第17章 不毛の土地から産まれたもの
「いや〜。
時間食っちゃったな、ネーちゃん」
「そうね。
これから捜査に行くのは、ちょっときついかも……」
私とタビトはテイトミネアスの国家警察本部で、きょう2回目の聴取を受けた。
まぁ、どちらとも実際は事情聴取と呼べるものではなかったから、心理的な疲労はそれほどでもないのだけれど、ラーゴとテイトミネアスを2往復したので、肉体的な疲労はそれなりにあった。
「本当なら、公爵に教えてもらった〈アラマッツァ〉の贈与先を回りたいところだったけど……」
なんとなく、その気が失せてしまっていた。
2日に渡り、ルコスタッテ・ペラルチャとペトリュース・カタルゴの死を間近で目撃したせいもあるのだろうか?
『ブルファリー』の捜索という所期の目的を追ううちに、何故か連続殺人事件の渦中に巻き込まれてしまっていることが、その要因となっているのかも知れなかった。
「カッツァーニ担当官は連続殺人事件とは断定していなかったけど、手口が似ているのよね」
「そうだね。
首に何かを巻き付けて絞め上げている。
凶器は今回も見つかっていない」
「もちろん、凶器を現場に残すような真似はしなかったのでしょうけど――。
やっぱり、魔法で殺害した可能性が、高いと思うわ」
「ええっと……。
『魔法の証文』だっけ?
それが現場から出てきていれば、誰がやったのかはともかく、『魔法でやった』証拠にはなるんだよね?」
「そう。
特に時限魔法はかなり高度だから、それを使ったのならば、ほぼ『魔法の証文』が残されていると思う……」
しかし、それだって確実であるとは言えない。
高位にある魔導師ならば、『魔法の証文』のことを知らない筈がなく、証拠を残すようなヘマな真似は、けっしてしないだろう。
或いは――。
自分が高位にあるとは認識していない。
若しくは――。
「大きな魔力を使ったことがない――」
「へ?」
「自分自身が、まさかこんなに強い魔法を使えるとは思わなかった――。
そんな人ならば、『魔法の証文』なんて、まったく意識したこともないと思うの」
「まぁ、そうだろうな。
オイラがネーちゃんの魔力を借りてめちゃくちゃ強力な魔法を使ったとしても、その証拠が残るなんて考えもしない――」
タビトはそこまで言うと、ふと何かを思い付いたらしく、その場にしゃがみ込んだ。
ブーツを探り、そこから何かを手に取って、私に見せる。
それは、ブーツにセットされていた、魔力のカートリッジだった。
「たとえば、コイツにネーちゃんの魔力を込めて魔法を使えば、ネーちゃんが魔法を使った証が残るのか?」
「――そうね……。
多分、そうなるわね」
「なら、証拠にはならないんじゃないかなぁ。
誰でも魔法を使える時代なんだから、誰かの魔力をカートリッジにチャージして、それを利用して魔法を使えばいいんだし」
「そうは言ってもね――。
その魔力を、どうやってチャージするの?
当たり前だけど、強力な魔法を使うには、多くの魔力が必要なのよ。
簡単にチャージさせてくれるとは、思えないんだけど」
「でも――。
ネーちゃんはコイツにチャージしてくれたじゃん。
たっぷりと」
タビトは、カートリッジを掲げてみせる。
「ああ……。
あのときは、成り行き上、仕方なかったじゃない」
「成り行き上であれなんであれ、強力な魔力をチャージすることは出来るんだからさ、誰にでもチャンスはあるよ」
「ぐぬぬ……!」
なんてこと!
タビトにやり込められるなんて!
悔しい!
「――取り敢えず……。
あの担当官が、本当に私を護る気であることを確認出来たのは、収穫と言えば、収穫ね」
ルコスタッテ・ペラルチャ殺害事件の担当官である、デプズン・カッツァーニ。
彼は、王宮警護隊に属している警察官僚だ。
本来ならば、ペラルチャ殺害事件など地元の警察に任せておくべき事案である筈なのに、何故か事件の担当官に就き、更に私たちの身柄を拘束――というよりも、保護した。
先ほどの聴取で、彼の目的が、犯行現場からの速やかな退避――もちろん、私とタビトのだ――であることがわかった。
つまり、カッツァーニは本来の任務である、王族の警護を遂行したまでのことだったのだ。
だったら――。
「最初からそう言えってのよ!
