幸福と不幸は大抵突然起こる①
「かず!ご飯ない。」
炊飯器が置かれている棚の上に乗って、炊飯器の蓋を開け、ガンダルンダが叫んだ。
そのリズムに乗るように、ノルンダルンも米櫃を開けると
「お米もないよ」
と叫んだ。
昨日の仕事が明け方まで続いた和昭は、どっぷり夢の世界の奥深くにいた。
無精髭にボサボサの髪が、枕に擦れ、ヨダレを引きずっている。
連日の疲れ具合をよく表している姿でねていた。
だか、そんな事は関係のない鬼の子2人は、和昭を容赦なく叩き起こす。
だか、和昭も必死。こちらももちろん容赦はない。
涙を溜めているふたり。少し泣きながら覚えた電話で静かに電話をかけた。
「うんうっうんっし、ししずこぉ。えーん」
ノルンダルンが泣くのを堪えながら、静子に電話をかけたが、声を聞いた途端我慢の糸が切れてしまった。
「!!!今すぐ行くから待ってなさい」
ものすごい速さで、タクシーを飛ばし到着した静子は、急いで裏口から家に上がって2人を見つけた。
2人は壁に寄り添い、膝を抱えていた。
静子はすぐに2人を抱きしめ、連れて帰った。
「しずこぉ。オレ達腹へってる。力でない」
その言葉を聞いたノルンダルンは静子に抱きついてべそをかいていった。
「かず、ご飯ない。お米もない。教えたのに怒られた。しずこお腹すいた」
静子は2人抱えて抱きしめた。
「あと少しでうちに着くからもう少し我慢してね。着いたらご飯たくさん食べましょうね」
2人はさらに静子に抱きついた。
タクシーは、静子に言われるままにすぐさま到着し、静子は2人を抱えて部屋に急いだ。
部屋に入ると2人をテーブルのところに置き、台所へ向かった。
スクランブルエッグとウインナーを一緒に作りながら、2人のどんぶりにたっぷりご飯をよそった。すぐに出来上がる2品とどんぶりご飯をおぼんに乗せると、2人の前に置いた。
「さっ食べて。」
静子がそう言うと、2人は手を合わせ
「「いただきまーす」」
2人は夢中に食べ始めた。
可愛い2人の食事姿に心は推されながら、和昭に対する怒りが、静子の中に湧き上がってきていた。
(和昭さんも無理なら無理って言ってくれればいいのに。幾ら年数生きてる小鬼ちゃんでも、子供なんですからね。八つ当たりなんて
任せてしまっていた自分にも、非がないとは言えないけれどひどいわ。)
「「おかわりーーぃ」」
静子は2人が来るようになってから、炊飯器を買い替えた。
結婚未経験で購入となった一升釜に、何だか愛しい思いさへ芽生えていた。
プルルルル静子の電話がなった。
「はい。」
静子は電話に出た。
「あっ静子?お願いがあって電話したんだけど、今大丈夫?」
電話は静子の母からだった。
「大丈夫だけど何?」
「あのね、今日うちの病院に、朝子が来たんだけどね。すぐ入院になったのよ。悪いんだけど、朝子の家行って、今からいうものとってきてくれる?」
朝子とは、法事の時に騒いだ、青梅に住む叔母のことである。
「えっ!おばさん入院したの?どこか悪かったの?」
この叔母は、手に負えない時は苦手な静子だが、普通ならそーではない。
かえって心の拠り所くらいに、よく遊びに行くくらいだ。
「とにかく私も忙しいから、来た時にね。鍵はあるところわかるでしょ?夕方までには来れるわよね?じゃよろしくね」
静子は母の電話を切り、ご飯を食べている、ガンダルンダとノルンダルンをみると、2人に説明した。
今日の和昭には説明しても、頼りにならないだろうからなと、静子は2人を連れて行くことにした。
ガンダルンダとノルンダルンの2人は、お出かけにはだいぶなれたもので、乗り物もおとなしく乗れるようになった。動画のおかげで…。
タブレットをいつのまにか使いこなせるほどになっていた。
駅に着くと、叔母の家までは歩いて10分としない。
叔母の家の門をくぐり、すぐ右下奥の塀側に半分地中に埋まった、苔だらけの蛸壺が置いてある。その蓋を持ち上げると、中には家の鍵がはいっている。
静子は鍵を取り出し、玄関を開けた。
ガンダルンダとノルンダルンが入ってこない。だが外でなぜか喜んでいる。
「ガンちゃんノルンちゃんこっちよ。家に入って」
静子がそういうと、2人は中に入ってきた。
平屋のそれほど大きくない一軒家で、今は叔母が1人で住んでいる。
叔母の旦那様は、海外に単身赴任中で日本には滅多に帰ってこない。そんな夫婦で、いろいろ不安じゃないかと度々思っていた。
静子は母に言われた通り、荷物を揃えた。
家を出ようと荷物を持ちながら、玄関への廊下に出た時呼ぼうと思っていた2人が、玄関で楽しそうにわらっていた。
