48 火災原因の捜査開始
ロイドとアリッサを乗せた魔導車はアーティレにある帝国軍施設へと向かった。
道中、メインストリートの歩道にいた観光客や住民は爆発現場から立ち上がる煙を見上げながら「事故か」「事件か」と口にしている者が多く見られる。
この街は帝国人とマギフィリア人が入り混じって暮らしている事もあって、何か大きな事が起きると過敏に反応する。
「反帝国主義者かしら?」
「いや、クロイツアじゃないか?」
特に住民からも敵勢力と認定されつつあり、口に出る組織はこの2つ。マギフィリアとの貿易拠点なだけあって、隣国への信頼厚いアーティレの住民らしいチョイスと言える。
反帝国主義者は単純にテロ組織のような認定をされているが、帝都と違ってアーティレには神聖徒教が1人もいない。
これは昔からマギフィリアと密接だった街故に流石のクロイツアも教会を建設できなかったことが影響しているのだろう。
アーティレ全体の感情はともかくとして、実際何が起きたのかが問題である。
ロイドとアリッサは駅の近くにある軍施設に到着すると、帝国軍アーティレ支部の責任者を訪ねた。
「殿下、ご無事ですか」
「ええ。私は問題ありません」
地方都市という事もあってアリッサは城ほどの冷遇は受けず。アーティレ支部司令官の態度も皇族を敬うといった「通常」の態度を取ってくれていた。
「爆発の詳細は分かっていますか?」
アリッサが司令官に問うと、彼は机の上に現像したばかりの白黒写真を並べる。
「爆発したのは領主の屋敷です。外に逃げ出す事の出来た使用人数名は救助しておりますが、未だ領主様と奥様は発見できていません。屋敷の中へ救助へ向かおうにも敷地全体に炎が周っており、消火活動をしておりますが……」
そう言って司令官は首を振った。口にしていないが領主の救助は難しい、もしくは既に死亡している可能性があると言いたいのだろう。
「救助した使用人は何と?」
「急に敷地の裏側にある倉庫が爆発したと。倉庫には使わなくなった魔導具が保管されていたようで、何らかの原因で発火したのではないかと言っているようです」
倉庫にあった魔導具が発火し、それが屋敷の中へと燃え移る。屋敷が火事になって屋敷内に設置された魔導具や魔導機を破損させ、連鎖活性を引き起こしてより被害が広がった。
救助された使用人達が言う推測は魔導具が標準化しつつある現代社会にとっては「ありがち」な火災事故と言えるだろう。
以前語った通り、帝国で起きる火災の原因ほとんどが連鎖活性によるもの。上位者たる貴族と言えど、魔導具を使用している以上は避けられない事故だ。
「現状では事故である可能性が高いと?」
「消火活動が終わり次第、憲兵隊が捜査を行います。事故かどうかは捜査次第ですが、事故であるのは濃厚かと」
アリッサの問いに少々悩みながら答えた司令官。やはり連鎖活性の件もあって、現代に生きる人間の大半は「火災事故」と考えるだろう。彼の答えはありきたりではあるものの、至極真っ当と言えた。
答えを聞いたアリッサはロイドの顔を見る。すると、ロイドと目が合った。
ホテルに向かう道中、第三勢力の話をしていたせいか、どうにも今回の件に関して疑いを持つのはアリッサだけではなかったようだ。
「一度、通信機をお借りしても? 城に報告します」
「承知しました。今、担当官を呼びますので」
司令室を出て行った司令官の姿がなくなると、アリッサはロイドに顔を向ける。
「どう思います?」
「まぁ、司令官の言う通りではあるが……。仮に領主を狙ったとしたら理由はなんだ? そんなに黒い事をしてる領主なのか?」
「いや、どうでしょう? 帝都から離れているので、仮に何かしていても帝都まで噂は届きませんからね」
領主を狙った殺人だと疑うのであれば、まずは理由から探らねばならないだろう。
司令官の言った通り、消火活動を終えてから現場検証や捜査をしなければ断定はできまい。
「殿下、手配が済みました」
「ご案内致します」
司令官が通信兵を連れて戻って来ると、共に来た通信兵がアリッサに向けて敬礼した。
アリッサは司令官に礼を言いつつ、ロイドとローラを連れて通信設備のある部屋へ。
案内されたのは施設の奥にある広い部屋で、部屋の壁には魔導機とエネルギーパイプが20を超える数が配置されており、中央には見上げる程の大型な魔導具があった。
中央に置かれた魔導具は複数の魔導具を集合連結させた物。
代表的な物は「魔導波」と呼ばれる特殊な波形を生み出す魔導具、それと連結する箱型の魔導具は人の声を魔導波に変換する魔導具で、この2つが遠距離通信用魔導具において最も重要な役割を持つ。
他にも補助装置的な役割の魔導具がいくつも連結し、1つの『通信魔導具』――略して通信機とも呼ばれている――として成り立っていた。この巨大な魔導具を動かす為に複数の魔導機とエネルギーパイプが必要、という事である。
