幼馴染に脅迫されてます
とある日の放課後、俺・楠木大輔は幼馴染に呼び出されて、屋上に足を運んでいた。
俺と幼馴染の園城真依は、幼稚園時代からの付き合いだ。
当時は毎日のように一緒に遊んでいたし、なんなら一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で寝たりもしていた。
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成長し、高校生になった今では、勿論一緒にお風呂に入ったり同じ布団で寝たりすることはなくなったけど、それでも時折二人で遊びに行ったりはしている。
世間一般の幼馴染の中でも、仲の良い方に部類されると自負している。
だから何か話があるのなら、普通に教室で話しかけてくれて良いのに。
もし人に聞かれたくないというのなら、電話でもメールでも、なんなら直接家に来てくれても結構だ。真依ならば、俺の自室までフリーパスで入れる。
だというのに、わざわざ屋上に呼び出すなんて……余程重要な話なのだろうか?
色々考えを巡らせながら真依を待っていると、数分後、彼女が屋上にやって来た。
「待たせたわね、大輔」
「いや、別にそれは構わないけど……改まって、何の用だよ?」
放課後の屋上に呼び出すなんて、告白みたいじゃないかよ。
そう思っていると、
「実は……あなたに「彼氏になって」ってお願いしに来たのよ」
「……は?」
予期せず真依の口から放たれた、「彼氏になって欲しい」という一言。どうやら本当に告白されたみたいだ。
確かに、高校時代に幼馴染への恋心を自覚する感じのラブコメはこの世に多く存在する。
しかし、そんなのはあくまでフィクション。物語を面白くする為のスパイスだとばかり思っていた。
だからまさか、真依が俺のことを好きでいたなんてーー
「……あっ。ごめん、少し間違えた。正しくは、「偽物の彼氏になって」って言おうとしたの」
「……は?」
俺はさっきと同じように、真依に聞き返す。
しかし驚くのではなく、どちらかと言えば訝しむような表情で。
「偽物の彼氏? どうしてそんなものが必要なんだよ? 全く事情が見えてこない」
「何よ。幼馴染の考えていることくらい、察しなさいよね」
「俺はお前の幼馴染であって、エスパーじゃないんだよ」
現段階で彼女の思考を把握出来たら、それは最早神業だ。
「じゃあ事情を察しなくて良いから、黙って私に従いなさい」
「理不尽すぎる。それが人にものを頼む態度かよ?」
終始上から目線の傲慢女を、俺は諌める。
クラスでは深窓の令嬢だなんてもてはやされているが、そんなことはない。彼女の本質は、玉座に踏ん反り返る女王様だ。
「……わかったわよ。取り敢えず、土下座して靴を舐めながらお願いすれば良いのかしら?」
「極端すぎる! ……事情を話してくれれば良いよ」
「そう。……話す前に一つだけ確認なんだけど、サッカー部の鮫島くんって、わかる?」
「あぁ。確かエースストライカーなんだっけ?」
既にプロからもスカウトがきているとかいないとか。
クラスの女子たちがよく彼の話をしているから、流石の俺も認知している。
真依は一つ頷いてから、
「実はその鮫島くんに……告白されたのよね」
……えっ、嘘?
あの鮫島が、真依に告白したって?
鮫島って、真依のことが好きだったの? Mだったの?
「……今何か失礼なことを考えていないかしら?」
「そっ、そんなことないさ。彼氏が出来て良かったなって思っていたんだよ」
「……それ、本当に言っているの?」
無論、紛れもない本心である。幼馴染の幸せを、願わないわけがないだろう?
俺が頷くと、真依は益々不機嫌になった。一体何が気に食わないのだろうか?
「……鮫島くんへの返事は、保留にしてあるの。だけど、答えは既に決まっている。私、鮫島くんをフるわ」
「フる? 何でそんなもったいないことをするんだよ?」
「大輔には関係ない! ……だけど鮫島くんほどの男をフるのなら、それなりの理由が必要よ。「今は恋愛に興味ないから」なんて、到底納得するとは思えないわ」
そこで、先程の偽物の彼氏という話が出てくるのだった。
「「私、幼馴染と付き合っているから」と言って、鮫島くんからの告白を断ろうと思うの。協力してくれるわよね?」
「えっ? 普通に嫌だけど」
話を聞いて思った。それ、絶対後々面倒ごとに発展するやつじゃん。
「僕、君に負けないから」とか鮫島に言われて、一日やそこらじゃ終わらないラブコメが展開されるやつじゃん。
俺の高校生活の目標は、「平穏」。これまで約一年半、目立たないことに努めてきたんだ。今更厄介事に首を突っ込んでたまるかってんだ。
「偽物の彼氏なら、他の男子をキャスティングしてくれ。まぁお前は見てくれだけは良いからな。喜んで引き受けてくれる奴も多いだろ」
「頑張れ」と言い残して、俺は屋上を立ち去ろうとする。
しかし俺は失念していた。この幼馴染は、狙った獲物をみすみす逃すような女ではないことを。
「ちょっと待ちなさい」
俺は真依に呼び止められる。
「あなた……まさかこの私の命令を断れると思っているの?」
……真依さんや。お願いが、いつのまにか命令に変わっていますけど?
