4. ライズストーン
「はあっ……! はあっ……!」
どうしよう。 プラムが、突然苦しみ出した……!
まさかライズストーンは偽物だったの? 毒が入っていたんじゃあ……!
どうする? 職員を呼んで治療してもらう? けど、ギルドに頼ると後が恐い。 治療費と称して不当な額のお金を請求してくるかもしれない。
「ううっ……! がああっ……!」
プラムの呼吸がどんどん乱れてきている。 汗も吹き出していて、さっきからうずくまって動かない。 もう、背に腹は変えられない!
「プラム! 今すぐ職員を呼んでくるから! それまで持ちこたえて!」
それだけ言って私が立ち上がろうとすると、すがるようにプラムがわたしの膝に手を置いてきた。
「ま、待って……! せ、背中が熱いんだ……! さっきから、じんじんって焼けるみたいで……」
プラムがそう言うのでわたしは彼のシャツを脱がした。 それで背中を確認してみると、そこには謎の刻印が浮かび上がっていた。 横を向いた竜のような、おどろおどろしい模様だ。
「うぐっ……! はあ、はあ、はあ……!」
その模様を観察していると、いつの間にかプラムの様子が落ち着いてきた。
「大丈夫なの……?」
「な、なんとか…… 死ぬかと思った……」
さっきまで苦しかったはずなのに、今のプラムは笑っていた。 そんな彼の姿を見て、力が途端に抜けたわたしはその場でへたりこんでしまう。
「プラムぅ…… 死んじゃうかと思ったぁ……」
わたしがプラムの胸に顔を埋めると、彼は優しく頭を撫でてくれた。
「ははっ、アンラを残しては死ねないよ……」
こういうときだけプラムが兄らしく見える。 不思議君で、大して強くもないのに、ここぞというときに頼もしく見える。それはあのときからずっと変わらない。
5年前、まだここに来たばかりで、右も左もわからずただ泣くことしか出来なかったわたしに、俺が守るとプラムは言ってくれた。そんなプラムが側にいてくれたから、わたしはどんなに辛いことがあっても生きようと思えたんだ。
「それじゃあ、次はわたしの番だねっ」
なんとか取り繕ってライズストーンを指で摘まむ。しかし口まで近づけてみるものの、さっきのプラムの苦しそうな様子を思い出すとどうしても踏ん切りがつかず放り込むことが出来ない。
「うう……!」
それでもどうにか覚悟を決めて口に入れようとしたそのとき、プラムが顔を近づけてわたしの指ごとパクっと食べてしまった。
「え!?」
唇と舌を使ってストーンを掠めとる感触が少しこそばゆい。 困惑しているわたしに、プラムは満面の笑みで「ごちそうさま!」と言った。
「な、なにしてるの!?」
「いやぁ、なんか躊躇しているようだったから、つい」
「そ、そりゃあんなの見せられたら誰だって…… まさか、わたしのためにわざと……?」
「さあ、なんのことやら? でも、もしかしてこれで二倍強くなれ、ぐ、ぐぉぉぉ!?」
言葉の最後を待つことも無く、あのときと同じ症状が再びプラムを襲う。 彼はまた苦しみだして、さっきよりも長い時間のたうち回った。
今度こそまずいんじゃないか。 そんなことを思ったが、プラムは使い終わったストーンを吐き出してからなんてことなく立ち上がった。
「なあ、俺の背中はどうなっているんだ?」
「りゅ、竜みたいな模様がついてる。 さっきまではそれだけだったけど、炎のような模様が広がっていて肩まで続いているわ」
「なるほど…… つまり二つ分の効果は確かに反映されているってことだな。 よしアンラ! ダンジョンに行こう! さっそく効果を確かめるぞ!」
「わ、わかったわ……」
未だ動揺が隠せないけど、それでもプラムは元気そうで、わたしはそれを信じるしかない。
それよりも大事なのは、やはりライズストーンの効力を確かめることだろう。 あらゆる冒険者が喉から手が出る程欲しがる力、果たしてベアーザウルスに通用するのかどうか早く知りたい。 準備を済ませ、私達はダンジョンに向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
驚いた。
ライズストーン二つ分の効果はわたしの想像を遥かに越えている。
まず、彼は武器が必要無くなった。 私達にはモンスターと戦うためにそれぞれの特徴に合った武器が支給されている。
わたしは普段突剣を使うし、プラムもナイフによる戦闘を得意としていた。
けれど今の彼は素手で大岩を破壊してしまうし、大きく息を吸い込めばポムのそれすらも凌駕する炎を吐き出せてしまう。
モンスターの鋭い爪や牙で攻撃されても傷一つ負わないし、毒を受けても体温を急激に上昇させることで消滅させることが出来た。
さらには目が良くなりすぎて例え暗闇の中だろうと襲いかかるキラーバッツを手刀で叩き落としてしまった。一匹じゃない、十匹同時にだ。
キャンプに戻ってから基礎運動能力も測ってみたけど、わずか一時間で防魔堤の内周を走破し、思いきりジャンプするともう少しで壁を越えそうになっていた。
この結果には、プラム自身も満足しているようだ。
「これだ! この力だよアンラ! この力さえあれば皆を守ることが出来る! もう、ブルーホースのような凶暴なモンスターを驚異と思うこともない。 金だって簡単に稼ぐことが出来る! これなら地上に出るのも夢じゃない!」
「え、ええ、そのとおりよプラム。けど、まずは依頼を達成しなくちゃ。 ベアーザウルス討伐、決行は明日早朝よ」
皆を守れる力を得る。 そのことがよほど嬉かったんだろう。 プラムは少し興奮気味で、寮に戻ったときリオン達にバレないように落ち着かせるのが少し大変だった。
けれど、彼の言うとおりわたし達の夢を叶える希望が見えた。 このチャンス、絶対に無駄にはしない。