第8章 担当官の意図
「おはよう、ローズ。
どうだい、気分は?」
「おはようございます、公爵。
なんとかかんとか……。
少し、モヤッとした感じだけど……」
「無理はしなくてもいいから。
気分が整わなかったら、会議に出なくても……」
「いえ、公爵。
人の死自体、見慣れているので、そのことで気分がモヤッとしている訳じゃないの」
「取り調べで、けっこうな時間、拘束されたらしいね」
「嫌んなっちゃう!
幾ら『テイトミアの王女よ!』と言っても、全然信じてもらえないんだから!」
「捜査は、テイトミネアスの国家警察が担当しているようだね?」
「う〜ん、そうね。
最初に現場に駆け付けたのは地元警察だったけど、すぐに捜査権がテイトミネアスの国家警察に移されたみたい。
そこの担当官が――」
「取り調べにあたり、きみのことを『王女』と認めなかった訳だ」
「失礼しちゃう〜っ!
何、あれ?
頭でっかちにもほどがあるわ!
『こんな時間に、ラーゴを王女さまが出歩いてる訳がないだろう!』
ずうっと、この一点張りなんだから!」
「しかし、なんだね……。
身分証明で、わかりそうなものだが――。
ん?
どうしたんだい、ローズ?」
「……持ってなかったの」
「持ってなかった?
それは――公的な、身分証明証をかい?」
「……うん、そう。
バッグに入れていたと思ってたんだけど――入れ忘れたみたい。
でも、王族が着用する帽子は被っていたから、それでわかってくれると思ったんだけど……」
「認めてくれなかった――て、ことか」
「ホント、融通が利かないにもほどがあるわ〜、あの担当官!
カタブツの典型ね!
まるで、トーランくんみたい!」
「はっはっはっ!
トラ坊、いま頃くしゃみをしてるぞ!」
「ま、まぁ……。
トーランくんは、そこまででも、ないかな……?」
「さぁ、どうだろうね。
でも――」
「はい?」
「元気になってきたね、ローズ」
「そ、そうね。
なんとなく、ね……」
こんな感じで、私は事件翌日の朝を迎えた。
❈❈❈❈❈❈❈❈
「それでは――。
〈テイトワーカーズ〉、朝の定例会議を始めることとしよう」
公爵が開始の挨拶をして、定例会議が始まった。
まず初めに、公爵からきのう私が遭遇した、殺人事件についての説明があった。
「姫ぎみ、きのうは災難じゃったな。
犬も歩けば棒に当たる――。
姫も歩けば災難に当たる――じゃな!」
ボットーバル・トーレム老師は、少しおちゃらけた感じで言う。
「もう、老師ったら!
気遣っているのか茶化しているのか――どっち?」
「まぁ、気遣っているとも言えるし、茶化しているとも言えるかな。
しかし、姫ぎみの心配をしている気持ちに、偽りはないぞ」
「そ、そうですか……。
こりゃ、どうも……」
「きのう、ローズが出食わした殺人事件について、幾つかの照会が、テイトミアの王宮経由で届いた。
主に身分についてのものだったが、何故王女がラーゴで探偵紛いのことをやっているのか?――と、いうのもあった」
「探偵紛い!」
「先方は、そのように捉えているみたいだな」
「ホント、失礼しちゃうわね〜!
あの担当官、なんて名前だったかしら?
カット……いや、カッツ……ええっと……」
「カッツァーニ?」
私は「パンッ!」と、手を叩く。
「そう!
その名前よ!」
「デプズン・カッツァーニ。
歳は若いが、かなりやり手の男だね。
警備・警護畑を突き進む、エリート官僚だ」
「公爵――。
知ってるの?」
「ああ。
幻戯城の衛兵たちのほとんどは、元はなんらかの解放戦線に属していたからね。
彼らを仲間にする過程で、随分と彼の情報は、手に入れることが出来た。
私より、ツブムやコロルに訊いたほうが、よりわかるんじゃないかな。
どんな人物なのかを、簡単に説明すると――」
デプズン・カッツァーニ。
28歳。
男。
独身。
黒髪、黒目の生粋のカパネロイド。
警察官に採用されると、いきなりテイトミネアスの王宮警護隊に配属される。
その後、国家警察の地方支部を幾つか渡り歩き、2年前からテイトミネアスの国家警察に戻り、警備・警護の部署に就く。
テイトミアに反旗を掲げる解放戦線の潰滅に、並々ならぬ闘志を燃やしている……。
「へぇ……」
「ローズにはどう見えたかわからないが、かなりの熱血漢らしいよ」
「熱血漢!
