第4章 酒場で聞き込み
「『ブルファリー』って、あの魔石かぁ……」
「そう。
あの敵との戦いのあと、どこかに飛んでしまって、行方知れずなの」
「で、ラーゴの実情に詳しいオイラを頼ってきたって訳か」
「その通り!
ね、タビト?
あなた、誰か『ブルファリー』を隠し持っていそうな人、知らない?」
私はタビトの案内で、ブロックFを目指していた。
あの戦いは、ブロックFのウミグサで起きた。
王国テイトミアの国境付近に広がる樹海の一部がそれであり、ブロックFの住人たちでも、滅多に足を踏み入れない場所だった。
従って、あの戦いが人の眼に触れたとは思えないのだけれど、それでもその痕跡に触れた者が居て、「何が起きたか」気になり、ウミグサを探った可能性は否定出来ない。
「ネーちゃんたちは、あのあとウミグサを調べたんだろ?
で、その魔石は見つからなかったって訳だ?」
「かなり広範囲を捜索したけど、『ブルファリー』は見つからなかった。
私たちより早く、誰かが取っていった可能性があるわ」
「でもなぁ……。
あれは、とんでも魔力のカタマリだぜぇ?
相当の魔力持ちじゃなきゃ、魔石の魔力で吹きとんじまうんじゃなかったっけ?」
「そうなのよねぇ……。
あの魔力を扱うには、その人自身がかなりの使い手でないと、封じ込められないと思うし……」
「そのアテを、オイラが知らないか――て、ことなんだろ?」
「どうかしら、タビト。
そういう人を知っていたら、連れていって欲しいんだけど?」
「ま、見込まれた以上、やれるだけのことはやってみるよ。
急に、魔力の羽振りが良くなったヤツなら、何人か知ってる」
ラーゴは電力・ガス等の社会基盤が整備されていない。
そのため、未だに魔力に依存しているところが多く、日々の生活も、魔力無しでは立ち行かない状態だった。
となれば、魔力が絶大な価値を持つのは当然の成り行きで、タビトが私と初めて会ったとき、彼が金銭より魔力を求めてきたのも、それに起因していた。
「ネーちゃんは、ラーゴで有名な魔導師『双龍』っての、知ってるかい?」
「『双龍』──」
そう呼ばれる二人なら、私にも聞き覚えがあった。
「知ってるわ。
一人はタリカルコ・ポテラ。
もう40を過ぎてたかしら?
火属性の魔法の使い手として名高い人ね。
もう一人はパパラライガ・グリッズ。
この人はまだ20代の若手で、土や水属性の魔法が得意だった筈
ラーゴの偉大な魔導師『双龍』として並び称されていることは、テイトミアの王宮にも轟いているわ」
「そう。
二人ともラーゴきっての魔導師で、ポテラのおっちゃんは気のいい『料理屋』で通ってるし、グリッズの兄ちゃんはちょいと気難しいところがあるけど、いい家をつくってくれる『職人』だね」
「彼らの羽振りが良くなったの?」
「ホント、ネーちゃんのそのせっかちな性格は、変わってないなぁ。
ウルトラ・コンピュータに『スピードこそが真髄』なんて言われる訳だ」
「何よ?
じゃ、違うっていうの?」
「いいかい?
いま言った二人は、ラーゴきっての魔導師なんだぜ?
元から羽振りなんていいに決まってるじゃないか」
ぐぬぬ……。
言い返せない。
「彼らは元から羽振りがいい。
だから二人の元には、多くの人が集まってくる。
弟子入り志願の者だったり、ゴマをすって虎の威を借りたいヤツだとか理由は様々だけど、やっぱり魔力をたっぷり持ってる人間のおこぼれにありつきたいのは、当たり前ではあるんだろうなぁ」
「その口ぶりだと、あなたは違うのね?」
「トーゼン!
オイラはそんなもの、アテにしないよ。
自分の食い扶持は自分で稼ぐことにしてる。
おこぼれなんて、必要ないね!」
きっぱりと言い切るタビトに、私は心なしかホッとしていた。
やはり、この少年は違う。
ラーゴという劣悪な環境におかれていても、その胸には、気高いものを抱えて生きている。
周りに流され、運命というものに流され、ただ翻弄されて生かされている人間とは、一線を画している。
自己というものをきちんと持ち、自らを律する術を得ている。
そんなタビトを見出し助手に指名した私は――。
「偉い!」
「わぁっ!
なんだよ、急に?」
「ごめんなさい。
ちょっと、自分に酔っちゃった」
「はぁ?
