はじまりの法事
「和昭さんちょっといい?。」
静子が庭先にいた従兄弟の和昭を呼んだ。
緩やかな風が流れる。
空を眺めながら咥えていたタバコを消して、静子に声をかけた。
「なに?どしたの。」
縁側に足をかけ、そこにかかる柱に右手をかけながら言った。
「いやね、青梅のおばさんが騒ぎ始めちゃって。困っているのよ」
和昭は上がりきった所で、ポケットに手を入れた。上背があるせいか、やや猫背でダルそうだ。
「なんで。あのおばさんこう言う集まりになると吠えるよなぁ。呼ばなくて良いんじゃねぇの?」
先に廊下を進むと静子はその後からついていった。
「そうもいかないでしょ。死んだばぁちゃんの娘なんだから」
祖母の3回忌でみんなが集まっている。
トラブルメーカーとは、どの身内にも1人はいるもので、その対応に和昭が呼ばれた。
祖母は5人子供を産んだ。
長男 鷹一長女 頼子二男 鷲二三男 隼三郎二女 朝子
要はこの、1番下の朝子と書かれたおばさんが騒いでいる。和昭は三男の隼三郎の息子で、静子は長女の頼子の子。
このおばさん、こうやって集まるたびに遺産はなかったのかと騒ぎ始める。
歳をとってきて、生活も大変なんだろうけど、死んだばぁちゃんも1人で頑張ってた。いい大人がこうやって騒ぐ理由が、金の亡者とはなんともみっともないものだ。
和昭は騒ぎの現場にいくと、口論しているおばさんの背中の服を掴むや否や、玄関まで引きずった。
おばさんは慌てた様子もあり、離せと声をあげるが、そのまま引きずる。
「毎回毎回同じことをうるせぇなぁ。今日はもう帰れやおばさん」
猫背の和昭が上から見下げて言うと、何か言いたそうな悔しそうな顔をしていた。
静子はすかさずにっこり笑顔で荷物を渡した。
「お疲れさまでした、おばさま。お気をつけて」
そして、右手を振った。
玄関の扉は大きな音をたてて閉められた。
扉が閉まって一呼吸ついたとき、静子はほっとしていった。
「はぁ〜。ありがとう和昭さん」
和昭はだるそうに振り返ると、頭をかきながら奥の部屋に行ってしまった。
「はぁ。なんであいつはあんなに毎回毎回こううるさいんだか。静子が和昭、呼んできてくれたのか。悪かったな。助かった」
祖母の1番上の息子の鷹一が、居間通じる廊下にひっそりと立っている静子に言った。
静子は一言「いえ」と言うと「お茶ご用意しますね」と台所に隠れるように入った。
ヤカンに水を入れ、火にかけた。
流しに手をかけて、体を伸ばした。
そう言えば運動はいつからしてなかっただろう。学生の時は、よく走っていたし、球技も大好きだった。身体もだいぶ硬くなったんじゃないかと、前屈してみた。
意外と曲がる身体に、まぁまぁ、まだ若いなぁと思っている静子をよそに、足の間から見えた顔。
静子は驚いて体を戻した。
「やだ!びっくりした。拓馬さん!んもぅ」
拓馬は会社を経営している鷹一の秘書。秘書というと他人行儀な感じだけれども、ほぼ身内と言えるくらい家族に浸透している人だ。
たまにしか会わないが、女癖が悪い。
「喪服にエプロンで前屈なんて、誘っているとしか思えないんだけれど。」
太ももからお尻に向かってゆっくりと指が上がる。そしてそっと、スカートのなかへうつるとその5本の指は静子の中を熱くさせる。エプロン下の胸を、後ろから彼の右手が伸びて、静子は声を上げてしまいそうになった。
「た、、拓馬さん。みんながいるからや、やめて」
力強い腕が私の体を締め付ける。細く見える彼でもその身が変わったかのように力強い。
「お願い。お願いだから」
