第3章 共に働く仲間たち
カート・ドゥルバネスは、若くして名声を得た芸術家だった。
しかし、若くして傑作をものすドゥルバネスを、周囲の人間たちが放っておく筈が無く、様々な雑音が、彼の芸術活動を阻害した。
見兼ねた父は彼をテイトミア城に呼び、宮廷芸術家として、ドゥルバネスを迎え入れたのだ。
彼が制作した芸術作品はテイトミア城のそこかしこを彩り飾り、城を表情豊かな姿に変え、訪れる人たちの心を和ませていた。
「カート、あなたが来てくれるなんて、ちっとも思わなかったわ」
作戦会議後、私は彼を自分の執務室に呼び、お茶を飲みながら、何故テイトミア城から幻戯城へ拠点を移したのか、訊いてみた。
「姫さま――実はぼく、逃げてきたんだ」
「えっ、そうなの?
また、あなたを取り込もうとする人でも現れたの?」
「いえいえ。
その点は陛下にしっかりお守り戴いてたんで、まったく心配無かった」
「じゃあ、なんで?」
「う〜ん、贅沢で不遜な物言いかも知れないけど――。
テイトミア城では、やれることはやり尽くしたと思ったんだ。
だから――」
「テイトミア城から逃げてきた?」
「その通り!
陛下には申し訳無いと感じたんだけど……でも、あんまり条件が良過ぎても、いい作品は出来ないんだよね。
こういった感覚、姫さまにはわかりづらいと思うけど……」
ドゥルバネスは本当に申し訳無さそうに首を竦めながら答える。
「別に、あなたが恐縮する必要は無いわ。
あそこではもういい作品は出来ないと思ったんでしょう?
その感覚は、あなただけのものだもの。
それを大事にしてこそ、芸術家でいられるんじゃないかしら?」
「姫さま、ありがとう。
なんとなく、姫さまなら頷いてくれるんじゃないかと思ったんだよね。
テイトミア城の作品たちも、姫さまには随分褒めてもらっていたから……」
「あったり前じゃない!
あなたの作品を褒めずに、いったい何を褒めればいいというの?
芸術作品なんて見る眼の無い私にだって、あなたの作品の良さはわかるわ。
なんと言ったら良いのかしら――とにかく、魂が込められている感じがするのよねぇ……。
まぁ、芸術作品なら押しなべて、芸術家の魂が込められているのは、当たり前であるとは思うけれど……」
と、私はあまり要領の得ない感想を言ってしまったのだが――あにはからんや、ドゥルバネスは、如何にも我が意を得たりとばかり、強く頷いた。
「やっぱり、姫さまはわかってたんだ!
ぼくの作品には、魂が込められているってことに!」
「えっ、えっ?
どういうこと?」
「姫さま。
言葉、そのままの意味だよ。
ぼくの作品には、ぼくの魂が込められている。
だからこそ、それがわかる人の眼には、素晴らしく魅力的に映るんだろうね」
しかしながら、やはり私には、少しピンと来なかった。
でもそんなポカンとしたふうな私の顔など気にせず、ドゥルバネスは、幻戯城で始める新たな仕事に対する意気込みを熱く語ると、「美味しいお茶をごちそうさま」と会釈し、部屋から出ていった。
「ま、いっか。
彼が居るなら、この殺風景なお城も、賑やかになるでしょうね」
ドゥルバネスの作品は、テイトミア城の浴場に設えられている「夢の天使」に見られるようなまっとうな芸術作品の他に、彼独自のセンスが横溢した、どこか巫山戯たような、遊び心に満ちた作品のほうが、私は好きだった。
彼の作品には、須らく魔力が込められており、その込められた魔力によって、実に様々な表情を浮かべるのが特徴だ。
それは、見るものを驚かせるドッキリ・アートだったり、ここがどこであるかを錯覚させるトリック・トリップだったり、とにかく彼の生み出す「不思議世界」は、そこを何度も訪れたくなるような仕掛けが満載だった。
そして彼は、今度はこの幻戯城を遊び場に選んだ。
実にぴったりではないか!
何せ名前が「げんぎじょう」なのだ!
幻と戯れながら生み出される、ドゥルバネスの新たな作品たちを、私は楽しみに待ちたい。
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さて、ここからどうするか?