酔っ払うのは仕事が終わったあとにして欲しいね」
タビトは憤然として言う。
ここら辺も、少し大人びていた。
「で、さっきの話のつづきだけど――。
ポテラのおっさんに取り入っている人の中に、ルコスタッテ・ペラルチャってのが居て、そいつが大分調子いいんだよねぇ。
30過ぎの冴えないおっさんで、たいして金も魔力も持ってないくせに口だけは達者ていう、典型的なお調子者だよ」
「その人の、羽振りが良くなっているのね?」
「そう。
前までポテラのおっさんにおべんちゃら言いまくって美味しい思いをしてたのに、最近は全然おっさんのところに姿を見せないらしいんだ。
そのくせ夜の街には毎日のように繰り出していて、店のおねーちゃんたちに魔力の大盤振る舞いをしてるらしい」
「らしい、らしいって――それはどこが情報源の話なのよ」
タビトは「ピタッ!」と足を止めて、私を見る。
「親父だよ」
「あっ……!」
と、声を上げてしまった。
己の迂闊さが腹立たしい。
初めて会ったとき、ラーゴの情報の対価としてお金を払おうとしたのだけど、彼が首を振ったのを思い出した。
どうせ飲み代で消えちまうんだ――。
その言葉から、彼は父親に対して良い感情を持っていないのは、明らかだった。
「ごめんなさい、タビト」
再び歩き出したタビトの背中に向けて、私は謝る。
「なんだよ、ネーちゃん?
そんなので謝る必要は無いぜ。
どっちかと言えば、親父に対してはムカツクけど、それだって別にどうでもいいって気持ちのほうが強いからなぁ……。
クソみてーな酔っ払いの話の中に、ネーちゃんが必要な情報が入ってたことを喜ぶべきじゃないかな?」
「いやぁ……」
と、頭を掻かざるを得ない。
私の心配などまったく意に介することなく、タビトは歩を進める。
ここら辺は、もう彼の中ではすっかり消化済みのことがらなのだろう。
「どちらが大人か、わからないな……」
私は、そっと呟いた。
❈❈❈❈❈❈❈❈
「ここだよ」
タビトが案内してくれたのは、ラーゴのブロックEに店を構える、〈宝玉の湖〉という名の酒場だった。
三階建ての建物の一階を占めており、外装はやや剝げ掛けているものの、壁のつくり自体はしっかりとしていて、壁面を覆う蔦が妖しげな雰囲気を醸し出していた。
ドアの材質はケルチャーの木を使っていて、実にがっしりとしている。
ケルチャーの木は樫の木と似た質感だけれど、硬さの中にしなやかな柔らかさを感じさせるのが特徴だった。
また、掲げられている看板もそれなりに豪華で、電飾を多く散りばめて光らせれば、辺り一帯にその存在を知らしめるには、十分な効力を発揮するに違いなかった。
「へぇ……。
ラーゴにしては、立派なお店ねぇ」
「まぁ、見掛けだけはね。
中はアバズレ女の巣窟だけど」
「随分な言い方ねぇ」
「その通りなんだから、仕方ないだろ?
なんの因果か、親父がここのママと馴染みでね。
友達価格で飲ませてくれるらしいんだ」
「ふうん……。
それで、この店に通っていたペラルチャ氏と知り合ったのね?」
「通い出した――てのが正確かな。
普通に飲んだらラーゴで一番ぼったくられる店だからね。
ペラルチャの稼ぎで通える訳はないんだ。
なんらかの秘密がある筈で、それを調子に乗って店のねーちゃんに話してないか、確かめてみようと思う」
時刻はまだ午後3時前だ。
もちろん、店はまだ営業していない。
それでも、タビトは躊躇することなく、重いケルチャー材のドアを開けた。
中は薄暗く、右手がカウンター席、左手がボックス席になっているようだった。
奥のほうは真っ暗で、まったく見通せなかった。
「まだ、開けてないんだよねぇ。
あと2時間くらいしたら来ておくれよ」
気怠そうな声が、店の奥の暗闇から聞こえた。
「マーヤさん、オイラだよ。
ちょっと、訊きたいことがあってさ」
「あれ?
その声――タビトかい?」
「そうだよ、オイラだよ。
訊きたいことがあるんだ。
取り敢えず――明かりを点けてくれないかな?」
のっそりと、店の奥で何かが動く気配がした。
緩やかな空気の流れを感じたと同時に、「パッ」と店内が明るくなった。
カウンター席の奥のスツールから、でっぷりと太った40絡みの女性が立ち上がった。
ウェーブの掛かった銀髪が、肩の辺りまで垂れている。
足を一歩踏み出す度、真っ赤なドレスの衣擦れの音が、耳に届いた。
「どうしたのさ、タビト?
こんな時間に来るなんて――」
女性は、私に気付いたようだった。
すぐさま視線を上から下まで走らせたあと、改めて私の顔を見る。
そして「はっ」とした表情になり、王女がなんで?――と、小さく呟いた。
「ちょっとタビト、いつからいいとこのお嬢さんと、仲良くなったんだい?
