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童話

アリさんのスピード

 公園のベンチに並んで座って、ミカちゃんとプリンを食べた。


「おいしいね」

「おいしいね」


 二人ともにこにこ笑顔。

 冬だけどいい天気でぽっかぽか。


 足元にはアリさんが行列を作ってお仕事してる。


「えいっ」

 ミカちゃんがプリンをひとつまみ、アリさんの上に落とした。


「え! もったいない」

 あたしは思わず声をあげた。

「何してんの? 捨てちゃったの?」


「アリさんにあげたの。甘いもの好きでしょ?」


 ミカちゃんはそう言ったけど、地面に落ちたプリンに、アリさんたちは興味ももたなかった。

 せっせ、せっせと働いてる。

 プリンをかぶって溺れた子も、抜け出すとすぐに働きはじめた。


「なんだ。食べてくれないや」

 ミカちゃんはムカついた顔をすると、アリさんを一匹、つまみ上げた。


「アリさんは遅いから、簡単に捕まえられるよね」

 ミカちゃんの指の間でジタバタしてるアリさんを見ながら、あたしはアリさんをばかにする。

「そんな遅いスピードじゃ、どれだけ働いたってはかどらないでしょ」


 ジタバタしてるアリさんが、だんだん人間みたいに見えてきた。

 とても小さい、弱そうな会社員のおじさんだ。

「やめろやめろ! おろしてくれぇ」って言ってるみたいだった。


 あたしは笑った。

「アハハ。アリさん、弱いし遅いし、あたしたち人間と比べたらいいとこないね」


「せっかくあげたプリンも食べてくれないしね」

 ミカちゃんが放すと、アリさんは慌てたように急いで逃げて行った。


 でも、遅い。追いかけて行って、踏み潰してあげようかと思ったけど、ちょっとかわいそうかなと思ってやめた。












 朝、起きたらあたしは部屋のベッドの上にいなかった。


「あれぇ……?」


 大きな葉っぱの上で寝ていた。

 玉ころがしの玉みたいにおおきな露が隣で揺れてる。


 地面は近かったので、茎をつたって降りた。

 砂粒がでっかい。まるで岩石みたい。


 ずさざ、ざりざり、つとととと!


 物凄く速い足音みたいなものが聞こえたので、振り返ると、あたしと同じぐらいの大きさのアリさんが歩いてきた。


 あたしはびっくりして後ろにひっくり返ってしまった。


「は……、速っ!」


 同じぐらいの大きさになってみるとアリさんは、速かった。歩いているのに、とんでもなく速かった。


 いっぱい歩いてきた。アリさんが。

 まるで高速道路を猛スピードの徒歩で歩く黒い車たちみたいに。


 ぶつかられそうになって、頭を抱えて謝った。

「ご、ごめんなさい! 遅いだなんて言って! あなたたちは速いです! 信じられないぐらい、速いですうっ!」


 でもあたしのことも素速くよけていった。

 アリさんたちは、あたしなんかには興味もなさそうだった。

 なんだかあたしには見えない()()()みたいなものを使って会話してるみたいだ。触覚どうしを触れ合わせると、ウンウンとうなずきあって、正確に、迅速に、お仕事を続けてる。


 おおきな黄色いものが空から落ちてきた。


 びちゃーっ!


 ざぼんっ!


