72話 突飛なお願い
そんな訳で逃げるように店の最奥まで。……と言ってもそこまで大きなショップじゃないからすぐに追いつける程度の距離なんだけど、まぁ気持ちの問題だ。
店の手前と奥では少しだけ様相が違って見える。おいている商品の雰囲気が。うまく言語化はできないけれど……まぁ売上のための置き方みたいなものだろうか。見ていて気付いたのは奥においてある商品のほうが高い気がする。値段が。質については俺の知るところではない。
「悩んでるの?」
「はい……デザイン的にも質的にもよさそうではあるんですが……」
店の奥のほうに来たのち。フィリアが一つの商品を見つめてうんうんと唸っていた。耳飾りくらい買えば良いじゃないか、と思いつつちらっとその商品の詳細を確認すると。
(……!)
高い。値段が。いやまぁ今の俺達なら普通に出そうと思えば出せる程度の額ではあるんだけれど、ダメージがゼロという買い物でもない。普通に懐が痛い。
まぁ最終的な金銭の管理はフィリアに任せてるから俺がどうこう言えるものではないと思うけど。
「やはり値段がネックでして」
「あー……」
ここでスッと彼女が持っているアクセサリーを取り上げて、代わりに購入してプレゼント……なんてことが出来る男だったら格好良かったんだろうけど、そんな度胸も財力もない。
……なんて思っていたところに俺たちの後を追いかけていたのだろうか、レンが割り込むようにやってくる。
「何、それ買うの? 出すよ」
そういうと彼女はひょいとフィリアの手からアクセサリーを横取りするかのように持ち上げる。それから当たり前かのように店員の方へと持って行き、勝手に会計を済ませてしまう。そんな彼女の行動に俺もフィリアも呆気に取られて反応すらロクに返せなかった。
「ありがとうございましたー」
「ほら」
店員とのやり取りを済ませてから彼女はフィリアへと購入したアクセサリーを渡す。そこで漸く俺たちは正気に戻れた。
「! ……いや何を……いったい?」
「お金出してあげただけ」
「ええと、そうなんだけど、じゃなくて……行動の理由を聞きたくて」
「この前の分、借りがあるから」
気になって少し聞いてみた。どうやら彼女の中では俺と共に行動をしたあの一夜、あの時の謝辞がまだしきれていないという気持ちのようだった。確かにあの後、アイテムドロップを譲ってくれそうな流れこそあったけれども、俺の方から断ったとは言え、彼女の中では若干しこりのように残っていたらしい。それを半ば無理やりこういった形で解消した……って感じなのかな。
「で、でも……これ結構値が張る奴ですよ?」
「そ、そうですよ!! 逆にお返ししないと……ってくらいで」
「逆に……」
こちらの言葉にどこか不服そうなレン。これでチャラにしたかったところにこの引き下がり具合だから……ということだろうけど。
彼女は少し悩んだあと、口を再び開く。
「……それなら少しの間だけきみたちのパーティーに入れて」
「はい?」
あまりにも突飛な提案であった。
あまりにも唐突が過ぎて、時が止まったような気すらした。この人は何を考えているのか、やはりよくわからない。
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「別に構わないですけど、なんでまた……」
「なんだか二人が羨ましく見えて。でも理由がよく分からないから、一緒にいたら分かるかな、って」
彼女なりに、自分自身のことを多少でも理解しているのかもしれない。意識的なのか無意識なのかはわからないが、踏み出そうとしているのであれば、ソレを断る理由などどこにもないだろう。
少しばかりの気がかりとしては隣にいる人間の存在くらいか。
「フィリア的にはどう?」
「ミヤトさんが許した以上、ここで断るのはあまりにも性格が悪すぎますよ。それにコレ買っていただいた恩義も一応感じてますし」
そう言いながらもやはりどこか不服そうであるが。
しかしこれで一応話はまとまった。ならばあとは新生パーティとして再出発……と言いたいところではある。が。
次の目的地とか無いんだよな。
そもそも俺がこの街まできた目的はそれこそ目の前にいるレンにあうことが目的だ。つまり達成してしまったわけでこれからの目的地も目標もない。いや強いて言えば元の世界に戻るための情報集めを諦めている訳じゃあないけど、その為に今すぐ出来ることがあるかと言われると……だし。
情報……情報……。
「レン……さんの方でなにか、こう俺たちの世界について把握してたり、とか……」
「レンで良いっていうかタメ口でいいよ」
そう返される。年上だし冒険者歴としても敬語であるべきとは思うけど向こうから言われたのなら受け入れよう。多分フィリアは無理だが。
「んんッ……じゃあ、改めてええと、取り敢えず次の目的地が決まってないんで、そこをまず決めなきゃってところで……」
咳払いを一つ。少し言葉遣いとしてはぎこち無いけど今はこれで勘弁してくれ。ひとまずはこれで話を続ける。
「つまり、その目的地を設定できそうな情報が欲しいってこと?」
「まぁそんな感じ……。具体的にどうしたいかは決まってないけど、最終的にはやっぱり元の世界に帰る手立てくらいは欲しいんで」
そういうと、レンは手を自らのあごに充ててううむ、と唸るようなポーズをとる。何か知っていることがあるんだろうか。
「ここから南の……リーオの端に噂を聞いたことはある」
「リーオの」
「端……」
実際にはやや南西気味で、トランキーロの街にほぼ近いような位置取りとのこと。トランキーロというとこの街に来る前滞在していたところではないか。つまり来た道を若干戻るような道のりになるのかな。レン曰く、そこに異世界人がいる……ということか。
「まぁ、あくまで噂。詳細わからないから、訪れたことはまだない。聞いたのもここ最近だし」
ということは、彼女が持っている転移の魔法は使えないということか。再び歩きになってしまうがまぁ問題はないだろう。
「それじゃあとりあえず、そのリーオってところに向かう為の旅支度……から?」
「そうですね」
フィリアとレンが頷く。そんなわけでいったん別れることにした。