昼食を済ませたあと、「ブルファリー」の捜索に取り掛かろうと思ったのだが、ドレンは老師のところへ行ってしまい、助手となるべき人が居なくなってしまった。
でも、私に抜かりはないのだ。
いや、正確に言えば抜かりまくりであろうとも思えるけれど、今回幻戯城へ赴くにあたって、ドレン以外に私の助けになってくれる「協力者」が必要だったから、その点に関しては、抜かりなく予め彼に打診していた。
「テイトミア城に来ることは拒んだけど、幻戯城なら来てくれるんじゃないか?」
元々、彼は幻戯城に出入りしていた。
私が幻戯城の者となったのだから、今度は頼みを聞いてくれると、私は判断した。
その考えは、的を射ていたようだった。
待ち合わせの場所に、既に彼は来ていた。
水溜りの際に立ち、ツンと澄ましていたようなその顔が、私の姿を認めると、途端に崩れた。
「よう、ネーちゃん!
王女さまをクビになったんだって?」
「相変わらず、失礼ね!
クビになったのは参謀総長のほう!
王女のほうは絶賛継続中よ!」
「ふうん……。
何かをクビになったのは、変わらないんだ」
「あのねぇ、あなたにはちょっと難しいと思うけど――これは『言葉の綾』って言うの!
わかり易く『クビ』って言ったけど、ホントは違うんだから!」
「あっ、そう。
てっきりテイトミア城を追い出されたから、公爵に泣きついて、幻戯城に駆け込んだんだと思ったのに」
「そんなことは無い!
もう、ホント減らず口は変わってないのね」
「いやぁ、ネーちゃんはオイラの減らず口に期待してるんじゃないかと思ってさ……。
違うのかい?」
そう言って、ニヤリと笑う。
こいつ――。
やっぱり、この子を助手にしようと判断した私の考えに、間違いは無いようだ。
私も、笑みを返さずにはいられなかった。
「その通りよ、タビト。
あなたのその減らず口を見込んで、お願いしたいの。
私の助手として、協力してくれないかしら?」
私はタビトと初めて会った、この〈ターニャの鏡〉を、待ち合わせ場所に選んだ。
ここに彼が来てくれたということは、了承してくれたものとみて良いと思う。
「ま、けっこうなお金をもらえるようだから、断る理由は無いね。
また幻戯城の人と会えるのも、悪くないからね」
「オッケー!
じゃあタビト、あなたもいまから――我ら、〈テイトワーカーズ〉の仲間入りね!」
「は?」
私と再会してから初めて、タビトがポカンとした。
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「公爵、私たちはラーゴを再生させる、一つのチームということよね?」
「幻戯城で奉仕している多くの兵や使用人たちも含めて――一つ、ということになるけど、それでいいかな?」
「もちろんよ!
ヒゲモジャのツブムさんも、おっとりといているくせになかなかやり手のコロルさんもみんな含めて、一つのチームね!
で――。
思ったのだけど……そのチームに、名前が欲しくないかしら?」
「名前、か……」
「必要かのう、姫ぎみ?
わしは普通に幻戯城の名の元に働くものたちの集まりで、特に問題無いと思うが?」
「老師、それではちょっと味気無いと思うの。
なんかこう、はっきり『これだ!』――と、体を表す名称が欲しいわ。
そのほうが便利だと思うし」
「公爵。
姫さまの提案は、悪くありません。
幻戯城は公爵の遊び心が現れたそれなりに洒落た雰囲気を感じますが、外に向けて使い易いかというと、なかなかに難しく存じます」
「トランジェニス。
もっとはっきり言って構わんぞ。
『幻戯城という名前を出してだと、仕事がし難い』と」
「いやぁ、公爵。
そこまではっきりとは、申し上げ難く……」
「いいのよ、トーランくん!
公爵にははっきり言っちゃって構わないわ。
ね、公爵!」
「本当にローズは遠慮なく言ってくるねぇ」
「敬語を使わなくなった途端これじゃ。
呆れた姫ぎみじゃわい」
と、二人とも突っ込んで来たけれど、どちらの表情も和やかだった。
「どう致しまして!
このほうが、私らしくていいと思うけど?」
「良い良い!
そうでなくては姫ぎみではない!
パイプリナを次から次へとパクつく姫ぎみこそ、本来の姿であろうからな!
遠慮は無用じゃ!」
「じゃ、このままでいくわね!
――で、本題だけど……誰か、いい名前を思いつけるかしら?」
「さすがに急過ぎて、私には無理だな……。
老師もこういうことには疎いし――トランジェニスは――」
公爵は、ちらっとトランジェニスを見て頷く。
「公爵!
