星の祝福 英雄が誕生する時
かつてこの世界が混沌に包まれていたころ。
多くの人々が世界を開拓しようと、未知の領域に足を踏み入れて行った。
魔の者と戦うたびに人々は傷つき、倒れて行った。
そんな戦士たちをしのんで、天空の神々は星を降らせたと言う。
かくして、流れ星が降る夜は、英雄が生まれた日とされるようになった。
街の少年モックは、開拓団が仕事へ向かう列をつまらなそうに眺めていました。
彼らは人々が住む領域から、未開拓の地へと向かい、そこで新たな領土を築くのが仕事です。
と言っても、未開拓の領域はすぐそばにあり、そこで畑を耕したり、木を切ったりして、地道に働くだけ。
人間たちの住む領域と未開拓地の間には巨大な岩の壁があり、簡単には乗り越えられないようになっています。
何故なら魔法の力で魔の者たちを追い払ってしまうからです。
しかし、人間たちも同様に岩の壁を超えることはできません。
人間の住む領域から開拓地へ向かうには、一つの小さな門を通らないといけないのです。
その門は人々が通るにはちょうどいい大きさだが、魔の者が通るには小さすぎる門。
石を積み上げて作ったその門は両脇を岩の壁に挟まれ、ひっそりと建っています。
その門を守るのは一人の年老いた槍使い。
彼は門を通って二つの領域を行き来する開拓団を守るのが仕事。
名をウィードといいました。
「ねぇねぇ、ウィードおじいさん。
何をしているの?」
モックは面白半分で尋ねます。
「見て分からないか、仕事をしているのだ」
門の前に立つウィードは、まっすぐに立てた槍を右手に持って、門をくぐる開拓団の人々を見守っています。
「仕事? 突っ立って人を眺めてるのが?」
「これこれ、少年よ。
人の仕事を馬鹿にするでない。
私は何十年もの間、ずっとこうして行き交う人を見守って来た。
この役目を誇りに思っている。
一日たりとも、気を抜いた日はない」
「ふぅん……」
モックはウィードの話をつまらなそうに聞いていました。
ウィードは門番としてこの門を守っていましたが、今までに彼が何かしたという話は聞きません。
ずっとここで立って人々を見張っているだけ。
それが仕事だと言われても、モックにはピンとこないのです。
「これが仕事なら、簡単だね」
モックは口をとがらせて言います。
彼のお父さんは、工房で木材を加工する仕事をしていました。
大きくなった兄たちもその仕事を手伝っています。
仕事の様子はとても複雑で、大変そうでした。
門の前に立って人々を見張るだけの仕事とはわけが違います。
モックにはウィードの仕事が、とても退屈に思えました。
「そう思うのなら、君もやってみるかい?
とても重要で、大変な仕事なのだよ」
「僕はいいや」
モックがそう言っても、ウィードは怒るでもなく、にこりとほほ笑んでこういうのです。
「そうか……それならいいんだ」
何が良いのかよく分かりませんが、ウィードはモックの言葉を気にしなかったようです。
モックはよく門の所へ行きます。
それは門番のウィードに会いに行くためではなく、開拓団の人々を見たいからです。
彼らは人間が住む領域ではない、未開拓地に仕事へ出かけます。
その中には、農民の他に冒険者たちも混じっていました。
冒険者は、その名の通り、冒険を仕事とする人たちです。
未開拓地のあちこちに出かけて行って、見たことも聞いたこともないようなお宝を手に入れて、人間の住む領域まで持ち帰るのです。
中には人々が驚いて言葉を失うような宝を持って帰って来る冒険者もいて、モックにとってはあこがれの職業でした。
未開拓地から帰って来る冒険者たちの姿を見て、すごいなぁ、あこがれちゃうなぁ、かっこいいなぁと、目をキラキラさせるのです。
「君は冒険者が好きなんだね」
門番のウィードが話しかけてきました。
「うん、将来は冒険者になりたいって思ってる」
「そうか、なら頑張りなさい」
ウィードはニコニコと笑顔を浮かべて言いました。
モックにとって冒険者はあこがれの職業です。
大人になったら絶対になりたいと思っています。
お父さんの仕事を手伝うよりも、そっちの方が楽しそうだからです。
でも、門番だけは絶対に嫌だなと思いました。
ここで立っているだけの仕事なんて、面白いはずがありません。
門の近くには、大きな町があります。
そこには開拓団や冒険者の人たちが住んでいて、たくさんの商人が遠くから買い付けにやってきます。
冒険者が持ち帰った宝物をセリにかけて商人に買ってもらい、お金儲けをするのです。
