第18章 3人の共通点
「彼の生い立ち――。
いままで、気にしたことは無かったわね……」
部屋に戻り、ベッドの上に寝転がると、私は先ほどのカート・ドゥルバネスとのやり取りに、思いを馳せた。
❈❈❈❈❈❈❈❈
「詳しく教えて欲しいの。
あなたが知っている、ラーゴのことを」
私は、そう訊ねずにはいられなかった。
カートは、あまりにもラーゴのことを――正史として世に現れていない部分を、知り過ぎている。
その訳を、私は知りたかった。
カートは戸惑いを見せつつも、私に答える。
「えっ、ラーゴのこと?
いや、ぼくが知ってることなんて、大したものじゃないよ」
「そうかしら?
フェロダステ――でいいのよね?――なんて物質が、ラーゴのテラマゴーロという不毛の土地で採れるなんて――。
どうして、知っているの?
他にも、その土地を巡る表立っていない争いだとか――普通に調べて、わかるものなの?」
「いやぁ……。
参ったね、姫さまには」
カートは俯いて、頭を掻く。
その様子に、私は少し心苦しさを覚えた。
「ご、ごめんなさい、カート。
言いたくなければ、言わなくていいの。
ちょっと、気になっただけだから……」
「いやいや!
姫さまが謝ることはないよ。
ぼく自身、いつかは言わなきゃならないことだと思ってるし……。
でも――。
それは、いまではないって、言わせてくれないかな?」
「もちろんよ。
あなたが話したくないのなら、無理して言わなくてもいいわ」
「ありがとう、姫さま。
別に大層な秘密がある訳じゃないんだけど……。
国王陛下との約束でね、ときが来るまで――生い立ちは誰にも言わないよう、口止めされてるんだ。
まぁ、でも――。
そろそろ頃合いではあるかな」
「あなたの生い立ちって……。
公式になっているものとは、別なものがあるのね?」
「別なもの――というより、本当の生い立ちだよ」
「それは、いったい――。
あっ、ごめんなさい。
いまは訊かない約束よね」
私は首を振って自身を諫める。
いけない、いけない!
つい訊きたがりになってしまう!
「ははっ!
ホント、姫さまは愉快だね。
大丈夫!
近いうちに、ぼくの生い立ちについては説明するよ。
でも知りたがりの姫さまに、ちょっとヒントを出しておくね」
「あら?
私に考えさせたいのね?」
「鋭敏な頭脳の持ち主である姫さまにおかれましては、宿題があったほうが良い時間を過ごせると思ってね」
と、にやりとするカート。
私ももちろん、受けて立つ!
「いいわよ。
あなたの宿題、絶対解いてみせるから!」
「ぼくがテイトミア城に招かれたこと――。
これがヒントだよ」
「は?
それだけ?」
カートはにこりとして頷く。
「頑張ってね、姫さま。
ぼくは失礼するよ。
コイツに手直しをしなきゃならないから」
「ええ〜!
もう少し、ヒントをくれないの?」
カートは柔らかに首を振る。
「大丈夫。
姫さまなら――。
きっと答えに辿り着けるさ。
じゃ、良い夕べを」
「ちょ、ちょっとカート!」
呼び掛けには答えず、カートは子熊を抱え、ダイニングルームから出ていった。
❈❈❈❈❈❈❈❈
「カートったら、もう少しヒントをくれったっていいじゃない」
ベッドの天蓋を見つめながら、私はカートの言葉が何を意味しているのかを考えてみる。
――ぼくがテイトミア城に招かれたこと。
それは、カートが類稀なる芸術家であり、その才能を見込んだ父が、王宮芸術家として雇い入れた――。
「でもそれは――。
世間を納得させるための、表向きの理由よね……」
実際のところは、カートを「金のなる木」として利用しようとした輩たちから守るため、王宮に招じ入れた――。
「う〜ん……。
それもまた、表向きの理由なのかしら?」
カートに存分に、その芸術的才能を発揮させるための場所を提供した――。
「いや〜、駄目ね。
最も表向きな理由じゃない!」
カート・ドゥルバネスはテイトミア城に招かれた――。
招いたのは、国王である父だ――。
父はなんのために、彼を――人を城に招くのか――。
「あっ……!」
そうだ。
父がテイトミア城に招いた人は、カートだけではない。
トランジェニス・ゴルトバーク――。
ドレン・パレドゥルン――。
「そうよ、トーランくんもドレンちゃんも、お父さまに見初められ、城に招かれた人たちだわ。
彼らに共通するのは――」
ラーゴ出身の人物――。
「そうか、簡単なことだったんだ。
なんでカートがラーゴについて詳しいのか、考えるまでもなかった。
彼がラーゴ出身ならば、自分の住んでいた場所について知っていても、なんの不思議ではない。
不毛の土地を巡る戦いも、そこで出来た副産物についても、そこに住んでいたのなら、知っていてもおかしくない」
生い立ちを話すのを口止めされている理由も、これならわかる。
ラーゴ出身者は、差別の対象になっている。
トランジェニスやドレンですら、未だに良く思っていない王宮関係者が多く存在する。
今回のラーゴへの左遷で、彼らがテイトミア城から居なくなったことを祝いでいる者たちが居るのも、紛れもない事実なのだ。
「そんな旧態依然とした考えなんて、これからのテイトミアを思えば、単なる害悪でしかないのに……」
父が目指している魔法と科学が融合した世界の鍵は、多分ラーゴが握っている。
ラーゴはテイトミアの中で、最も開発が進んでいない地域だ。
それ故、科学がこれほど浸透した現代社会においても、未だ魔法に頼った生活が根付いている。
でも――」
まだ何か、ある。
それは、なんだろう?
