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第6章 再び、酒場へ

「しかし、ネーちゃんも律儀だね。

 結局、金を払うんだから」


「当然でしょ!

 王族の者が、庶民から無償で物をもらう訳にはいかないんだから!」


 タリカルコ・ポテラからもらったドレスは、結局買うことになった。

 もちろん、適正価格でだ。

 ポテラの好意を無碍むげにする訳にもいかず、しかしただ(﹅﹅)で物をもらうことは、法律に違反する。


 という訳で、買い取ることで了承してもらった。

 そしてこのドレスは、ラーゴを再生させたときの記念式典で着ることを、ポテラに約束した。


 ラーゴ再生の実現こそが、ポテラの好意に対する最高のお礼であることは、間違いなかった。


「で、また〈宝玉の湖〉に戻るのよね?」


「そうだね。

 そろそろ、パルラが出勤してくる時間だから」


 2時間ほど前、ブロックEの酒場〈宝玉の湖〉の店主マーヤ・トーネルズとタビトが話を付け、酒場で働くパルラ・シスタネッチャから事情を訊く約束を取り付けた。


 パルラが出勤するまで、少し時間が空く。

 私たちはその空いた時間を利用して、ポテラの店を訪ね、話を聞くことが出来た。

 そこで、ルコスタッテ・ペラルチャの魔力は、ポテラから盗み出したある素材(﹅﹅)が元になっているらしいことがわかった。


 再び酒場まで戻り、今度はペラルチャが熱を上げていた女給の話を聞ければ、ペラルチャが手に入れた分不相応な魔力について、新たなことがわかるかも知れなかった。


「さてと、着いたわ。

 さすがに営業中は、ピカピカさせてるわね〜」


〈宝玉の湖〉の看板は、2時間前とは違って、本来の役目をまっとうするように、光り輝いていた。


「ネーちゃん、こっちだよ」


 タビトが手招きをする。

 客ではないのだから、営業中は裏口から入ろうということか。


 私は頷き、タビトのあとにつづく。


 店の裏手に回ると、石壁の中に、埋め込まれたような木戸があった。

 どうやら、勝手口らしい。


「ここから入ろう。

 マーヤさんに、許可はもらってるから」


 タビトは勝手口に手を掛ける。

 難なくそれは開き、中の薄暗がりに、私たちは身を滑り込ませた。


「わっ!」


 突然上がる、タビトの叫声。


 何ごとか!?――と、思う間も無く、私の身体に何か(﹅﹅)が絡み付く。


「こら〜っ!

 この(﹅﹅)〈宝玉の湖〉にドロボウに入ろうなんて、大分図々しいんじゃない?

 この(﹅﹅)パルラさんの手に掛かったら、警察に突き出すなんて甘いこと(﹅﹅﹅﹅)はしないから安心なさい。

 徹底的に、コキ使ってやるんだからっ!」


 その甲高いハスキーボイスに圧倒されたものの、いやいや私だって怯んでいられない。


「ちょっと待って!

 私たちはドロボウじゃないわ!」


「あら?

 ドロボウのくせに、かわいい声を出すじゃない?

 でも、ダーメッ!

 たとえ子猫のようなかわいい声を出しても、パルラさんは甘やかさないのさっ!」


 いや、すごい。

 高周波成分たっぷりのキンキン声のくせに、なんというか、掠れ具合がとてもセクシーだ。

 また、迫力も相当のものがある。

 そんじょそこらの(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ドロボウでは、尻尾を巻いて逃げ出すか、潔くお縄に付くしかないだろう。


「パルラさん!

 オイラだよ!

 この縄(﹅﹅﹅)ほどいてくれよ!」


「あれ?

 その声は、タビト?」


「そうだよ、タビトだよ!

 パルラさん、オイラと話してくれる約束だろ!?」


「ああ……」


 と、薄暗がりの向こうで、空気がなごむ気配がした。


「はいはい!

 そういえば――ママからそんな話、聞いてたわ!」


 その瞬間、身体にまとわり付いていたいましめが、すっと解けた。


「ホント、せっかちだよな〜。

 どこかの誰かさん(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)と、似たりよったりだ」


「どこかの誰かさんって、()のことよ?」


「いや〜……。

 ()だろうね?」


 縛めが解けた私たちは、お互いの顔を見合わせる。

 このやろっ!


