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51 アポロ・フリード中尉


 現れたマギフィリア軍小隊を指揮する者の名はアポロ。


 彼は生粋のマギフィリア人とは言い難く、顔つきは帝国人らしかった。


 やや彫りの深い顔つきと茶色の短髪。頬には過去の戦闘で出来た傷跡があり、ロイドと比べるとやや体格は大きい。


 マギフィリア陸軍が採用している茶色の軍服と黒のブーツ。ショルダーホルスターには魔導拳銃が刺さっており、肩にはマギフィリア軍で正式採用されている最新式の連射可能な魔導短銃を掛けて。


 特務隊所属のロイドとマギフィリア軍所属のアポロ。両者は顔を見合せると揃って「お前がどうしてここに」といった表情を浮かべていた。


「ロイドさん……?」


「た、隊長?」


 しばし見つめ合いながら呆けていた2人は、それぞれ仲間の声で我に返る。


「アポロ、どうしてお前がここに?」


「いや、お前こそどうして……」


「はいはーい! ちょっと! ロイドさん、こっちに来て下さい!」


 一向に話が進まず、見兼ねたアリッサがロイドの腕を引っ張ってその場を一旦離れた。


 彼女の判断は正解だっただろう。2人を放置しておけば1時間くらい「どうしてどうして」言いそうな勢いだった。


「あちらの指揮官とお知り合いなんですか?」


「あ、ああ。車内で話していたろ? 南部戦争でマギフィリアにスカウトされた隊の仲間がいるって」


「それがあの方なのですか!?」


 南部戦争終結時、マギフィリア軍だったキャロルに勧誘された仲間の1人。それがアポロだとロイドは明かす。


 噂をすれば何とやら……なのだろうか。あまりにもタイムリー過ぎた事もあってロイドの思考は停止寸前だったようだ。


「いや、まさか俺もここで再会するとは思わなくてな」


「まぁ、確かにそうですが。しかし、どうしてここにいるのでしょう?」


 出会った場所は7号鉱山前。しかも帝国領地内である。


 先に語った通り、例え支援してくれているマギフィリアと言えど帝国領地で軍が作戦行動を起こすのは少々問題がある。


 帝国側が追及しずらくとも、王国はそこまで堂々と隙を見せるような国じゃない。


「あちらに聞くしかないな」


 落ち着きを取り戻したロイドはアリッサと共にアポロへと歩み寄った。冷静さを取り戻したのは向こうも同じらしく、両者真剣な表情を浮かべて相対する。


 だが、アポロの視線はロイドではなくアリッサへ向けられた。


「殿下。先ほどは申し訳ありません。まさかの再会に取り乱してしまいました」 


 そう言いながら彼はチラリとロイドの顔を見て、再びアリッサに視線を戻す。


「こちらがアーティレ支部より頂いた許可書です」


 アポロがアリッサに手渡したのは許可書にはアーティレ支部司令官の名前とサイン、帝都にある軍本部から正式に発行された文書であると示す印も押されている。


 中には『帝国内での作戦行動を許可する』といった内容が書かれており、同時に立ち入りを禁止している場所や許可できない事の行動に関して注意書きも添えられていた。


「……確かに正式文書ですね。アポロ・フリード中尉」


 中身を確認したアリッサは背の高いアポロの顔を見上げながら彼のフルネームと階級を口にする。


「はい。我々は許可を得てここにいます」


 何もやましい事はないのだと、アポロは胸を張って返した。


「しかし……。この作戦内容にある敵勢力偵察部隊及び工作員の捕獲とはなんです?」


「軍と国の機密に抵触するため、詳しくは申し上げる事が出来ません」


 肝心の作戦内容については詳細を語らない。いや、アポロも語れないと言うべきか。


「ハッ。随分とマギフィリアに染まっちまったな。南部戦争の頃は帝国北部の酒が一番美味いって言ってたのによ」


