第5章 約束の証
ブロックEの〈宝玉の湖〉をあとにすると、タビトは私を「料理屋」に案内してくれた。
ラーゴの「双龍」と称される二人のうちの一人、タリカルコ・ポテラが腕を振るう〈ドミミミンゴ〉の店内に、私は通されていた。
調理台には色とりどりの素材が並び、「料理屋」ポテラがどう調理するのか、待ち侘びているようだった。
それらは一見すると、なんの変哲もない紙であったり布であったりするのだが、ポテラの手に掛かればあっという間に調理され、素晴らしい品物へと変わるのだ。
ポテラは〈宝玉の湖〉の女店主とは違い、私たちを満面の笑みで迎えてくれた。
「こいつぁ、驚れーたなぁ……。
タビト、いつからお姫さまと付き合うようになったんだい?」
「あれ、言ってなかったっけ?
かなり前から、オイラとネーちゃんは付き合ってるんだけど?」
「はっはっはっ!
こりゃ、いーや!
タビトの出世を祝って、何かいーもんでもつくってやるよ!」
ポテラは「すっ」と、右手を振った。
すると、調理台に置かれていた複数枚の布が、空中に舞い上がった。
「お姫さまには、華やかなドレスがいーだろーなぁ。
こいつをプレゼントしてあげりゃー、ハートはがっちり!――タビトのもんだぜ!」
左右の手を交差させ、少し溜めをつくったあと、また開く。
そのとき、まるでハープでも弾くように、左右の手の指をしなやかに折り曲げる。
そのときだった。
ポテラの指先から光の糸が迸り、空中に浮いた布々を、鮮やかに包み込んだ。
「ちょっと、待ってくんねーかなぁ。
お茶でも飲んでる間に、編み上がっちまうからっ!」
「すげーな、おっさん。
相変わらず、ほれぼれする魔法だぜ!」
「はっはっはっ!
タビトに褒められちゃー、敵わんなぁ」
本来なら、これほどの魔法の使い手に言っていい言葉ではないと思うけれど、不思議とタビトの口から出ると、まったく嫌味に聞こえない。
ポテラも破顔一笑でタビトの言葉を受け取るのだから、よっぽど人が好いのだろう。
私たちは、店内の一角に据えられたテーブルを囲む。
ポテラの弟子と思しき赤毛の女性が、お茶とケーキを運んできてくれた。
「さぁ、どーぞ!
お姫さまのお口に合うかどーかは、わからねーけど!」
「いえいえ、お構いなく!――と、言いたいところですけど、せっかくお出しされたものを食べない訳にはいきませんねぇ」
私は礼を言って、お茶を口に含んだ。
おお〜!
さすがは「料理屋」でなるポテラの店で出すお茶だ。
豊かな香りが口中から鼻腔へ抜け、まるで爽やかな風に吹かれたような心持ちにしてくれる。
ケーキも甘過ぎず、慎ましやかにデコレートされたチョコやナッツがほど良いアクセントになって、一口入れる毎に、楽しい映画でも観ている気分にさせてくれた。
「あっという間だね。
ホント、ネーちゃんの食い気には恐れ入るよ」
「何よ、タビト?
いいじゃない、美味しかったんだから!」
「いーよ、いーよ!
まだ仕上がるには時間が掛かるから――。
デボネアール!
おかわり!」
は〜い!――と、店の奥で返事がしたかと思うと、先ほどの女性が、トレイに新たなケーキを載せて、現れた。
「いやぁ……。
申し訳ありません……」
「何言ってんの、お姫さま!
おれの店に来てくれただけでも嬉しーし!
遠慮しねーで、どんどんどーぞ!」
「いやぁ……。
では、遠慮なく――」
「まったく、しょうがねぇなぁ」
溜息を吐くタビトなど気にせず、私は供された2個目のケーキも、美味しく戴いた。
「――で、お姫さま。
おれのところへ、なんの用でお出ましになったのさ?」
「ポテラさん。
あなたのところで働いていた、ペラルチャさんのことで、少し訊きたいことがあるのだけど……」
「ああ!
ルコっちね!」
ポテラは「はい、はい!」と、大きく頷く。
「いいよ!
なんでもきーてくれてオッケーさ!
知ってることなら、話してあげるよ!」
「えっ、ホント?」
「ホントもホント!
アイツとおれとの間に、隠すよーなもんはなんなにも無いから!」
「いやぁ……」
と、ちょっと苦笑いになりながら、タビトを見る。
対象的に、彼ははち切れそうな笑みを浮かべている。
やれやれ。
これを人が好い――と言ってしまっても良いものか?
ちょっと警戒心が無さ過ぎじゃないの?
