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44話 そんなことないと

 方針は決まった。後はこの山籠りならぬ狩り籠りの中でどれだけチェーニの心を解きほぐすことが出来るか、というところにある。

 そこには常に警戒心マックスの俺が近づいても何にもならないだろう。多分何を言ってもそもそも慌てふためいて耳に入らない気がする。


 なのでやはりフィリアに頑張ってもらう事になるかな。小細工一切なしで、スピルト下、無意識下で聞いたそれを彼女に直接伝える。

 トラウマをほじくり返す真似にはなるけど、上手くいけばこれでチェーニの問題は解決できる……はず。本当に机上の空論に希望的観測を掛け合わせたような話になってくるが……。これあかりは、あとはなるようになれ、とお祈りする他ない。


 あとは、フィリアに任せよう。さっくりと概要だけ伝えて俺は近くの草陰あたりに身を潜める。俺がいたら耳が機能するか分からないし。

「あとは……チェーニが元に戻るの待ちかな」

 そもそも、スピルト中の状態って記憶どうなっているんだろう。無意識下みたいな状態とは言えちゃんと記憶として残ってるのかな。だとするとアレも悪手というか……あまりにも節操ない行動だったかな……。……いやもうやってしまったことだ。今更悔いても仕方ない。


 取り敢えず遠くから二人の状態を見守る。チェーニが元に戻る前に軽くチェックしたが流石に遠くて聞こえづらい……という事で魔法をかけてもらった。

「あんまり長時間はよくないんですが……。当然他の音も良く聞こえるので……」

 身体教科の一つで聴力を高めるものらしい。何でもありだな魔法って……。


「あ、チェーニさん気づかれましたか」

「え……うん……うん?」

 うん、ちゃんと聞こえるな。それからフィリアも言っていたけれどほかの雑音も同じくらい耳に入っているけれど聞き分けることくらいはそこまで問題ない。それでも確かに長時間使用は色々問題でそうではある。


「あれ私……一体」

「男の人を克服する中でいろいろと試してまして……そこで寝てしまわれて」

「寝て……た? あれでも確か……何か聞かれて」

 会話やら遠くから様子を見ている限りだと多少曖昧ではあるものの記憶も残ってしまっている……っぽい。


「きか……聞かれてッ……それでおとッ……あっ……」

 途端に彼女は取り乱す。……それは恐れていたことに、彼女から口にしてもらった無意識下で吐いたトラウマをよみがえらせるという行為だったらしい。

 鬱々とし、それから嗚咽を齎してるかのような様子に見える。流石にまずかったか、と思ったのだがそんな彼女、チェーニをフィリアが何とか落ち着かせようと魔法を使わずに必死に語りかけている。

「チェーニさんッ!! 落ち着いてください!!」


 フィリアは彼女の肩をつかんで叫んでいる。


「あなたが思ってるほど、怖い人ばかりじゃないですよ!! シデロスさんがそうじゃないですか!!」

「しでッ……し、シデ……ロスッはッ……む、昔からのッ……」

 激情のあまり言葉が上手く吐き出せていない。それでもフィリアは彼女が紡ぐ一文字一文字ちゃんと耳を傾けているように見えた。

 スピルトの魔法を使おうとしていないのは……意図的だろうか。

「んあ……なじ……みだからッ」

「つまり、チェーニさんはシデロスさんを知ってるから怖くないんだと思います。それと同じように、もっといろんな人と関わって、知っていけばいいんです」

「だって、でも、そ……れが怖……くてッ……出来な……くてっ……また失敗して、変に思われて!」

「そんなことありません! チェーニさんはちゃんとミヤトさんとも会話できてたじゃないですか!」

「っ……!!」

「大丈夫です、だから、落ち着いて……!! チェーニさんは自分で卑下する程じゃ……」

 フィリアの言葉にチェーニの心が動かされているように見える。これなら或いは……もしかするのだろうか。


「……?」

 音だろうか、それとも気配みたいな感覚的な部分だろうか……。彼女たちの周囲だけ不思議なオーラみたいなものが見える……。こう、変に禍々しいというか。もしかして、チェーニのメンタル不安定で何か起こってる……とか?

 少なくともさっきまで、フィリアと共にスピルトで無意識下の彼女から色々と聞いている間はそんなもの微塵も感じなかったはずだから、消去法的にそう考えているだけに過ぎないが……。


「いや……まぁ変なオーラ漂ってるだけだから問題ないか…………ん?」

 そんなことはないのがフラグというもの。そういうかのように、草葉の陰から何かが出てくる。


「やばっ……!?」

 遠くからだからはっきりとは見えないけれど、それでもそのサイズ感は流石に危険だということくらいは認識できる。なんでこんなタイミング悪く……しかも目狙ったように二人のとこへ突進するかな。それだけであればフィリアにでも任せればいいのだけれど、今は二人だけの世界へ入ってしまっているから、気づいていない可能性がある。

 草陰から出てきた時点でとっくに気づきそうなものに、フィリアたちは依然として激情めいた空間の中にいて気づきそうもない。


「ど、どうしよう……近づいたらチェーニがどうなるか……」


 今飛び出せばやっと落ち着いてきたチェーニの頑張りが水泡に帰すかもしれない。叫んで伝えるにしたって同じことだし、そもそも届かないだろう。いや、きっと俺も含めて今の三人にはフィリアによる魔力障壁が張られているかもしれない。フィリアのことだからそうでなくとも直前、住んでのところで察知するかもしれない。

 けれども万が一それが張られていなかったら。彼女が最後まで気づかなかったら……。


「ええい、もう知らんっ!!」

 少なくとも今は助けるのが先決だ。それで魔法障壁があれば杞憂だし徒労となるけど知った事か。


 そうして一気に飛び出した。走りながら近づいて行って、フィリアたちへ叫んで伝えんとして。

(……いや今叫んでも……)

 間に合わないかもしれない。そう思うよりも先に左手でもって魔法を行使する。


「クラドス!!!」

普通に昨日あげたつもりでいました。そんなことなかった。

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