橘花2
18時16分家に到着。
煌々と、ひと部屋がパレードになっているのをため息をつきながら外から眺め、トボトボと裏戸から家に入り、橘花の待つ玄関へとむかった。扉を横にスライドすると、やや緊張しているのか、抑えきれない興奮との入り混じった、なんともいえない表情で橘花は立っている。しかも少し前のめり気味だ。
「どうぞ」
和昭が声をかける。
家の中に1歩踏み入れようとしている足が痺れる。
玄関の中へ2歩3歩と進み、靴を揃えて脱ぎ、
そして家に上がる。
床板が軋む。そこを踏みしめながら、さらに進み、居間に橘花を案内した。
キョロキョロしている。
なんとも落ち着かない。
流石に和昭もその行動をみて察知したが、居間にはいない。
外から見えた、ある部屋で行われている光のパレード。
「ちょっと待っていてください」
和昭は奥の部屋に向かった。
昔ながらの紐の垂れ下がった、カチカチと引っ張ると点いたり消えたりする室内灯から、スイッチ式に変えたばかりの部屋が、かえって彼らの格好の遊び場となっていた。
「ノルン!夜、夜にしろぉ〜」
ガンダルンダがリモコンを持って飛び回っている。
「はい王さまぁ。夜にございまするぅぅ」
壁に布団を寄せ、積み上げたその上にノルンが立っている。
壁に付いているスイッチを、カチカチとそこで動かしている。
「ガンちゃん王様、朝にしてくださぁーい」
「夜にしろぉ、朝にしろぉ」
ガンダルンダが面白くて指図している。
そこに和昭が入ってきた。布団の上に乗るノルンをまず捕まえ、逃げ回るガンダルンダを捕まえた。
「はい終了!ノルン、ガン!スイッチから手ぇ放す。こういう遊びはするな!って言ったよなぁ」
鬼のように怖い形相で、和昭は2人を速攻捕まえると、頭をぐりぐりぐりぐり攻撃をした。
「「いたい。いたたたぁ。ごめんなさい。」」と2人が謝る。
すると、リモコンを持ったまま怒られたガンダルンダが、振り向きざまに和昭に言った。
「なぁ、あのおっちゃんいるんだろ?オレ知ってる。w」
ノルンに顔を合わせた。
するとノルンも言った。
「ぼくも知ってるww」
「ノルン、競走だ!」
反省も束の間、ガンダルンダはリモコンをその場に落とし、2人は楽しそうに笑いながら、居間に向かって走っていた。
和昭は、そこでもう一度ため息をついた。
その賑やかな音や声が居間に届かないわけがなく、そわそわして、その場に座っていられなくなっている橘花がいた。
「おっちゃんこんばんは。あのぽちぽち持ってきた?」
ガンダルンダは、橘花を見つけた居間の手前で止まりきいた。
立ち上がっていた橘花ほ、こじんまりと廊下に立っているガンダルンダをみた。
実は2人で立っているのだが、手を繋いでいるノルンが扉で隠れている。
橘花は待ち望んだ現象に、声が出たくとも身体から声が出てこない。
心を落ち着かせるために後ろ向きになり、しゃがんで呼吸を整えた。
「おっちゃんうんこか?腹痛いのか?」
ガンダルンダが言った。
そこに和昭が到着する。
「大丈夫ですか?橘花さん!」
後ろ向きの橘花は、片手をあげて大丈夫の合図をした。和昭が来たおかげでホッとしたせいか、立ち上がり声を出した。
「こんばんは、すまなかったね。私は橘花と言います。」
鬼の子2人の後ろでしゃがんでいる和昭は
「自己紹介して。」と2人に伝えると、同時に和昭をちらっとみてから、橘花へ自己紹介を始めた。
「オレ、元気いっぱいガンダルンダっっす」
いつ覚えたのか。和昭の話し真似をした。
「ぼくはノルンダルンと言います。ガンちゃんとは仲良しです!」
ノルンは扉に隠れてしまっていて、見えるのは手首までだ。
「2人いるんだね。」
その言葉に和昭は、2人の背中を押して居間に上がらせた。
橘花の顔がほころぶ。
「なんて可愛い2人なんだ。古住くんが羨ましい」
