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9 逮捕と収穫


 開けっ放しになっていたドアの先へ進むと薄暗い通路が続く。


 通路の壁には店舗用に敷かれた下水管や水道管などが設置され、行きついた先には帝国の地下にある下水道に続いていた。


 どうして店の地下に下水道へ繋がる道があるのかは不明だが、ここは帝国が外周区を拡張建設した際に使っていた作業用の通路なのかもしれない。


 下水道に出たロイドは思わず鼻をスーツの袖で覆う。


 生活用排水が流れる下水道の左右端には下水管理を行う者達が歩く為のコンクリート製の通路が敷かれ、中央を流れる汚水からは臭いが漂っていた。


 右の壁には水道の配管が張り付けられていて、木箱の上に灯りのついた魔導ランプが置かれていた。


「ここが搬出ルートだったのか……?」


 臭いに耐えながらも薄暗い下水道を魔導拳銃を構えながら慎重に進むロイド。


 一定間隔で置かれる魔導ランプは下水道を管理する国のインフラ管理部門に所属する者達が設置した物だろうか。


 それとも、南から人を密輸したシャターン達が下水道を利用して帝都内へ運び込んでいたのだろうか。


 外周区にある下水道の終点は帝都の外にある。下水道を使って商品を帝都内へ運び込むという線は大いに考えられる。


 この考えが正しければ、会場が外周区に設置してあるのも頷けるが……。


 ただ、内・外周の間には川があって下水道はそこで途絶えている。外周区から内周区へ渡るには検問所のある橋を使わねばならない。


 商品を購入した貴族は内周区へ商品を持ち込む者もいるだろうが、その方法は別に用意されているのだろうか。


 先へ進むロイドが辿り着いたのはT字に別れ道。左右どちらが正解か、と思いきや右側に地上へ続く梯子が見えた。 


 それと、ケツ丸出しの下半身。


「ぐううう! 抜けん! 抜けん!!」


 なんという事でしょう。豚の化け物のように太ったシャターンは梯子の先にあったマンホールに腹がつっかえて抜けられなくなっていたのです。


 しかも藻掻いて無理矢理通り抜けようとしたせいか、シャターンの履いていたズボンがズレて汚いケツが丸出しである。


 何とも滑稽で馬鹿みたいな話だ。だが、彼にはお似合いのオチかもしれない。


「アホか、あいつ……」


 さすがのロイドも呆れてしまう。


 無防備になっているケツの穴に魔導弾をぶち込んでやろうとも考えたが、生きたまま捕まえねば尋問が出来ないのが残念だ。


「ハロー? 生憎、ここでケツを出されてもケツプレイ可能な風俗嬢は出払ってるぜ」


 ケツ丸出しのシャターンに近づいたロイドは、ズリ下がったズボンから革ベルトを引き抜くと鞭のようにして丸出しのケツを叩く。


「こら! 止めんか! 抜けん! 助けろッ!」 


 足をばたつかせながら叫ぶシャターン。ロイドはシャターンの足首を掴み、思いっきり下に引っ張った。


「ああああ~!?」


 ズボ、と抜けたシャターンは下に腹から落ちて苦痛の声を上げる。


 痛みを我慢する声を上げ、ようやく彼はロイドの顔を見て存在を認識する。


「き、貴様は!?」


「ヘイ。シャターン。元気か?」


 シャターンの顔面に銃口を向けたロイド。そんな彼を見て、シャターンは精一杯の虚勢を張るように笑った。


「は、ははッ! 憲兵隊をクビにされた事への仕返しか!?」


 どうやらシャターンはロイドが職を失った事への恨みを晴らしに来たと思っているようだ。


 そんな的外れの質問にロイドは声を上げて笑った。


「ははははッ! 俺が? 憲兵隊に未練があると? 馬鹿言うなよ!」


 一頻り笑ったロイドの声が止むと、身を震わせたシャターンが問う。


「じゃあ何で!?」


「あー……。金? 冬を越す為だな。帝国の冬は寒い。知ってるだろ? 熱いシャワーを浴びて、暖かい家の中で冷えたビールを飲みたいじゃねえか」


 まだ半笑いのロイドはアリッサと組んだ理由を正直に話した。


 外から帰って来て、熱いシャワーを浴びた後で暖の効いた部屋で冷たいビールをゴクゴク飲む。


 冬だろうがこれは格別だ。シャターンに同意を求めるが、彼はそれどころじゃない。


「誰に雇われた!? その雇い主の倍額払う! だから――」


 シャターンは命乞いをするように叫ぶが、ロイドが「シィー」と人差し指を立てながら言葉を遮った。


「理由は金だが、何より俺は死にたくないんでね。()()()()()()()()()


