終わりのサイレン
サイレンの音が響く。君の名前はなんて言ったっけ、思い出せない。赤いランプが目の前に放射して、まるで止まれと言っているような気がした。
言われなくても指一つしか言うことを聞かない僕の身体は警告を無視して、必死で肺を動かし、少しでも少しでもと懸命にこの世界に足跡を残そうとしている。
なぜか痛みは感じることなく、思考ばかり巡っていた。走馬灯というのはこういう事を言うのだろうか。苦い思い出、楽しかった日の匂い、春の色、夏の風、秋の香り、冬の静けさ。どの場面だって君がいた。もう記憶という言葉で現すには余りにも足りなすぎて、もっと日本語の勉強をしておけば良かったとこんな状態でも後悔するのだと笑えてきた。
1日の終わり、そう思って飽きることなく、寧ろ希望を抱いて毎日目をつぶってきたけど、明日も今日だった気がする。寝ている間は認識できないのにどうやって明日になったと思っていたのだろうか。生きている世界なんて、誰か自分と同じ霊長類の人が勝手に決めた数字を、誰かが決めた認識で、誰かの価値観に従って生きているのだ。
もう命が尽きようとしているのにも関わらず、そこには人生で一番命を持った自分がいた。
そんな今だからこそ思う。君は自分のいないこの世界でどんな風に生きていくのだろうか。
僕が愛した君には生きているうちに気づいてほしい。君らしさは僕を、友達を、家族を、次第には世界を染める。君の認識で世界は君色に変わるのだと。
僕は君がいたから生まれてきたんだ。そしてこれからの君の人生に必要な経験として、この死がある。哀しむ必要はない。
全部決まっていなくて、そして君が生まれる前に決めたこの選択。
大丈夫、君は世界に従うんじゃない。世界が君に従うんだ。
ふと菊の匂いがした、声がした。君の中で。