でも、話が聞けるのはありがたい。
「じゃあ、遠慮なく訊きますけど――。
ペラルチャさんが、最近魔力をたくさん手に入れたことは、ご存じですか?」
「ああ、そのことね。
知ってるも何も、アイツはおれのところから、魔力を取っていったのさ」
「は?」
「ルコっちの魔力は、おれのところの素材から、パクってったモンなんだよねー」
あっけらかんと言うポテラに、口を大きく開けてしまう。
「ええ〜!
それで、いいんですか?」
「いーの、いーの!
おれとルコっちの仲なんだからっ!」
ポテラは鷹揚に笑ってみせたけれど、不意に表情を曇らせる。
「おれはさ、別に素材の一つや二つどーってことねーと思ったから、特になんもしてないさー。
でも、ルコっちは違ったんだよねー」
「違った――とは?」
「アイツさ、それっきり店に来なくなっちゃったんだよねー。
おれは全然なーんにも気にしてねーのにさ。
それが残念だよねー」
ポテラは「はぁ」と深く溜息を吐いた。
なんというお人好しぶりだろう。
ポテラはペラルチャが窃盗を犯したことを、これっぽっちも責めていなかった。
それどころか、ペラルチャの心持ちを慮りながら、自分の店から去ってしまったことのほうを嘆いている!
「おっさんはホント、人が好過ぎるよな〜」
「はっはっはっ!
おれからそれを取ったら、何が残るってんだよ!」
「や〜。
色々残ると、思いますけど……」
「なんのなんの!」
私のしょうもないツッコミなど、どこ吹く風。
タリカルコ・ポテラは丸い顔をいっぱいに膨らませ、笑い飛ばした。
「では――。
改めてお訊きしますけど、ペラルチャさんが取っていった素材とは、なんなのですか?」
「魚さー」
「は?
魚――ですか?」
「まぁ、魚と言っても、生きた魚じゃないよー。
彫物だなー」
「彫物……」
「そう。
材質は――なんだろうなー。
金属っぽかったけど……妙な弾力があったなー」
金属っぽくて、妙な弾力――。
まったく、わからん。
「それは、ポテラさんとしては、どう調理するつもりだったんですか?
素材を上手に活かして、見事に仕上げるのが、あなたの得意技だと思うのですけど?」
「出来なかった」
「はい?」
「ありゃー、込められている魔力がでか過ぎて――おれには、手に負えなかったなー」
ポテラは残念そうに首を振る。
なんということだろう。
ポテラほどの魔導師が扱えぬほどの魔力が込められた素材とは――。
「ネーちゃん。
その魚、怪しいぜ。
魔石とどう関係するのか、いまのところはっきりしないけど――。
ポテラのおっさんが調理出来ないって、よっぽどのことだぜ」
「そうね。
私も同感だわ。
『ブルファリー』も扱うには、相当の魔力が必要な訳だし……。
あれ?」
私はふと、疑問に思う。
ポテラほどの魔導師が扱えないほどの素材を、何故ペラルチャが扱えるのだろう?
「ポテラさん。
あなたは、いま『自分の手に負えない』と言いましたけど、そんなに強力な魔力が込められたものを、何故ペラルチャさんが持ち出せたのでしょう?
もっと言うと――。
ここに、誰がどのようにして、持ち込んできたのでしょう?」
そう。
ペラルチャもだけれど、このポテラの店にも、誰がどうやって運んできたのだろう?
「その点は、問題無いさー。
あの素材は、きちんと殻に包まれてたからねー」
「ああ。
『イガーノの殻』だね」
タビトが納得したように頷く。
「何よ、『イガーノの殻』って?
あなたが呼び出すイガーノと、何か関係があるの?」
タビトは「ベルマネスの剣」というアイテムを使って、「ターニャの鏡」と呼ばれる水溜りから、イガーノというトカゲに似た魔獣を召喚出来る。
初めてラーゴに足を踏み入れたとき、私はドレンと共に、その魔獣と戦ったのだ。
「ネーちゃんはイガーノと戦ったとき、何か感じなかったかい?」
「何かを感じなかったって……」
私は記憶を探ってみる。
イガーノが「ターニャの鏡」から現れる。
私とドレンは、それを倒した。
イガーノが水から姿を現すとき――。
「もしかして――あの卵のこと?」
「正解!
さすがネーちゃん、そういうところは、しっかり憶えてるんだな」
「もう!
バカにしたような言い方はやめなさい!」
私はタビトを引っ叩く。
「いてて……。
すぐ手が出るんだなぁ」
「当たり前でしょ!
あなたの言い方が悪いんだから!」
「はいはい。
わかりました。
以後、気を付けます」
「もう!
そういう言い方!」
と、もう一回引っ叩こうとしたけど敵もさるもの、今度はヒラリと躱してみせた。
「お二人さん、仲がいーなー」
「いえいえ、そんなことありません!」
「そうかい?