「大輔って、おち◯ちんにホクロが二つあるのよね。それを使って「ゾウさん」っていう一発芸をしたことがあったっけ?」
「……おい、何年前の話をしているんだ?」
「12年くらい前の話かしら? あとは学校じゃ我慢しているみたいだけど、本当は雷が苦手なのよね? 雷の日に一人でお留守番出来ないから、我が家にご飯を食べに来たりして」
「……だから何年前の話をしているんだよ?」
「これはつい一昨日の出来事ね」
真依はいきなり、俺の恥ずかしいエピソードを語り始める。
「私はね、幼馴染なのよ? あなたのことは、誰よりも知っているの。今言った以外にも、あなたの初恋が誰なのかとか、あなたが中2の頃に作った黒歴史ノートがどこにあるのかとか」
「やめろ! やめてくれえええぇぇぇぇ!」
「ねぇ。私が何を言おうとしているのか、わかるわよね?」真依の視線が、そう訴えかけてくる。
……あぁ、わかるとも。幼馴染じゃなくったって、察することが出来るとも。
「偽物の彼氏にならなかったら、お前の恥ずかしいエピソードを暴露する」と彼女は俺を脅しているのだ。
戦いとは、始まる前に終わっている。
どうやら俺はこの屋上に足を踏み入れた時点で、詰んでいたようだ。
◇
翌日の放課後、俺はまたも屋上に呼び出されていた。
「今度は何だよ? 偽物の夫になってくれとでも言うつもりか?」
「んなわけないでしょ馬鹿野郎。……鮫島くんの告白を断るのよ」
告白を断るって……え? 今からここに、鮫島が来るってこと?
「俺、まだ心の準備出来ていないんだけど」
「どうしてあなたに心の準備が必要なのよ? 彼氏のフリをするだけじゃない」
それもそうか。
「で、俺は具体的に何をすれば良いんだ?」
「そうねぇ……私に対する愛を口にしてくれれば良いわ。あとは優しく抱き締めるとか」
「抱き締める、ねぇ……」
そういえば、もう何年も真依と触れ合っていないな。子供の頃は、あれだけじゃれ合っていたというのに。
「どさくさに紛れて胸とかお尻を触ったら、殺すから」
「……触るかよ」
だけどうっかり触れてしまうのは、不可抗力だよね? ね!
暫く待っていると、鮫島が屋上に姿を現す。
部活に行く前だったからか、彼はジャージ姿だった。
「遅れてごめんね、園城さん。……と、楠木?」
どうして俺がここにいるのか、鮫島は一瞬わかっていなかった。
しかし10秒ほど考え込んだところで、「あぁ、そういうこと」と呟いた。
「彼氏、いたんだね」
「えぇ。私は小さい頃から、大輔にゾッコンなの」
一切言い淀むことなく、涼しい顔で嘘をつく真依。勇気を出して告白してくれた相手に対して、誠意もへったくれもない。
「園城さんは可愛いし、彼氏がいてもおかしくないよね。君みたいな幼馴染を持てた楠木が羨ましいよ」
鮫島が羨望の眼差しを俺に向けてくる。
「可愛い? いや、こいつに可愛いところなんて――」
「ゾウさん(ボソッ」
「――いっぱいあるよね! うん、真依が大好き!」
この野郎っ!
「因みに、私のどういうところが好きなのかしら?」
調子に乗った真依が、余計な質問を投げかけてくる。どうして味方に詰問されなきゃならないんだよ?
真依の好きなところだと? 偽物の彼氏の俺に、そんなもの答えられるわけないだろう?