 嘗て共に戦場で戦った仲間はすっかりマギフィリア軍の軍人になってしまった。皮肉を言うロイドをアポロは睨みつけるように見た。


「お前は……変わってなさそうだ」


「まぁな」


 嘗て共に戦った仲間。一秒でも早く戦争が終わるように、マシな未来を掴もうと1人の男に賭けた者同士。


「時間と共に考え方も変わるもんさ」


「お前を見ていると納得するぜ」


 だが、2人はそれぞれ別の道を行った。ロイドは帝国に残り、アポロは帝国を去った。


 お互い睨みつけるような視線を交わし合うが、2人の間に割って入ったのはアリッサだった。


「止めなさい。まったくもう」


 割って入ったアリッサにロイドとアポロは少し驚きに似た表情を浮かべる。それは驚いていながらもどこか懐かしさを感じているようなものだった。


「兄妹か……」


 小さくアポロが呟き、その呟きを拾ったのはロイドだけだったのだろう。彼だけがピクリと反応した。


「フリード中尉。許可が出ていようとここは帝国領土内です。加えて、私は皇族ですよ? 詳細を聞く権利があります」


「それは帝国上層部の総意と取ってよろしいのですか? 私が国に戻り、軍部に報告すれば少々問題になるかと思いますが」


 彼の反応を聞き、アリッサは小さく「なるほど」と零した。


 ストレートに彼の言葉を受け取るならば「黙って支援国に従え」である。だが、彼はわざわざ忠告してくれているのだろう。


 性根の悪い者であれば嘘の情報を言いつつ、国に戻ったら「皇族に強制された」と報告すれば良い。そう考える者ほど口は軽やかに動くものだ。


 先ほど語った通り、彼は忠告してくれている。これはマギフィリアが抱える秘密に関係する事で深く踏み込めば問題になると。


 故にアリッサは表情を変えた。真剣な表情からいつものニコニコ笑顔に。


「なるほど。それはマズイですね。両国の素晴らしい同盟関係に傷は付けたくないものです」


「そうですか。ご理解頂き、感謝します」


「ですから……そうですね。私は今から独り言を言います」 


 感謝します、と頭を下げたアポロに対し、アリッサはそう言って独り言を始める。


「まず1つ。私は貴方達の行動を容認しましょう。文句は言いません。詮索もしません」


 ニコニコ笑いながらそう言って、人差し指を立てるアリッサ。続いて中指を立てて2つ目を示す。


「次に。私達は領主殺害の犯人を捕まえようとここに来ました。どこからか届いた風の噂では敵勢力らしき人物がこの周辺にいるようですね」


 すると、彼女はわざとらしく驚いたような表情を浮かべる。


「おや、皆さんも鉱山内部へ向かうのですか? でしたら、私達と同じですね。途中まで一緒に行きましょうか」


 ここからは独り言ではないのだろう。自分の心境と目的を素直に告げて、尚且つアポロ達に保証を提示した。


 更に出会いを仕切り直すように言って同行を誘う。


 特に彼女は「途中まで」の部分を強調した。協力するのではない。干渉するのではない。あくまでも向かう先が一緒なだけ。


「どうです? 私達と一緒の方がやり易いかもしれませんよ。中で何か起きても皇族である私がいれば、帝国側は現場で判断が下せますからね」


 例えばそれが機密に関する物だったとしても、アリッサは見て見ぬフリをすると遠回しに告げる。


 干渉も詮索もしない。鉱山内で何が起ころうと文句は言わず、黙って全てを受け入れると()()()は宣言した。


 加えて、大きく一歩だけアポロへ踏み出すとアリッサは彼にだけ聞こえるように小声で告げる。


「戦闘とは数が多い方が有利です。もし、鉱山の中で未知の敵と戦いになったら……どうでしょう? 戦闘に関して信頼できる者はこちらにもいますし。貴方はそれを特に知っているのでは?」