もったいつけて身分の確認をしたり、お母さまとの昔話をしたり――。
回りくどいったらありゃしない!」
「まぁまぁ。
あんまりプンスカすると、シワが増えちゃうぜ。
あのニーちゃんも、なんか考えがあったみたいだし……」
「考え?
そんなもの、あるとは思えないわねー」
「そうかな?
オイラの勘によると、どことなく引っ掛かるんだよなぁ」
「引っ掛かってもいいけど――。
あなた、もう帰ったほうがいいんじゃない?
きょうのところは、これでお終いにしましょ」
「そうかい?
オイラはもう一度どこかに行ってもいいんだけど?
どうせネーちゃんだって城に戻るんだから、EかF辺りのめぼしいところに訊き込みしても、そんな違わないと思うぜ?」
「う〜ん……。
パルラが働いていた酒場はもう営業しているだろうし、ポテラさんの店もどうかしら?
訊きたいことは、山ほどあるんだけど……」
タリカルコ・ポテラがあの家を手に入れた経緯や、バッサージルス及び『カリサフロ』との関わり合いがどうであるのかも、非常に気になる点だ。
ペトリュース・カタルゴをあの家の管理人に仕立て上げ、彼になんの役割を与えていたのか?
単に素材の仕入れ人としての付き合いだけとは、到底思えない。
カタルゴを中継点として、あまり大っぴらに言えないことをやっていた可能性もあった。
「でも――。
きょうのところはお城に戻るわ。
大事な用を、思い出したから」
「ふうん……。
ネーちゃんがそう言うなら、オイラとしては従うしかねーな。
あっ、でも――」
「何よ?」
「オイラだけでちょっと調べてくるのは、いーだろ?」
「あなただけで?
危ないんじゃない?」
「何を仰いますのかね、このネーちゃんは」
「はぁ?」
「ラーゴがオイラの庭だって知ってるだろ?
ネーちゃん一人のほうがよっぽど危ないのに、なーにを言ってんだか!」
確かに、タビトにラーゴの案内を頼んだのはこの私だ。
彼なら、ラーゴのことは熟知していると思ったから。
「そ、そうね……。
あなたなら、そんな心配は無用だったわね」
「モチロンさ!
ちょっと会いたい人が居てさ、ネーちゃんが居ると、少し都合がワリーんだよなぁ」
「し、つ、れ、い、ね〜!
まるで私が足手まといみたいな言い方じゃない」
「そのとーりなんだけど?」
「ホント失礼!」
引っ叩こうとしたら、虚しく空振り。
「じゃあな、ネーちゃん!
あした城でな!」
そう言うと、タビトは夕闇の中へ消えていった。
「さて、と――」
タビトが溶け込んでいった夕闇とは逆のほうへ、私は足を向ける。
これから幻戯城へ帰り、大事な用を片付けなければならないからだ。
「早く帰ろっと」
✻✻✻✻✻✻✻✻
「いや〜ん、美味しいっ!」
幻戯城のダイニングルームで、思わず簡単の声を上げてしまう。
傍らには給仕をしてくれたドレン・パレドゥルンが、トレイを小脇に挟んで立っている。
「姫さま。
もうすぐお夕飯の時間ですのに、そんなに召し上がられてはお腹に入らなくなりますよ?」
「大丈夫!
スイーツは別腹なの!」
仕方ありませんね――とばかり、ふうと溜息を吐くドレン。
そう!
仕方ないのだ。
だって――。
きょうは忙しくてお茶の時間が取れなかった。
これはティータイムをこよなく愛する私にとって、大変由々しき問題だった。
だからこそ喫緊の課題として、夕飯の前に、是非ともお茶の時間を嗜んでおかなければならなかったのだ!
