お盆
8月のお盆休み。
和昭は庭に、子供用というには大きめなプールを出していた。
庭の水道から繋がれているホースを持ち、和昭は水を入れている。
縁側に水着を着た小さい2人が、今か今かとそれを眺めている。
すぐ入ろうと考えているだろう2人を見て、忠告しておかないとかなと、ハラハラ見ている和昭だった。
「…水入れたばかりだと冷たいぞ。しばらく太陽で温めないと」
2人は黙って、ずっとホースから出てくる水を眺めている。
(なんで静かなんだ?)と思いながら、目線をプールに移した和昭をよそに、
ノルンダルンがガンダルンダに耳打ちをした。
「もういいかな」
「もういいよな」
和昭が蛇口を締めようとホースを放した時、縁側から2人は元気よくプールに飛び込んだ。
冷たい水に心配していた和昭だったが、水温は2人に心配無用なようだった。
先日、実家から帰って来るなり、突然大きな荷物が届いた。
誰から送られてきたのか。
送り状を見ると、その文字は明らかに静子だった。
すぐに電話をすると、向こうはすぐに出た。
「あー届いたのね。毎日暑いし、和昭さんも一緒に遊べるサイズにしといたから。じゃあ、いそがしいから、またね」
と、電話を切られた。
全く何だかわからないが、面倒なものじゃないことを祈ろうとおもった。
すると、いつの間にかノルンが側にいた。
「ねぇ、それなぁに?」
箱も大きいし、意外と重い。
「静子からお前達にだそぅだよ。向こうで開けてみようか」
奥の部屋に持って行き、包みを剥がすと、大きな箱がでてきた。
その箱は大きく、見れば、プールで水浴びをする写真が載っていた。
「プールかよ」
そう言った和昭の顔を、ノルンが覗き込みながら
「ぷーる?ってなに?」
といったので、和昭は箱の写真を指さして、
「こーやって遊ぶものだよ」といった。
「お風呂?」
「冷たいお風呂さ。明日から休みだし、作ってみるか」
ガンダルンダはこの時、お気に入りの魔法少女のアニメに夢中になっていたため、この時はまだプールの存在は知らなかった。
そういう流れで、和昭家では届いた翌日、プール開きとなった。
静子は2人の水着までつけてきたから、それを着せて入らせることができた。
2人はじゃれあい、楽しそうに遊んでいる。
「今はこんなにもでかいのがあるんだな」
昔の、浅いビニールプールを思い出していた。
子供の時はそのプールがとても楽しいものだったと、幼心を思い出した和昭だった。
「和も一緒に入ってあそぼ」
しばらくして、ノルンが言った。
「んーー」
毎日暑い日が続いている。
実際今日も暑い。気温は体温を超える勢いだ。
そんな暑い中、今は連休。
目線は上目に少し考えたそぶりを見るたが、和昭は一気にそのままの格好で、プールに飛び込んだ。
「「わぁーー!!」」
水飛沫もさることながら、大きな波に、それに喜ぶガンダルンダとノルンダルン。
「かずぅーー!やめろぉ」
「かぢゅーーきゃー」
和昭はプールで暴れつづけた。
鬼の子2人はものすごく喜んだ。
その夜、和昭は瞬殺で寝た。
明け方3時50分。
和昭はコソコソと話す声に目を開いた。
耳をすましてみても、何を話しているのかわからない。まだはっきり覚めていない頭と体が重いが、聞こえる場所までゆっくりと這って移動してみた。
話し声が近づいた。
「おにこさまぁ。会えると思うておりませんでした。わしゃぁ感動しとります」
「おに子さま。盆の煙に誘われて来てみるもんですね。お会いできて嬉しいです」
和昭は手前で、なんとなく大きな悪寒を感じた。
恐る恐る音を立てないように腹ばいに這い、のぞける位置まで到達すると、覗いてみた。
すると、鬼2人は裸で横並びに並んでいる。
(なんで寝巻き着てねかせた2人が裸なんだ)
心でそう思う和昭には、2人のお尻が見えている。
そしてその2人の前には、恐ろしいを通り越すほどの幽霊が群がっていた。
「源じぃに、おまえは小夜。りゅうと亀吉。みんな元気になってよかったな。」
ガンダルンダがそう話した。
「ガンちゃん違うよ。みんな父様の所からきたんだよね」とノルンダルン。
「あっ、そーだった」
2人は顔を見合わせ笑いあっている。
「本当にお二人は可愛らしいまま。あの時は、おに子様たちに本当に救われました。こうして死んでなお、お会いできるとはなんという幸福。」
(今の時代とは違う格好をした幽霊たちが、俺の家にたくさん)
「今もきっと沢山の命を救われているのでしょう」
「お2人、どうぞお達者で。あっしらは明日の夕には帰りやす。オヤジ様には皆からもよろしゅう言っておきやす」
しばらくやりとりを見ていると、幽霊たちが、鬼2人と別れの挨拶を始めた。
確かに、もう日が昇る。
別れを惜しみ、涙を流す幽霊に、ひたすら拝んでゆく幽霊。鬼2人は、別れを惜しみながら去って行く幽霊たちに、ひたすら手を振って見送っていた。和昭はすっかりひどい悪寒で目が覚めていた。
しかし、こんな体験は初めてだった。
初めての幽霊に、何気なく過ごしていたお盆の意味が、そこにきちんとあったことに驚いた。
自分の家が幽霊でいっぱいになっていることもだ。
鬼の子に出会った時点で分かりそうなものだったが、まだまだいろいろ不思議な世界が繋がっていなかったことに、この時気づいた和昭だった。
(病を治すちから)
この力は前回知ったけれど、今の世では、あの時代のように大っぴらに使わせてはいけない。そう思いながら
「面倒くせぇ」
と仰向けになり、天井に向かって声をはいた。そして普通に立ち上がり、自分の寝室に戻った。
日が昇るにつれて、声は消え、2人の賑やかな足音だけになった。




