「ああ」という準三郎の声がすると、ドアノブを掴み、ドアを開けた。

「今日はどうした?珍しい事もあるもんだと、私も珍しいことをしてしまった。あれはすまんかった」

机と窓の間で、重ねられている本の整理をしながら、準三郎はいった。

「いや。かえって珍しい姿を見せてもらったよ。たまには帰ってくるもんだな」

その言葉にふっと少しだけ笑みを浮かべた。

そして手を止めると机の脇に周り、机の前に置かれているソファーに、和昭と相向かいに座った。

「お前とこうやって話すのはいつが最後だったかな」

準三郎は背もたれに体を預けながら言った。

和昭は体をやや斜め気味で、ソファーに座り、肘置きに肘を立て、やや後頭部気味に手を当て身を委ねている。

「なぁ、和昭。お前、母さんの後をつがんのか?お前を見ればわかる。だいぶいろんな経験積んできただろう。頃合いじゃないのか?」

和昭の母は、デザイン会社を筆頭に各事業を行うグループ会社のトップである。

母は和昭に社会勉強させた後には、後任と思っていた。

和昭もまた想いは受け取っているが、大きな会社のトップとなると、まだまだ母の思いは受け取れない。

「ちゃんと考えてるから、もう少し待っててよ。それよりも父さんに聞きたいことがあるんだ」

和昭は上体を起こし、前方で手のひらを組み合わせると、聞きたかったことを話しはじめた。


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