第1章 突然のクビ宣告!
風薫るその日、私は父の執務室に呼ばれた。
父と話をするときは、たいてい居室である「王の間」を使っていたので、わざわざ執務室まで呼び出しを食らうとなると、少々不安な気持ちを覚えてしまう。
「まぁ、実績十分の私が、叱責されることなんか無いだろうけど」
なんて高を括りながら執務室のドアを開けると、部屋の奥の執務机に座る父の姿よりも、その机の横に立つ、トランジェニス・ゴルトバークの厳しい装いのほうが、先に眼に飛び込んできた。
「あら?
トーランくんも呼ばれたの?」
トランジェニスが言葉を発するよりも早く、父が椅子から立ち上がった。
「参謀総長ローゼスカ・ティアム」
「は、はい」
父にフルネームで呼ばれるとは!
嫌な予感がする……。
「本日付けで、参謀総長の任を解く。
要するに、クビということだ」
「はぁ!?
何を言い出すの、お父さま!?」
「ローゼスカ姫。
異議申し立ては一切受け付けんから、そのつもりでな」
「ちょっと待ってよ、お父さま!
突然『クビ』ってどういうこと?
意味わからないんですけど?」
「ええい、うるさい!
クビと言ったらクビだ!
今回の独断専行の処分が保留のままであっただろう?
それがいま決まったまでのことだ」
父はにべもなく言い切る。
むう……。
確かに、今回の行為については、なんの申し開きも出来なかった。
しかし、あれから10日が過ぎ、なんの音沙汰も無かったから、てっきりお咎め無しと思い込んでいた。
安心してホッと胸を撫で下ろしていたところを見計らったようなクビ宣告!
ちょっとイケズじゃないかしら?
我が父に、こんな芸当が出来ようとは、思ってもみなかった。
「次に――。
第27護衛師団団長、トランジェニス・ゴルトバーク」
「はっ」
「そなたは今回の件で、進退伺を提出しておったな?」
「左様でございます」
「吟味、勘案をしたところ、受理することになった。
よって――。
そなたも、本日付けで第27護衛師団、団長の任を解く」
「御意に――」
と、深々と頭を下げるトランジェニス。
「ちょっと待ちなさいよ!」
私の件はともかく、トランジェニスまで解任の憂き目にあうのには黙っていられない。
「何かな、姫?
そなたの物言いは、受付けんと言った筈だが?」
「うっさいわね!
そんなこと、知ったことじゃないわよ!
なんでトーランくんまでクビなの?
まったく意味不明だわ。
いくらお父さまだってあんまりよ!
いいこと?
トーランくんが今回の件でどれだけ頑張ったか、お父さまは全然わかってないわ。
トーランくんが居なかったら、私がどうなっていたか知ってる?
『真空の箱』で『きゅ〜っ!』となって死んでたんだから!
それを救ってくれたトーランくんがクビ?
何それ?
信じられない!」
と、一気にまくし立ててやった。
「あのう……。
ローゼスカや?」
「何よ?」
「本当に、姫は気が早いのう……。
その点は――お母さんとは正反対だ」
「世の中スピードの時代よ。
なんでもさっさとやっちゃったほうがいいじゃない。
お母さまだって、テイトミア城を3日も掛からずつくっちゃったんだから、気が早くない訳でもないし」
「まぁ、そうは言ってもな――」
と、父が先をつづけるのを遮るように、来客の連絡が入った。
誰だろう、こんなときに?
私は首を傾げながら父の様子を伺っていたのだけれど、その表情が急速に和んでいくのを見るに、どうやら「朗報」のようだった。
「――すぐに、通してくれ。
……そうだ、頼んだぞ」
「誰が来るの?」
「来ての、お、た、の、し、み!」
「何それ?
気味悪い」
父の変なおどけを軽くいなし、参謀総長を解任されてしまった現実に、眼を向けてみる。
まぁ、執行権はあるけど、ほとんどお飾りみたいなものであったから、特段ショックという訳でもなかった。
「王女をクビっ!」
なんて言われたら「ひぇ〜っ!」と仰け反ってしまうけど、参謀総長ならね――。
「陛下。
わたくしの後任となる者の目星は、お決まりでしょうか?
