第2章 作戦会議!
「任命式」の翌日から、早速、私はラーゴの住人になった。
必要なものを幻戯城に運び込み、この城で暮らす用意を整えた。
居室は「女王の間」を使用して良いとのことだったので、遠慮無く使わせてもらうことにした。
部屋はすっかり片付いていて、以前の使用者である公爵の妻の匂いは、少しも感じられなかった。
「いやぁ、妻はもうここには帰って来ないでしょうから」
と公爵は、切ないセリフを苦笑しながら私に言う。
もちろん離婚する訳ではなくて、ただ別居しているだけだから――この表現もちょっと意味深長かしら?――特に深刻な事態になっているのではなく、とどのつまり、公爵なりのちょっとしたジョークということだ。
「テイトミア城とまったく同じつくりですから、違和感はありませんね」
まぁ、部屋の構造と内装が同じだけで、調度品は違うのだからまったくの一緒という訳でもないけれど、雰囲気がほとんど変わらないのは、大分安心感が違ってくる。
「それは良かった!
好きに使ってくれて構いませんので、どうぞ気楽になさって下さい」
「わかりました。
好きにします。
それと公爵――」
「なんでしょう?」
「気楽に――と言うのなら、お互い敬語を使うのはよしませんか?
もちろん節度は必要でしょうけど、せっかく同じ目的を持って同じお城に住むのですから、ある程度は打ち解けた話し方のほうが良いと思います」
「なるほど、一理ありますね」
「賛成――と、いうことで?」
「異議無し!」
てな感じで、私と公爵は、堅苦しい言葉遣いをやめた。
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「では、今後の方針について、話していこうと思う」
公爵の執務室に、私たちは集まった。
私、公爵、トランジェニス、それに公爵の参謀であるボットーバル・トーレム老師。
更に――。
ドレン・パレドゥルンも、その輪に加わっていた。
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「姫さま。
私はあなたの侍女なのですから、一緒に幻戯城に参ります」
「いいの、ドレンちゃん?」
「はい。
陛下の許可は戴いております。
城のことは他の者に任せて、私は姫さまのお供をつづけたいと思います」
「いや〜、ドレンちゃんが付いてきてくれるのは心強いなぁ」
「引きつづき、お願い致しますね。
あと、陛下の話によれば――もうお一方、テイトミア城から幻戯城に派遣されるみたいです」
「へ〜、誰だろ?
ま、ドレンちゃんが来てくれるだけで十分よ!」
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そんな訳で、彼女もこの「作戦会議」に参加しているのだ。
ドレンが言っていた、テイトミア城から派遣されている筈のもう一人の姿が見えないのが、少し気にはなるけれど……。
「公爵。
これで全員なのかしら?」
「いやローズ、もう一人居る。
陛下から直々に遣わされる人物だよ」
「あら?
なんか、随分仰々しいわねぇ。
そんな人、お城に居たかしら?」
「ははっ!
ローズらしいね。
でも、きみも良く知っている人だから――来てのお楽しみだね」
公爵は悪戯っぽく笑う。
こういうところは本当にお茶目だ。
能天気な母との師弟関係は、かなり良好だったのだろうな。
「では、早速本題に入っていこう。
まず、私の考えている基本方針を、みんなに知ってもらいたいと思う。
それは『来るものは拒まず』ということだ。
そのため、幻戯城に張ってあった結界魔法も、解いてある」
「それは――。
たとえば『お城で働きたい』と言ってくる者が居たとしたら、幾らでも受け入れる――というような意味で良いのかしら?」
「そう考えてくれて構わない。
もちろん、きちんとどういう人物か見極めた上で――という話にはなるが」
「お言葉ですが公爵、それはかなり危険ではないかと考えます」
「いや、トランジェニス。
審査はやるから、そこまで心配しなくても良いと思う」
「随分、自信がおありですね?」
「私はね、それなりに人を見る眼を持っていると思うんだ。
現に、いまの幻戯城を見てごらん。
ほとんどの面々は解放戦線上がりだけど、彼らは皆良くやってくれていると思う。
食わせ者揃いだったから、初めは一筋縄ではいかなかったな。
でも彼らと膝を突き合わせて話すにつれて、私の考えに賛同してくれるようになったんだよ。
『ラーゴを再生させたい』
その気持ちがあるかどうかが、採用の基準になっている。
それがあるのなら、多少やんちゃでも構わないんだ」
口元を少し綻ばせ、公爵は胸を張ってみせる。
それがまったく嫌味に感じられないところが、公爵の人の良さなのだろう。
幻戯城で仕事に従事する人間たちは、そんな公爵のおおらかさに、惹かれているのかも知れなかった。
「わかりました。
公爵がそう仰るなら、大丈夫なのでしょう」
「任せてくれ、トラ坊!」
「公爵!
