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橘花

「あぢぃー。」

炎天下の東京の照り返しに苦しめられながら、会社に着くと、涼しいはずの和昭のオフィスは灼熱地獄と化していた。猛暑猛暑のひどい時にそのオフィスだけエアコンが壊れた。

皆涼しいオフィスへ移る中ただ1人、そこにのこって仕事をしている社員がいた。

橘花(たちばな) 源次郎(げんじろう) 59歳。

妻、娘、息子と3人家族で、そこそこ幸せな男性だか、ここのところ元気がない。

定年前だからというのが噂される1つではあるのだが、和昭はそうは思えてない。

入社の時から先輩と紹介された中の1人で、特別自ら目立つ事はしないが、周りに口を出すものがいない時は、必ず的確に助言してくれたり、先輩として前に出て守ってくれたりと、和昭にとってこの会社で数少ない尊敬出来る人の1人であった。

普段の彼から感じるものが違く、とても重いものを背負っているかのように見えた。

「あぢぃーぃぃぃ。」

この暑い中、そのオフィスから離れずにいる橘花を早く移動させないと体調が心配だ。和昭はとにかく一緒にいることにして、少しでも早く涼しいオフィスに彼を移そうとおもっていた。

しかも、外では橘花のことを、心配といううわべだけの感情に、冷ややかな思いが主である、ほぼグレーな小言がはなされていることを和昭は知っていた。

それも蔓延して欲しくなかった。

古住こすみ君。無理しないで皆のところに行くといい」

暑がっている和昭を心配して、うつむきにパソコンを打ちながら、声を掛けて来た。

今になってだが、和昭の姓はこずみ、という。和昭もたいして若いわけではないが、暑い中で代謝が活発になっているせいか汗だくだ。

不思議だ。橘花さんに大量の汗が見えない。 スーツ姿ではいるが、上着は白のワイシャツで涼しそうには見えても、空間は灼熱だ。

だか、とても同じ空間にいる人とは思えない涼しさだった。

「ムリっすね。実際めちゃくちゃ暑いっすけど、橘花さんを残して俺だけ涼しいところなんていけねっす」

と、返事をすると、困った表情を浮かべながらも、なんとなく悲しさをも感じ取れた。

何か悩むような案件を抱えているんだろうと、この状況をみる限り、明らかに感じていたが、この灼熱の中にいられるような心情で、素直に話すとは思えない。しかし、このままでいられるわけにはいかない。早く移動させなければ、どっちかが先に倒れてしまう。

「橘花さんなんかあったんですか?こんなタイミングで話すのもなんですけど、今の橘花さん見てられないですよ。俺でよければ話してください。まぁ、よければですけど。」汗を拭いながら和昭はいった。髪の生え際から首筋も汗がどこから流れてくるか分からない程に流れてくる。捲り上げたズボンからは、やや長めの靴下が見えている。ワイシャツは速乾吸収速乾が間に合わない。 もう無理かなと何度も考えている。

(カズ、カズ)

(おやぷん)

家に置いてきた小鬼たちから、和昭の頭の中に声が届いてきた。

目が回りそうな暑い空間で、動きたくもないが、橘花から離れ小鬼たちからの声に応えた。

「どーした?なんかあったのか?」

「「♤★×%×☆ペケペケペケ」」

ガンダルンダとノルンダルンが一緒に話してくるので何を言っているのかわからない。

「おいおい!!どっちか1人が話してくれ!」

「「♤★×%×☆ペケペケペケ」」

「あーもう!ノルンが話してガンダルンダ黙って」

暑いから早く要件を終わらせたい和昭に、そんな事はお構いなしの2人。

仕方なくノルンが代表に選ばれたので、要件を伝えた。

「ポキポキアイスをガンちゃんと全部たべちゃったから、無くなっちゃった。新しいの食べてもいい?」

なんだか一瞬涼しくなったような要件に、心がなぜか救われていた和昭だったが、前日に子供の頃よく食べていたポッキンアイスを小鬼たちのために購入した。10本入りを2人で全部食べてしまったのだ。確かにストック分で4袋を買って面倒なので全部冷凍庫に入れて冷やしていた。これはまずいことをしたと後悔している和昭。