もしまだでございましたら、是非推薦したい者が居るのですが……」
「その点は心配するに及ばん。
ラッツィーオ・ペレストラではないかな、そなたの推薦したい者とは?」
「左様でございます。
わたくしの後任として、ラッツィーオほど適した者はおりません。
第27護衛師団のまとめ役として、十分に力を発揮してくれることでしょう」
と、言祝ぐトランジェニス。
これには私も、肯んざるを得ない。
あの陽気なイケメンならば、トランジェニスの代わりを立派に務めてくれるだろう。
「それでは――。
わたくしの処遇については、如何なさるおつもりでしょうか?」
「トランジェニス――。
言っておくが、今回の処遇については、けっして更迭という訳ではないぞ」
「はっ?
それは、如何ような意味でございましょう?」
「そなたは失策などしておらん。
失策をしていない者を、何故更迭せねばならんのだ?
トランジェニス。
そなたには、是非務めてもらいたい仕事があるのだ」
「わたくしに――。
務めてもらいたい、仕事とは……?」
トランジェニスが問い返したそのとき、執務室のドアが叩かれた。
父の了承を得てドアが開かれると、良く知ったあの顔が、現れた。
「これはこれは!
皆さん、お揃いですね!」
「公爵!」
にこやかに微笑みながら登場する、ヴィクター・カーライル公爵。
「なんだ。
お客さまって、公爵のことでしたのね」
「はっはっ。
『なんだ』とは、ご挨拶ですな、姫さま」
「そうだぞ、姫!
失礼な物言いは慎むように!」
「うっさいわね〜。
お父さまは口を突っ込まないで!
私と公爵の仲なんだから。
そうですわね、公爵?」
カーライル公爵は「うん、うん」と力強く頷く。
「もちろんです、ローゼスカ姫。
あなたから思い切りの良さと大胆さを取ってしまったら、ただの美しいお姫さまになってしまいますから」
「まっ!
ただのじゃ駄目なんですか?」
「当然です。
あなたには、規格外のお姫さまになって戴かないといけません。
ラーゴを治めるには、ただのお姫さまでは、絶対に無理ですから」
「は?
ラーゴを治める?」
「おや?
ここに皆さん勢揃いしてらっしゃるのですから、てっきり任命式でも始めるのだと……」
「任命式!
公爵、仰ってる意味が、全然わからないんですけど?」
「姫!
これから説明するから、黙って聞きなさい!」
父は室内の面々を、会議用のテーブルに着かせる。
「ええっと……。
お茶でも飲みながら、話すとしよう。
ドレンに――」
と、父が連絡しようとしたその瞬間、執務室のドアが叩かれる。
誰が来たのかは、考えなくてもわかる。
「おお〜!
ドレン、いまお茶の用意を頼もうとしたところなのだ!」
「それは良いタイミングでございました。
来客の報せがあったものですから、用意しておりました」
そう慎ましやかに告げながら、部屋に入ってくる黒髪ロングの美女こそ、私の侍女兼秘書であるドレン・パレドゥルンだ。
赤のハーフフレームの眼鏡がトレードマークの才女だけど、意外にロックな面も持ち合わせている、私の姉のような存在の人だった。
そして驚くことに、彼女は来客としていま執務室に現れた、ヴィクター・カーライル公爵の妹なのだ!
「どうぞ、兄さん。
パイプリナもつくってみたから、召し上がってみて」
「おお〜!
老師の手ほどきを受けたパイプリナか。
さっそく、戴くとしよう」
ドレンに給仕されたパイプリナを嬉しそうに頬張る公爵。
その顔が、これ以上崩れようがないくらい綻ぶのを見ると、その味が、とてつもなく至高なものであることがわかる。
「すごいな……。
あの老師の味を、見事に再現している!
いや、それだけではない。
ドレン自身のオリジナルな味わいが付け足されてもいる!
これほどのお茶菓子は、テイトミア広しと言えども、めったに食べられるものじゃないぞ!」
「嫌だわ、兄さん。
褒め過ぎよ……」
ドレンはトレイで口元を隠し、謙遜する。
どれどれ――と、私も一口……。
「お〜いしい〜っ!」
「まぁ、姫さま!」
「トーレムさんがつくったものと、寸分違わない美味しさだわ!
ドレンちゃん、日に日に腕が上がっていってるわよ!」
私はこれ以上ないくらい褒め千切った。
千切りに千切ったと言ってもいい。
それくらい、ドレンのつくったパイプリナは美味しかったのだ!