「あらあら、お二人さん。

 姉弟なの?」


「とんでもない!」


 私はまたも、大きく首を横に振る。

 そして、しっかりと視線の先の女性を見る。


 エメラルドグリーンのドレスを着た、大柄な身体が、薄明かりの中に浮かんでいた(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 彼女は、金色こんじきの髪を逆立たせながら、床から1メートルほどの中空に、その身を浮かせていた。


「ふうん、そう……」


 彼女は、ゆっくりと床の上に降りる。

 すると、逆立っていた金色の髪は、重力を思い出したかのように、剝き出しになった肩に垂れた。


「ま、タビトに兄弟が居るなんてグッちゃんから聞いてないから、そんな訳は無いと思ったけど――」


 彼女は鮮やかな碧眼へきがんを、私に向ける。


「この辺じゃ、見掛けない顔ねぇ。

 でも――。

 あなた、どこかで見たような気がする」


「そりゃ、そうだよ。

 テイトミアのお姫さまなんだから」


「へ?」


「あれれ、マーヤさんから聞いてなかったの?」


「知らないよ、そんなの。

『タビトが訊きたいことがあるから、知ってることを話してくれ』――としか、私は聞いてない」


 はぁ、とタビトが溜息をく。


「しょうがないなぁ、マーヤさんは」


「ねぇ、タビト!

 この人、ホントにテイトミアのお姫さまなの?」


「そうだって言ってるじゃないか。

 オイラの言うこと、信用出来ないのかい?」


「いやいや!

 そうかぁ……。

 じゃ、噂は本当だったんだね」


「噂って?」


「いや――。

『テイトミアの王女が、ラーゴを彷徨うろついている』って噂が流れててね。

 なんでも、ウミグサ(﹅﹅﹅﹅)辺りで何か(﹅﹅)やってたみたいだって、人づて(﹅﹅﹅)に聞いてね。

 まさかぁ――とは、思ってたんだけど……」


 と、彼女はまじまじと、私を見つめ直す。


「なるほど。

 眼の前にこう堂々と存在されちゃあ、信じない訳にはいかないねぇ」


 腕を組むと、うんうんと頷く。

 私は、その腕の太さに眼を奪われる。


 この人――普通の人(﹅﹅﹅﹅)じゃない。

 先ほどの縄の縛めや浮遊の魔法も、ただの人(﹅﹅﹅﹅)には無理だ。


 少し、注意したほうがいいかも知れない。


「初めまして。

 テイトミアの王女、ローゼスカ・ティアムです」


 彼女は、組んでいた腕を解く。

 肩に垂れた髪を右手で掻き上げながら、


「これはこれはお姫さま。

 ようこそこんな場末の酒場までいらっしゃいました。

 私はここ(﹅﹅)で働いているパルラ・シスタネッチャと申します。

 以後、お見知りおきを!」


 パルラは軽く瞬きをして、薄く微笑む。

 店主のマーヤのようにあからさまな拒否は示さないけれど、それでも警戒は怠っていないようだった。


「パルラさん、私たちはペラルチャさんのことを訊きに来たの。

 お客さまのことで話しづらいとは思うけど――」


「いいよ、お姫さま。

 私が知ってることなら、なんでも教えてあげる。

 取り敢えず――ここじゃなんだから、こっちで話そう」


 パルラは顎をしゃくると、勝手口からすぐ右のところにあるドアに手を掛けた。

 その大柄な身体が、開け放たれたドアの陰に隠れる。


「行こうぜ、ネーちゃん。

 パルラさんはマーヤさんとは違って、スッキリとした人(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だから、あれこれ注文してこないとは思う」


「そうね。

 私とも話してくれそうだし――」


「なんだよ、ネーちゃん?

 まだ気になることでもあるのか?」


「あの人――身体つきが、普通じゃないわ。

 あれは――スポーツとは違う(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)鍛えられ方をした(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)、身体だわ」


 そう。

 あの筋肉の付き方は、王国の護衛師団の団員たちのような――有り体に言えば、兵士の身体つきだった。


「さすがだね。

 伊達に参謀総長をクビになった訳じゃないんだね」


「もう!

 クビはクビだけど、クビじゃなくって――」


 ひゅん!――と、ドアの陰から何かが伸びてきて、私とタビトは、それ(﹅﹅)に絡め取られる!