「食べ過ぎだ!腹壊すぞ。今日はダメだ」

2人にそう伝えた。

その後だった。

橘花の驚く声が聞こえた。

和昭は驚いて振り返り、橘花を見た。

「な、なな。なんだこれ、は」

椅子が机から離れる感じでのけ反って机の上を見ている。

「おいおっちゃん!お前ビョーキだろ。俺治してやろっか?おっ!これなんだ?おっちゃん」

和昭は走った。短い距離に、足が重くなるかんじがするほどびびっていた。

(ガンダルンダ!!!)

そこにいるのが誰なのかわかっていた。

ただでさえ暑いのに、びびった重い足のせいで息が荒くなる。

橘花が驚いて見ているその机の上にいたのは、小さい指人形サイズのガンダルンダだった。

パソコンに興味津々でボタンの上を飛び跳ねていた。

「おっちゃんこれ面白いなぁ。おっちゃん面白いもん持ってるから、これくれたらビョーキなくしてやるぞ」

もう、どう言ったら良いのか言い訳さへ、和昭には分からなかった。

橘花の前に立ちはだかり、見せないようにすることしかできなかった。

「おい!カズ。おっちゃん隠すなよ!」

ガンダルンダをその場から消す方法を、一瞬で考え一瞬で導き出した。

「ガンダルンダ。アイス食って良いから今すぐきえろ!」アイス。

ガンダルンダはそれを聞くと、喜んですぐ消えてしまった。

「古住く、ん。なんだね今のは」

いいきっかけだとおもった。

驚いている橘花に、今の事を教えることを前提に、この部屋を出て話すことを提案すると、橘花はそれを了承し、2人は涼しい会社の使っていない会議室に入った。

中はエアコンが効いていて天国だった。

橘花を中に入れる時首筋に目が入った。

暑くなさそうにしていたそぶりだったが、やはりすごい汗をかいていた。

椅子に座ってもらい、相向かいに和昭が座った。和昭はエアコンのあまりの快適さに、机に身を少々委ねてしまった。

そして、心にゆとりの出た和昭は橘花に声をかけた。

「寒くないっすか?お互い汗だくだから気をつけないとなんで。」

なんだか分からない感じで、ちょこんと座り、上目遣いで和昭をじーーっと見ている。

あれだけはっきり見えてるものに、嘘を言っても仕方がないと思い、変なやつ覚悟で話し始めた。

「さっきはすみません。実はあれ、訳があって、亡くなった祖母のうちから連れてきた子供の鬼です。信じられないかもしれないけれど。」

あーもうどうしよう。と言う思いが胸の中に駆け巡っていた。

真面目と言うよりは、ただ普通に目の前の事を自分らしくやってきた。

頑張れるやつだとか、信用もあるとおもうのだが間違えば、いっきに奇人になる可能性がある。

「驚いたよ、あんなの初めてだ。まだ、目を疑ってしまっているよ。」

この返事から、和昭は奇人にはならなかったようだ。それよりも、なんだか嬉しそうな橘花が気になった。

「橘花さん、大丈夫ですか?まいったなぁ。おれ、変なやつに思われてないですかねぇ。」

「何を言うんだい古住君。そんな事は思っていないよ。」

橘花は、自分の高揚感でわかっていなかった和昭の心情を聞いて、はっと顔を上げて和昭を見た。

橘花自身は、和昭から話されるであろう話に、今か今かとドキドキがとまらず、心の中は高揚感でいっぱいだった。

「僕はね古住君。意外かもしれないが、童話や物語というものが大好きでね。もちろん昔話もだ。ずっと夢見てきたことが、今現実になったこの高揚感。僕は抑えられないでいるよ。仕事なんてどうでもいいよ。もう一度会わせてくれ、お願いだ。」

和昭は内心本当にどうしようかと、今からでも言い訳をするべきが、熱い思いの橘花を前に、めちゃくちゃ深く考えていた。

が、結局その思いに負けた和昭だった。

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