「ガンちゃん、ノルンちゃん病院に行きますよ」
2人は静子の声に振り向くと、靴を履いて立ち上がった。
「じゃまたなぁ」「またねぇ」
誰に声をかけているのか、不思議に思いながら静子は靴を履いて、外に出た。
鍵を元の壺に戻し、早速向かった。
「途中まで電車で行って、病院まではタクシーで行きますからね」
2人にそう話すと、3人は駅に向かった。
電車に乗り込み席に座ると、ガンダルンダのズレた帽子をノルンダルンが直した。
「静子ぉ。病院もすこし?」
ノルンダルンが静子にいった。
「そうね、あともう少し。」
しばらく流れる景色を眺めていたが、2人は次第にうとうとと眠ってしまった。
1人になり、落ち着いた途端にふと、気丈な叔母の病気のことが気になった。
気になったが、やっぱり変わった。
どんな病気も可能性がある年齢だと思ってしまったら、感情が悪い方にながれていったので考えるのはやめにした。
しばらくは、横で寝ている2人を堪能することにした。
「かわいい」
あと一駅というところで、静子は2人を起こした。
まだぼーっと寝ぼけている。
着いてからもうとうとしてしまうので、荷物と共に2人を抱き抱え、ホームに降りて駅を出た。
「重い…」
駅もそこそこ大きいから、タクシーが常にいる。呼ばなくても良い分助かった。と、そう思いながら、病院までむかった。
病院に着く頃には2人はちゃんと目を覚ました。
「受付行ってくるから、少しだけここでまってて」
と、静子に言われると
「わかった」と2人は待ち合い椅子が並ぶところに立って待った。
待っている間、ピンクのパジャマを着て、毛糸の帽子を被った女の子が、点滴を持ちながら歩いてきた。
マスクをしながら少し咳き込んでいる。
「ガンちゃん。可哀想だね」
ノルンダルンがガンダルンダに声をかけた。
ガンダルンダは、そのこのところに歩み寄った。
「お前、名前なんだ?咳苦しいのか?」
女の子はクリクリっとした目をみせ、特に驚くこともなく、言葉を返した。
「なまえは、まみだよ。これから先生の診察なの。苦しいけど大丈夫。コホコホ、いつものことだもん。」
「まみ、俺と握手しようぜ。病気がよくなる内緒のおまじないしてやる。内緒だぞ。」
「うん」
まみちゃんは素直にためらいもなく、ガンダルンダと握手した。少し長めの握手の後、タイミングよく、ノルンダルンがガンダルンダを呼ぶ声が飛んできた。
「ガンちゃーん!静子きたよぉ〜」
ぎゅっと握手していた手を離し、「じゃまたな」と、ガンダルンダは2人の待つところへ走っていった。
まみちゃんは、ガンダルンダに手を振り返し、診察室に向かった。
「ガンちゃんどこいってたの?ダメでしょ」
静子にそう言われながらも、2人は笑っていた。
エレベーターを5階まであがると、ナースステーションが目の前にでた。
ガッチリとした男性の看護師が、静子たちを見かけて声をかけてくれた。
「看護師の源条 頼子、母なんですが、母をお願いします。これから、叔母がこちらでお世話になりますので、そのことで呼ばれました」
その看護師は物腰柔らかに
「少々お待ちください」というと、中で電話をかけ始めた。
「源条さん今すぐ来るそうなので、そちらでもう少しお待ちください」
「ありがとうございます」
3人は壁に寄りかかるように待った。
「ガンちゃんさっきの子は治った?」
「くくくく。きっとびっくりするぞ」
「そうだね。ぷぷぷ」
2人が楽しそうにしている会話に耳を傾けていなかった静子は、ただ2人が楽しそうにしているだけだと思って、母の来るのを待っていた。
「ごめんねぇ。お待たせ。」
母は階段で上がってきたようで、少し息を切らしていた。
「言われた通り、必要なもの持ってきたけど、おばさんの容体はどうなの?」
母は、静子の持つ荷物を預かりながら
「ちょっと脇の部屋借りるわね」
と仲間に告げると、その部屋に連れて行かれた。
「はぁ、やっと落ち着けた。忙しくて忙しくてこーでもしないと少しも落ち着けわしないわ。」
部屋に入るなり、静子母が、そこにおいてあるソファーに1番に横になった。
「かぁさん…。おばさんは?」
少し呆れ気味に静子は言った。
「朝子は大丈夫よ。胆石だから手術したらすぐ退院できるわ」
「なんだぁ。重い病気じゃなくてよかったぁ。」
静子もソファーに座った。
鬼っ子2人は手を繋いで立っている。
ソファーに横になっていた母は体を戻して座った
「静子。この子達は?」
静子は何も考えていなかった。
当たり前にいる2人に慣れすぎて、全く母のことまで気が回ってなかった。