あんなカタブツが!?」
隣から「エヘン!」と空咳が聴こえたような気がするけれど、多分、気のせいだろう。
「公爵――」
「おお、トランジェニス。
どうした、風邪でもひいたかな?」
「い、いえ……。
わたくしは――元気いっぱいです……」
「おお、そうか!
それなら安心だ。
――で、どうしたんだね?」
「カッツァーニについて――。
わたくしも第27護衛師団の団長を務めておりましたから、どのような人物かは、多少は存じております。
そのことから考えますと――。
彼は、嘘を吐いています」
さすがトランジェニス!
私がいま言おうとしたことを、すかさず言ってくれるのだから!
「トランジェニス。
きみだけでなく、ここに居る全員が、そう思ってるよ。
特に――」
公爵は、私に思わせぶりな視線を寄越す。
「そうね。
カッツァーニ担当官は、何故私を知らなかったのかしら?」
彼のプロフィールには、任官してすぐ、王宮警護隊に配属――と、記されている。
で、あるならば、警護対象である、私を知らない筈はない――のである。
「気付かなかった――ということは、ないのかのう?
王宮警護隊を離れて5、6年は経つじゃろう。
その間で、姫ぎみの容貌も、大分変わったのではないかな?
それで、気付かなかったとは、考えられんかな?」
「それは無いわ、老師。
いやしくもエリート官僚よ。
警護対象の容貌が変化しても、その変化を計算出来ない筈は無いと思うの。
それに――」
「彼は、テイトミネアスに戻って来ています。
警備・警護の職から離れていなければ――以前として、姫さまは警護の対象になっていると思います」
「その通りよ、ドレンちゃん。
カッツァーニ担当官の現在の任務が王族の警護であるのか、それとも解放戦線の潰滅にあるのかまだ判然とはしないけれど、テイトミネアスに戻って来た以上、王女である私の顔を知らない筈は無い――」
室内が、水を打ったようにしん、となった。
誰もが、カッツァーニの真の狙いがなんなのか、考えあぐねているふうだった。
「あのさ――。
姫さま、いいかい?」
「あら、カート。
何か意見でもあるの?」
「意見――というほどでもないんだけど……」
「いいのよ、なんでも言って!
私が気付かないことでも、カートなら気付けることもあるでしょうから」
「そうかい?
じゃあ、言うけど――。
その人、えらいカタブツなんだよね?」
「すっごくカタブツよ!
カッツァーニ担当官に較べたら、トーランくんなんて、柔らか〜いマシュマロもいいところよ!」
隣でまた「エヘン!」と空咳がした。
うっさいわねー。
「ふうん……。
で、姫さまは身分を証明するものを持ってなかった?」
「エヘン!」
隣から妙な視線を感じるけれど、気にしない。
「……そ、そうね。
持ってなかったわ」
「じゃあ、その人は――姫さま本人だとわかっていながら、わざと、姫さまとは認めないようにしたんじゃないかなぁ」
「は?」
良く、わからない。
「わからないふり――を、したんじゃないかなぁ」
「ええっと……。
私とわかっていたけれど、わざと――わからないふりを、した?」
「そう。
そうしたほうがいい事情が、あったんじゃないかなぁ。
その人がカタブツで――つまり、職務に忠実で、そして――まだ姫さまの警護を第一と考えていたのなら……」
「――私を、守ろうとした?」
「それが、一番しっくり来そうな気がするんだけどなぁ」
カートははにかみながら、そんなふうに持論を述べた。
「なるほど……。
一理、あるかも知れん。
ローズ。
カッツァーニは、最初からきみの取り調べを担当したのかい?」
「いいえ。
最初は、ラーゴの警察官だったわ。
それが急にカッツァーニが担当官になって――場所も、テイトミネアスの本部に移されたの」
「ということは――ラーゴの警察官には、きみが王女であることは、わかっていないんだね?」
「どう、かしら……。
正式に、身分の証明が出来た訳ではないけど――私がラーゴに居てもおかしくないことは、ラーゴの人なら大抵知っていたみたいだし……」
「いや、ローズ。
正式に証明出来てないことは、とても重要なことだよ。
ラーゴの警察官に、『ローゼスカ姫ではない』――と、言えるのだから。
テイトミネアスにきみを連れていったのも、ラーゴから速やかに引き離したかったからではないかと思う」
「う〜ん……。
記録上は、確かにその通りだと思うけど――。
でも、実際的な効果を考えると……」
「まぁ、いいじゃないか。
カッツァーニに会えば、はっきりするさ。
カートの考えが合っていれば、恐らく、向こうからすぐに連絡を取りにくると思う」
「ううん、公爵!」
「ん?」
「きょう、私から会いに行くわ」
「事情聴取のつづきかな?」
「違うの。
どうやら――容疑者として、パルラが逮捕されたみたいなの」
そうなのだ。
朝から漂っていた「モヤッ」とした感じ――。
それは、パルラが容疑者として逮捕されたことに、起因していた。
何故、パルラが逮捕されなければならないのか?