商人たちは宝物を買って別の街へ運んで、もっと高く売ります。
未開拓地から持ち帰られる宝物のおかげで、街は毎日おおにぎわい。
モックのお父さんもお兄さんも、毎日忙しそうに働いています。
週に一回だけ休むことができますが、その日以外は毎日働いています。
大人になったら大変だなぁと、モックは思っていました。
ですが、年に4回開かれるお祭りの日だけは、大人たちは楽しそうにしています。
その日は仕事をしないで、お酒を飲みながら歌ったり踊ったりします。
モックはお祭りが大好きでした。
でも、お祭りの日もウィードは門から離れません。
ずっと一人で見張りをしているのです。
あるお祭りの日、なんとなくウィードが気になったモックは、ごちそうを持って彼の所へ遊びに行きました。
お祭りの日は冒険者も開拓団も仕事をお休みしています。
門を通る人は誰もいません。
それでもウィードは門の前で見張りをしています。
「ねぇ、ごちそうを持ってきてあげたよ」
「むっ、すまないな……ありがとう」
ウィードはモックが持ってきたごちそうをつまみながら、街の方を眺めます。
街からは楽し気な音楽が聞こえてきまが、門の前はとても寂しいです。
だってここには彼しかいないのですから。
「ねぇ……寂しくないの?」
モックが尋ねえるとウィードはまたにっこりとほほ笑みます。
「寂しくないと言ったら嘘になるがな。
これが仕事だから、仕方がないよ」
「ふぅん……」
お祭りにも参加しないで、一人で門を守るウィード。
少しくらいさぼってもいいのにと、モックは思いました。
「逃げるぞ! 早くしろ!」
ある朝、目が覚めると、モックの両親が大慌てで荷造りをしています。
何があったのかと聞いてみると、恐ろしい魔の者が街を襲いに来ると言うのです。
なんでも大勢の冒険者が犠牲になり、開拓団の拠点がいくつも壊滅したそうです。
このままでは門を突破して、街も襲われてしまうかもしれません。
街の人々は大慌てで遠くへ逃げようとしています。
モックも両親と一緒に逃げようと思いました。
ふと、ウィードのことを思い出します。
彼を放っておいたら死んでしまうかもしれません。
急いで彼の所へ行って、逃げるように伝えようと思いました。
「まて! どこへ行くんだ!」
両親が止めるのも聞かず、モックは走って門へと向かいました。
「にげろー! はやくしろー! すぐそこまで来てるぞ!」
大慌てで冒険者たちが門をくぐって人間の領域へと逃れていました。
誰もかれもがボロボロで、血を流している人までいます。
ただ事ではないと、ようやくモックも気づきました。
「早く逃げないと危ないよ!」
モックはウィードにそう伝えます。
ですが……彼はいつものようににっこりとほほ笑んで、モックの頭を撫でます。
「いいや、逃げるわけにはいかないんだ。
これが仕事だからね」
「怖くないの?」
「ああ……怖いさ。
でも、私は毎日ここで見張りをしてきた。
この日に限って逃げ出すわけにはいかないのさ」
そう言って彼は槍を両手で構えます。
何かが近づいているようです。
「少年よ、君は早く逃げなさい。
今ならまだ間に合う」
そう言って彼は、門の向こう側へと行きました。
モックはこっそりと扉の隙間から様子を伺います。
「どけどけ、ゴンゴドルラさまのお通りだぞ!」
やって来たのは紫色の肌のこん棒を持った大男でした。
目玉は一つしかなく、頭には大きな角が二つ生えています。
大きな獣の皮をはいで作った腰巻を巻いています。
ついでに言うとでべそでした。
「悪いが、ここを通してはならないことになっている。
どうかお引き取り願えないだろうか」
槍を構えたウィードが言います。
「貴様のような爺に何ができるというのだ。
命だけは助けてやるから、そこをどけ」
「いいや、退かない。
何故なら私は門番だからだ。
ここを通したら、私の今までの仕事が無駄になってしまう」
「命がおしくないのか」
「惜しいさ。でも、役割を捨てるのはもっと惜しい」
ウィードはがんとして譲りません。
「そうか……なら、仕方があるまい」
ゴンゴドルラは大きくこん棒を振りかぶり、びゅんびゅんと振り回して攻撃しました。
ウィードは素早く動き回って逃げ回り、隙をついてゴンゴドルラのすねに槍を突き刺します。
「うわああああああああああああ!」
すねをつつかれたゴンゴドルラは両手で抑えて痛がっています。
どうやら弱点を突いたようです。
「くそぅ……」
「まだやるか? 私は強いぞ」
「こんなことで諦めきれるか!