もう子供ではないのですから、その呼び方はご勘弁下さい」
「まったく、砕けんヤツだな」
「譲れないところは譲れません。
あとで兵たちのこれまでの実績と、城の軍備のリストを戴きたく存じます」
「わかった、手配しておく。
老師が詳しいから、色々と助けになってくれるだろう」
公爵が視線を向けると、トーレム老師は無言で頷く。
トランジェニスは椅子から立ち上がり、深々と一礼する。
「トーレム殿――いや、参謀とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?
ご教授、ご指導、よろしくお願い申し上げます」
すると老師は苦笑い。
「よいよい!
堅苦しいのう、お主は。
老師で良いぞ、ここでは皆そう呼ぶからな。
まぁ、わしからしてみれば、孫が増えたようなものじゃ。
なんでも好きに聞きに来なさい。
あっ、ドレンに手ほどきしておるときは、あとにしてくれたまえよ」
「そうそう!
ドレンは老師の一番弟子だからな!
兄弟子が教えを受けているときは、弟弟子は邪魔してはいかんぞ」
公爵は冗談めかして言う。
「もう、兄さんたらっ!
あんまり、茶化さないで!」
それに対してのドレン。
まったく、屈託が無い。
「まぁまぁ、ドレン。
きみには幻戯城の様々なことについて知ってもらいたいんだ。
テイトミア城では、きみはローズの侍女というだけでなく、参謀の役割も担っていた筈だ。
その経験を元に、老師の補佐をしてくれるとありがたい」
「う〜ん。
けっこう人使いが荒いのね、兄さんは」
「駄目かい、ドレン?」
公爵は、少し眉毛を八の字にする。
「いいえ。
そんな程度のことで、いちいち弱音を吐いてるようではここに来た意味が無いわ。
大丈夫!
任せといて」
ドレンは眼鏡の位置をすっと直し、公爵に微笑んだ。
それを受けて、公爵もほっとしたように微笑みを返す。
「ほう……」
と、なんとなく私は、感心して頷いてしまう。
相手に対する信頼感が、二人のやり取りから見て取れたからだ。
二人は歳の離れた、腹違いの兄妹だった。
ドレンが生まれたときには、既に公爵は家を出ていた。
従って、二人は生まれてこの方、顔を合わせたことも無かったのだ。
それがひょんなことから――と言って良いのかどうかはわからないけれど――顔を合わせ、しかも生き別れとなっていた兄妹だと知れたのは、なんという天の配剤だろうか。
二人は兄妹とわかってからは、まるで失われていた期間を取り戻すかのように頻繁に連絡を取り、話す時間をつくっていた。
兄妹とは言え、それまで一度として会ったことも無かったのに、ドレンは初めから砕けていた。
はっきり言えば、タメ口だったのである。
むむ――と、私は感じてしまった。
あの淑女であるドレンが、それまで一面識も無かった殿方に、まさかタメ口を利くとは!
その点を後日ドレンに訊いてみると――。
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「あら、姫さま。
こう見えて、私がけっこうあけすけであることは、ご存知でしょ?」
なんて平然と返されたから、魂消た。
まぁ、確かに――見た目とは裏腹、彼女はかなりロックな女だった。
私のお供を志願したのも、ただ侍女であったからで無く、公爵やトーレム老師とともに出来る時間が増えることも、理由としてあった筈だ。
その点で言えば、抜け目のない部分もちやんと持ち合わせているから、確かに、あけすけではあるのだろう。
「でもそんなところも含めて――」
私は、ドレンが好きだった。
出来るけど、つくねんと澄ましているような人では無く、感情が昂ぶればそれを顕にするし、自分がやらねばならないことは率先して行うし、大事なことならば、たとえ相手が誰であろうと叱り嗜める度胸と意志の強さを持っていた。
彼女と一緒なら、どんな旅だって出来るだろう。
幻戯城へともに赴いてくれたドレンに、私はとても感謝しているのだ!