その事情を訊くため、私はきょう、カッツァーニに会いに行きたいと、考えていた。
「何故、彼女が逮捕されたのか――その事情が知りたいの。
だって、ペラルチャさんが殺されたとき、彼女は私やタビトと一緒に居たのよ?
殺せる訳がないわ」
「それは、確かなのかな?」
「確かも確かよ!
店の前に来たとき――そのときは誰も居なかったし――すぐ店の裏手に回って、勝手口から中に入ったら――そこにパルラさんが居たのだから……」
犯行は無理だ。
普通ならば。
「姫ぎみや。
その女は、かなりの魔法の使い手だったのじゃろ?」
「拘束魔法が得意のようだったけど……」
「ならばそれを使って、遠隔的に殺傷せしめることは、可能ではないかな?」
老師は、痛いところを突いてくる。
「否定はしないわ。
彼女の魔法を使えば、店の外のペラルチャさんを縊り殺すことは可能だったと思う」
細い、縄状の光線を店外へ延ばし、ちょうど店に来たペラルチャを絞め上げることは――多分、出来た。
でも――。
「パルラさんは――そんなことをする人じゃない。
あの人は――とても、スッキリとした人だもの」
「随分、買われたものじゃのう。
その、パルラという女は」
老師が、嘆息したように言う。
「姫さまは、お優しいから」
「もう、ドレンちゃんったら!」
ドレンは、にっこりと笑う。
「姫さまがそんなふうに仰る方が、そのような殺人を犯すとは思えません。
だって、姫さまが人を見抜く眼は、確かですもの」
「ドレンちゃん……」
あーん。
ホント、ドレンは優しいなぁ。
「私も、ドレンのローズ評に一票入れたい。
が――」
公爵は、口元を引き締める。
「それでも、現実は残酷な事実を突き付けてくるものだ。
ローズの人を見る眼が、幾ら確かであろうと――」
「事実をまの辺りにすれば、それがたとえ信じたくないものであっても、肯んずるしかない」
言って、トランジェニスを見る。
彼は、ゆっくりと頷いた。
この言葉は、ある男に裏切られたとき、トランジェニスから教えられたものだった。
「そういうことだね。
だから、ローズ。
彼女が逮捕された理由を聞いても、それに反論しないほうが良いだろうね」
「まぁ、わかってますけど……。
出来るだけ、平常心でいたいと思ってますけど……」
もし、パルラが自分の無実を訴えてきたら、私は全力で公権力に抗うだろう。
だって――。
約束したのですもの。
また、店に来ると――。
「だから――きょうは絶対にパルラと面会して、彼女の無実を確認するの!」
❈❈❈❈❈❈❈❈
会議は終わった。
各自のきょうの仕事内容を確認し、それぞれがそれぞれに割り振られた仕事に勤しむ。
私は待ち合わせの時間になると、幻戯城の大広間に下りた。
タビトは既に来ていた。
旧知の衛兵たちと、和やかに話している。
「お待たせ!」
「遅いぜ、ネーちゃん。
きょうはテイトミネアスまで行くんだろ?
さっさと動かなきゃ、他の仕事が出来ないぜ」
「ゴメンゴメン!
でも――。
タビトが無事で、良かったわぁ」
「オイラがあんなこと、やれる訳ないだろう?
それに、オイラは地元の警察から事情を訊かれただけだから、すぐに解放してくれたよ」
ふん!――と、鼻を鳴らすタビト。
「それでも安心したわ。
離れ離れになっちゃったから、解放されたあと、連絡が取れたときはホッとしたもの」
タビトとは、個人的に連絡を取れるようにしていた。
遅い時間になっていたけれど、彼は私の通知を受け取り、きょうの予定も確認してくれた。
「ま、仕方ねーか。
ネーちゃんが頼れるのは、オイラだけなんだから!」
「もう!
調子に乗らないの!」
私はタビトを引っ叩こうとしたけれど、あっさり躱された。
やれやれ。
「きょうは必要なものは持ったし、万全の体制でいけるわね!」
「そうなることを、祈るよ」
「大丈夫!
上手くいくわ!」
❈❈❈❈❈❈❈❈
そんな感じで、意気揚々とテイトミネアスの国家警察に来た私だったけれど――。
「ホント、上手くいかないモンだね」
「どうして……」
私は、パルラと面会出来なかった。
しかし――。
それは、面会が不可だったためではない。
パルラが――私との面会を、拒否したのだ。




