52話 近く
「わっ……わ……しは……」
フィリアの言葉を咀嚼して知覚する。本当に好きなのは誰であるか……を。
それは彼女にとってはとても近くにいた存在で、それと同時に好きになってはいけないと勝手に思いこんでいた存在――。
「わた……しが……好き、なのは……」
答えは得た。
■
3人での日々を終えた。結局チェーニの男嫌いが治ったのかは不明である。結局男への耐性がついたかどうか、というのは俺としか関わっていないからな。
……まぁ俺との会話が滞りなく出来るかと言われたら少しばかり口を閉ざしてしまうけど。前よりはマシになってはいるけれど、それでもまだまだつっかえているし、フィリア越しの会話がやはり多いまま。確実に前よりマシだとは胸を張って言えるけど、完全ではないという感じだ。
とは言え当初シデロスに言われた日数自体は一応経過しているしというところもあって戻ってきた形。
「オレぁこいつの男嫌いをどうにかしてくれって頼んだと思うんだが……」
そうして戻ってきたシデロスが営む武器屋での一言。彼からの依頼は端から端まで完了したとはとても言い難い結果ではあるけれども手ごたえ自体は十二分。何より心の奥底からとある感情を掘り当てることが出来たのだからそれ以上に喜ばしいことは無いだろう。
彼女はシデロスへの思いを自覚した……いや再認識した、というべきだろうか。
そんな訳でチェーニはシデロスの方へくっついている。それは俺たちが初めて出会ったときに見た、背中に隠れるそれではない。まだ恥ずかしそうな仕草こそ見せているけれど、その体は背中にではなく彼の腕に引っ付いている。
「まぁテメェの前で後ろ隠れねぇだけ以前よりマシになったっつぅことかね」
「ははは……まぁ、チェーニさんの男性恐怖症……男の人が苦手っていうそれ自体はまだ完治とは程遠いけど……でも俺とも一応会話は曲がりなりにも出来るようになったと思う……から」
「……それで、オレの腕にくっつくのはどういう了見だ?」
チェーニの方はシデロスへの恋心みたいなものを知覚したけれど、シデロスの方はそうじゃないし、チェーニのソレも知る訳がないから、ずっと頭の上にはてなが浮かんでいるかのようである。
そこに関してはフィリアが改めて説明をしてくれた。
「……マジかよ」
まぁ若干その感情もフィリアが刷り込んだ節がないとも言い切れないが……。
「別に嫌いってわけじゃねえけど、改めて言われると変な感じだな」
シデロスは酷く冷静であった。チェーニからの好意を知って尚これである。俺の時と大違いだな……。見習いたいものである。チェーニはずっと彼にくっついたまま、一言も喋っていないので本当に改善されたやらという感じ。
「ま、こいつの状態はもう少しちゃんと見てやらねえと、ではあるが礼は言っとくぜ、あんがとな」
バチンと背中を叩かれる。めちゃくちゃ勢いの良い音と共に痛みが全身へ走った。男特有のコミュニケーションであることは理解しつつもこの体格を見てから威力を調節してくれ……。
「おら、チェーニ。てめぇも礼くらい言いやがれ」
それからシデロスは横にくっつくチェーニの頭を軽く小突きながらそう言った。さっきと明らかに力の入り方が違うじゃないか。俺もそれくらい優しく扱ってくれよ。
「あ……ぁの……えぇ、と……あ、あり、ありが……とう……ござ……ま……す」
やはりたどたどしい言葉である。けれども前と違って、シデロスの後ろに隠れたりはせず、彼の腕につかまりながらではあるけれど、俺に姿を見せたまま喋ってくれた。喋り終わるやいなやすぐさまシデロスの後ろに隠れてしまったけれど。
しかし前よりは明らかに成長している訳で、それはシデロスにも伝わってることであり、その姿を見て
彼は少しばかり嬉し気にほくそ笑んだ。
「やりゃあ出来るじゃねぇか!!」
そして彼女の背中も俺同様に叩かれている。さっきと同じくらいの音な気がするんだが、大丈夫かアレ。
「っと……てめぇ等には感謝してもしきれねえからな。こういう時はモノで誠意を示すに限る」
「?」
そもそも今回シデロスとチェーニに協力したのは、ミネの母親を治してもらうためである。であればこちらとしては借金ゼロの状態であるのだけれど……。
「ミヤト、確かテメェ武器買いに来てたろう? 一本特注で打ってやるよ」
「え……いや、でも……」
「んな顔すんじゃねぇよ! こちとらチェーニの男嫌いが少しでも良くなってんだ、まだまだ返したりねぇくらいさ!!」
そう言いながら彼は俺の腕を引っ張り部屋の奥へと連れて行く。あまりの力に抵抗が一切出来なかった。
「……っと。ついたぜ」
どさっとその場に落とされる。気づけばチェーニの姿が見えなくなっているが、多分シデロスが俺を抱えたとき同時にフィリアの背中へと移り変わったんだろう。ちらっと見えた気がしたし。
一言で感じたのはほんのりと熱いということ。多分これが鍛冶場というやつか……。幾つかの鉄塊に炉。それと見知らぬ道具たち。
「ほれテメェの獲物出しやがれ」
言われて例の欠けた剣を差し出す。
「これが前使ってたやつか……見るからに安モノじゃねえか」
俺が差し出した剣を見るなりそう言い放ってはポイと炉の中へ勝手に投げ込まれる。あれも材料として使われるという事か。
「また明日か明後日位にでもこい。特注で良いヤツ用意してやるよ」
 