おれには、仲のいー姉弟が、じゃれ合ってるよーにしか見えねーけどなー」
「いやいや、そんなことはない!」
私は必死に首を振って否定の意思を示す。
「そうかなー」
「そうです!」
「ま、お姫さまがそう言うなら、それでいーかぁ」
やれやれ。
やっと納得してくれたようだ。
「――で、話をもどすと……。
そのイガーノの卵の――殻が、関係してるの?」
私の問い掛けに、タビトは頷く。
「イガーノの卵の殻には、魔力を封じ込める効果があって、オイラはイガーノを呼び出して門番にすると同時に、呼び出したときに出てくる卵の殻も集めてたのさ。
公爵に訊けば、詳しいことはわかるよ」
「なるほど……。
それじゃあ、あの『ブルファリー』を入れていたケースは、イガーノの卵の殻を加工したものだったのね?」
「そうかもね。
詳しいことは……」
「わかりました!
あとで公爵に訊いときます!」
タビトにぴしゃりと言うと、私はポテラに向き直る。
「それでは、その素材は、イガーノの卵の殻に包まれて、ここに運び込まれてきたのですね?」
「そういうこと!
だから、ルコっちが持ち出すのも、訳無く出来たってことさ!」
と、朗らかに頷くポテラ氏。
ううん、人が好いなぁ。
「では、その後ポテラさんは、ペラルチャさんとは会っていないのですか?
お店には来なくなっても、〈宝玉の湖〉にペラルチャさんが通っているなら……」
「おれは、あそこには行かなくなったんだ。
ルコっちがあの店のねーちゃんを気に入ってるのは知ってたから。
行けば会えるだろーなーってのはわかってたけども……」
「や〜!」
本当っに、人が好いなぁ。
「ま、それがおっさんのいいとこだから」
「あなたが偉そーに言わなくていいの!」
と、今度はしっかりタビトの頭を叩く。
「――くそっ!
油断した」
「へっへ〜だ!
――ポテラさん、あと一つ訊きたいのは、その素材を運び込んだ人のことなのだけど……」
「ペー助のことだね?」
「は?
ペー助?」
「ああ、ごめん。
ペトリュース・カタルゴってのがうちに素材を運んできてくれる業者でね、いつもいーのを仕入れてくれるんだ」
「問題の素材を運んできたときの様子は、どうでしたか?」
「うう〜ん、いつもと変わんなかったねー。
ただ、魔力がけっこう強いから、気を付けてってのは言ってたなー。
ペー助は魔力が強い素材でも、殻に包んで良く持ってくるから、特に変わったとこは無かったなー」
「そうですか……」
取り敢えず、ペトリュース・カタルゴの住所と連絡先を訊いておく。
「ポテラさん、ありがとう。
だいたいのことは、わかりました」
「そうかい?
お姫さまのお役に立てりゃー、嬉しいけどねー」
「ええ!
とっても!」
私たちは笑顔で握手する。
「じゃ、そろそろ出来た頃だから――」
ポテラは手掛けていた調理が終わったことを確認すると、出来た料理を持ってきた。
「はい、どうぞ!」
それは眼にも麗しい、とても素敵な黄色いドレスだった。
「いやいや!
こんな素晴らしいもの、戴けません!」
「大したことないさー。
素材自体はただみたいなモンだし」
「ええ〜!
こんな立派なものが……。
本当ですかぁ?」
「ホントもホント!
おれは安く仕入れたものを最高のものに仕上げて安く売るのが仕事なんだから。
高くちゃあ、ラーゴの人には買えないよ」
このポテラの言葉に、私ははっとする。
そうなのだ、ここはラーゴだ。
ラーゴの人たちが無理なく買えるものを、この「料理屋」はつくっているのだ!
「ラーゴをどーにかしようって、お姫さまは思ってんだろ?」
「えっ?」
「ちょっと前からさ、お姫さまがラーゴに出入りしてるってのは、ここの住民なら、みんな知ってるさー」
むう。
確かに、私は隠密行動を取ってはいなかった。
ラーゴの人たちに、私が何かをしていることは、わかり過ぎるくらい、わかった筈だ。
「中には警戒するヤツも居るだろうけど、おれはそうは思わないんだなー。
お姫さまは、おれたちにとって何かいいことをしてくれる――。
そんなふうに、おれは感じるんだなー」
「ポテラさん……」
ちょっと、ぐっと来るものが、胸にあった。
ここに来る前、〈宝玉の湖〉の女性店主に受けたあしらいを、私はラーゴの人たちが抱く気持ちだと、思っていた。
王族の人間など、ラーゴを放ったままにしている人間など信用しない――。
それこそが、ラーゴに住む人たちの総意だと思っていた。
それが――。
眼の前に居る「料理屋」タリカルコ・ポテラは、私が何かいいことをしてくれると、信じてくれているのだ!
「受け取ってよ、お姫さま」
ポテラがすっと、ドレスを差し出す。
「わかったわ、ポテラさん。
これは、あなたとの約束の証として、戴きます。
絶対に、ラーゴを良くしてみせます!」
弾けるように、ポテラは笑った。




