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1話 冒険者フィリアと異世界人ミヤト

「…………ですか!? 大丈夫ですか!?」

 どこからか聞こえる声。女の子の声だろうか。まるで、脳に響くような声。意識はまだはっきりとはしていない。けれども最後に見た光景がアレなのだから、きっと死後の世界か何かなんだろう。

 だったら……この声は女神か何かだろうか。

 だとすれば、死ときて女神ときてしまえば次は異世界転生か。だったら、ああ、そうだな。

 可愛い女の子に囲まれて、それで物凄く強い魔法と力を持っていて……。

 ……いや流石にきしょい。夢を見過ぎだ。まぁせめて天国にさえいけたら問題ない……かな。


「起きてください!」

 五月蠅い。何度目かすら曖昧になってきた死。せめてそれが理解して、処理が終わるまで待って欲しい。

 ……。


 けれどもそんな思考は届かない。只管に呼びかけられながら、そして何度も体が揺すられるような感覚があった。……ん?


 揺すられる?

 何故、死んで尚そんな感覚があるというのだろうか。だとすれば……目は開く……と言うのか?


「……」

 依然として声はする。そんな中でゆっくりと目を開いていく。


 そこに広がっていたのは、僅かながら記憶している景色。目を覚ました時の光景だ。確か巨大な猪か何かに出くわして、そのまますぐに意識を失ったその場所だと思う。

 数にして2回目の死を迎えた。しかしそれらしい傷も何もない。体どころか服すらも、地面で少しばかり汚れた程度であった。

 ここは三度目の人生とでも言うのか?

 だとしたら体つきも服も見覚えしかない。それにこの視界に広がる景色も。


 草木に囲まれた森のような場所。それでありつつ人が通るだけの道のようなものが存在している。

 まだ瞼を開けて間もないので、視界がはっきりしきっていないけれどもそのはず。

「あっ、気づきましたか!?」

 先ほどからずっと聞こえていた声と同じ声が聞こえた。目を開けて視界を少しばかり左に振るとすぐ、その声の主と思われる少女がいた。

「えっ……ぁっ……え?」

 さてそんな少女を目の前にして、正直に言えば今までテレビだとかでしかろくに見た記憶のないような、そんな美少女を前にして、己の返す言葉はそんなきょどったもの。

 あまりにも情けなくてより一層テンションが下がる。


 そういえば意識が途切れる前に見たあの猪みたいなものはどこに行ったんだろう……。

 確かに見たと思うんだが、しかしどこにも姿は見えないし、特に足音のようなものも聞こえない。

「……あの……大丈夫ですか?」

 少女はこちらを覗き込むように、心配そうな表情をしていた。


「えっ……あっ……あの……ごめっ……いやごめんなさ……」

 駄目だ、あまりにも耐性がなさ過ぎて泣ける。頭の中ではどう返答しようかとあれやこれや思いついて、それで最終的にロクにまとまらず先ほどのような言葉ばかりになる。


「そんな、謝らないでくださいよ!」

 少女にフォローされてしま…………?

「……?」


 気のせいか?

 足に違和感がある。少しばかり痛むような、そんな感覚だ。すっと右手を動かして、その違和感を覚えた箇所に触れる。

「った……」

 最初、この場所で目覚めたときは立っていたはず。けれども今は寝てしまっている。となると足をくじいたとかなのだろうか。


 見ず知らずのところで、誰かに人に会えたのはまだ良かったがしかし足を痛めてしまうとは面倒だな。

 例の巨大な猪も姿を消したままである。音がしないのであれば遠くに行っている……とありがたいが希望的観測だけでモノを語るわけにはいかない。

「……ところであなたは……」

「えっ……ああ志賀実弥斗……です」

「シガミヤト……?」

 怪訝そうな顔をされる。まるで聞いたことがない言葉を聞いたかのよう。実際ヒトの名前は聞き覚えがないのが当たり前なわけだがこの表情はそういう類ではない。

 日本人名を聞いたことがない……みたいな雰囲気だ。言葉こそ通じるがしかし確かに彼女の見た目は日本人らしくはない。コスプレにしたって場所だの見目だの気合が入り過ぎだし。


 少なくともここがどこかは兎も角彼女は日本になじみはない……のだろうか。

「ええと……とりあえずミヤトって呼んでくれれば……」

「分かりました! ミヤトさん……ですね?」


 彼女はフィリアというらしい。少なくとも日本人名らしくはない。それでもってファーストネームだけを教えてくれたのか、それともフィリアという名前だけで完結しているのか。

 いずれにせよ自分が見たことのない景色だ。ここが日本かどうか大分怪しいぞ


 ……?


