静子
静子は大学を出てから、ある人の誘いで入った会社は、どの部署もより偉そうな昔ながらの三角絵図で成り立っている会社だった。下心だらけですと言わんばかりの、上背もあるガッチリとした体型の常務が、静子に近づき、肩に手を当てながら頑張ってという。そして男性主体の変に静かな設計部に静子は配属された。
ここは入った時から教育なんてする気もない、差別的な空気のあるところで、口を開かずともその行動は明らかな人たちの集まりだった。
そんな中でも、ひたすら直向きに頑張る人もいるもので、ひたすら雑務をさせられ続けていたその男性の先輩がいた。
そのひとが1番人間らしく、そして優しかったが、その先輩もまた、社内迫害の被害者だった。
設計を知る学校から来た先輩の同期は、指導のもとに、人間味のない仲間になれたが、無縁の畑違いの学校から入社したその先輩に与えられた仕事は、何年も何年も雑務だけだった。そんな人間味のない空間と、きみの悪い声の無いいじめと、大人の上っ面の汚い空気に馴染む事が出来るわけもなく、静子は叔母、朝子の家、北家 によく逃げ込んでいた。
愚痴を言うわけでもなく、ただじっと叔母の家のソファーに座っていた。
叔母はあの通り、口も動くが動きも忙しい。その落ち着きのない感じが、何故だか現実逃避を可能にした。
叔母の朝子もまた、静子に声をかけることはせず、いつものように忙しく動いていた。
叔母は不意に出歩くことも多いし、電話もメールもひっきりなしに鳴り響く。何故に専業主婦の朝子にこんなにも連絡が入るのか不思議であるが、何か人を呼ぶ何かがあるのだろう。
それらをすべて整理し、1人でいろいろと行なっている叔母のことは、年齢的に本当にすごいと思っていた。
次第に度々入り浸る静子は、この家の空間のひとつになってた。
それが静子には癒しになった。
仕事もやめなければと思ってはいたが、どうも切り出すことができずにいた。
そんな事を話しかけられない事もまた、静子には嬉しかった。が、いつまでもそうはいかない。
「あんた、そろそろ辞表出してらっしゃい。」
机の横に立て掛けてある静子のカバンを整えながら、そう声を出すと朝子は買い物に出かけた。
静かになった。誰もいなくなったこの家のソファーに、身を委ねるように背中を預け、天井を見上げると、その天井に向かって静子は大きく息を吐いた。
次の日、足音だけが鳴り響く会社の廊下の先にある部署に向かい、扉を開けた1番奥に偉そうに椅子にふんぞりかえり座る部長を正面に、真っ直ぐそこに向かってすすむ。
たどり着いたその机の上に退職届をそっと置き、お辞儀をすることもなく会社を出た。
何様と言われてもいい。常識はずれな行動を取ってる事は百も承知。それでも静子は自分を失わなかったことに喜びを感じ、そして広大な自由な空気を得た。
「おばさまと甘いものでも食べようかしら」
静子は幼い時ぶりにスキップをして帰った。
今はきちんと自分に合った仕事で生活している。