更に、人の声を通信魔導具で魔導波に変換した後、魔導波は部屋の天井を貫通するように伸びた管を通って野外に設置された傘型のアンテナへと伝わる。
このアンテナは魔導波に指向性を持たせる魔導具で、帝都まで等間隔で設置された通信魔導具を経由しつつ、帝都に設置された通信魔導具まで伝わるといった仕組みである。
「こちら第四皇女アリッサ。アーティレの領主が住まう屋敷が爆発。領主の生死は不明、指示を乞う」
魔導技術の本場であるマギフィリアも通信機を完全に完成させたとは言い難く、帝国に配置されている物も性能は不完全である。
複雑な言い回しを魔導波に変換させると変換に時間が掛かり、尚且つ複雑な魔導波は受け取り側でノイズが入り易い。
よって、通信機を使う際はなるべく簡潔にというのが常識であった。
「…………」
加えて、帝都までは複数の通信機を経由する。その為、遠距離通信のやり取りにはタイムラグが発生する。
『了解。城に伝達するので現場で待機されたし』
帝都側の返答が返って来るまでたっぷり5分は掛かった。
だが、これまで何日も掛けて手紙でやり取りしていた事が数分のタイムラグで伝わるのは革命的と言えるだろう。
魔導具自体は革命的であるのだが……。正直、現場からの通信を聞いて城に報告を上げ、そこから指示が現場に戻って来るまでだいぶ掛かる。
アリッサは通信機の末端から伸びる受話器を置き、部屋の隅にあった椅子に座って指示を待った。
最初の通信から約30分程度、ようやく帝都からの折り返しが届く。内容としては領主邸爆発の原因を調べてから帰って来いというものだった。
「そろそろ消火活動も終わっているでしょう。現場に行って捜査しますか」
帝都から正式に特務隊として捜査するようにと命じられたアリッサはロイドと共に司令官へ帝都からの指示を説明。
現場へ向かう旨を伝えて軍の施設を後にした。
魔導車に乗って領主邸へと向かったのだが……。
「見事に真っ黒コゲですね」
貴族らしく広い敷地の中に建っていた屋敷は全焼。それどころか、火災から脱出できたのは数名のみで他の使用人は巻き込まれて死亡。
領主と妻の姿も無く、崩れ落ちた瓦礫の下に埋まっているのではと先に到着していた憲兵隊が静かに口にする。
「これじゃ火災の原因は分からないな」
ロイドが現場を見渡すも、難を逃れて救助された使用人達が口にしていた倉庫も見事に燃え崩れており、中に保管されていた魔導具もドロドロに溶けている状態。
これでは本当に火災の原因が魔導具であったのか、それとも作為的な放火であったのか判断できない。
「で、次の問題だ。何でマギフィリア軍がいる?」
ロイドはアリッサに近付いて小声でそう言った。
火災現場となった領主邸にはアーティレ支部の帝国軍、帝国憲兵隊だけでなくマギフィリア軍が現場検証に加わろうとしていた。
「現場指揮官の話では、領主の奥さんがマギフィリア人だからという理由らしいですが」
なんとも取って付けたような理由である。
半ば無理矢理参加させろと帝国軍に迫り、火災現場へ足を踏み入れたマギフィリア軍は焼け落ちた瓦礫の撤去を始める。
そのやり方はとても雑で、撤去をしているというよりも何かを探しているように見えた。
「怪しいからといって訳を聞く事すらできないのが辛いところですね」
現場に来たマギフィリア軍は明らかにおかしい。何かしらの意図があって現場をひっくり返しているに違いない。
だが、だからといって「何を探しているんですか?」「どういう理由があって帝国内で起きた事件に介入しているんですか?」と問う事すらもできない。
これが支援されている国の弱みである。
「現場指揮官にマギフィリア軍が何を見つけたのか見ておくよう言えるか?」
「一応、言っておきますが期待はしないで下さいね」
ロイドはアリッサに現場への指示を頼むと乗って来た魔導車の傍に戻ってタバコに火を点けた。
コートのポケットに片手を突っ込んでマギフィリア軍が引っ掻き回す現場を見つつ、指示を出し終えたアリッサを手で呼ぶ。
「それで? どうするんです?」
腰に手を当てながら何か案はあるのかと問うアリッサ。彼女の口に新しいタバコを加えさせ、火を点けてやったロイドは顎で現場を指した。
「現場には期待できない。軍と憲兵隊の報告を待つとして、俺達は別口から調査を行おう」
「フゥー……。別口ですか?」
煙を吐き出したアリッサが首を傾げる。
「ああ。救助された使用人に話を聞きにいく。領主が最近何をしていたのか調べよう。領主の行動を捜査すればマギフィリア軍が来た理由もわかるはずだ」
「分かりました。では、使用人達が運ばれた病院に行きましょう」




