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恐怖! 走り出す仮設トイレ

作者: 城河 ゆう

 これは、私の友人であるA君が、数年前に経験したお話です……


 A君が働いていたのは、地元でそこそこ名の売れた警備会社らしく、その日は県外からも沢山の人が来場するような大きなお祭りの会場で、警備や交通整備などを行っていたのだそうです。


 2日間に渡って行われるお祭りのため、警備員も総動員して、入れ替りで休憩や仮眠を挟みながらの警備でした。


 A君も、本当ならどちらか一日だけの勤務で良かったところを、深夜手当などが美味しいからと2日共勤務を希望してしまったそうです。



 今となっては、それがそもそもの発端だったのでしょう。



 時々挟む仮眠と、一本千円近くするお高目の栄養ドリンクを駆使しながら、2日間の勤務を無事に成し遂げたA君は、その月の給料への期待と、何より眠気の限界を超えたためか、テンションがおかしくなってしまっていて、それを見た同僚達から――


「車の出入りも落ち着いてきたから、一眠りして来たらどうだ?」

「そうそう、あとは任せとけって」


 ――などと声をかけて貰い、「まぁ帰るまでに事故っても意味ないし、お言葉に甘えますか」と、現場リーダーに声をかけてから、自分の車で一眠りさせて貰うことにしたそうです。


 でも、やりきった高揚感が脳を活性化させているのか、なかなか寝付けません。


 しばらく車で横になっていたものの、一向に眠気がやってこないまま、10分が過ぎ、20分が過ぎ……



「――ダメだぁ! やっぱり寝れない!」



 スマホの時計を確認すると、午前4時前――会場の片付けも、そろそろ終わりに差し掛かった頃です。


 それならいっそ、眠気が来るまで仕事していようと、仕方なく皆の所に戻ろうとしたところで、あの事件が起こりました。



 A君は突然、猛烈にトイレに行きたい衝動に襲われたのです。



 会場となった広場のトイレは、現在地の反対側。


 広い敷地と、あちこちでやっている片付けの関係で、どんなに急いでも10分くらいはかかってしまいます。


 かといって、まだまだ片付けのために人が沢山いるため、その辺の茂みで……と言う訳にも行かず、しかして時間が経つにつれ大きくなっていく下腹部の痛みが、もう限界が近い事を如実に主張していました。


 どうしようか……


 悩んだのは一瞬。


 ふとA君の目に留まったのは、会場に設置されていた仮設トイレでした。


 会場の撤収と共に回収するためか、クレーンで吊り上げられるように両サイドを縦にロープで固定されてはいるものの、扉は固定されず普通に閉められているだけ。


「助かった! まだ使える!」


 若干内股になりながら出来る限りの速度で仮設トイレに駆け寄ったA君は、ノックもそこそこに扉を開けて、転がり込みました。


 そして、急いでパンツごとズボンをおろし座り込みます。



「はぁぁぁ……間に合った……」



 尊厳が守られた事に安堵したためか、さっきまで全く感じていなかった眠気が、一気に襲ってきたように感じたA君は、ゴシゴシと目を擦りながら「とりあえず出しきったら、もう一眠りさせて貰おうか……」等と、欠伸を噛み殺しながらまるで雲にでもなったかのような、心地よい浮遊感(・・・)に包まれながら、ぼんやりと考えていました。



 そして――



 次の瞬間。



 ガタン、と言う振動が伝わり、ボーッとしていた頭が一瞬で覚醒します。



 ――なんだ? 今の衝撃は?



 ――誰かが仮設トイレにぶつかったか?



 そんな事を考えたのも束の間、A君は違和感に気付きます。



 仮設トイレが、小刻みに振動しているのです。



 そう。



 まるで、エンジンをかけたトラックの上にでも載せられているかのように――



「……え? ちょっ!? 嘘でしょ!? まだ入ってますぅぅ!!」


 パニックになりかけた頭を必死で落ち着かせつつ、なんとか気付いて貰おうとトイレの壁を叩きながら声を上げたA君でしたが……



 ……外からの返事はありません。



 ちぃ……と舌打ちしつつ、さすがに下半身丸出しで出るわけにも行かないと、急いでお尻を拭いてズボンを上げます。


 ベルトを締めるのは後でも良い、とばかりにトイレの扉を開けたのと、トイレを積んだトラックが走り出したのはほぼ同時でした。



 まだそれほど速度はない!


 行ける!



 徹夜による寝不足や、給料への期待によってハイになっていたA君は、「とぅっ!」と大きな声を上げながら両手を大きく広げ、荒ぶる鷹のようなポーズでトラックの荷台から飛び降り――



 そのまま、ズサァァと土埃を上げながら着地したA君は、まるで戦隊ヒーローのように、片膝立ちの体勢でポーズを決めました。



 一瞬の静寂。



 つい今しがた自分達が誘導して送り出したトラックから飛び出して来て、ドヤ顔でポーズを決めているA君を、目を見開いて呆然と見つめる同僚達。



 仮眠してたんじゃなかったの?


 とか。


 何で走り出したトラックから出てきたの?


 とか。


 何でドヤ顔なの?


 とか。

 

 他にも沢山の言葉を飲み込んで、やっとの思いで同僚の一人が半笑いで発した言葉は――



「いや、どうしてそうなったの……?」



 ――だったそうです。



 ちなみにA君はその後も、“動き出した仮設トイレから、荒ぶる鷹のポーズで飛び出し、ヒーロー着地した男”と言う、微妙に事実が歪んだままで、伝説の男として代々語り継がれる事になったのでした。

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