26話 カコと言葉
「それじゃ、乾杯」
「はい」
「うん」
カン、となるグラス同士がぶつかる音。
トランキーロのとある料理屋にて打ち上げの最中。
あの宝箱の中身を全て持ち帰ることは出来なかったけれど、3人で手分けした範囲だけでも相当な金額になった。人のものかもしれない宝ではあるけれど、しかしその証拠はあくまで推論で出来たものでしかない。さらにカコから言わせたら「こんなところに置いておく方が悪い。相応のリスクを受け入れろ」とのこと。さて、そんな彼女の目的を達成させてあげることこそ叶わなかったが、彼女の性格については薬なんぞなくてもいずれ落ち着くだろう……多分。
兎にも角にも、今回の3人パーティでの探索は完了した訳である。今日のこの夕飯で贅沢をしたとしても、余裕でお釣りがくるだろう。
「アンタたちには最後まで迷惑かけたわね。結局、アタシの探してたものも見つからないっていう煮え切らない最期になっちゃったし」
「まぁ仕方ないって。それに臨時収入って考えたら俺たち的にはめちゃくちゃプラスだし」
「そうですよ。それこそロックタランドス何匹分になるやら……」
今回俺が一人で討伐することになったロックタランドスもそれなりの値段のようだった。勿論上を見たらきりがないし、それこそカコにとっては秒で倒せるモンスターでしかないけれど。少なくともそのモンスターを系3匹討伐した。その結果として得たドロップアイテムがあの金銀財宝と同程度。つまり宝箱の中から詰めるだけ詰め込んだため……何日くらいこのまま生活出来るんだろうな。
「そういってもらえるならまぁ気持ち的にもマシかしらね」
そうは言いながらもカコは若干ため息交じりである。そこまでトリープがほしかったんだろうか。しかしやはり、俺からしてみると必要には思えないけどな。今だってある程度言葉の棘みたいなものは感じなくなっているし。……何て言うとあのツンデレめいた言葉が復活するんだろうな。
ため息の後、グラスに注がれたドリンクを一気に飲み干して、カコは続ける。グラスがテーブルに勢いよく叩きつけられて、ドンという音がした。勢い余って割れそうで少し怖い。
「そもそも、アンタ、あの言葉何のつもりなのよ!!」
「えっ、俺!? 何のこと!?」
唐突に指をさされて困惑する。此方からすると、カコの言うあの言葉とは、という感想ばかりで何が何やらなのだが……。
「はぁぁ!? 分からないならいいわよ、もう!」
しかし、聞き返しても彼女はつんけんとした態度をとるばかりで答えてはくれない。
フィリアの方に助けを求めようにも彼女も何故かこちらに目を合わせようとしてくれない。何だろう、知らないうちに嫌われるような事でもしただろうか……ちょっと馴れ馴れしかったかな……いやでもカコが寧ろ呼び捨てでこい、というくらいだから話言葉の距離感はそこまで間違っては……。
「オーダー!! 飲み物で……」
考えている此方を他所に、カコは先ほどのグラスを店員に見せながら新たに注文を追加していく。後先考えずに追加しているようだが、大丈夫か……?
フィリアも同様の様子。まるでやけ酒みたいだ。二人とも俺と同じくらいの年齢であるし注文しているドリンクもアルコールとは無縁のものだと勝手に思っていたけれど、俺が知らないだけでこっちの世界ではもしかしてアルコールが含まれてたりするのか?
■
「ええ……?」
フィリアが酔い潰れたかのように寝ていた。確かにお酒は入っていないハズなんだが、場酔いでもしたんだろうか。
「フィリアー?」
「寝てるの?」
手を振ってみたり、肩に触れて軽く体を揺すってみたりするけれど、反応が無い。耳を近づけたところ、寝息のようなものが聞こえる。駄目だなこれ。
「そうみたい。……どうしよ、金は一端俺がフィリアの分も……」
「別にいいわよ。今回はアタシの奢りのつもりだったから、先にその子おぶるなりして外に居なさい」
「え……ああ、うん?」
カコに言われた通り、フィリアを負ぶって店の外に出た。フィリアが小柄で助かった。言い方的にどうなんだというところだけれど、しかしおんぶもそこまで負担にならないから。
「しっかし起きないのか……?」
女の子をおんぶするというのは初めての経験だから少し新鮮。……いやフィリアは男だけれども、しかし体つきと言い肌の感触と言い女子とカテゴリわけしても問題ないだろう。まぁ時刻的にもすっかり夜であるし、このまま解散したあとに宿をとって就寝という感じになるかな。
「待たせたわね」
なんてことを考えているうちに、フィリアが店から出てきた。お礼だけ伝えて、さっさと宿に戻るとしよう。
「……アンタ、この後時間ある?」
「え……いやフィリアおぶったままだから宿とらないと……」
「その後よ! その子どうにかした後にきまってんでしょ!!」
強めに怒鳴られる。
「まぁそれなら特に……フィリアにあわせて俺ももう寝るかなってくらいで。でもどうしてまた……」
「アンタに話があるの。取り合えず、フィリア老いてきたらまたここで良いから来て」
「? まぁ分かったけど……」
何だろうか。食事中とかも度々変な雰囲気みたいなものがあったけれど。
兎にも角にもおぶったコレをどうにかするのが先である。カコとの別れ際に奢ってもらったことへお礼を一旦づけて、そそくさとその場を去る。早いところ宿をとりたいところだ。
少しばかり彼女をおぶったまま宿をとるという行為にいろいろと不安がよぎったけれど、特に問題なかった。まるでこう、人を酔わせて宿に連れ込む卑劣な男と思われていないだろうか、みたいな杞憂があったけど本当に何もなく宿はとれたし部屋に案内された。
「よっと……」
そっとベッドにフィリアを寝かせ、起こさないように部屋を出る。果たしてカコのいう話とは何だろうか……。やっぱり嫌われることでも気づかないうちにしてたのかな。
「まさか告白……な訳ないよな」
フィリアに好かれているだけでも大分奇跡みたいな人間をしているつもりだし。やっぱりネガティブな話だよなぁ。少なくともそう思っていた方が、無いか言われたとしても気が楽でいられるだろうし。
「ああ、いたいた」
先ほど別れたところと同じ場所にカコはいた。こちらに気づくと少し顔が明るくなったような、気のせいなような……。それと同時にこちらへ歩み寄ってくる。
「あっち来て」
「?」
服の袖をひっぱられながら、建物の裏側へと連れて狩れる。なんだか、カツアゲの雰囲気……はまぁ雰囲気だけでそんなことは無いと信じたいところ。
「……」
「……?」
「ええと……その……」
どこかカコから緊張が感じられる。そしてこの無駄な静けさは何だろうか……。そんな筈はないのに、勝手に期待を抱いていしまう己がいる。
「アンタにはフィリアがいるのは分かってるんだけど……やっぱり言わないとアタシの気が済まないっていうか……」
「フィリア……?」
さっきからカコが只管緊張気味に、そしてどこかもじもじした様子を繰り返している。……いや、そんな訳はないだろう。
「……アンタのことが……その気になるっていうか……」
「……え?」
「だから!! そのまま、その……何ていったらいいか分かんないけど、アンタはアタシが今まで関わってきた人とはちょっと違って……」
依然として言葉一つ一つが上手く紡げていない。凄く凄く良い予感のはずなのにどこか恥ずかしさを孕んだ感覚がする。
「ええと、つまり……?」
「ああ、もう面倒くさいわね! 好きになったのよ! 文句ある!?!?」
あまりの言葉に、反応ができなくなった。