しかしドレンのつくったお茶菓子の美味しいこと!
幻戯城に来てまだ日が浅い筈なのに、新たなスイーツを見事につくり上げている!
既に私は3個目をお腹に入れ、4個目を所望するところだった。
「これ、おーいし〜わねー!
プリンなのに上にのったカラメルが甘さ控えめで、幾らでも食べられそう!」
「参謀殿の『秘伝6ヵ品』の一つだそうです。
自分だけのものとして、墓場にまで持っていくおつもりだったようなのですが……」
「有能な弟子に受け継がせたい――と、思ったのね」
「いえ、有能という訳ではないと思いますけど……。
恐らく、このまま世に広めないでおくのも忍びないと、お考えになったのでしょうね」
「またまたぁ!
謙遜するには及ばないわよ、ドレンちゃん。
幾ら忍びないと言ったって、きちんと自分の味を再現してくれる人じゃないと、とてもじゃないけど秘伝のレシピなんて教えられないんだから!」
「はぁ……。
そういう、ものでしょうか?」
「そういうものよ!
だ、か、ら!
次、お願いね!」
「いい加減にしないと、太りますよ?」
「太らない!
太りませんからっ!」
「わかりました。
次が最後ですよ」
ドレンは如何にも「仕方ないわねぇ」といったふうに両手を開くと、厨房に向かうため、踵を返した。
「この私がそう易易と脂肪の軍門に下る訳がないのに、ドレンちゃんは心配し過ぎね!
――あら?」
厨房に消えたドレンと入れ替わるように、そこから、カート・ドルヴァネスが現れた。
カートは肩から重そうな鞄を提げている
「どうしたの、カート?
あなたもドレンちゃんと一緒に、スイーツでもつくってるの?」
「ああ、姫さま。
お帰りなさい。
ぼくにお菓子づくりは出来ないよ。
これに、油を入れてたのさ」
カートは鞄からある品物を取り出した。
それは一見すると、子熊を象った彫り物のようにも思えた。
茶色で、滑らかな光沢を放っている。
「何、それ?
新しい作品?」
「そう。
フェロダステを加工してつくったんだけど、この中にぼくの魔法と掛け合わせた油を入れると、とても面白い動きをするおもちゃが出来るのさ」
「フェロダステって……」
私はカートの手の「おもちゃ」に触れてみる。
「これって――鉄じゃないの?」
「金属の一種ではあるよ。
ラーゴのある地域で原石が採れるんだけど、王国ではあまり知られてはいないかな。
加工するのに、ちょっと技術が必要だから、あまり原材料としては使用されないみたいなんだよね」
「でも、あなたなら加工出来るのね?」
「もちろん!
ま、それなりの『技』は必要だけど、慣れるとこれほどいい素材は無いと思うね。
強度は十分だし、それでいて柔軟性も兼ね備えているから、かなり自由にいじれるし、素材自体に個性があるのが、魅力だね。
ほら姫さま、良く見てみなよ」
「どれどれ……」
私はカートの手から「おもちゃ」を受け取ると、その子熊の手足を動かしてみた。
「おおっ!
動く動く!」
なんとも不思議な感覚だった。
触った感じは硬いのに、動かそうとすると、まるで関節があるかの如く、「くにゃっ!」と曲がってしまうのだ!
私は四肢をそれぞれ伸ばし、バンザイをさせて、子熊をダイニングテーブルに立たせてみた。
「へぇ!
面白いわね〜!」
「でしょう?
