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5. 忌み子

  ───わたし達は、生まれるべきじゃなかったの?

 

 妹が口にしたそんな言葉は、今も俺の胸に突き刺さっている。

 あれはまだ俺達がこのダンジョンにやってきたばかりの頃のこと。 記憶がない俺達はそれだけでも不安で押し潰されそうだというのに、大人達は待ってもくれず俺達を戦場に送り出した。

 最初にダンジョンに入って、モンスターと出会したとき、歳も大して変わらなさそうな子供達が大勢死んだ。

 そこでは俺達の命の価値なんて無いも同然で、泣き叫んでも助けを求めてもどうにもならなくて、逃げ出せば後ろから大人達に銃で撃たれ、ざまあみろと中指を立てられた。

 同じ人間なのに、どうしておまえ達はそんな酷いことが出来るんだ。 どうして俺達はこんな目に遇わなきゃいけないんだと、俺は自分の境遇とこの世界そのものを呪った。

 きっとアンラも同じ気持ちだったのだろう。 その時はなんとか生き残ったけど、明日も生き残れる保証なんてどこにもない。俺達に帰る場所なんて無くて、生きるためには自分の命を賭けるしかない。

 そんなどうしようもなく過酷な未来を想像したとき、自分は何か大きな罪を犯したのか、あるいは生まれること自体が罪だったのか、彼女は俺より臆病だけど優しかったから、そんなことを考えてしまって絶望した。

 そのとき、俺の中で妙な感情が芽生えた。 それまで彼女が実の妹なんて実感が沸かなかったけど、このアンラという少女を俺が守らなくちゃって思ったんだ。

 だから俺は言ったんだ。 君のことは俺が守るって、これからどんなに辛いことがあっても、お兄ちゃんが絶対に君を守るから、だから泣かないで、前を向こう。 なんでもいい、何か生きる目標を、夢を見つけるんだ。そんなことを言って、俺は妹を勇気づけた。

 アンラを守る。 生まれるべきじゃなかったなんて、そんな悲しいこと二度と言わせてはならない。 そう決意したとき、俺の道が決まったんだ。 自分が何者かなんて分からなかったけど、やっぱりリオンが言ったとおり、俺はアンラの兄なんだと、そう思ったんだ。

 けど、今はもうアンラだけじゃない。 俺は皆を守りたい。 スクエア隊の皆も、他の子供達だって、誰一人悲しい想いをしてほしくないんだ。

 だから力が必要だった。 誰にも負けない、どんなモンスターだって倒せる強い力が必要だったんだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 目が覚めたのは日も昇っていない早朝のことだった。 アンラとの手筈では、まだ誰も起きていない朝早くにベアーザウルスを倒しに行くことになっている。

 俺の部屋は4人部屋で、リオンをはじめとしたルームメイトの他の3人はまだ熟睡中だ。

 俺は皆が寝ているのを確認してから物音を立てないように探索の準備をした。

 特に今自分の裸を見られるわけにはいかない。 アンラにも散々注意されたけど、俺の背中にはライズストーンによって竜の模様が入っているから仲間に見つかればすぐに何かあったと勘づかれ問い質されてしまう。昨日が一週間に一回の入浴日じゃなくて本当によかった。

 数分後、普段から整備は念入りに行っていることもあって準備は滞りなく完了した。 あとは外に出てアンラと合流するだけだ。

 そんなことを考えながらドアに手を掛けたそのときだった。

 「ん…… プラム……」

 「!」

 突然レオンが俺の名を呼んだ。 内心驚きながらも首だけを動かして振り向くと、リオンはまだ布団の中に潜りこんだままだ。 どうやらただの寝言らしい。 そういえば昔からリオンは寝言の多い奴だった。だらしくなくニヤけて何か呟いている寝姿を見るのはそう珍しくない。

 そういうとき、リオンは起きてから決まって俺や他のルームメイトに何か寝言を言っていなかったかと聞いてくるが、言っていなかったとあえて嘘をつくと彼はホッとしたような顔をする。絶対にいかがわしい夢を見ていたに違いない。 まあ、リオンらしいと言えばリオンらしいから特に気にしないけど。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 待ち合わせ場所に向かうとアンラが先に待っていた。 朝早いというのに、まったく眠そうに見えない。

 「おはよう、プラム。 昨日は眠れた?」

 「おはよう、アンラ。 興奮しちゃって寝るのが遅くなったけど、いざ起きてみたら絶好調だったよ。 もしかするとこれもライズストーンのおかげかもしれない。 そっちはどう?」

 「わたしは普段からこの時間には起きているからいつも通り。 全く問題ないわ」

 「さすがアンラ。 リオンも見習ってほしいね」

 「その様子じゃ、リオンはまたいかがわしい夢を見ているのかしら」

 「さあ、どうだろう。 それは彼の尊厳のために伏せておくよ」

 雑談も程々に、俺達はダンジョンへと向かった。

 ダンジョンの入り口には関所が設けられており、いつ、誰が、何の目的で出入りしたのか記録されるようになっている。

 「25005番と25006番だな。 他のパーティーメンバーはどうした?」

 「俺達だけで特別依頼を受けているんです。 これが依頼書の写しです」

 関所の職員は常に銃で武装している。 俺達が使う単発式の銃ではなく連射が可能で飛距離も精度も上の新型高性能ライフル銃だ。 撃ち合いになれば、よっぽどのことが無い限りまず俺達が負けてしまう。 だから俺達はここの大人達に歯向かうことが出来ず、25005なんてまるで人権を無視した呼び方で呼ばれることにムカついても何も出来ない。

 職員はギルドの判が押された書類を念入りに確認した後ダンジョンへの入所を許可した。

 「さっさと行け、そしてあわよくば死ね。 おまえ達の顔を見ていると虫酸が走る」

 ギルドのお姉さんのように中には普通に接してくれる大人もいるが、ここにいる大人達のほとんどが今のように俺達を目の敵にしている。

 非力な俺達がいったい何をしたというのか、ここに来たばかりのときはモヤモヤしたが、5年も経った今ではもう慣れてしまった。

 それはアンラも同じなようで、昔は大人達の言葉に酷く心を痛めていたが、今となってはどこ吹く風と言ったご様子。 けど、その眼に宿す炎は静かに燃えていた。

 「どうしたのプラム?」

 「いや、なんでもない」

 そこで俺は思い直す。 俺達は決して慣れてしまったんじゃない。 日々受けるこの屈辱を生きる糧に換える術を身に付けただけなのだと。

 俺達は絶対に死なない。 この地獄から這い上がって、俺達を追放し貶めた大人達を絶対に見返してやるんだ。

 険しい斜面を下りながら、俺達は暗い洞窟の中へと入っていった。

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