本当はこのまま、のまれたかった静子だが、建前はそうは行かない。
「静子ぉーいるんだろー?」
ヤカンの吹く音が聞こえた鷹一が居間から声を掛けた。
「いますー。」拓馬は手を離した。
30も後半に差し掛かろうとしている女に、拓馬の手は欲望に導かれる悪魔の手のようだった。
「もう向こうに行ってください。お茶持って行かないと」
拓馬は「2人きりなら良かったのにね」と言い残して、今の方に行ってしまった。
熱い。水は滴りながらも、寂しい身体に熱さがのこった。
法事も終わり、皆が帰路にたった。
ここは、二男の鷲二叔父さんが管理している。
おじさんの家はここから10分くらいの場所にあって、週2回ハウスキーパーが入って掃除をしていく。
古い家で趣があるので、出来るうちは温存しておこうと言うことになった。
祖父はこの辺りの地主で、祖母も名家の出だった。
祖父が早くに亡くなった為、祖母が5人を育てた。5人ともそこそこ立派な仕事に就いた。さすが母親。毎回法事で揉めてる5人を、良くまとめ上げていた。静子はそんなことを考えながら、片づけをかって出たため1人この家に残っていた。
昔ながらの家だけれどもこう1人でいると、とても広く感じる。そして、にぎやかだった後の静けさは、ものすごく静かに感じる。
台所の水道と食器の音が唯一の音。
片付けを終えた静子はエプロンをたたみながら縁側に向かった。
そんなに広い庭ではないが、縁側に座って眺めるのには丁度いい広さで、静子はそこに横になった。
夕暮れ時の風が静子の足に優しく吹き抜ける。
空に流れる雲がゆっくりと流れていく。
うつらうつら始めた静子はいつも間にか寝てしまった。
「おい、おまえ!エッチなやつなのか?www」
「だめだよ!そういうこといっちゃ」
「こいつ寝てるからわからないだろwwえっちしてたぞ」
「ちがあぁぁあっ!!起きそうだよ」
静子は暗くなった縁側に、しかも真っ暗闇な家の中ですっかり寝てしまっていた。
「すっかり寝ちゃった。帰らなくちゃ」
静子は雨戸を閉め、荷物のある居間に向かった。
「あいつ行ったな」
「良かったぁ見つからなくて。」
「あの人が帰ったらさぁ鬼ごっこしようよ。」
「おれら鬼なのに?ww」
「ガンちゃん鬼やってww」
「じゃあ、おれ怖い鬼やるwwww」
静子は荷物を持ち、玄関で靴を履くと外から扉を閉めた。
そんな静子を内側から見ていた者たち
「バイバァーい」
「さようならぁ」
外で鍵の音がしている。
「「wwww」」
「お前らなに?!」
和昭の声。
「ガガガガガガンちゃん」
「隠れろぉー!」
誰もいないと思っていた後方から現れた和昭に、鬼の2人は驚いて、逃げた。
和昭はその変な2人をすぐ両の片手で捕まえて、持ち上げた。
「うわぁわん。うわぁーんガンちゃんどぅしよう。え〜ん」
「なくなよぉ。なくなよぉぉぉ。えーんこわいよー」
和昭は持ち上げた2人が泣き始めたので、捕まえたまま床に下ろして話しかけた。
「お前らはなんだ??お化けか?」
「お、お、ばけなんかじゃないやい。おいらたちもっと偉い鬼だもん!え〜ん」
鬼の子2人がこの家にいた。
じつは和昭は奥の部屋でずっと寝ていた。
目を疑う前に、面白いもの見つけた感でいっぱいだった。
「中に誰かいるの?」
静子は玄関の扉を開けた。
「和昭さん?と…。なに?そのぉえっそのぉ」
静子は止まっていた。
「とりあえず中入れ!静子!そして扉を今すぐ閉めろ」
和昭はいった。
「あっあいつ、エッチなやつ」
泣き顔を拭いながら鬼の子は言った。