「きゃっ!」「わっ!」


 ぐん!――と、それ(﹅﹅)は縮んで私とタビトを引っ張り、そのまま部屋に引きずり込んだ。


 どうやら、女給の詰所のようだった。

 テーブルと、その周りに椅子が4脚。

 あとは簡単な給湯設備と、棚がしつらえてあった。


 私とタビトを引き込むと、それ(﹅﹅)は満足したのか、綺麗に消え去った。


「何をぐずくずしてたんだい?

 私はこれでも忙しいんだ。

 訊きたいことがあるなら、さっさと訊いて」


「痛てて……。

 ホント、パルラさんは荒っぽいなぁ。

 もっと優しくしないと、男にもてないよ」


 タビトは立ち上がりながら、尻を掻く。


「はん!

 バカをお言い。

 こういうこと(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)が大好きな男のことを、訊きに来たんじゃないのかい?」


「は?」


「変態ハゲのルコ太郎のことだよ。

 あいつ、私のコルダレガトが大のお気に入りみたいだからね」


 パルラは右手の指を一本立てると、その先から「ひゅん!」と、縄状の黄色い光を出した。


「それね。

 さっきから、私たちを縛ったりしている魔法は?」


「そう。

 コルダレガトっていう、私の自慢の拘束魔法さ。

 ルコ太郎はこれで縛られるのが大好きで、私を追っ掛け回してくるんだ。

『縛れ、縛れ!』ってね。

 変態だろ?」


「うわぁ……」


 変態だ。

 異議は無い。


「パルラさん、その変態のことなんだけど――最近、店に良く来てるんだって?」


「そうねぇ……。

 来てるねぇ」


 パルラは椅子に腰掛けると、私とタビトにも座るよう、促した。

 それぞれ、パルラの向かい側になるよう、腰掛けた。


「なんで急に羽振りが良くなったのさ?

 魔力をたっぷり(﹅﹅﹅﹅)、手に入れたって聞いてるぜ」


「ああ、そうだね。

 なんか知らないけど、どこかで手に入れたらしい」


「実はね、パルラさん。

 ペラルチャのおっさんが、どこから魔力を手に入れたかはわかってるんだ」


「なんだよ、タビト。

 嫌なことをするじゃないか。

 知ってるのに、わざわざ訊くなんてさ」


「ゴメンゴメン。

 でもその後がわからなくってさ。

 パルラさんに、魔力のことで何か話してないかと思って……」


「魔力についちゃあ――最初は店の娘たちに、片っ端からばら撒いてったな。

 私は間に合ってるからって突っぱねたんだけど、それでも無理矢理押し付けてきてさ――」


 パルラは、一枚のカートリッジを取り出すと、テーブルの上を滑らした。


「これは――」


 私は、カートリッジを手に取る。


「ペラルチャさんからもらった、魔力?」


「そう。

 あんたにあげる。

 変態ハゲからは、何ももらいたくないから」


「ありがとう。

 魔力の成分を調べてみれば、どの系統(﹅﹅﹅﹅)の魔力かわかると思うから、助かるわ」


 私はお金を払おうとしたのだが、パルラはかたくなに固辞する。


「要らないよ。

 元々、変態ハゲから押し付けられたものだし」


「じゃあ、代わりに魔力と交換ということにしてくれないかしら」


「あんたの魔力と、交換するってこと?」


 私は頷き、チャージャーを取り出した。

 指を入れ、魔力をチャージすると、そのカートリッジをパルラに渡した。


 カートリッジに表示された魔力量を見て、パルラの顔つきが変わる。


「……噂通りだね。

 お姫さまは、とんでもない魔力の持ち主だって話は」


「そんなに、噂になってるのかしら?」


「まぁ、『ランゾルテの戦い』の記録を見れば、噂にしなくたって、お姫さまの魔力の高さは一目瞭然だけどね」


「ランゾルテの戦い」は、1年ほど前に起きた、隣国との防衛戦だ。

 私はその「戦い」での勝利に、大きく貢献した――けれど……。


それ(﹅﹅)は、受け取ってもらえる?」


「そうだね、これ(﹅﹅)はもらっておいたほうが良さそうだ。

 ありがとね」


 パルラは大きな眼を細めて、笑った。


「それで――。

 ペラルチャさんは魔力を店の人にばら撒いていただけで、それ(﹅﹅)を自分で使うことはなかったの?」


「なかったね。

 アイツは魔力も持ってないし、自分(﹅﹅)で魔力を操る術も、持ってなかったよ」


 なるほど。

 自分で魔法は使えない、ということか。


「店に〈魔道具〉を持ち込んできたことは?」


「ない、ない!