まぁ、お姫さまにお出し出来るようなものは、いまも、店を開けたあとも、無いんだけどねぇ」
店を開けたあとも――これは、開店後は店に入れないぞと、暗黙に言われたのと同じだ。
やはりラーゴだ。
王族の者は、歓迎されないらしい。
「マーヤさん、このネーちゃんのことはおいといてさ……」
「放っておけると思うかい?
テイトミアの王女さまが、わざわざ開店前の飲み屋に来て下さったんだよ?
歓待しない訳にはいかないじゃないか」
「いやぁ、嫌味を言われると困るんだけど……」
「嫌味?
とんでもない!
ご挨拶――と、言っておくれよ。
私はね、テイトミアの王女さまに、こんな場末の寂れた店にお出ましなさる必要はございません――と、伝えてるだけなんだから」
「マーヤさんはそうでも、オイラたちは必要があるんだよねぇ。
別に店を調べるとかじゃないからさ、ちょっとだけ話を聞いて欲しいんだ」
タビトが愛想笑いで「店は調べない」と重ねて言うと、女性は渋々頷いて、私たちをボックス席のほうへ案内してくれた。
「何も出さないからね」
「いいよ、そんなの。
オイラたちだって必要なことを聞いたらとっとと出ていくから」
「ホントだね?
まぁ、いいさ。
タビトは信用してあげる。
そちらのお嬢さんは、信用しない。
わかった?」
タビトが、チラッと私を見る。
もちろん、無言で頷いた。
それを見て、女性も漸く納得したようだった。
「じゃあマーヤさん、ペラルチャさんのことを知りたいんだけど……」
「ペラルチャ?
ああ、パルラに熱を上げてるハゲね。
つい最近店に来るようになって、手当り次第店の娘に手を出すから出入り禁止にしようと思ってたんだけど、金は持ってないくせに魔力払いが良くてねぇ……。
無碍に扱う訳にもいかなくて、ちょいと困ってたところさ」
「そいつは、大分魔力を持ってるみたいだね?」
「それも変な話さ。
タリちゃんが言うには『料理人』としてはまったく見どころの無い奴だったらしいから、そんなに魔力を持ってる筈ないんだけどねぇ」
タリちゃんとは、「料理屋」で通っている、タリカルコ・ポテラのことだろう。
「タリちゃんのお供で何回か店に来たことはあるけど、ホントおべんちゃらばっかで中身は空っぽのロクデナシだね、あれは。
タリちゃんも人がいいから、モノにならなくても使ってやってたっていうのに――最近は全然タリちゃんのとこに来なくなったらしいし……」
「それは親父からも聞いたよ。
『魔力をごっそり手に入れたから、もう働く必要はない』――てね」
「グッちゃんもロクデナシだからねぇ。
あんなロクデナシの息子がこんなにはしっこいてのも、なんの因果なのかねぇ……」
「オイラのことはどうでもいいって!
でさ――。
ペラルチャさんはなんか言ってなかった?
魔力をどこで手に入れたかとかさ?」
「さぁね。
あたしゃあ、アイツには近付かないからねぇ……。
知りたきゃパルラに訊くんだね」
「そんなこと言わずにさ、ちょっとだけでも教えてよ。
オイラとマーヤさんとの仲だろ?」
「おやおや、タビトちゃん。
アタシゃあ、グトネルドとはいい仲だったこともあるけど、タビトちゃんとはどうだったかなぁ?」
ううむ。
さすがに客商売をやっているだけはある。
厄介な客とは言え、簡単にその人物の秘密を明かそうとはしない。
また、私が同席しているのも、その口を重くしている原因だろう。
「タビト。
私、外に出るわ。
これ以上、同じ問答がつづくのは不毛だと思うし」
「えっ、いいのかい?」
「やっぱり、ラーゴにはラーゴの流儀があるでしょうから……」
私は、魔力のチャージャーを取り出すと、それに右手の人差し指を入れる。
魔力が、装着されたカートリッジに流れる。
カウンターの数字を見た女性が、眼を瞠る。
「はい、タビト。
これを有効に使ってね」
「なるほど。
ネーちゃんも、わかってきたじゃないか」
タビトに魔力が充填されたカートリッジを渡すと、ニヤリと相好を崩した。
私は、すっと女性の眼を見る。
その瞳が、微かに同意を示したような色になった。
「さて、どうなるかしら?」
店を出て、ケルチャーのドアの脇で5分ほど待った。
重いドアがゆっくりと開き、タビトが出てくる。
その顔に、満面の笑みを湛えて。
「ネーちゃん。
ペラルチャのところへ行こう」
私は頷いて、同意した。