両手を、正座を前のめりに浮かせた膝につけ鬼の子2人を眺めていた。
手を繋いだままの2人は、きょとんと橘花を見ている。
こーじっとしている2人も珍しい。
「すんません。少しだけ2人見ていてもらえますか?」
そういうと、和昭はお茶の用意をしに台所に向かった。
和昭がいなくなった途端、鬼の子2人は橘花に寄って行った。
すると、ガンダルンダがノルンに耳打ちをした。こそこそこそこそ話している。
ノルンは時折頷きながら、おとなしくそれを聞いている。
橘花はそれをじっと見ていた。
ガンダルンダが橘花に顔を寄せるように手招きした。
それに応じて、正座の上半身をガンダルンダとノルンダルンに合わせて下げた。
ノルンダルンが橘花の頭の前に立ち、後ろ向きで両手を頭にまわし支えた。
和昭が来た時の見張り役らしい。
ガンダルンダが右耳にまわった。
「おっちゃん、オレらのお願い聞いてくれるか?」
ガンダルンダがいうと、橘花はこんな嬉しい事はない、うんうんと頷きます。
「オレらにポキポキアイス、いっぱいいっぱいくれ。それでな、おいちゃ」
「おい!」
和昭がお茶の乗ったお盆を左手に持ち替えてガンダルンダを小突いた。
「すんません、橘花さん」
ガンダルンダは両手で頭を抑え涙目になって下を向いている。
「カズのばか!ガンちゃん。おっちゃんの病気治して、ポキポキアイス貰うって話ししてたのに。ガンちゃん悪くないのにぃ」
ノルンダルンは泣き出した。
するとガンダルンダも泣き出してしまった。
鳴き声が響く。
橘花はそんな泣き出した2人の思いを汲んだのか、話し始めた。
「そうかぁ、ありがとう2人とも。おじさんは嬉しい。すごく嬉しいよ」
そういうと、2人の頭を撫でた。
そっとお盆をテーブルに置こうとしていた和昭は、橘花を見ていった。
「橘花さん、どこか悪いんですか?今日のことも含めて、なんかあるとは思っていました。もしよければ話してください」
橘花は、涙を流し鼻をすすっている2人を抱き抱え、優しく「ありがとう」といった。
そして、ヒックヒックしている2人を包み込むようにしばらく抱き抱えた。
少しの間が空いた後で、足を楽に崩すと話し始めた。
「実は末期の胃ガンなんだ。先日余命宣告を受けたばかりでね。もう命は永くないんだ。生きる希望なんて何にもないからねぇ。このまま、その時が来るのを待つだけだと思っていた。」
橘花は2人を抱えながら、ズボンのポケットからハンカチを出し、ノルンの顔に流れていた涙を先に拭き取った。
次にガンダルンダの涙を拭き取り頭を撫でた。
「幸せだよ、古住くん。僕は残り少ない命。本当なら、このまま何事もなく逝くはずだったんだ。僕の中にいい土産ができた。ありがとう」
そういうと橘花はうつむいて涙を流した。
もともと人には限りのある命だが、先を示されてしまった心の動揺は、日々生きていく中でどうしようもない不安が付きまとう。
それでも、日々を生きていかなければならない。逝くまでの人生とみるか、回避の可能性を生きるか。その思いは想像を絶する。
「ポキポキアイスだったね。おじさんが君たちにたくさん、たくさん買ってあげよう。」
泣き顔を笑顔に変えて、抱いている2人に向けていった。
「ほんとか!!おっちゃん!」
ガンダルンダが真上にある橘花の顔を見て言った。
「ああ」
小鬼2人の涙は消え、橘花の手の中からぴょんと飛び出すと、わーいわーいと駆け回った。
「あぁ、まだ物語の中にいるようだ。古住くんあり、、いた、たたた」
橘花が腹を抑え、体を丸めた。
「大丈夫ですか!!救急車」
和昭は急いで救急車を呼んだ。
痛がる橘花に和昭はよりそう。
小鬼たちはそんな橘花のそばにより、
「おっちゃん口開けろ」
ガンダルンダが痛がる橘花の前に立ちそういうが、痛みでよく聞こえない。