「お茶のほうも、どうぞ召し上がって下さい。
では、失礼致します……」
ドレンは美しい顔を赤く染めたまま、部屋から出ていった。
「さて――。
お茶を飲んで一息吐いたところで、本題に入りたいと思う」
父はテーブルに着いた私を含めた3人の顔を一渡り見ると、切り出した。
「単刀直入に言おう。
ここに居る3人で、ラーゴを治めてもらいたい。
ラーゴを独立した行政区と認め、そこの首長をカーライル公爵に、軍事部門の統括者をゴルトバークに、あと――行政区の象徴をローゼスカに、それぞれ務めてもらいたいと思っているのだ」
「ちょっと、お父さま!?
何を急に言い出すのよ!?」
「急ではないぞ、姫。
実際、姫が私にその話を持ってきたのではないか?」
「いや……。
そうか――そうなのかなぁ……」
「そうに決まっておる。
今回の件のあと、公爵がラーゴの再生を買って出たいと、勢い込んで私に告げに飛んできたではないか。
出来ることなら、自分も協力したいとまで言っておったぞ。
もう、忘れたのかな?」
「そりゃ、まぁ……。
そうですけど……」
うむむ……。
確かに、私は公爵の考えを父に伝える役目をした。
微力であれど、協力したいと申し伝えたのも憶えている。
「横からで失礼致します。
陛下――少し、よろしいでしょうか?」
トランジェニスが申し訳無さそうに口を挟む。
「良いぞ、トランジェニス。
なんなりと質問しなさい」
「はっ。
ラーゴを独立した行政区と認め、そこの軍事部門の統括者という大役、ありがたく拝命致します。
ですが――軍事部門と申されましても、その陣容がまったくわかりませんので、どのような組織になっているのか、ご説明戴きたく存じます」
「その点は公爵から説明してもらったほうが良いだろう。
ヴィクター、頼む」
「畏まりました、陛下」
「畏まらんで良い!
内容は重要なものだが、もっとざっくばらんな感じで構わんぞ」
父が手を振って顔を顰めるものだから、公爵も苦笑いを隠さない。
「わかりました。
では、トランジェニス――私から説明しよう。
きみには、幻戯城に駐留する兵士たちの、まとめ役をお願いしたいんだ」
「幻戯城の兵士たちのまとめ役――ですか……」
幻戯城とは、公爵がラーゴに建てた城の名で、いま私たちが居るこのテイトミア城を模したものとなっている。
「彼らは元々ラーゴの解放戦線に所属していた。
それなりに戦闘の知識は持ち合わせてはいるが、正式な軍事訓練はやった事がない。
また寄せ集め集団でもあるから、きみが上に立って統一した基本理念を植え付けてもらいたいんだ」
「なかなか、難しい役割を回されましたね……」
「どうした、不満かな?」
「いえ公爵、とんでもございません。
新たな仕事に対する様々な考えが去来致しまして……。
どのように彼らをまとめ上げたら良いか、いまから武者震いしております」
トランジェニスはきっぱりと言い切る。
彼の良いところだ。
どんなことでも全力を尽くすのが、トランジェニス・ゴルトバークの真骨頂だ。
「で、お父さま?」
「なんだ、姫?」
「私に命じた『象徴』というのは、具体的に何をすればいいの?
すっごく曖昧なんだけど?」
「ああ、心配せんでも良い。
姫は遊軍のようなものだから、好き勝手やって良いぞ。
どうせきちんとした役職を用意しても、その通りには動かんのだからな」
「まっ!
失礼しちゃうわね〜。
私が勝手し放題みたいじゃない」
「その通りであると思うが」
「もう〜!
ホント、失礼ね〜!
我が娘に対して、もっと愛情に溢れた物言いは出来ないの?」
「せーいっぱいの愛情を示しておるぞ。
勝手にやって良いと言っておるのだからな。
ただし、公爵の許可は得るんだぞ!
それが『勝手し放題』の条件だ」
父はぴしゃりと言い、もう話は終わったとばかり、パイプリナを食べ出した。
まったく!
信用されているんだかいないんだか!
「――と、言う訳なのです。
姫さま、協力して戴けますか?」
「わかりました。
ラーゴの再生に、全力で挑みます!」
私は力強く宣言する!
公爵も相好を崩し、頷いてくれた。
どんなふうな国づくりとなるやら、期待と不安が胸に舞い降りてくるけれど、公爵やトランジェニスと一緒なら必ずあらゆる困難を乗り越えられるだろう。
私も公爵に向かって頷きを返すと、ティーカップに残ったお茶を、飲み干した。