でも、それだけじゃないんだよ。
さっきも言ったけど、油を入れるともっと面白い動きをするようになるんだ。
厨房で調理油を入れてから、もうすぐ10分経つ。
大分、馴染んできたんじゃあないかなぁ」
カートはダイニングテーブルから子熊の「おもちゃ」を取ると、やおらその全体を撫で始めた。
ゆっくりと、何かを念じ入れるように、もごもごと呟きながら、撫で擦る。
「うん。
これで――『魂』が込もった」
満足そうに笑みを浮かべ、ダイニングテーブルに子熊を戻す。
「姫さま。
ちょっと、テーブルから離れていたほうがいいね。
多分、コイツはやんちゃだろうから」
忠告に従い、私はダイニングテーブルから距離を取る。
恐らく、激しく動き回るのだろうと思う。
でも、まぁ――。
そのくらいは想定済みだ。
「いつでもいいわよ、カート。
その子熊に、やんちゃさせてみなさい」
「へへへぇ……。
じゃ、行くよ〜!
マベラステ!」
カートが両手を子熊に突き出し、魔法を叫んだ。
すると――。
「おおっ!」
それは二足で立ったまま、さっ、さっと足を繰り出し、歩き始めた。
ダイニングテーブルの中央まで歩くと、片足を直角に上げ、とてつもない勢いで、回転を始めた!
「すごい!
フィギュアスケートの選手みたい!」
「まだまだ、こんなモンじゃないよ!
テンポルバト!」
カートはさらなる魔法で子熊に活力を与える!
「ええっ!
浮けるんだ!?」
片足立ちで高速回転をつづけていたせいで浮力が生じたのか、子熊は「すうっ」とダイニングテーブルから浮き上がった!
「浮くだけじゃないよ。
多分、歩ける筈だ」
「歩ける!?
空中を、歩行するの!?」
「空中――だけじゃないと、思うよ」
「だけじゃない!?
――あっ!」
なんと、子熊はくるっと逆さになると、天井に着地した!
そして、軽やかな足取りで、天井を優雅に散歩し始めた!
「ほう、コイツはご機嫌らしいな。
とっ、とっ、とっ――てな感じで、いまにもワルツを踊り出しそうだ」
「これって……。
あなたの命令で、動いてるの?」
「まぁ、『自由に動け!』――ていう魔法は掛けてあるけど、どんなふうに動くかは、性格によるね」
「性格!?
そんなものが――あるの!?」
驚く私に、カートは涼しげな笑いを浮かべる。
「もちろんさ!
ぼくは言ったよね、『魂』が込もったって?
つまり、アイツには、自由奔放なことをしたがる『魂』が、込められてるんだ」
「へぇ……」
カートが幻戯城に来たとき、私は彼の作品には魂が込められていると言ったことがあり、彼はその言葉を、殊の外喜んでいた。
いまこの場で彼の作品が、自由気ままに動き回るさまを眼にすれば、それはけっして比喩的表現では無く、実際のものであることが、わかり易いほど明らかに、実感出来た。
子熊は勝手知ったる我が庭のように、天井を闊歩しつづける。
「どれ――。
もうそろそろ、落ち着かせようか。
トルナインディ!」
カートはそう魔法を唱えたけれど、子熊は天井の片隅で止まるだけで、主人の元に帰ろうとはしなかった。
「あれ?
どうしたのかな……。
『戻れ!』――て、呼び掛けたんだけど、こっちへ来ないな?」
「遊び足りないんじゃない?
せっかく自由になったんですもの、もう少しそのままにしておいても、いいんじゃない?」
「まぁ、姫さまがそう言うなら……。
仕方ないな。
マベラステ!」
カートは再び、子熊に自由を与えた。
――と、その瞬間だった。
「あっ!
消えた!」
光るのでもなく、振動するのでもなく、一瞬にして、子熊は天井から消失した。
「うわっ、速いな〜。
こいつぁ、ぼくも驚きだ」
「瞬間移動でもしたのかしら?」
「いや、物理的な動作で――つまり、普通に手足を使って動いた筈だよ」
「まったく見えなかったわよ!
ノーモーションで視認不可能な動きなんて……」
「出来るみたいだね。
つくったぼくが言うのもなんだけど」
「どこに行ったのかしら?」
「う〜ん……。
アイツは生まれたばかりの子熊だから――」
カートが思い当たったかのように言葉を発しようとしたそのとき――。
「きゃああああっ!」
厨房のほうからけたたましい悲鳴が聴こえてきた。
「ド、ドレンちゃん!?」
「あっちゃ〜!
