47 情報部
「はぁ、疲れた」
ホテルへ戻る道中、車内でアリッサは両頬を揉み解しながらため息と一緒に言葉を漏らす。
受け渡しが夕方からだったという事もあって、帰る頃にはすっかり空は暗くなって夜になっていた。
「やっぱりパシリで終わりましたね」
予想していた通り、証拠品を受け渡して終了。帝国としてはクロイツア王国への姿勢と対策について知れたのが収穫だろうか。
やはりどこも大戦争の引き金は引きたくないようで、特に真正面からぶつかるであろうマギフィリアは、引き金を引くとしても万全の準備をしてからと考えているのだろう。
「あの職員、恐らくは外交官じゃない。マギフィリアの情報部だ」
「え?」
同意を求められたロイドだったが、彼は窓の外を見ながら告げる。
「あの場にいた全員ですか?」
応接室にいたのはアリッサと会話していた外交官風の男、後ろに控えていた軍人、残りは秘書のような女性が1人が目立たないよう部屋の隅に立っていた。
「確証は無いが、恐らくな。後ろに控えていた軍人の襟についてた階級章バッジがマギフィリア情報部の物だった」
ロイドは憲兵隊時代、帝国を正式訪問していた陸軍将校と情報部の人間を思い出す。その記憶の中に「情報部です」と挨拶してきた軍人も同じようなバッジを付けていた。
それと同様の物を襟につけた軍人が後ろに控えていたのだ。彼に対して部下を扱うような態度を取っていた自称外交官も情報部所属、もしくは深い関りがある人間と考えるのが妥当だろう。
となると、最後の1人である目立たないよう部屋の隅で立っていた女性も。彼女に対し、ロイドは離れた場所から全体を見ていたのだろうと評価する。
「それにクロイツア方面に派遣されているのはマギフィリア情報部が主だったはずだし、あの職員はクロイツアに対して相当イラついているように見えたな」
現在のマギフィリアとクロイツアが行っているのは所謂「諜報合戦」というやつだろう。
どちらも両国内では表立って行動できず、かといって暗躍して失敗すれば一気に不利な状況になってしまう。
地道に諜報活動を続けて相手の隙を狙う状況のようだが、職員の言い方や態度から察するにマギフィリア側はあまり上手くいっていないようだ。
世界一早く諜報機関という概念を作り、宗教を隠れ蓑にしながら活動するクロイツア王国側が一歩リードしていると言うべきか。
「それにマギフィリア人はクロイツア人をよく思っていないが、外交官としての立場だったら信者うんぬんに文句を言うか?」
「確かにそうですね。外交面での不満だったら……もっと国同士の交渉に関して文句を言うでしょうね」
ロイドの言う通り、クロイツア王国に対して「信者が厄介である」等と不満を表現する輩は『外交』よりも『諜報』の分野に携わっていると考えられる。
「だが、あそこまで露骨なのが気になるな。アンタだったら気付かないと思ったのか、それとも敢えて所属を匂わせたのか」
一国のお姫様……ではあるが、帝国では道具扱いされるアリッサの立場を知って重要な情報は渡されていないと見ているのか。
「ロイドさんの考えは?」
「敢えて晒して帝国側に手を出すなというメッセージ。情報部を潜ませて調査するぞ、と」
一応はお隣さんである帝国への配慮と言うべきか。
向こうも上から「極秘で」と言われてしまっては迂闊に口には出せまい。
彼等が配慮してくれているのか、それとも強制的なメッセージとしているのかは不明であるが……どちらにせよ、ロイドは帝国国内にマギフィリア情報部が潜伏するのは確実だろうと推測した。
「だが、情報部は何を探りたいんだ? 元魔導機士団の男に教会が関わっていないのは、こちらからの報告を見れば確実だろう? という事はだ」
同時に疑問も口にする。
魔導機士団の男を引き抜いたのがクロイツア側だった、というならば話は分かる。
しかし、例の獣人は反帝国主義者と自分で所属を口にしており、教会にも喧嘩を売った輩である。
「反帝国主義者に所属した獣人の経緯ですか?」
「ああ。まぁ、分かりきってた事だがあの獣人は元魔導機士団に所属していたのは確定だろう。だが、どうして反帝国主義に属したのか、どうやってマギフィリア国内から脱出したのかを知りたいんじゃないか?」
引き渡した魔導義手にマギフィリアの最新魔導技術――軍事機密が搭載されていたのは確かだ。そのような装備を装着する軍人は、彼等が言った通り厳重に管理されているのも確実だろう。
だが、実際問題として元魔導機士団に所属していた獣人は反帝国主義組織に所属して活動をしていた。
