46 マギフィリア領事館
翌日、アリッサは約束した時刻――夕方にロイドとローラを連れて領事館を訪れた。
領事館はコンクリート製の塀と植木で囲われ、建物が見えないようにされている。同時に鉄の門の前にはマギフィリア兵が警備しており、彼等に用件を伝えなければ敷地の中には入れない。
ローラの運転する魔導車で敷地内に入り、領事館の玄関にある受付で用件を伝える。案内役であるスーツを着たマギフィリア王国外交部の職員が現れると「こちらです」と言って応接室へ案内された。
「皇女殿下。ご足労頂き、感謝申し上げます」
遅れて応接室に入って来たのはマギフィリア王国の外交官と思われる男性。続けて入って来たのはマギフィリア軍の制服を着た軍人男性とスーツ姿の女性が1人。
アリッサが座っていたソファーの対面に着いた男性から名刺を渡されたので見てみると、所属は外交局と記載されて役職は部長クラスのようだが……。
正直言えば皇族と相対するには格が低い。
通常ならば最低でも局長クラス、もしくは公爵・侯爵位の貴族が同席してアリッサの相手をするのがマナーだろうか。
そちらが足を運べと命令され、出迎えるのも格下の職員。どう考えてもマギフィリア王国は帝国を下に見ている。この職員も口では丁寧に言っているものの、アリッサを見る目線と内心は見下しているのが手に取るように分かった。
「いえ、こちらこそお時間を作って頂いて恐縮です」
だが、だからといって文句は言えないのが帝国の辛いところ。今のアリッサのようにニコニコと笑いながら相手の顔色を窺わねばならない。
「さて、早速ですが拝見させて頂けますか」
「はい」
アリッサは控えていたローラに合図を出すと、彼女は持っていたアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
ロックを解除して開けた後に外交職員の方へと向きを変えて見せる。
確かにウチの物である。職員はそう思ったのだろう。一瞬だけ顔が強張ったが、表情を戻して職員の後ろに控えていた軍人に「確認を」と口にした。
「……やはり」
物を確認した軍人はかなり小さな声で呟き、険しい顔と目線だけで職員に合図を送るがアリッサはそれを逃さない。
なるほど、残念ですかと言わんばかりにニコリと笑った。やはり義手の持ち主はマギフィリア軍魔導機士団に所属していた事は間違いなさそうだ。
「経緯をお聞かせ願えますか」
「ええ」
既に帝国軍経由でマギフィリア領事館にアリッサが城に提出した報告書は届いているはずだが、職員は今一度経緯を聞きたいと言ってきた。
アリッサはご要望に応えてイチから説明し、義手の持ち主がどういった人物だったのか外見を語る。
彼女の報告を聞き進める度にマギフィリア側の表情は険しくなっていった。
「……そして、教会が介入してきました。我が国としては下手に刺激できないと判断して、教会に牽制を入れましたが相手はそれを無視しております」
牽制など入れていない。だが、国として「見て見ぬフリしました」とは言えない。故に嘘をつく。後から追求されてもどうとでも言い訳できるような濁し方で。
ニュアンスとしては濁しているものの、相手には帝国の真意が伝わってしまうだろう。これがうちの限界ですと白旗を上げているようなものである。
アリッサとしては叱責を覚悟していたのか、語り終えた時に顔を強張らせていたのだが……。
「なるほど。宗教狂い共に手を焼いているのはどこも同じですな」
予想とは裏腹に相手の口から飛び出したのは同情に近い言葉だった。アリッサがその言葉に対し、どう返して良いか迷っていると職員はため息を零す。
「いや、申し訳ない。実はこちらに来る前はクロイツアとの国境方面で仕事をしていまして」
この職員、アーティレにやって来る前はクロイツア王国と隣接する土地で仕事をしていたようだ。
現在、マギフィリアとクロイツアは『仲が悪い』だけであって国交断絶等はしていない。
つまり、向こう側からやって来た旅行客等を「クロイツア人だから」といった理由では止められない。双方、同じ条件であるが『信者』という武器を持つクロイツアにマギフィリアは少々手を焼いているようだ。
「その、貴国も……?」
「ええ、まぁ。正直に申し上げれば厄介ですな。宗教としても信者が多く、各国に散らばった教会と諜報員が我が物顔で暮している。下手に突けば周辺国を巻き込んだ聖戦を望むのも目に見えている」
「では、帝国の対応はこのままでよろしいと?」
「ええ。そうして頂けると助かります。ああ、これは私個人の考えとして頂きたい」
と、この職員は言うものの、マギフィリアがクロイツアに手を焼いているという内情が、しっかりと言葉として拾えたのは帝国にとって収獲と言えるだろう。
これからも見て見ぬフリをする大義名分が出来たようなものだ。
「未だに神だ宗教だ、などと……。時代遅れにも程がある」
余程この職員はクロイツアに恨みを持っているのか、心底憎らしいといった表情を浮かべてそう呟いた。
こうしたクロイツアへの感情を抱いているマギフィリア人は彼以外にも多く存在しているだろう。その理由は両国の成り立ちにある。
まず、両国が誕生する前は大陸のほとんどを統治していたのは『魔法使いと錬金術師』が上位に君臨する大国であった。
この大国の総人口は500万人以上とされており、一部の特権階級――最上位が魔法使い、その下に錬金術師――である『魔法を使える人間』が君臨していて、特権階級の人口は僅か10%(魔法使い2% 錬金術師8%)程度であった。