するとガンダルンダが橘花の口をこじ開けて、事が始まった。
「なにを!!」
和昭がそれを止めようとすると
「ノルン!いけーー」
ノルンが、橘花に向かって走る。
近づくにつれて身体がどんどん小さくなっていく。
そして、ほいっと橘花の口の中に入っていってしまった。
口を開けられる苦しそうな橘をよそに、ガンダルンダはこじ開けた口の中を見ていた。
「ノルーーン?」口の中に声をかけるしばらくすると返事が返ってきた。
「ガンちゃんもういいよーー」
ノルンが返事をする
すると、ガンダルンダは橘花の口を両手で閉じてそれをギュッと抑えた。
「ノルンいいよぉー。おっちゃんそのままそのまま」とニコニコしている。
何が起こるのかとじっとしていると。
いきなり溢れんばかりの光が、橘花の体の中から眩しいほどにこぼれ出た。
それはめちゃくちゃ一瞬に終わった。
「はーい、おしまいでーす」
ガンダルンダは橘花の口を開けた。
今度は逆に小さくから大きくサイズを変えたノルンダルンが橘花の口から飛び出してきた。
「おっちゃんもういいぞ。ポキポキアイス約束だからな!」
ガンダルンダはそういうと、ノルンと手を繋ぎきゃっきゃと遊び始めた。
和昭がよんだ救急車が到着する。
先ほどの現象を、呆気にとられていた橘花と和昭。そんなのはよそに、橘花をそのままストレッチャーに乗せ、救急車はサイレンを鳴らしながら、かかりつけの大学病院にむかう。そして到着する。
持病の状態から、担当医が呼ばれた。まだ帰らず病院に残っていたようだった。
「橘花さん!大丈夫ですか?!」
医者が声をかける。
反応がない。
痛みで声が出ないのか、再び医者が声をかけた。
しばらくして橘花は
「あ、あの。あったあったのに、い、痛みがない」
と、医者を見た。
訴えるようにガン見された担当医は、詳しく調べるべく検査をした。
するとどうだ、ガン細胞が何処にも見当たらない。
担当医も頭を捻るが、無いものはない。
救急で待つ橘花に、担当医はそのままをつたえた。
「橘花さん。先日告知させてもらいましたが、それ、必要無くなりました。どういうわけか、血液検査も問題ないし、どの画像もとても綺麗なんです。本当にここにくる前に痛みはあったんでしょうか?」
担当医は今まで彼を診てきたため、頭を捻る。
その結果と、考え込んでいる医者からの問いに、橘花は何も言えなかった。
後日確認のためもう一度行くことになったが、普通に帰ることになった。
病院で、和昭は橘花が出てくるのを待っていた。
「あっ、橘花さん。ご自宅には電話しておきました。病状は先生からも連絡があったそうです。オレ家まで送ります」
「ありがとう。」
橘花の背中に軽く手をそえた矢先、和昭の首の後ろからひょこっとガンダルンダがでてきて、腕を伝って橘花の肩に飛び乗った。
「おっちゃんポキポキアイス。びょーき、きえたろ?」と橘花の肩で飛び跳ねながら言った。
「ノルンいいことした。アイスかってもらえる」
和昭の肩の上に座ってノルンダルンが自信満々でいう。
「本当にお前たち病気治したのか?」
半信半疑の和昭は、小鬼2人に問いかけるがその問いに橘花が答えた。
「本当のようだよ。僕も信じられないが。血液検査も画像診断も全く健常者と同じなんだ。」
「「治せるもんねぇ」」
2人声を合わせて楽しそうに言った。
「ここにきて幸運にも、こんな可愛い子達と出会えて、そんな彼らから2度目の人生をもらった。大切に生きなければいけないね」
橘花はひきつる声でそういうと、嬉しそうに微笑み、下を向いて泣いた。
和昭はそんな橘花に寄り添い、背中に置いた手を優しくさすりながら、未だ信じられない思いを抱えていた。
ガンダルンダとノルンダルンは和昭の肩に2人並んで、アイスを食べる真似をして座っていた。