嘘をついても突き通せないと静子は思った。
「お母さんこの子達知らない?見たことない?」
元々は母の実家にいた子達、聞いてみた。
「えっ?!何で?あたしも知ってる子達なの?でもわかんないわねぇ」
すると突然静子の携帯が鳴った。
「お母さんこの部屋電話でても大丈夫?」
母に了解をとり携帯を見ると、和昭からだった。
「静子2人といる?俺、起きたら2人がいなくて」
呆れた静子は
「私といます。和昭さんに怒られて、泣いて電話してきたのよ。」
「うわっ、悪い。静子といるなら安心だ。で、今どこいるんだ?家か?」
「朝子おばさんが、母のいる病院に入院したっていうから荷物届けに来てるわ。和昭さんも来る?来るなら車で来てほしいのよ」
和昭との会話だと知った母は、静子のケータイを取り、
「和昭ちゃん?少し遠いだろうけど待ってるからいらっしゃい。たまには一緒にご飯でも食べましょうよ。」
と、話した。
めんどくさい。と言いたかったが、和昭は向かうことにした。
電話を切った静子に、母は再度質問した。
「それで、この子達は?」
静子は2人を呼んで、膝に座らせると、2人の帽子をとった。
「こっちの子が、鬼の子のガンダルンダちゃん。で、こっちの子が同じ鬼の子のノルンダルンちゃんよ。前はばあちゃんと住んでたのよね。今は和昭さんと住んでるわ。」
母は「何言ってんの?」と信じていない。
「普段は肌の色を抑えてくれてるからわからないだろうけど、鬼の子なの。前の法事の時に2人にあって、それからずっと可愛がってる。和昭さんと私で」
母は、イマイチな顔をしている。
「おばちゃんおばちゃん。おれ、おばちゃん知ってるよ。小さい時会ったもん。納戸にいた俺達にたまにばあちゃんと来て、おにぎりくれた」
ガンダルンダがそういうと、
「美味しかったよねぇ。あやとりも一緒にしたよ」
と、ノルンダルンも言った。
静子母はしばらくボーゼンとしながら、思い出そうとしていた。そうして、思い出そうとしたことも虚しく、
「ごめんなさい。悲しいけど覚えてない」
となった。
「あたしも法事の時、最後まで残ってなかったらきっと出会えてなかったと思うし。ほんと奇跡的な出会いだったのよ。今じゃ慣れちゃってこんな感じだけど」
と静子はいった。
「和昭ちゃんがよく一緒にいるって言ったわね。」
「う…うん。そうね」
半ば強引に引き取らせた静子であったため、何も言えなかった。
「でも、2人可愛いわぁ。怖くないから、おばちゃんにぎゅっさせて。」
静子母はソファーから離れ、静子の前にしゃがみ、2人の目線に合わせていった。
「いいぞ」「いいよ」
2人がそう言うと、静子母は我慢してたかのように、がばっと抱きついた。
「きゃーーー!可愛いぃぃぃ」
2人はきゃっきゃ喜んでいる。
「なんか不思議よねぇ。私より年上なのに子供なのよ、この子達。静子や和昭ちゃんじゃなくて私が面倒みたいわ」
「かぁさん…。仕事忙しいから無理でしょぅ」
「あら。なら休みの日に2人と遊園地くらいどうよ。遊園地行きたいわよねぇ」
静子母は、2人を抱きしめながら言った。
「遊園地って何?」ノルンダルンが静子母に聞いた。
「すっごく楽しいところよ」
と静子母が言うと、ガンダルンダが身を乗り出し、
「おばちゃん!いつ?いつ行くんだ?俺も行く」
と静子母の顔の前でいった。
「おばちゃんのお休みの日がまだわからないから、わかったらみんなで行きましょうね」
外の忙しさを考えぬまま、時が過ぎていった。
静子母と鬼っ子2人はすっかり仲良くなっていた。
静子母の院内携帯がなった。
「はい?源条。どうした?」
母の電話は和昭の到着の電話だった。
看護師に案内されて部屋に入ってきた和昭に気がついた2人。
すると、ガンダルンダが静子母に
「あいつ悪い奴。俺たちお腹減ってた。でもご飯なかった。俺たち教えてやったのに怒った。」といった。
「まぁ!いけないわね。そんな和くんには、おばちゃんがめっ!してあげるからね。だから罪滅ぼしとして和昭くん。みんなで一緒に遊園地行くのよ。これ強制ね」
着いた早々、頭の痛い状況に、和昭はボーゼンとしていた。
「おばさん…。何言ってんですか。それよりも青梅のおばさんは大丈夫なんですか?荷物あるけど、病室行かなくていいんですか?」
和昭は、だいたいの状況はなんとなく理解したので、本題を突きつけてみた。
静子母は、和昭の言葉にもっともだと理解し、ガンダルンダとノルンダルンに帽子を被せると、
「そうね病室行きましょう。もっとこの子達といたいけど…」
荷物を持ち上げ、皆で部屋を出て病室に向かった。