魔法を使えない者達はクズである。そんなスタンスを貫いていた特権階級達だったが、今から1000年以上前に『下級革命』が勃発。
これまで虐げられていた『魔法を使えない人間』――現在の人間達の抑圧された怒りが爆発。各地で革命という名の暴動が起きて特権階級達を次々に殺していく。
いくら万能で利便性の高い魔法が使える特別な人間と言えども圧倒的な数には敵わない。有象無象の波に押し潰され、魔法使いと錬金術師は世の中から姿を消した。
その後、残った大国はいくつかの国に分割される。中にはマギフィリアとクロイツアもあって、現在存在する国家に成長していった。
――これが魔法使いと錬金術師絶滅の軌跡であるとされているが、当時の文書や文献等は暴動と共に燃えていて当時の歴史や文化様式等の詳細は未だ判明していない事項も多い。
と、革命を成功させた『下級民である凡人達』であったが、彼等は2種類に分かれていた。
1つはクロイツア王国のように魔法使いと錬金術師達を神が創造した特別な人間であると信じていた者。今のクロイツア王国王家を筆頭に神聖徒教を興した人種である。
彼等は元々魔法使いと錬金術師達と距離が近く、側近的なポジションに属していた人間の子孫であると言われている。
片や、クロイツア王国が掲げる宗教思想を毛嫌いするマギフィリア人は『下級革命』主導者達の子孫であると言われていた。
彼等は自由を勝ち取る事、権利を勝ち取る為に戦った。同時に宗教的な思想を捨てて『啓蒙思想』に目覚めた者達でもあった。
全ての事象は神様に通ずる。故に特別な人間は神の使者であると宗教的な思想で物事を考えるのではなく、事象や現象には必ず明確な理由があると近代的な思想を掲げた者達の始まりであった。
故に当時の『魔法を使える者 = 特権階級 = 魔法を使えない者達は特権階級の指示通りに動け』といった政治的構造に異を唱えたとも言われている。
この思想が受け継がれた故にマギフィリアは神を捨てて、自らが作り出した魔法の代替え技術である『魔導技術』を発展させていったのだろう。
しかし、ここでポイントとなるのはマギフィリアもクロイツアも『魔法』という特別な事象・概念を否定していないところだ。
あくまでもマギフィリアは『魔法』を奇跡として終わらせず、仕組みを解明しようとした。逆にクロイツアは『魔法』を『神の齎す神秘』として神格化(特別視)した。
長々語ってしまったが、極論で言えば思想の違い。信じているモノの違いである。
遥か昔から両国は嫌悪し合っているものの、要は「テメェの言い分は納得できないし、気に入らない」という事で対立しているのだ。
「おっと。話が脱線してしまいましたな」
話を戻しましょう、と職員は紅茶を一口飲んで言葉を続けた。
「確かにこの魔導義手はマギフィリアの技術が使われています。ですが、事前に調べた結果としては魔導機士団からの離反者はいません」
そう言った職員の目に鋭さが戻った。
「特に魔導機士団のような我が国の機密が詰まった魔導具を装着する軍人は任務以外で国外に出る事はなく、直近で魔導機士団が帝国領土内で任務を行ったという記録もございません」
だから、マギフィリアは関与していない。証拠も出さずに言ってくるのは問答無用に納得しろと言いたいのだろう。
「ええ。承知しています。帝国の総意としてはマギフィリア王国とこれからも良きお付き合いをしていきたいと思っておりますし、次期皇帝であるアイザックからもそう直接伝えるよう言われております」
ニコリと笑ったアリッサは自然な口ぶりでそう言った。
「……皇女殿下は聡明で助かりますな」
「光栄ですね」
何一つ不満を口にせず、ひたすらニコニコと笑うだけのアリッサを職員はどう思っているのか。
皇室の便利な人形と思っているのか、それとも油断ならないと思っているのか。
「さて、この度はありがとうございました。皇帝陛下にもよろしくお伝え下さい」
「はい。ありがとうございました」
もう話す事はない、とばかりに職員は立ち上がる。アリッサも続けて立ち上がり、職員と握手を交わして礼をした。
応接室に残った職員は部屋の外に出たアリッサの背中を見送ると、再び椅子に座ってテーブルの上に置かれたアタッシュケースに顔を向ける。
「やはり、例の?」
職員は後ろに控えていた軍人にそう問う。
「はい。第2478号に登録されているはずの魔導義手ですね」
答えた軍人は手に持っていたファイルを開き、一枚の紙を取り出して職員に渡した。
紙に書かれた表の中には魔導機士団に所属する軍人が装着している魔導具の名称とシリアルナンバーが記載されていたが……。
「……リスト上の2478号は魔導義足か」
職員が呟いた通り、リスト上にある同シリアルナンバーが刻まれる魔導具は『義足』となっていた。
だが、同じナンバーが刻まれた義手が目の前にある。これはどういう事か。
「はい。確実に改ざんされていますね」
「軍の機密情報を改ざんするとは。是非、情報部に欲しい人材だよ」
その人物はマギフィリア軍内部にいるのか。それとも外部から侵入したのか。
「クロイツアの仕業かと思って10年以上追って来たが……。ここへ来て別の可能性が見えてくるとはな」
職員の男は苦虫を噛み潰したような顔をして舌打ちを鳴らす。
「如何しますか? 陸軍の小隊が既にアーティレへ入っていると情報は来ていますが」
「勿論、うちも動くさ。奴等の本体を探る為にな。第一小隊を帝都に送れ。足取りを掴むぞ」