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「公爵、私は何をすればいいの?」
トランジェニスは軍事担当、ドレンは私の侍女兼トーレム老師の参謀補佐。
となると、あとは私にどんな役割が与えられるのかが、興味のすべてだった。
「ローズには、そうだな……。
『ブルファリー』の捜索を、やってもらおうかな?」
「おお〜!
『ブルファリー』かぁ……」
今回の件で、公爵が保持していた『テトラ・ステラ』という3種類の魔石のうちの一つ、『ブルファリー』の所在がわからなくなっていた。
敵との戦いの最中、敵の放った大嵐に巻き上げられ、どこかに飛ばされてしまった。
以来、それがどこにあるか、未だ不明な状態だった。
「ラーゴのどこかにあるのは間違いないと思うから、ローズにはその捜索をお願いしたい」
「わかったわ、公爵。
パトさんに訊けばすぐよ!」
私は胸の翡翠のペンダントを、指で撫でる。
パッと閃く、白緑の輝き。
天才魔科学者、クリス・パトロマルス3世が開発したウルトラ・コンピュータ、「パトロマルス・サーティフォー」が起動した。
「ご機嫌麗しゅうございます。
お呼びでしょうか、姫さま?」
「こんにちは、パトさん。
早速だけど、『ブルファリー』がどこにあるか、見つけて欲しいの。
ラーゴのどこかだと思うけど、大丈夫?」
「ほほう。
青のものの所在ですな?
ラーゴ内なら、探索可能でありましょう。
しばし、お待ちを――」
パトロマルス・サーティフォーは、元は「グリンファリー」という名の「テトラ・ステラ」だ。
つまり、「ブルファリー」と同系統の魔石であり、パトロマルス曰く、兄弟の絆で強く結ばれているとのことだから、近くに「ブルファリー」があれば、その所在がどこにあるか、簡単に調べられる筈だ。
「ピーッ!
探索終了!」
「ま!
相変わらず、かわいい声ね」
パトロマルスは一つの作業が終了すると、可愛らしい少年のような声を出すのだ。
「姫さま、誠に申し上げ難いのですが――。
青のものを見つけ出すことは、出来ませんでした」
「ありゃりゃ!
じゃあ、ラーゴ内には無いってことなのかしら?」
「どうでしょうか……。
もしかすると――何者かが、その力を封じているのかも知れません。
公爵が青のものを仕舞っていたケースであるとか、或いは――直にその魔力を封じて、外に気配を生じさせないようにしている可能性もあります」
「ラーゴに住む誰かが、『ブルファリー』の魔力を封じ込め、それを手にしているかも知れないのね?」
「左様でございます。
ですが、あの戦いにおいて、はるか遠くまで飛ばされてしまったとするのが、最も妥当な考えではないかとは思いますが……」
「そうね。
近くに落ちていたならば、あの戦いのあとでも、すぐに見つけられたと思うから」
ふうむ……。
どうやら、ことはそう簡単にはいかないらしい。
「ローズ、少し面倒な仕事になりそうだね?」
「いえ、公爵。
せっかく戴いた初仕事なんだから、このくらいで放り投げていたらどうしようもないわ。
なんとか、探し出してみせるから!」
と、私が決意を新たに宣言したそのときだった。
執務室のドアを、誰かがノックする音がした。
「待ち人、来る――かな?」
公爵は椅子から立ち上がり、ドアのほうへ向かう。
ドア越しに二言三言のやり取りが見られたかと思うと、やおら公爵は頷き、私たちに顔を向ける。
「我らの仲間がもう一人、やってきました。
温かい眼で、迎えてあげて下さい」
そう言って、公爵はドアを開く。
そろりそろりと、一人の男が部屋に入ってきた。
「まぁ!
あなただったのね、お父さまが直々に遣わせたという人物は?」
男はモジャモジャの金髪に右手を入れる。
搔き回す仕種が、如何にも芸術家っぽかった。
「姫さま。
また、こちらでお世話になりますよ。
なんでもこのお城の名前は幻戯城というらしいですね?
遊び心があって、とてもいい名前だと思います」
「そうね、カート。
あなたが来たからには、この味も素っ気も無いいまの幻戯城も、その名の通りの面白いお城になってくれそうね」
「はい、姫さま!
ぼくがこのお城を、面白く変えてみせます!」
カート・ドゥルバネスはそう言うと、人懐っこい笑みを満面に浮かべた。