人間たちが奪った宝を取り戻すんだ!」
それを聞いてモックはハッとしました。
ゴンゴドルラの目的は人間の住む街ではなく、宝物だったのです。
慌てて街へ引き返したモックは、大人たちに訴えます。
「宝物を返せばゴンゴドルラは帰っていくよ!」
しかし、誰も耳を貸そうともしません。
でも一人だけ話を聞いてくれる人がいました。
「それは本当なのか……モック」
お父さんだけはモックの話を信じてくれたのです。
「うん、本当だよ!」
「そうか……分かった」
お父さんは大人たちと話し合って、街にある宝物を集めて門まで運んでいくことにしました。
荷台一杯に乗せられた宝ものはキラキラと輝いています。
人の心を汚してしまう、怪しい輝きです。
荷台に乗せた宝を門まで運びます。
モックはずっとウィードが心配でした。
あの恐ろしいゴンゴドルラに殺されてしまったのではないかと、不安で仕方がありませんでした。
でも……彼はくじけずに戦い続けていました。
小さな体で一歩も引かず、一本の槍を武器に、巨大な化け物と張り合っていたのです。
その姿を見たモックは、かっこいいと思いました。
「ゴンゴドルラよ! お前から奪った宝を返そう!」
モックの父が呼びかけて宝物を見せるとゴンゴドルラは大人しくなりました。
「この中に……」
がさがさと宝物の山をあさるゴンゴドルラ。
彼は何か小さなものを山の中から取り出しました。
「おお……これだ」
ゴンゴドルラが取り出したもの。
それは赤く輝く石でした。
「これは俺の母のかたみなのだ」
どうやらそれは大切なものだったようです。
赤く輝く石を手にしたゴンゴドルラは来た道を引き返して、帰っていきました。
「助かったぞー! やったー!」
大人たちは両手を上げて喜んでいます。
街は助かったのです。
戦いが終わってホッとしたのか、ウィードはその場に膝をついて座り込んでしまいました。
「ウィード! 大丈夫なの⁉」
モックは心配して彼の元へ駆け寄ります。
「ああ……ちょっとだけ疲れた。
さすがにもうゴンゴドルラとは戦いたくないね」
そう言って彼はほほ笑むのでした。
「みろ! 流れ星だ!」
誰かが言いました。
暗くなった空に、流れ星が見えます。
いくつも、いくつも、たくさんの流れ星。
「英雄だ、英雄が生まれたんだ!
星々が英雄の誕生を祝福している!」
モックのお父さんが言いました。
「英雄ってきっと、ウィードのことだよ!」
モックがそう言うとウィードはやっぱりほほ笑んで、こう言います。
「英雄だなんてごめんだね。
私はずっと門番のままでいい」
それから、モックは毎日、門へと通うようになりました。
「向こうの物をこちらへもってきてはダメだ。
畑を耕して、得られたものだけを持ち帰るのだ」
ウィードは開拓団の人々が持ち帰る物に宝物がふくまれていないか、目を光らせています。
「宝物を持ち帰ったら、怖い魔の者が襲ってくるよ」
ウィードの隣にいるモックが言います。
彼は小さな兜をかぶり、小さな剣を携えています。
「そう、その調子だぞ少年」
「僕も頑張れば門番になれるかな?」
モックが尋ねると、ウィードはにこりとほほ笑みます。
「ああ、なれるさきっと。憧れを捨てなければ」