 嘗て友と交わした約束を口にして。皇族を裏切って死にたくない。後者は口にしなかったが。


 ロイドはシャターンを立たせると、背中に銃口を押し当てる。


「ヘイ。ズボンを履け。粗末なモンを出してると下手すりゃその場で殺されるぞ」


 これから行く先は皇族の前。最高位の高貴な者に()()列罪なんてしようものなら、ロイドの言葉通りヘタすればその場で殺される。


 ロイドはシャターンを連れて来た道を戻って行った。



-----



「う~ん。これは違いますね」


 一方で、バックステージに残っていたアリッサはシャターンが使っていたであろうテーブルの上にある紙の束を一枚ずつ確認していた。


 アンティークテーブルの上に散乱していた紙のほとんどは城の財務部に提出するであろう領収書ばかり。


 どこぞで何を買った。どこぞで魔導車をチャーターした。魔導鉄道で地方都市に向かった際の半券など。


 恐らくは経営する商会の仕事で使った金の証明書だろう。これらは城の財務に商会の経営を証明するのと税金の計算に使う為に提出するものだ。


 健全な領収書、と言えばいいだろうか。


「あら」


 しかし、次に手にした紙は彼女にとって興味深い物だった。


 見つけたのはシャターンが経営する商会の仕入れ伝票だ。物の原価、どこで仕入れたか、どこへ流したか。


 読み解くと巡った販路や取引先とのやり取りが分かるはず。もっと深く解析すればシャターンの商会が持つ強みを知る事が出来るだろう。


 他にも商会経営に関する情報がいくつか見つかった。


「んふ」


 いつものニコニコではなく、ニマニマと笑いながら紙を束ねて四つ折りにするとジャケットの内ポケットに仕舞う。


 彼女の普段とは違った笑みと漏れ出た笑い声から『ご機嫌』になったと容易に分かる。


 しかしながら本命は違う。今のアリッサが探しているものは、もっと汚いやつだ。今回の証拠になるもの。


 テーブルの上に会場へ出入りしている者達へ配った招待状や顧客リストがあるかと思ったがハズレだったようだ。


 アリッサは最後の望みであった革カバーの手帳を手に取る。


 パラパラと中身を見ると日付と人の名前が書かれており、その隣には数字が書かれていた。


「賄賂を贈った者かしら?」


 シャターンの手帳には日付と人の名がビッシリと記載されている。恐らくは賄賂の記録だろう。


 何かしら不都合があった時、賄賂を贈った者を脅す為、もしくは道連れにする為に残していたのだろうか。


「そう上手くはいきませんか」


 結局のところ、シャターン以外の者に繋がる証拠は出なかった。


 しかし、シャターンがこの場にいた事は本人が関わっていた事への証拠になる。


 商品となっている被害者達も確保できたし、ロイドがシャターンを連れてくれば現行犯逮捕となるのは確実だ。


「お嬢様。手配した兵がまもなく到着致します」


 手帳の中身を調べるアリッサの背後から声がした。彼女の専属メイド――ローラの声だ。


「そう。ご苦労様。会場にいた者達は?」


「戦闘が開始された際、全員逃げ出しました」


 アリッサの問いにローラは無表情のまま言葉を続けた。


「お嬢様の言い付け通り、貴族と思われる者は追跡しました」


 彼女が戦闘中に姿を現さなかった理由はこれである。上手く事が運ばなかった際の保険として、アリッサは彼女を外で待機させていたようだ。


「大物はいた?」


「いえ、最高位で子爵です」


「そう……」


 やはり爵位の高い者が現場に姿を現すわけがないか、と妙に納得できてしまうアリッサだった。


「これで終わりではなさそうね」


 パタンと手帳を閉じるアリッサ。その動作と同時に会場の入り口に多くの軍人達が姿を現す。


 足音を聞いたアリッサはバックステージから顔を出し、応援としてやって来た軍人達へ笑顔を振りまく。


「ご苦労様。転がっている者達の逮捕と後片づけをお願いしますね。あと、主犯はもうすぐ届きます」



-----



 戦闘があったステージ裏まで戻ると、ロイドはアリッサの姿を見つける。


 彼女は軍服を着た男と話していたが、ロイドの姿を見つけると話していた男と共に歩み寄ってきた。


「主犯は彼です。連行して下さい」


 シャターンの前まで来ると一緒に着いてきた軍人に告げる。軍人はシャターンの両手に鎖付きの手枷をはめると外へ連れて行った。


「良いのか?」


 ロイドは連れて行かれるシャターンの背中を見ながらアリッサに問う。  


「ええ。彼等は信用できます。お兄様の兵なので」


 それがどう信用できるのか、ロイドには分からなかったが彼女が良しとするなら良い。


 むしろ、興味無さそうに「あっそう」と一言言うだけだった。


「ご苦労様でした。残念ながら買い手は逃げてしまいました。ですが、シャターンの賄賂リストは手に入れましたよ」


 アリッサは手に持っていた革カバーの手帳を見せる。


 結局、買い手であった者達の名は分からなかったと調査結果をロイドに告げた。


「あとは私が済ませておきますから、今日は帰って結構ですよ」


「そうかい。んじゃ、そうさせてもらう」


 フゥ、と疲労の籠った息を吐いたロイドはアリッサの脇を通って行った。


 アリッサは振り返って彼の背中を見つめる。ニコリと笑って、振り返りもしないロイドに小さく手を振った。


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