 重たいそれを全身に浴びて、あたしは全身の骨が砕けるかと思った。

 肩や頭が痛いし、ベトベトする。

 プリンだ、これ、プリンだ。汚くて食べる気にもならないけど。


 上を見たら、ミカちゃんの巨大な顔があった。

 あたしを見下ろして、ばかにしてる。


 構わずアリさんたちは、せっせと働いている。


 ミカちゃんはなんにもせずに、ただ見下ろして、神様みたいに偉そうだ。

 なんだかアリさんたちのほうが偉く見えてきた。

 プリンなんかには目もくれずに、せっせせっせと働いてる。


 なんだかお父さんみたいに見えてきた。

 なんだかおじいちゃんみたいに見えてきた。


 ミカちゃんはおおきすぎて、動きがやたらとのろかった。

 でもおおきすぎて、あたしはその指から逃げられなかった。


 ミカちゃんの指に挟まれ、あたしは空高く持ち上げられた。


「や、やめてやめてやめて!」

 小さなあたしはコチョコチョ動いた。

「ミカちゃんやめてよ! あたし! あたしあたしあたし!」


 ミカちゃんは気づいてくれなくて、重く空気を震わすような声を出したけど、意味はわからなかった。


 ミカちゃんの隣に誰かいる。

 同じぐらいの大きさのばけものが、あたしを見て、ばかにして言った。


《アハハ! アリさん、弱いし遅いし! あたしたち人間と比べたらいいとこないね!》


 すごくのろい言葉だったけど、今度はちゃんと聞き取れた。


 なんとか下に降ろしてもらうとあたしは走って逃げ出した。


 するともう一体のばけものが追いかけてきて、あたしを踏み潰そうとする。


「ひぃっ!」


 どすん! どすん!


「お母さん! お母さぁんっ!」


 あたしがそう喚きながら、頭を抱えてうずくまると、ばけものは去って行った。


 それでもあたしはずっと怖くて、叫び続けた。


「お母さん! お母さーんっ!」










瑞希みずき? 瑞希みずき、大丈夫!?」


 あたしの名前を呼ぶ懐かしい声がした。


 目を開けると、お母さんの顔があって、心配そうにあたしの名前を呼びつづけてた。


 あたしの部屋の、あたしのベッドの上だった。


「お母さんっ! ……よかったあ!」


 あたしに抱きつかれて、お母さんはわけのわからなそうな顔をしてた。












 公園のベンチに並んで座って、ミカちゃんとソーダアイスを食べた。


「おいしいね」

「おいしいね」


 一つのアイスを二つに割って、にっこにこ。

 冬だけどいい天気でぽっかぽか。


 足元では今日もアリさんがせっせとお仕事してる。


 せっせと地下に大帝国を作り、食べ物を見つけたら女王様の元へと運んでいるのだろう。


 昨日のあれは夢ではなかったと思ってる。

 あたしはアリさんの大きさになって、アリさんのことを知ったのだ。


 またいつアリさんみたいになってもいいように、アリさんに優しくしとかなくちゃ!


「たまには自分の楽しいこともしないと身がもたないよ」


 そう言うと、あたしはソーダアイスを歯で砕いて、そっとアリさんたちの通り道の横に置いた。


 アリさんたちがそれを見つけて、次々と集まってくる。

 あっという間にみんなでアイスのかけらを取り囲んで、ちょっと気持ち悪い光景になってしまった。


 ミカちゃんが嫌味を言った。

「あたしのプリンは食べなかったくせに、瑞希ちゃんのソーダアイスなら食べられるって言うのね!」


「アリさんは速いんだよ」

 あたしはミカちゃんに言い張った。

「自動車みたいに歩くのが速いんだから」


「そうなんだ?」

 ミカちゃんは意味もわからずうなずいた。

「あたしたちがでっかいだけなんだ?」


 お日さまはぽっかぽか。


 あたしとミカちゃんはにっこにこで、アリさんたちはせっかせか。


 がんばれ、がんばれって、心の中でアリさんたちを応援しつづけた。


 そうしながら、あたしもがんばる、がんばらなきゃねって、頭の中で考えてた。


 アリさんたちのスピードに負けないようにね!



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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに実際にアリさんと同じ縮尺だったら、アリさんむっちゃ速いですよね……! 瑞希ちゃんは勿論ですが、ミカちゃんが素直ないい子だなと思いました。ちゃんと瑞希ちゃんの話を聞いて、アリさんのことを…
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