アイツ、赤ん坊みたいなモンだからな〜。
飲みに行っちゃったんだ!」
「飲みに――って……」
「いや……。
赤ん坊が飲むモンなんて――あれしかないから……」
「あれって――。
まさか!?」
そのとき、厨房から慌てた様子で、ドレンが飛び出してきた。
「――ちょっと、あなた……離れなさいっ!」
「うわぁ……」
ドレンの胸には、子熊がしっかりと、しがみ付いていた。
✻✻✻✻✻✻✻✻
「はぁ……。
やっと落ち着きました……」
「あの子熊、必死にしがみ付いてたわね。
よっぽどドレンちゃんの胸がお気に入りだったのね」
「もう、姫さまったら!
暢気なこと、言わないで!」
「いやぁ……。
ゴメンナサイ」
「取り敢えず――。
私は、お夕飯の支度に戻りますね」
「そ、そうね。
お願い――」
ドレンは「ふう」っと一息吐くと、厨房へ戻っていった。
「やれやれ」
私も一つ溜息。
すると、カートが苦笑いして――。
「いやぁ、謝るのはぼくのほうだよ。
やんちゃな魂を込めたけど、まさかおっぱいを飲みに行くとは思わなかったなぁ」
済まなさそうに頭を下げる。
その両手には、つい先ほどまでドレンの胸にしがみ付いていた、子熊のおもちゃがあった。
「まぁ、仕方ないんじゃない?
カートはその子がやんちゃになるように、魔法を掛けたのでしょうから」
「そうなんだけどね、姫さま。
ちょっとびっくりするくらい、予想以上に元気が良かったんだよ。
天井に張り付いてワルツを踊るのは想定済みだったけど、そこからドレンさんのところまで飛んでいくのは、考えてなかった。
あれだけの動きが出来るってことは……」
カートは子熊に眼を落とすと、しばし考え込む。
「――原料そのものに、問題があるってことかしら?」
私のぼそっとした問い掛けに、カートはハッとしたように顔を上げる。
「――やっ!
姫さま、その通りだよ!
なんでわかるのかな?」
「えっと……。
素材自体に個性がある――。
あなた、さっきそんなふうに言ってなかったかしら?」
「や、や、や!
すごいね、姫さま。
ぼくの言ったこと、ちゃんと憶えてたんだ!」
「いや……。
人の話をちゃんと聞くのは、当たり前のことだと思うけど……」
「いいや!
それだって普通は聞き流してるモンなんだ。
姫さまは、やっぱり優れたお方だよ!」
カートは眼を大きく瞠って大絶賛してくれるけど、私としては本当に普通のことなので、なんだかからかわれているような気分になってしまう。
「まぁ、それはいいとして話を戻すけど……。
その子熊の原料って、ラーゴで採れたもの――と、言ってたわよね?
その採掘場所に由来した何かが、原料に影響を与えていたりするのかしら?」
「うん、その通りさ!
姫さまは、テラマゴーロってところ、知ってるかい?」
「いいえ。
知らないわ」
「ラーゴのブロックEにある、知る人ぞ知る、魔力に溢れた土地でね、この子熊の原料であるフェロダステの原石は、そこで採れたものなんだ」
「魔力に溢れた土地――というのは、どういう意味なの?
ラーゴの選りすぐりの魔導師たちが、戦った場所とでもいうのかしら?」
「ほうら、やっぱり姫さまは鋭いね。
直接戦った場所という訳ではないけど、テラマゴーロを再生させようと、多くの魔導師が試行錯誤しながらその魔力を不毛の土地に投じた経緯は、『戦い』と称しても良いと思う」
「ラーゴの、不毛の土地の、再生――。
それは、土地自体を活性化させるという意味なの?