 元帝国軍人、元南部戦争参加者、元105小隊の隊員。アリッサがアポロに向けた交渉のカードはロイドという人物であった。


 旧知の仲であるロイドの実力は知っているはず。戦力として優秀な彼が加われば任務達成の難易度はグッと下がる。


 そう含みを込めて提案すると――


「……なるほど。では、途中まで共に行きましょうか」


「隊長!」


 アポロの判断に部下の1人が声を上げた。だが、アポロは部下を手で制し、小声で「向こうのメンツも立てなければならない」と部下に告げる。


「……信用できるのですか?」


「相手は皇族だ。うちとの同盟がどれだけ大切か知っている。下手な事はしないだろう」


 部下の問いに頷きを返し、アポロはロイドに視線を向けた。だが、彼が口にするのはアリッサとの口約束だけで交渉のカードとなったロイドの件には触れなかった。


「貴方は帝国人ではなく、マギフィリア人なんですよ? 貴方の同情で問題が起きたら私は上に報告しますからね」


 アポロに対して疑惑的な視線を向けてそう言った男の軍服には副隊長を示すバッジがあった。どうやら副隊長はあまりアポロをよく思っていないらしい。


 問題が起きて軍上層部に指摘されても庇う気は無いと態度を見せる。


「ああ、構わない」


 だが、言われた本人は「勝手にどうぞ」といった態度を見せた。


「会議は終わりましたか?」


 アポロと部下の会話が途切れたタイミングを見計らい、アリッサは声を掛けた。


「ええ。部下が先行します」


「分かりました」


 軽い打ち合わせを終えるとアポロは部下に準備を整えさせ、20人中半分を前衛として配置。残りは背後警戒の後衛として。


 前衛後衛の間にアポロとロイド達が挟まれる形となって7号鉱山の内部へと進んで行った。


 完全にアポロの部隊に守られる布陣であるが、ロイドはホルスターから()()()魔導拳銃を抜く。


 7号鉱山の中――鉱山全般に言える事であるが、山の中身をくり抜いたような通路である。


 山を掘って掘った周りを補強しつつ、鉱石や魔石採掘を終えた場所を通路として形成していくが故に鉱山内部には脇道が多い。


 入り口から真っ直ぐ伸びた通路は比較的幅が広く、大人でも4人は列になって歩ける程度。だが、至る所に出来た脇道は大人1人分の幅のみだろうか。


 脇道の先は行き止まりになっている事が多い。この不規則に掘られた脇道も帝国はマギフィリアよりも採掘技術が進んでいないので、手当たり次第掘っているといった状態だからだ。


「マギフィリアの鉱山もこんな状態なのですか?」


「いえ。国の鉱山は魔導技術が使われているので、今では人が直接掘るという事は減りました」


 アポロ曰く、マギフィリア式の採掘は魔導技術によって製造された魔導具を用いて行うようだ。


 掘る前に鉱脈や魔石脈を専用の魔導具で調査し、そこに向かってピンポイントで掘って行く。人の手が入るのは最終段階である鉱石や魔石を回収する部分だけ。


 魔石の採掘が主な産業故の技術向上と作業効率化の進歩だろうか。


 やはり魔導技術化が進む本場は違う。帝国の姫であるアリッサでもそう思ってしまったのか、顔には感心の表情が浮かんでいた。


 鉱山内部を警戒しながら進んで30分程度。最初の分かれ道であった十字路に差し掛かる。


 アポロが指示するよりも早く、前衛として配置された軍人達が道の両脇にある壁を背にして左右の道を覗き込んだ。


「クリア」


 敵影無し、そう告げたアポロの部下達は迷うことなく右の道を選ぶ。ここへ来る前から既に道を調査していたのか、行動に迷いが一切ない。


「殿下。申し上げておきますが、戦闘になれば我々は殿下の身の安全を保障できません」


 アポロはそう言いながら、ロイドの顔をチラリと見た。彼は先ほどから何度かロイドの顔を見ているが、主に会話をする相手はアリッサだけ。


「ええ。それは承知しておりますが、そこまで危険な相手なのですか? 最新装備を持つマギフィリア軍でも苦戦すると?」


 貴方達は誇り高き同盟国、大国マギフィリアの軍でしょう? そう言わんばかりに問いかける。


 生粋のマギフィリア軍人だったならば「馬鹿を言うな」と言うところだろう。だが、アポロは所属した経緯が違うせいか素直に頷きを返す。


「ええ。相手は油断なりません。身内の恥を晒すようですが、相手は元マギフィリア軍人なので」


 練度も装備もこちらと同じ。そう言った後に「ああ、独り言です」と付け加えた。


「…………」


 相手は元マギフィリア軍人。そう聞いて何か思い当たる節があったのか、ロイドの眉間に皺が寄った。


「隊長、エレベーターです」


 会話しながら進んでいると道の終点は鉱山内に作られたエレベーターであった。安全性が完全に確保できた作りではなく、壁の無い鉄で作られた籠のような見た目の物。


 小型の魔導機が備わっていて、魔導機を動かすとエレベーターが上下に動く仕組みのようだ。


 大きさは精々、一度に乗れるのは5人程度だろうか。アポロは先に5名の部下を乗せて、下を調査するよう命令した。


 軍人が乗り込み、エレベーターに備わっていた赤いボタンを押すと「ビー」と機械音が鳴った後にゆっくりと下降していった。


 先行した軍人が下に到着すると再びエレベーターが上昇して戻って来る。5分程度待ってから次の5人を送り、これを繰り返しながら5人をその場に残した状態でアポロはロイド達と共にエレベーターに乗り込んだ。