 ……なんだ?


 今何か感じたぞ。さっきの足とはまた別に、内的というより外的に。気配、とでも言うんだろうか。


「あ……あの……?」

 少女からすれば挙動不審に見えているのだろう俺の行動を前にして怪訝そうに見ている。


 気配とは言ってもしかしその違和感めいたもの以外何もない。音にしたって風にゆれる僅かな草木の音くらいのものだ。それこそ巨大な猪の気配だとでもいうならば音がしてしかるべきだ。


 じゃあ何だというんだろうか。コレは。


 身構えている時にはなんとやら。そんな定説を簡単に裏切るようにして、視界が変わっていく。

 草木の姿が変わったわけではない。新しいもので視界が塗り替えられたのだ。


「!!」

 再びあの巨大な猪が、目の前に現れた。

 どこから?

 足音は一切聞こえなかったはず。まるで唐突に瞬間移動でもしたのではないか、とそう思えるような事態に頭は混乱した。


 猪は息を荒げてこちらを覗き込んでいる。……こいつは恐らく先ほど俺の目の前に現れたソレと同じもののはず。


 だとしたらあまりにも危険すぎる。まるで怪我とは無縁とでも言うようなその美少女と足をくじいて痛めた己と。

 それで何ができるという。

 それでどうしろという。

 ……。

 …………。

「……に、にげて!!!」

 覚束ない足取りで立ち上がり、少女と猪の間に立つ。何かできるわけじゃないけど、それでもこうすべきだと本能で動いていた。


 手を広げて立ちはだかるように。

 けれども震えて、目をつむってしまった状態で。


 これで二回目の死を迎えることになるが、まぁ最後に出会えたのがこの子なら、後悔は――。


「エクシリアス」

 ぽつりと少女のつぶやく声。


 それから数秒としない間に、何やら巨大な爆発音のようなものが聞こえた。視界は目をつむっているから分からない。が、今まで聞いたことのないような轟音。

 そもそもとして、ロクに立っていることも困難になり、その爆風みたいなものに巻き込まれて再び地面に倒れこんで、そのまま意識を失ってしまったらしい。また、意識を失っていたのだ。


 ■


 こいつは、この男は何回意識を失えば気が済むのだろうか。流石に、介抱もどきをしてくれていたあの少女にしたってそう思っていることだろう。俺自身そう思ってやまないからな。

 目を開けると再びあの美少女の顔が目の前に映る。

「あっ、目が覚めましたか!?」

 凄いクロスレンジに迫る美少女。とそれに伴って顔が真っ赤になる己。本当に生前ろくに女子とかかわっていなかったなと今になって思い知らされる。


 ……ん?

 光景的には先ほどと大して変わらない。けれども何だこの後頭部に感じる柔らかい感触は。明らかに地面ではない、これは、この感触は……。

「うおっ!!?」


 途端に反射で起き上がる。


「あっ! 気が付きましたか!」

 これは……俗にいう膝枕というやつでは……。そんな今まで膝枕どころかろくすっぽ女子と会話したこともなくて……。


「……あれ?」

 新しい違和感に気づいた、気配がどうとかそういうのではなく足に感じるもの。確かに痛めてたはずなのだが、そんな感覚はすっかりどこへやら。

 まるで何事も無かったかのようである。

「すいません、足を怪我してたようでしたから……勝手ながら治癒魔法を……」

「治癒……魔法ですか?」

「えっはい……? 私魔法使いですし……」


 どうやら彼女は魔法使いということらしい。先ほど猪を倒したソレや俺の足を治したものも魔法の一つということか?

 いやそもそも魔法だと?

「魔法……?」

「えっ……知らないんですか?!」

 虚を突かれたような表情と声音。流石に魔法の概念はわかる。わかるが一体どういうことだ?

「えっと分かるけど分からないと言いますか……」


 起きると周りは知らない景色。目の前には見知らぬ美少女。その恰好は……コスプレというにはやけに手の込んだもの。少なくともこんな森の中に好き好んでコスプレに来たといわれても信じ難い手の込み様である。