それとも――」
「両方の意味がある。
不毛の土地を蘇らせ、そこで『何か』を興して、ラーゴそのものを再生させようとしたんだね」
なるほど。
土地を蘇らせ、そこで採れた作物を元にした再生計画なのか、それともそれを土台にした上ものによる活性化策なのかはわからないけれど、いずれにせよラーゴのいまを良く思っていない有志たちがそれなりに存在したことが、嬉しく思われた。
でも――。
「計画は、上手く行かなかったのね?」
カートは頷く。
「どんなに悪い状況でも、現状を変えたくない人はやっぱり居るもんで、再生推進派と否定派の争いが勃発したんだ」
「ふうん……。
じゃあ、やっぱり本当に戦いが起こった場所なんじゃない?」
「いや、そこまで表立った争いにはなってないんだ。
姫さまは、推進派と否定派の間で抗争が起き、何人も人が死んだと思っているのかな?」
「はい、そうです」
「んじゃあ、外れだね。
その人たちは、そこまでバカじゃなかった。
同じラーゴに身を置く者たちとして、激しく争っても互いの利益にはならないことは、わかっていたんだ」
「カート」
「はい、なんでしょう?」
「結局、争いは起こったの?
それとも、起こらなかったの?
あなたの言い方では、さっぱりわからないわ」
「姫さま。
直接戦った場所ではない――。
と、ぼくは言ったよね?」
「ええ。
確かに――」
「彼らはね、土地を媒体として、争ったんだ」
土地を媒体――。
それは、つまり――。
「わかった。
土地を再生させられるか、させられないか――。
お互いに土地に魔法を掛け合って、どちらのほうが上であるかを、争ったのね?」
「正解!
で、その結果はわかる?」
「もしそれが成功――推進派の勝利に終わっていれば、その土地の素晴らしさはラーゴだけでなく、テイトミア全土に知れ渡っている筈。
でもね、私はいまカートから言われて、初めてそんな土地があるって知ったの。
答えは、言うまでもないでしょう」
カートは満足げに頷く。
「そう。
推進派は、否定派に負けた。
けっこう頑張ったみたいだけど、土地を再生させるための魔力はかなり甚大な量だったらしくてね、それを打ち消す魔力は、そこまで多くを必要としなかった。
故に、不毛の土地は不毛のまま、現在に至る――。
という訳さ」
「でも――。
話はそれで終わらないのよね?
子熊の原料となり得るものが、その土地で生成されたのだから。
魔法を掛け合ったことによる副産物が、それにあたるのでしょう?」
「ま、これは簡単な帰結だよね。
土地は不毛のレッテルを貼られたまま、ある期間忘れ去られていたのだけど、まったく不毛のままではなかった。
耕され、種が蒔かれていたんだね。
魔導師たちの魔法と魔力がどんな化学反応を起こしたのか知らないけど――。
あれ?
姫さま、ぼくは何かおかしいことでも言ったかな?」
「――ごめんなさい、カート」
私は思わず、くすっとしてしまったのだ。
だって――。
「『魔法と科学』と言うんだもの。
お父さまが目指している『魔法と科学の融合』。
それが、国から見放されていたラーゴの、更に不毛と言われている土地で、芽吹いていただなんて……」
「ははっ!
そうだね、違いないや!」
カートも相好を崩す。
「ある意味、皮肉とも言えるんじゃないかな?
国の施策が届かない場所で、国の目指している姿の一片でも現れてくるってのはね!
しかしね、このことも――」
「国には知られていない――」
「当然だね。
国から見捨てられているのに、なんで国に協力しなきゃならないのさ?
国が欲しがっている結果を見せたりしたら、国が横取りするのは眼に見えているからね」
「カート。
その発言は、国の施策を与る立場にある身として、容認することは出来ないわ。
もっと言えば――。
あなたも、いまは同じ立場の人間よ」
カートはポリポリと頭を掻く。
「ああ、そうだったね。
ぼくも〈テイトワーカーズ〉の一員だったね」
「そうよ、カート!
あなたはもう私と一緒に、ラーゴの――テイトミアの未来をつくっていく立場にあるの!
だから――」
「なんだい?」
「詳しく教えて欲しいの。
あなたが知っている、ラーゴのことを」