 アイツは自分の頭でものを考えて行動するってことが出来ないヤツなのさ。

 だから魔法が使えなきゃ、それを代わりにやってくれるものを使うって考えも湧かないんだ。

 あれじゃあ、ハゲる訳だよ!」


 と、弾けるように笑った。

 頭を使えないのと、頭がハゲになる因果関係は、決して成立するものではないと思うけれど――ま、いいか。


「でも、それでは――」


「本当に、取るに足らないヤツだった。

 ルコ太郎は、縛られるのが三度の飯より好きな変態に過ぎない。

 私が言えるのは、これだけ」


 パルラは「オシマイ」というふうに、両手を左右に開いた。


「どうする、ネーちゃん。

 あまり大した話は聞けなかったけど?」


「仕方ないわ。

 ペラルチャさんは、ただ手に入れられる機会があったから、それを手にしただけみたいだし……」


 結局、ペラルチャと魔力の情報は、ポテラから聞いたこと以上のものは、ここでは得られなかった。

 この店に来たのは、無駄足だったのか?


 いや――。


「パルラさん」


「あら、まだ何かあるのかい?」


「ええ。

 気になったことがあったので、最後に、確認させてもらえないかしら?」


「なんだい?

 答えられることなら、教えてあげるよ」


「では――」


 笑みを湛えながら言うパルラに、私も意を決する。


「パルラさん。

 あなたは――解放戦線の、戦士かしら?」


 言って、じっとパルラを見つめてみる。


 さっきまでと同じように、口元には笑みが浮かんでいた。


 けれど――。

 二つの大きな瞳からは、笑みは消えていた。


「ネーちゃん」


「何、タビト?」


「言いそびれてたけど――パルラさんは、()『カリサフロ』の戦士だったんだ」


()?」


「そう。

 けど、いまは組織から離れてる筈。

 飲んだくれの親父が、そんなことを言ってたんだ。

 だよね、パルラさん?」


「グッちゃんはホント、どうしようもないねぇ……」


 パルラは「やれやれ」というふうに、首を横に振る。


「ああ、そうさ。

 昔は私も『理想』を目指したときがあった。

 でもね、やっぱり『現実』は残酷だよ。

『無駄だから』って、あっさり告げてくれるんだもの」


 パルラは私たちから視線を逸らすと、少し遠い眼をした。


「いまは――もう組織からは、抜けているのね?」


「そうだね。

 足を洗ったよ」


 私に向き直り、毅然として言う。


「組織からは抜けた……」


「しつこいね。

 そうだと言ったら、そうなんだよ!」


「嘘」


 私も毅然として、見返す。


「そんな訳、ないわ」


「何!?」


ウミグサ(﹅﹅﹅﹅)で何があったかなんて、普通の人(﹅﹅﹅﹅)は知らない筈。

 だって、ウミグサ(﹅﹅﹅﹅)の存在すら、知らない筈だもの。


 それに――。

『ランゾルテの戦い』は、公的には私は関わっていないことになっているから、その記録を見て私の魔力の高さを知ることも、出来ない筈――」


 眼の前で、パルラの指先が閃いた!

 あの縄状の光が、私たちを捉えようとする!


 けれど――。

 三度も食らいはしない!


「タビト!

 大丈夫?」


「痛てて……。

 急に腕掴んで引っ張るんだもん。

 もっと優しくして欲しいなぁ」


「贅沢は言わない!」


 縄が襲ってくる瞬間、タビトを掴んでプラミテイルを掛けると同時に、テーブルから飛び退いた。

 部屋を出るためドアを開けようとしたけれど、当然のように、それは開かない。


「なるほど。

 のほほんとしているようで、少しは(﹅﹅﹅)頭が使えるようだねぇ。


 でもね――」


 パルラの金色の髪が逆立つ。


ただ(﹅﹅)ここ(﹅﹅)から出ていってもらう訳には、いかなくなったねぇ」


 パルラの身体が、ゆっくりと浮き上がった。

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