第15章 捨てられた家1
「氏名と職業を、お願いします」
「ローゼスカ・ティアム。
職業は、王国テイトミアの王女よ」
「それを証明出来るものは、ありますか?」
「これで構わないかしら?」
「拝見します」
男は私が差し出した、王国の最重要人物しか持てない身分証明用のカードを手に取ると、しげしげと見定め始めた。
「――けっこうです。
昨日も、こうして戴ければスムースにことが運んだでしょう」
男――デプズン・カッツァーニはにこりともせず、カードを返した。
「なんであなたがいきなり来るのよ?
しかもまるで容疑者みたく身柄を拘束するなんて、いったいどういうつもりなの?」
「ローゼスカ姫。
午前中と較べ、言葉遣いが大分ぞんざいなようですね」
「当たり前でしょ!
任意とは言え身柄を押さえられ、国家警察まで連れて来られたんだから!」
「捜査の基本は『第一発見者を疑え』と叩き込まれております故、誠に不本意ながら、このような処置を取った次第です」
「誠に不本意!
そっくりそのまま、お返しするわ。
王国の王女が2日に渡って警察から取り調べを受けるなんて前代未聞よ!
不本意にもほどがあるわ!」
「ローゼスカ姫。
その前代未聞のことをやってのけるあなたに、私としては、返す言葉がありません。
しかも、2日に渡ってだけでなく、午前・午後とつづけざまに聴取を行うのは、私としても滅多にない経験であり……」
「もう!
あったま来るわね〜!」
私は吐き捨てると、横を向いた。
隣に座るタビトと、バッチリ視線が合う。
心なしか、ニヤニヤしているようにも見える。
こいつ、この状況を楽しんでいるのか!?
どいつもこいつも!
む、か、つ、く!
私はタビトを一睨みすると、カッツァーニに視線を戻した。
「ローゼスカ姫。
何故あの場所に居たのですか?
あの男――ペトリュース・カタルゴは、怪しげな物品を売り捌いている者として、当局の重要指定人物となっていたのです。
従って、専従捜査員が日頃からその行動を監視しており、きょうも家屋からの出入りを、見張っていました」
「で、そこにのこのこと私たちがやってきたという訳ね?」
「はい。
すぐさま報告が、テイトミアの国家警察まで届きました。
それで、私が即座に出向くことになったのです」
しれっと何ごともなく口にするカッツァーニ。
でも――。
「おかしいわね」
「は?」
「おかしいと言ってるの!
カタルゴ氏が当局の重要指定人物だったとしても、それは地元警察の重要指定人物だった筈よ。
なんですぐ国家警察に情報が届き、即座にあなたがやってくるのかしら?」
「それは、情報を共有しているからです。
地元警察の重要指定人物だったとしても、それが地元だけでは手に負えない、或いは国家として捜査する価値があると判断した場合、地元警察を飛ばして国家警察がすぐに捜査権を執行することは、珍しいことではありません」
「ホント、あなたは口だけはお上手ね。
如何にもな説明をスラスラと言ってのける技術は、上級官僚になるためには必須なんでしょうけど」
「ローゼスカ姫。
皮肉を言っても仕方ありません。
質問に答えて下さい。
何故、あの場所に居たのですか?」
おや?
どうしてカッツァーニは、あの場所と、強調するのだろう?
ペトリュース・カタルゴの住居に、まるでなんらかの秘密があるかの如く、それとなく促しているようにも聞こえる……。
「カッツァーニさん。
あなたは、嘘を吐いているわ」
「嘘?
それは聞き捨てなりませんね。
たとえ王女の身分であろうとも捜査を妨害すれば、罪に問われてしまいますよ?」
「嘘――でなければ、言い換えね。
あなたは、カタルゴ氏が重要指定人物と言ったけど、本当は、彼を見張っていた訳ではないのでしょう?」
「はい?」
「本当に見張っていたのは――。
カタルゴ氏の住居。
家そのものを、見張っていたのよ」
カッツァーニは押し黙る。
どうだ!
正鵠を射ただろう!
「――言っている意味が、良くわかりませんね。
カタルゴの家を見張ることに、なんの目的があるのですか?
カタルゴ自身を見張っていたのですよ、重要指定人物として」
「そうね。
カタルゴ氏は、地元警察の重要指定人物として、地元警察が見張っていたのよ。
でね――。
カタルゴ氏の住居は、国家警察の重要指定場所として、国家警察が見張っていたの。
どう?
どこか間違っているところ、あるかしら?」
私は腕を組んで、カッツァーニを直視する。
彼の端正な顔が、心なしか歪んでいるようにも感じられる。
おお〜!
これは少し気持ちいいわね〜!
散々言い包められてきた身としては、ちょっと快哉を叫んでみたくなる気分だった。
ところが――カッツァーニの口元が、微かに綻んだ。
「ローゼスカ姫。
漸く、私がお護りするだけの価値を、発揮して下さいましたね。
不肖カッツァーニ、大変嬉しく存じます」
「は?」
やっと口を開いたと思ったら――こいつ、突然何を言い出すのだ?
「いえ……失礼致しました。
あのペルトメシアさまがお産みになった方でありますから、さぞ聡明であらせられると期待しておりましたのですが、王宮警護隊に入ってからその動向を注視しながら、『はて、この方は本当にペルトメシアさまの産んだ子なのだろうか?』との疑問を、ずっと抱いておりました」
「へ?」
「あまりに自由奔放なその立ち居振る舞いに、私の眼が間違っていたのではないかと、危惧しておりました。
とても王族に属する人間のものとは、思えなかったからです」
「ほ?」
「ですが、いまの推理を拝聴しましたところ、その疑問が杞憂であったことが、明らかになりました」
カッツァーニは、いままでに見せたことのないような笑みを、その相貌に浮かべる。
「ローゼスカ姫。
あなたの仰る通りです。
あの家は、当局の――もちろん、国家警察の――監視対象なのです。
〈捨てられた家〉――とのコードネームが付けられた、国家警察の厳重監視対象なのです」