64話 雨宿りの過去話
仕方なく平原にて雨宿りできるスポットを生み出してもらう。
魔力でもって地面を掘り返し、上手いこと人が入れるような穴を形成してくれた。大分やり方がパワープレーなことには一旦目を瞑ろう。水漏れについては地面そのものの強化で補えるらしい。なにそれ便利……。
そう言えばこの平原に転移する直前にフィリアに俺のことを借りるとかなんとか言ってたよな……明日までには戻るとかも。
もしかして転移が今日はもう使えない前提で言ってたのかあれ……。
兎にも角にもこうなってしまった以上は仕方がないことではあるんだけど、とても気まずい。
さっきの会話を経て二人きりで雨宿りだもの。特に今はやることもなく、ただ降り続ける雨音に耳を傾けるくらい。一層気まずくなってくる。
「……今はこうして時間潰すしか出来ないから、雑談でもしていようか」
そうレンから口を開いてくれたわけだけれど、会話の糸口みたいな物を見つけるのは下手くそなもので毎度困る。今も困ってる。
そうして流れる僅かな沈黙を断ち切るかのように、再びレンが口を開く。
「キミ、よく自分なんかに会おうとしたね」
「えっ?」
「この街に詳しい冒険者は、私のこと避けるから……」
それはどこか物憂げで寂しそうな表情を感じた。なんとなくフィリアのことを思い浮かべたりもしたが、彼女よりもこう、闇というか触ってはいけない何かがあるような気がしてならない。
「ミヤト……ってキミ、日本人だよね?」
「そ、そうですけど……」
「名前が明らかに日本名だし、髪色とか目の色とか……」
確かに髪染めはしてないし、目は当然黒目である。それなら逆にレンという名前であまり確信は持てて無かったけれど、その見た目からしてレンもまた日本からきた異世界人か?
「月堂……蓮……これが本名。久しぶりに本名いったかも。名字を気にするのなんて、何年ぶりかわかんないや」
「なん……年…ぶり?」
少なくとも彼女はこちらの世界に来て長いらしい。じゃなければ何年も名字を気にしないなんてことあり得るものか。推測だけれど3年くらいはこちらにいるだろう。
「うん……5年くらいかな。14歳の時に知らない間にこっちにいたの」
「14……っ……」
中学生かそこらだろう。そんな年齢でこっちに落とされたというのか。高校生の俺ですら今はともかく最初は不安が無かったわけじゃない。
フィリアに出会って、それでもって異世界人という単語を聞いたからこそある程度は落ち着いていられた。
「たまたまこの街の近くの平原に落ちて、街についたらギルドに拾われて。生きるためには冒険者になるしかないって感じで……それで色々あって今に至るのかな」
あまりにもざっくりした半生。だけれどもその端的さであっても、今までの苦労というのは想像に難くない。齢14に課されるモノとしてもう少し神の手心とかなかったのかな……。
それこそ今どきなら神様的な存在によるありがたい介助とかあってもいいだろう……と思ったが俺にだってそんな存在現れなかったから、無しであることが標準か。
「……って平原ってそれこそココとかですよね?」
まぁ今は地面の中にいるみたいな状態だから、平原感は全くもって存在しないけど。それにしたってそこら中にモンスターがいうる状態な訳で、その状況下で襲われようものならトラウマ必至だろうに……。それが例え傷つかぬ加護のようなものを受けていたにせよ。
「そうだよ。防御のお陰で生き延びることは出来たからね」
さも当たり前と言わんばかりの平熱な口調である。
「そんな深刻そうに捉えなくていいよ。当時は兎も角、今となってはただの思い出でしかないから、笑い飛ばしてくれればいいよ」
という割には彼女の説明というか語り口はとても平坦であるから笑いづらいんだがな。
「……キミ、何時の時代の子なの?」
「いつ……ええと年齢的には18歳で……多分レンさんと変わらないと思いますよ、2020年ですから」
「そう……みたいだね。言葉的には関東の子? ……いやこの世界だと、言語認識の効果で標準語になってるのかな」
「あーどうなんでしょう。いやでも自分は関東付近ですけど」
「そうなんだ……関東、行ったことないや」
「ってことは言語認識が働いているのか……」
「そうは言っても、方言みたいなもの無かったから……それにこの世界いたらもとの言葉忘れたし」
地方出身の人が東京の世界に慣れすぎて標準語に染まり切った……みたいな感じなのかな。
どうやら彼女は西側の方出身らしい。ぱっと関西弁だの博多弁だの浮かんだけれど、どちらにも属さないとか。じゃあ四国とかあの周辺とかか。少しだけ彼女のパーソナルな部分が知れた……かな。まぁだからと言ってレンのアレやコレやが分かったということは無いんだけれど。
寧ろ、その言葉やら態度、声音含めて計り知れないという方が正しい気がする。一見興味があるように見せかけてその実無関心であったり、逆にそっけないように見せかけて何処か気にしている様子を見せていたり。
ちぐはぐとも言えるだろうか。兎にも角にも彼女という存在はよく分からない。明らかに心の状態が正常には見え無さそうだから、その辺りだろうか……。それと少しばかり関わるだけで気づいたけれど、恐らく人との距離感というものもあまり理解できていなさそうである。
明らかに初対面の人間に対して気安いし、近いし。これも異世界特融のアレという可能性もあるけれど……。何にせよフィリアがいなくてよかったかもしれないな。
ふうと心の中で一息。
「キミは……この世界に来たのは最近なの?」
「ああ……はい。大体数か月前とか……だったかな」
そう言えば最初にフィリアと出会ってからどれくらいの月日がたったんだろう。この世界にはスマホは勿論カレンダーなんてものもない。日々の時の流れは何となくわかれども正確な日数となると記憶するしかない。故に覚えている訳がないのである。
「最初は森でしたかね……たまたまフィリアに遭遇して助けてもらった感じで」
「フィリア……って一緒にいた……」
「ああ、そうですそうです。フィリアがいなかったら……それこそ異世界きて数分で死んでたと思いますよ」
「ふぅん……」
彼女もとい彼には助けてもらってばかりである。向こうがソレについてどう思っているかは分からないけど。
……フィリア今何しているんだろう。俺とレンとか突如消えた、というのが彼女の視点であるけれど……。今頃必死になって探していたりするんだろうか。
雨が止むか彼女の転移魔法が使えるようになったら早い所街の方まで戻らないとな……。
そんなことを考えている俺の方をじっと見ながら、レンがふと口にした。
「キミ、あの子のこと好きなの?」
「へっ!?」
 