「…………」


「…………」


 エレベーターに乗っている者の中にアポロの隊の者はいない。


 だというのに、ロイドとアポロの間には会話が無かった。それどころか目を合わせようともしない。


 2人は本当に同じ小隊に所属していて仲間だったのか? と疑問に思っているのか、間に挟まれたアリッサが両者の顔を交互に見るが反応は無し。


 アリッサの背後に控えるローラがいつも通り無言なのは通常運転だが……。


 ロイドが一言も発しないのは少々居心地が悪いと感じているのだろう。いつものように軽口を叩くにも叩けない状況にアリッサの顔には息苦しそうな表情が浮かぶ。


 息苦しさを感じた時間は5分程度だろうか。エレベーターが到着したのは鉱山の最下層らしき場所。


「うわぁ……」


「なんだこりゃ……」


 アリッサとロイドは目の前に広がる光景に声を漏らした。


 7号鉱山最下層には鍾乳洞のような広い場所になっていて、周辺の壁に出来た亀裂から青白い光が漏れていた。


「あの光は生成光ですか。幻想的ですね」


 アリッサが言った通り、鍾乳洞の壁に出来た亀裂から漏れる光は魔力の素が魔石へと至る際に発する光であった。


 魔石が鉱山の内部、もしくは地中深くで見つかる理由の1つとして、地中に出来た『魔力溜まり』という特別な空間で魔石が生成されるからだ。


 この魔力溜まりは地上で発見される事はなく、必ず地中で発見されるという。その理由は未だ明らかになっていないが、一部の学者によると地熱や圧力が関係しているのではないかと推測される。


 そして魔石が生成されるプロセスだが、魔力溜まりに満ちた魔力の素――魔素と呼ばれる粒子が長い時間を掛けながら凝固して魔石へと至る。


 その過程で魔素が発光するのだが、この光は『生成光』と呼ばれている。


「生成光がここまであるのも珍しい」


 マギフィリアの魔石鉱山を見た事があるのか、アポロも7号鉱山の最下層について声を漏らす。


「そうなのですか?」


「ええ。私が見た事があるのは精々2ヵ所程度でしょうか。こんなにも同じ場所で生成光が漏れる鉱山はそう無いと思います」


 周囲を見渡す限り、この場で見れる生成光は8つ以上。どれも壁に出来た亀裂から漏れているが、この場には少なくとも8つもの魔力溜まりが存在しているという事だ。


 アポロ曰く、マギフィリアでも早々お目に掛かれないという。


 それはこの7号鉱山が特別である証拠。そして、今回起きた事件に対して何らかの関係を持つ場所である事を示すに値するだろう。


「隊長、奥に」


「ああ」


 後続が到着すると、アポロの部下が声を掛けてきた。


 目的地はここじゃなかったようだ。一行は更に奥を目指して先を進む。


 天然の鍾乳洞特有のゴツゴツとした足場を進み、徐々に細くなっていく足場を進んで辿り着いたのは――


「おいおい……。次は何だってんだよ……」


 ロイドが驚くのも無理はない。


 最下層最奥にあったのは明らかに人工的に造られた石の扉。大きさにして10メートルはあろう巨大な扉は既に開かれて、中には広いエントランスのような空間があった。


 石を削って作ったような装飾品やデザイン性の凝った支柱、何か紋章のような図が刻印された石のブロックなどが配置されていて現代様式とはかなりかけ離れている。


 エントランスの先には通路のような平に整備された道があって奥に続いているようだ。


「もしかして……。遺跡?」 


「遺跡っつーと、魔法使い達が造ったと言われているやつか?」


「ええ。御伽噺や英雄譚にも登場する場所で、魔法使いや錬金術師達が秘密の儀式をしていたとか秘密の研究をしていたと描かれているやつです」


 まさかの歴史的な発見が目の前に。極大魔石に続いて魔法使い達が残した遺跡が発見されるとは。


 アリッサは領主が匂わせていた件はこれかしら? と小さく漏らす。


「よし、調査を開始する」


 アポロ達の目的地はこの遺跡だったようだ。


「奴等が潜んでいるかもしれん。慎重に――」


 先ほどと同じ陣形で前衛を扉の向こう側へ送り出そうとした時、扉の先から1発の銃声が鳴る。

 

 風を切って飛んで来た魔弾はアポロの部下の頭部に当たり、被弾した軍人は弾けた頭部の中身をぶちまけながら倒れるのであった。


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