何を肯んじてらっしゃるのですか!」
「いや……。
トランジェニスには、ちょっと難しいと思ってな……」
「むむ!
わたくしに、アイデアが無いと仰られましょうか?」
「あるのか、トランジェニス?」
無論とばかり、トランジェニスは頷く。
「ほほう、これは失礼した!
では、聞かせてもらおうじゃないか」
促され、口を開くトランジェニス。
「〈テイトミア活性隊〉――というのは、如何がでしょう?」
恐ろしく自信満々に言ったものだから、私たちは圧倒された。
「あのう、トーランくん?」
「姫さま、わたくしの考えた名称はどうでしょう。
まさしく、名は体を表す――というふうでございましょう!」
「自画自賛のところ、大変心苦しいのだけど……とても、かっこ悪いわ」
「ガーン!」
と音が聴こえてきそうなほど、トランジェニスはショックを受けたような顔をした。
ごめんなさい、トランジェニス。
たとえ愛する人のアイデアであっても、あまりに「これじゃあ」と思えるものに対しては、はっきり「ダメ!」と言ってあげるのが、本当の愛だと思うの。
「トランジェニス、きみは昔からチャレンジ精神が旺盛だった。
その貪欲さを、得意分野で活かして欲しい」
「御意に……」
トランジェニスは沈痛な面持ちで頷く。
仕方ない、人には向き不向きがあるものだ。
公爵の言うように、得意分野でその力を発揮すれば良いではないか!
「他に、案があるのは居ないかな?」
「ドレンちゃん、何かある?」
「いえ、私には特に――。
それより、姫さまが言い出したのですから……」
と、彼女は私に視線を向けながら、口を閉ざす。
そう、その先は言うまでもなかった。
あとはドゥルバネスの意見を聞けば終わりだ。
「カート。
もしあなたにこれといったものが無ければ……」
ドゥルバネスは「いやいや」とばかり、首をふる。
「姫さまがもう考えてあるんでしょ?
ぼくが出る幕は無いよ」
「ありかとう!
わかってくれてるじゃない!」
「ま、言い出しっぺの法則――というヤツだな。
ローズ、きみの考えた名前というのを、聞かせてくれないか?」
公爵に促され、私は言った。
「〈テイトワーカーズ〉!
というのは、どうかしら?」
「ばぁ〜ん!」とばかり、声高らかに発表してみたのだけれど――はて、反応はあまりよろしくない。
公爵も老師も無表情だし、トランジェニスは「ポカン」としている。
ドレンは頻りに眼鏡の位置を直しているし――ドゥルバネスだけが、ニコニコと笑みを浮かべてくれている。
「う〜ん、そんなに『これは!』という感じでもないの。
でも、名は体を表す――てことから見れば、まずまずだとは思うわ」
私はなんというか、必死の自己フォローを試みるが、効果のほどは芳しくない。
「――いや、ローズ……」
「公爵……。
期待外れだったかしら?」
公爵は、強く、首を振る。
「そんなことは無いぞ。
もっと、奇抜な名前を想像していたから――ローズにしては、案外普通だと思っただけだな」
「そうじゃぞ、姫ぎみ。
テイトミアの『テイト』と、そこで働く者たちの『ワーカーズ』。
簡潔にして明瞭!
すっきりとしていて、良いではないか!」
おお〜!
二人の優しさが、心に染みる〜!
「ありがとう!
公爵と老師にそう言われると、ホッとするな〜!」
「私はこの名前に賛成だが――他はどうかな?」
「異議、ありませぬ」
「もちろん、賛成よ」
「ぼくに、異論は無いなぁ」
公爵は皆の顔を見回したあと、私に視線を留めて頷く。
「どうやら、決まったみたいだな」
「そうね。
我ら〈テイトワーカーズ〉!
みんな、よろしくね!」
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「――とまぁ、私は力強く宣言した訳だ」
「はぁ……。
まぁ、ネーちゃんらしいね」
「何よ、文句あるの?」
「無い!」
「じゃ、〈テイトワーカーズ〉の一員として、タビトもよろしくね!」
「はいはい。
よろしくでござりまするよ」
タビトは両手を広げて苦笑する。
「よし!
『ブルファリー』探索の初仕事、元気良く行くよ〜!」
私は力強く右手を突き上げると、タビトとともに、〈テイトワーカーズ〉の第一歩を、踏み出した。




