第16章 捨てられた家2
(承前)
「なんなの、その〈捨てられた家〉って?」
「ローゼスカ姫。
実はあの家は――元々は、カタルゴのものではなかったのです。
初めは――バッサージルスという、解放戦線『カリサフロ』の元幹部が住んでいたのです」
「えっ!?
じゃあ、あの家は――『カリサフロ』のアジトってことなの?」
「それは、違います。
バッサージルスは、元幹部と申し上げた筈です。
奴は『カリサフロ』を追われ、あの家に、隠れ住んでいたのです」
「――て、ことは……。
もしかして、あの家は、『カリサフロ』の追手を撃退するために、様々な魔法の防壁が備えられている……?」
カッツァーニは、厳かに頷く。
「そうです、ローゼスカ姫。
あの家は、その家はもとより、敷地のあらゆるところに、魔法によるトラップが仕掛けられているのです」
「そんな家に――カタルゴ氏が住むことなど、出来る訳が……」
「無論、トラップ塗れの家ならば、カタルゴごときの魔法の使い手が、どうこう出来る訳はありません。
バッサージルスが居なくなったあとに、誰かが仕掛けられた魔法の幾つかを取り除き、あの家を住めるように改善したのです。
恐らく、相当の手練の魔導師の手によって」
「その、誰か――。
手練の魔導師とは……?」
「わかりませんか?
まぁ、当局もはっきりと『この人物』と突き止めた訳ではないのですが、それでも――。
ある人物が、思い当たるのではないでしょうか?」
ある人物――。
ペトリュース・カタルゴに近い、手練の魔導師……。
「――タリカルコ・ポテラ……」
「その通りです。
あの家は、『双龍』の一人、タリカルコ・ポテラによって、つくり直されたと思われるのです。
更に言えば――」
「バッサージルスは、タリカルコ・ポテラによって、あの家を追われた……」
「――と、当局はみています」
「理由を訊きたいわね。
はっきりとはわからないのに、ただカタルゴ氏に近い手練の魔導師というだけで、ポテラ氏がバッサージルスからあの家を奪ったと考えるのは、あまりにも短絡過ぎるわ」
「ローゼスカ姫。
ポテラは『料理屋』との二つ名で通っていることは、ご存知ですね?」
私は、無言で頷く。
「ポテラは様々なものを素材として、それらを彼独自の魔法によって分解・再構築させることで『料理』をつくり上げます。
それは単に鉄だとか紙だとかの物質だけでなく、魔法さえも素材として利用することが出来るのです。
あの家に掛けられた魔法も、ポテラの手によって組み換えられ再構築された跡が、そこかしこに存在しています。
俗に言う、『魔法の証紋』が残存し、それらがポテラの魔法であることを示しているのです」
『魔法の証紋』――。
高位にある魔導師は、その魔力の高さに応じて、誰が使用者であるかを判別する、指紋のようなものを得てしまう。
ある一定の値まで増大した魔力を用いた魔法を使うと、理由はわからないけれど、その魔法を使用した魔導師特有の、印のようなものが生じる。
その生じた印を捕捉出来る機械を、現代技術はつくり上げることに成功した。
これは前時代の「魔法に支配された世界」には無かったものだ。
魔法と科学が融合したいまの時代に生まれた、新たな技術である。
ポテラの『魔法の証紋』が、あの家に残されている……。
「じゃあ、ポテラ氏は――」
バッサージルスを殺して、あの家を奪った――と、いうことになるのだろうか?
考えたくもないけれど、一番可能性があるのは、それだった。
「ローゼスカ姫。
バッサージルスを追ったのはポテラと思われますが、どうやってあの家から追い出したかまでは、わかっていません。
つまり、バッサージルスの生死も、不明ということです」
「私としては、ポテラ氏が穏便な方法でバッサージルスを追い出したと思いたいのだけど……。
少し、都合が良過ぎる考え方かしら?」
「いえ。
否定はしません。
実際、どのような方法を取ったのかまでは、わからないのですから」
「そう……」
ならばこの点は、いまのところ保留だ。
では――。
「カッツァーニさん。
あなたは〈捨てられた家〉と言ったわね?
その言葉をそのまま受け取ると、バッサージルスを追ったあと、ポテラ氏はすぐにあの家をつくり上げた訳ではなく、一定期間、放っておかれた状態にあったのかしら?」
「はい。
少なくとも1年間は、誰もあの家には住んでいませんでした。
その間、ポテラの手によって、仕掛けられた魔法の無効化や、素材として使えるものの抽出をしていたものと考えられます。
ある程度整理し、人が住める目処が立ったところで、管理人として、カタルゴを住まわせたものと思われるのです」
ポテラにとって、あの家は選り取り見取りの素材が散らばった、とても魅力的なものに映ったのだろう。
けれど――。
「あの家は『カリサフロ』にも狙われていた筈。
たとえバッサージルスが居なくなったとしても、それなりに利用する価値があったと思う。
ポテラ氏と『カリサフロ』の間で、戦闘になったんじゃないかしら?」
「その痕跡は、確認されていません。
バッサージルスが居なくなったことで、『カリサフロ』としてはあの家に興味を無くしたとも考えられますし、もしかしたら――」
「もしかしたら?」
「ポテラは『カリサフロ』と、なんらかの取引をした可能性が考えられます。
バッサージルスの消息が不明な理由も、それで解決出来るかも知れません」
「ああ、なるほど……」
要するに、ポテラはバッサージルスを『カリサフロ』に引き渡したことで、あの家を手に入れた――と、考えられるということだ。
バッサージルスは秘密裡に、『カリサフロ』によって、処分されたのかも知れなかった。
「何よ。
わからないとか不明とか言っている割に、随分細かいところまで推測してるじゃない。
まるで、見てきたみたい」
「考えることが、我々の仕事ですから。
そして、その考えに基づいた最良の解決策を講じることが、本当の仕事です」
「そう……。
じゃあ――その『最良の解決策』を講じた結果、私たちがここに居る訳ね?」
「――そう受け取って戴けると、嬉しく存じます」
「あの家には、まだ様々なものが仕掛けられている――。
だからこそ、私たちをここに避難させたのね?」
カッツァーニは、またしても厳かに頷く。
「あの家には、いま国家警察の魔法処理班が入り、残存魔法――いや、時限魔法といったほうが良いでしょうか――の駆除を行っています。
カタルゴの死が、何によって齎されたのかは、まだ判断中の段階です。
誰かに殺害されたかも知れませんし、ポテラが取り除けなかった時限魔法の暴発によってかも知れません。
或いは――」
「ポテラ氏の仕掛けた魔法によって――。
という可能性も……?」
「もちろん、否定出来ません。
しかしいずれにせよ――。
あの家が危険であることに、変わりはありません」
カッツァーニは、大きく息を吐く。
その顔には、どこか清々しいところがあった。
言いたかったことを、秘密にしていたとっておきのことを、ついに言ってしまったとでもいうように――。
「ふうん……。
あなたが自分を騎士とが呼ぶ訳が、少しわかったわ」
「ありがとうございます」
カッツァーニは、初めて――。
晴れ晴れしく、笑った。