だけどここで「そんなものない」と答えれば、偽物の彼氏だと鮫島にバレてしまう。偽物の彼氏だとバレてしまえば、もれなく俺の恥ずかしいエピソードが世にばら撒かれてしまう。
苦肉の策として、俺は真依を好きなアイドルと置き換えて考えることにした。
「優しいところとか、話が面白いところとか。歌やダンスも上手なんだよな。あとはなんと言っても、可愛いところ! 俺なんて、毎日彼女の写真を見ながらキス顔の練習しているぜ」
……あっ。勢い余って、つい言わなくて良いことまで言ってしまった。
「そっ、そうなんだ」と、俺の発言を本気にした鮫島がドン引きしていた。
隣の真依も、若干引きつった顔をしている。いや、お前は嘘だとわかれよ。
俺は空気を変えるべく、一度咳払いをする。
「とにかく。真依は俺の女だ。だから諦めてくれ」
「……そうだね。園城さんの幸せを奪ってまで、彼女を手に入れたいとは思わないよ」
「それじゃあ」と、鮫島はあっさり身を引いていく。
……自分よりも、好きな女の子の幸せを願うとか、これが本当のイケメンか。というか良い奴過ぎて、嘘をついたことに罪悪感さえ覚え始めてきた。
「……なぁ」
「何かしら?」
「あんな善人を騙して、心は痛まないのか?」
「あら? 私がそんな女に見えるの?」
うん、見えないね。
他の生徒からいざ知らず、幼馴染の俺には彼女の性格がよくわかっている。
鮫島は俺たちの交際を誰にも話さなかったらしく、翌日以降もこれまでもなんら変わらない日常を送ることが出来た。
日常に変化が生じたのは、鮫島との一件から一週間が経った日の朝。
登校した俺が下駄箱を開けると、中に見慣れぬ便箋が入っていたのだ。
『楠木先輩へ 好きです』
まさか自分にこんな日が来るとは、思ってもいなかった。
俺は後輩から、ラブレターを受け取ったのだ。
◇
俺にラブレターをくれたのは、同じ図書委員の後輩だった。
俺が教育係だったこともあり、彼女とは今年の4月から毎週のように一緒に活動している。
俺と彼女は好きな本のジャンルが合致しており、その為大変気が合った。
相性だけで言えば、恐らく真依以上だろう。
俺は彼女に対して少なからず、好感を抱いていた。
そんな彼女に告白されて、嬉しくない筈がないだろう。今日の放課後にでも早速返事をして、カップル成立させたいものだ。
しかし……今の俺には、大きな問題がある。そう、真依の存在だ。
少なくとも鮫島の中では、俺は真依の彼氏ということになっている。そんな俺が別の女の子と付き合えば、たちまち嘘が露呈してしまうだろう。
もし俺と真依が実は付き合っていないのだと、鮫島が知ったとしたら? 彼は再び真依にアプローチをかけてくるに違いない。
もし鮫島が再度真依に交際を要求してきたら? ……俺の恥ずかしいエピソードが、今度こそ周知の事実になってしまう。
俺の抱える問題を解決する手は、たった一つ。真依に「俺の秘密を暴露しない」と約束させることだ。
その上で偽物の彼氏彼女関係を解消し、晴れて後輩と付き合う。それしかない。
放課後、今度は俺の方から真依を屋上に呼び出した。
「……後輩に告白されたんだよ」
俺は今に至るまでの経緯と、真依をここに呼び出した理由を彼女に説明した。
ひと通りの説明が終わるまで、真依は質問も反論もすることなく黙って聞いていた。
「だからさ、その……もうこの関係は、終わりにしないか?」
何だかんだ言いつつも、真依は最終的には俺の意見を尊重してくれる。幼馴染だから、そのことも重々承知していた。
だからこれは、俺なりのケジメだ。確認作業だ。そう思っていたんだけど……
「嫌よ」
真依の口から返ってきたのは、まさかの拒絶だった。
「嫌って、何で?」
「わからないの?」
そんなの、わかるわけがない。
幼馴染という関係性を、過信しすぎだ。
「わからないなら、わからせてあげる」
そう言った真依は、グッと俺に近づいてくる。そして……唇を、俺の唇に押し付けた。
その瞬間、俺は全てを理解する。
「鮫島みたいな善人を騙して心が痛まないのか?」と尋ねた時、彼女は「痛まない」と答えた。
そりゃあ、そうだ。だって真依は鮫島を騙していないんだから。
『私は小さい頃から、大輔にゾッコンなの』
察してくれと言いつつも、思い返してみれば、真依は俺に対する気持ちをきちんと言葉にしてくれていたのだ。
俺がそれに、気付かなかっただけである。
「これが、大輔のファーストキスよね?」
「……よく知ってるな」
「幼馴染ですから」
真依は不敵に微笑む。
「あなたのファーストキスの相手は、他ならぬ私よ。この事実を知られたくなかったら、私と付き合いなさい」
なんだよ、その脅迫は?
だけど脅されたのなら、従わざるを得ないな。
そうして俺は、真依と一生添い遂げていくのだろう。
今後もこうやって脅迫され続けていくんだろうなと思いながらも、どこかそのことに安堵している自分がいるのだった。