 いやまて、魔法もそうだが……。


「それより……あの……話を遮って申し訳ないんですが……その……敬語使われると少し緊張するといいますか……話しづらいといいますか……」

「えっ……ああやめた方が良いですか?」

 確かに彼女の方が見た目だけで言えば年下に見えるけれども。

「何より……私を庇ってくれた方に敬語なんて、使わせられません!」

 ずずいっと近づいては懇願された。流石にこんな美少女からすり寄られて簡単に断れる程コミュニケーションに長けた人間である自信はない。

 庇ってくれたとは言うけれども普通にそのまま気絶した訳で、何というかこうも慕われる理由いしちゃ弱い気がするけれど。

「まぁ敬語のままでいる理由もないから……問題ないで……けど」

 思わず敬語になりそうなのを抑える。

「はい! お願いしますね!」

 ……ていうかそっちは敬語のままなんだな、やっぱり。

 とりあえずその話は置いておこう。さっきまで……あのモンスターに出会う前はどんな会話をしていたっけか……。

 辺りにヒントは無いかときょろきょろする。まぁそもそもこんな森の中にヒントがあってたまるかというところもあるが……いや


「待って……そもそもここ……どこだ?」

 そうだよ、どこだこの森。別段日本の端から端まで知ってるなんて訳はないから、日本のどこかという可能性はいまだゼロではないとはいえ流石に自国と思うにはそろそろ苦しいか。

「えっ……アモールの森ですよ?」

「あ……アモール?」

 何処かで聞いたことがある気がしなくもない……が自分が知る限りだとどっかの国の言葉だったかというくらい。結局ここがどこかは分からずじまいだ。何にしても情報が足りない。此処が日本にしろそうでないにしろ。


「え、知らずにこの森にいるんですか!?」

「えっ……いやまぁ知らないけどなんでまた……」

 彼女は有り得ないとでも言いたげな表情に変わり、驚かれた。いや確かに森というものは危険ではある。人の道らしい地面こそあれど、さっきも猪に出会ったわけだし。

 しかし彼女の口ぶりは森にいたこと、ではなく「この森」にいたことに驚いているような。


「いやアモールの森ですよ!?」

 もう一度言われた。大事な事らしい。

「ええ、本来でしたら貴方のような冒険者以外の方が身一つでくる事は禁じられている筈なのですが……」

 彼女曰くこの森は冒険者の中でも手練れの人間だけが訪れるのだとか。つまりこんな私服の身一つで来るというのはあまりにも場違い。

「そんなところなのか此処……」

「ええ……それこそ自殺でもない限りそんな恰好で来るとはとても……まさか」

「いやそれは違う」

 自殺志願と思われたらたまったものではないと即座に否定した。幾ら何でもそこまで思い詰めていない。ていうかたとえ思い詰めていたとしても、森でなんて考えないだろうし。

 ええい、そんな話はどうでもいい。

 このアモールの森とやらが一体どこに存在するのか、それが問題だ。


 いやそれよりも……。

「ここ俺みたいな身なりの人間がいるには危ないんだよね?」

「え……ええ、まぁ」

「それなら森の外まで案内して欲しい。歩きながら色々聞きたいし……お礼らしいお礼は出来ないけど」

「それくらいなら別に……私もここであなたを見捨てるとか出来ませんし……」

 良い人で助かった。

「それに……」

「?」

「ああ、いえ……なんでも」

 言い淀みふるふると首を横に振った。


 兎も角森を出るために歩きだす。運が良いのか悪いのか、森といっても人の道はある。それに従って歩いていればいずれアモールの街に戻れるのだとか。アモールの森にアモールという地名。少なくとも日本ではなさそうだという事はわかった。がしかしその街に戻ったとしても結局日本との距離だとかが分からないとどうしようもないな。


 一番手っ取り早いのは何か地図を見て現在地を知ることだが……。それこそ地図アプリで現在地を見れば……。

「……スマホがない」

 ここで電波が通じるのかどうかという問題を一旦後回しにしつつポケットの中からいったんスマホを取り出そうとした。

 が、ない。

 いつもなら出かける時は常に持ち歩くはずだ。しかしポケットには何もなかった。ていうか財布も何もない。本当にこの体と服しかない。

「ス……マホ?」

 ぼそっと呟いたつもりだったが聞こえていたらしい。

 しかしの反応はというと知らない単語に出くわしたという顔。

「ええとスマートフォン……いや機種いった方が伝わるのか?」

「スマートフォン……? とはどういった魔法で……?」

 流石に演技にしたら嘘くさいというかそんなことする意味が分からない。それにこの光景と俺に残る記憶。

 この反応は本当にスマホを知らないという事か?

 さっきも魔法使いだとか治癒魔法だとか言っていたか。

 明らかに自分の知る世界とどこかズレている気がする。

 目の前の少女の格好にしたってそうだ、コスプレにも見えない。

(……だとしたら、ここは……?)


「もしかして……」

「もしかして……あなたは……異世界人……なんですか?」

「……は……?」

 こちらから話を切り出すよりも先にやってきた彼女からの質問。


 ……異世界人?

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