「トーランくんとドレンちゃんには、特に繋がりは無さそう。
ラーゴでも別々のブロックで暮らしていたようだし……。
ドレンちゃんは公爵とは兄妹よね。
公爵はお母さまに見初められ、魔術を磨いた経緯がある――。
ううむ、わからん……」
自分の頭で解決しない悩みは、別の方法で導いてもらうしかない。
私は、胸の翡翠に手を当てた。
ぱぁっと煌めく、白緑の光。
「これはこれは姫さま、ご機嫌麗しゅうございます。
――おや、もうお休みになさいますでしょうか?
であるならば――。
『ピタコラッタの小波』は如何でございましょう。
寄る辺なき波の寂寥とした雰囲気を、ストリングスが見事に醸し出しており、安らかな眠りに誘ってくらること請け合いで――」
「ああ、いいのいいの、パトさん!
まだ寝る訳じゃないから!」
パトロマルス・サーティーフォーは実に忠義難く、私のためにと尽くしてくれるのはわかるけれど、しかしながらときに先走り過ぎてしまうのが、玉に瑕だった。
「これはこれは、姫さま。
不肖パトロマルス・サーティーフォー、一生の不覚でございました。
天蓋を背景に致しましたところ、いつもでしたらすぐにでもお休みになられるところで……」
「はいはい!
いつもはそうでしたね!
でも、きょうは違うの。
調べて欲しいことがあるの!」
「ほう、左様でございますか。
では、なんなりとお申し付け下さい。
如何ようなことがらでも、瞬時に調べてみせましょう」
「ありがとう。
じゃ、言うわね」
私はカート・ドゥルバネス、ドレン・パレドゥルン、そしてトランジェニス・ゴルトバークの3人の名を挙げ、彼らに関する共通点を探してくれるよう、パトロマルスに頼んだ。
「畏まりました。
このお三方の共通点を、調べれば良いのですね?」
「そう。
もちろん、ラーゴ出身であるとか、お城に招かれたとかいうのは抜きでね」
「はっはっはっ!
これは大変おかしゅうございます。
不肖パトロマルス・サーティーフォー、姫さまのご要望の本懐と為すところを捉え間違えることなど、些少ほどもありませぬ!
確実に、調べ上げてみせましょう!」
「そ。
じゃあ、頼んだわよ」
パトロマルスは作業に勤しんでいるのか、翡翠の煌めきが時折暗くなり、そしてまた明るさを増したりを繰り返していた。
やがていつものように「終了!」と軽やかに音声をはっすると、私に導き出した答えを告げる。
「――で、ございます。
お三方に見受けられる共通点は、以上のものであります」
「はぁ?
あの……。
パトさん、それが――答えなの?」
「左様でございます。
姫さまが期待していたお答えとは、残念ながら相違があるように思われますが――」
「でも――。
それが最も当てはまるものなら、仕方ないわね」
私は溜息を吐く。
何故なら、あまり驚かない答えだったからだ。
「パトさん。
私、言ったわよね?
3人の共通点が、ラーゴ出身者だとかお城に招かれただとかというのは抜きでね、て……」
「重々、存じ上げてございます」
「でね――。
付け加えなかったんだけど、そのあとに『これも駄目よ!』と言おうとしたのがあってね――」
「ああっ!」
「パ、パトさん!?」
「姫さまのご期待に沿えられず、大変心苦しゅうございます!
さればこの不肖パトロマルス・サーティーフォー、自壊致したく――」
「ちょ、ちょ!
待ってよ、パトさん!
そんな、早まらないで!」
私は、胸で悲しく輝くパトロマルスを、両手で包む。
眼の高さまで持ち上げると、精いっぱい優しく、声を掛ける。
「ありがとう、パトさん。
あなたの出してくれた答えは――ある意味では、私の考えと一致したものだったの。
だからね、パトさん。
そんなに悲しまなくても、いいのよ?
元気を出して!」
「姫さま……。
なんというお心遣い、痛み入りまする!」
ぱぁっ!――と、眩い光を解き放つパトロマルス。
やれやれ、一安心だ。
でも、答えは一つだった。
私はパトロマルスを撫でながら、そっと呟く。
「お母さま――。
すべての鍵は、やはりあなたが握っていたのね」