マギフィリア国内から軍や情報部にバレずに脱出した方法と経路、なぜ反帝国主義に加わったのかの経緯を知りたいのではないか。その経緯に潜む何かを情報部は知りたいのだろうとロイドは言う。
ロイドの推測を聞いたアリッサは何かに気付いたのか顔が強張る。
「……手引きした者がマギフィリア軍内部に?」
「ああ。しかも、クロイツア側の仕業じゃない」
分かってるな、とロイドは真剣な顔でアリッサを見た。
「第三勢力……」
「情報部が匂わせてくれたせいで繋がったな。恐らくはマギフィリア情報部も存在に気付いている」
しかし、第三勢力は予想よりも手広くやっているようだとロイドは付け加えた。
シャターン殺し、反帝国主義者へ狂獣薬の提供だけでなく。
マギフィリアから有能な人材を引き抜いて別組織へ斡旋する工作もしているのか、大国と呼ばれるマギフィリア軍内部への侵入と工作を行えると考えると相当な力と技量を持っているのだろう。
しかもあの様子ではマギフィリア情報部も第三勢力の実態を掴めていない。帝都教会にいたシスター・マリアも同様に。
つまり、二大国家の諜報機関が足取りを掴めぬほどの実力を持つ組織という事だ。
もはや、2人が推測として口にしていた第三勢力の存在は確実と考えて良いだろう。
「マギフィリア軍に手を出せるんだ。相当ヤバイ輩が絡んでる。帝国とマギフィリアだけじゃなく、もしかしたらクロイツア内にも潜んでいるかもしれないな」
問題はどこに潜んでいるか、誰が組織の一員なのか、という事だろう。
「帝国だと……。やはり貴族でしょうか?」
帝国に限った話だと国内の政策や人事に関する事を工作しようとするならば貴族を取り込むのが一番手っ取り早い。
帝国貴族は皇族派、反皇族派と派閥争いが起きているが、両陣営の中に潜んでいてもおかしくはないだろう。
「問題は第三勢力の最終目標が分からない事だ。前に推測した通り、世界を巻き込んだ戦争が狙いだったとして……。その組織にどんなメリットがあるんだ?」
マギフィリア陣営とクロイツア陣営がぶつかり合って世界中を巻き込んだ大戦争が勃発すれば各国が負うダメージは計り知れない。
現存する国家の2つや3つは地図から消え、帝国だって無事に生き残る保証は無い。それに世界経済にも相当な影響を与えるだろう。
それだけではなく、戦争によって大量の死者が発生するに違いない。明確な勝者が決まる頃には大陸の総人口は半分程度にまで減っていそうだ。
「今の世を根本から作り替えたい……とか?」
「また革命後の時代に逆戻りか? そうなったら、真っ先に煽りを受けるのはアンタみたいな特権階級だな」
昔、下級革命で魔法使いと錬金術師が絶滅したように、負けた側の特権階級達は地に落ちて根絶やしにされるだろう。
マギフィリア陣営が負ければ皇族だって例外じゃない。
「そうなったら、私はロイドさんと一緒に逃げるので」
しかし、ロイドに煽るように言われてもアリッサは笑いながらそう言った。
「どこにだ?」
「そうですねぇ。静かな森の中、湖があると良いですね。自給自足しながらロイドさんが建てた小屋で一緒に暮らすんです」
そう語るアリッサはとても楽しそうだった。ニコニコと笑いながら、まるでずっと昔から考えていた事を語るように。
「俺が小屋を建てんのかよ」
「当然です。力仕事は任せますよ。その代わり、私は食事の準備をしましょう」
「そりゃ楽しみだ……」
ロイドは「飯なんて作れるのかよ」と疑うようにため息を吐く。
そんな事を語り合っていると2人を乗せた魔導車はホテルに到着した。
運転席にいたローラが先に降りて、後部座席のドアを開けてくれた。
「さて、明日には帰りますが――」
アリッサが外に出ようとした瞬間、街の中から巨大な爆発音が轟いた。
「きゃっ!?」
咄嗟にロイドはアリッサの腕を引き、車内に引き寄せると自分の身を覆い被せて彼女を守る。
幸いにして爆発音の割に爆風が彼等を襲うという事はなく。ロイドは安全であると分かると外に出て空を見上げた。
「おいおい……」
「あれは領主邸の方角です……」
ホテルから見える景色の先、アリッサが言うように領主邸がある方角には真っ赤に燃える炎と暗い夜の空に昇っていく煙が見えた。
次第に街にはサイレンの音が鳴り響き、普段から聞こえる人の喧騒がより騒がしくなって。
ホテルの前にあるロータリーに魔導車を停めた宿泊客やエントランスから出て来た者達が、揃って赤く光る方向を指差して「何があったんだ」と口にする。
「どうする? 現場に行くか?」
「いえ、行っても消火活動の邪魔になります。私達は軍の施設に行きましょう。そちらで事情を聞く方が早いです」
ロイドとアリッサは再び魔導車の中に乗り込むと、ローラに軍の施設へ向かうよう命じた。




