45 蛇と105小隊
「さぁ、愛しい戦友さん。再開を祝して乾杯しましょう?」
「ハッ。何が戦友だ」
グラスを掲げて笑う女性。だが、ロイドは依然として嫌な顔をしながら鼻で笑うと乾杯には応じずグラスの中身を一気に飲み干した。
「つれないわね。私達が貴方の部隊を囮にした件、まだ気にしているの?」
「当然だ。危うく死ぬところだった。あれ以来、俺はマギフィリア軍を信用しないと決めたね」
彼がそう言った通り、隣の席に座る女性の所属はマギフィリア軍であった。
南部戦争時代、思わぬ苦戦を強いられた帝国軍を支援したのはマギフィリア軍だったのだが、その支援部隊の中に混じっていたのが彼女である。
マギフィリア陸軍第5大隊、キャロル・ティールライン中尉――これが当時、彼女が別れ際に明かした本名と階級。
苦戦していた帝国軍に突撃を命じ、敵兵を引きつけた後に帝国軍の背後から敵を撃つという大胆かつクソッタレな作戦を提案・実行した女性。
「酷いわ。ちゃんと生き残ったじゃない。それに厄介な敵主力も片付いたのよ? あの作戦が成功したから今の帝国があるんじゃない」
「ふざけんな。もう少しで俺達の塹壕に弾が落ちるところだっただろうが」
敵兵を引き付けた後、塹壕に身を隠したロイド達。
その頭上を放物線を描くように飛んで来た魔導大砲の魔弾。魔弾の着弾位置は塹壕ギリギリだった物もあって、タイミング悪く敵の様子を見ようと顔を出していたら頭部が吹き飛んでいたかもしれない。
確かに彼女が提案した作戦は上手くいって、敵軍に大打撃を与えた。しかし、帝国軍の死傷者なんぞ気にする事もなく、帝国兵を消耗品のように使ったのは事実である。
「やん。そんなに怒らないで?」
キャロルはロイドを揶揄うように身を寄せて、彼の腕に胸を押し当てた。更にロイドの肩に頭を乗せて、傍から見ればラブラブカップルのようだ。
「ところで、お前が何でここにいるんだ? マギフィリア陸軍はクロイツアとの睨み合いに忙しいんじゃないのか?」
「ああ、私ね、軍を止めたの」
ロイドの問いに彼女は酒のおかわりを頼みながら答えた。
「今は民間組織の兵士をやっていてね。貴方も来る? 貴方なら今すぐにでも上に推薦してあげるけど」
「結構だ」
「帝国軍って給料悪いって話じゃない。言っちゃ悪いけど、貴方の実力と給料が見合ってないわよ」
今でも思い出すわぁ、と昔を語り出すキャロル。
南部戦争時、記録上には残っていないが最も活躍したのはロイドが所属していた105部隊だろう。
敵兵の殺害数だけでなく、敵兵が行おうとしていた工作を潰したり、敵兵の隙を突いて相手陣地まで突撃してみたり……。雑な帝国軍本部の命令からは想像できないような戦果を挙げていた。
「仕方ねえだろ。上官も味方もガンガン死んで行くんだ。生き残りたい一心で、隊の奴等と知恵絞りながら戦場で自立を促された結果だろ」
歴戦の指揮官と呼ばれていた者達は南の国の抵抗で早々に戦死。次にやって来た指揮官も戦死。最終的には貧乏くじを引いた文官出身の指揮官が赴任して来たが、赴任翌日には戦死した。
帝都出身者で固められた貴族部隊にはしっかりとした指揮官が所属していたが、戦場の空気に怖気づいて後方待機しっぱなし。
そうなると自動的に庶民出身の軍人達が前線で命を張らねばならない。その中の一部だったのがロイド達105小隊だ。
指揮官無し。命令は雑でとにかく敵の前線を崩せと命じられるだけ。戦況を変えられるような魔導兵器の補給は無く、魔導長銃と魔石カートリッジを持っての撃ち合いだけしか望めない。
ずっと膠着状態とはいかず、いつかは終わりが来るのだ。その終わりは相手が死ぬか自分達が死ぬか。
その二択だったなら、ロイド達が前者を選んで当然だろう。故にロイド達105小隊は知恵を絞って行動した。
しかし、貴族で構成されていない『雑草部隊』が活躍するなど許さない。そう示すように当時の軍部は105小隊の戦果を記録すらしなかった。
帝国軍よりもマギフィリア軍に所属していた者の方が正しく評価し、戦果をいつまでも覚えているとは全く以て笑えない。
帝国軍の愚行はさておき『105小隊において最も重要な人物だったのはロイドである』当時からキャロルはそう評価している。
臆せず敵陣の中に突撃する勇気、その都度行われる状況判断の早さ、何が何でも生き残るという信念。これがロイドの強さの源であり、優れた軍人たる資質であると彼女は言う。
「だからこそ、勿体無いと言っているの。戦場で成長し、最適化され、自立した兵士は貴重な存在よ。陳腐な組織の中にいてはいけないわ。より高みに登って才能を活かすべきよ」
私のように。そう最後に付け加えた。
「人殺しの才能があるから一生死ぬまで人を殺せってか? 馬鹿言うな。それこそお断りだ」
確かにロイドが軍に入ったのは金が貰えて戦う力を得るのに丁度良かったからだろう。西部の孤児院で暮していた彼が自立するには手っ取り早い話だったというのもある。
だが、延々と人を殺す機械になりたかったわけじゃないと彼は言った。
「綺麗事ね」
戦争に参加しておいて、南部に住んでいた者達を殺しておいて、今更戦争には戻りたくないなどとどの口が言うのか。
「当然だ。世の中、綺麗事ぬかしながらテメェの事しか頭にねえ連中で作られてんだよ」
だがロイドは否定しない。どいつもこいつも似たような者ばかり、極論突き詰めれば戦争だって個人の利益に繋がるから起きた事である。
その中に飛び込んで自分の為に戦って何が悪いと彼は言う。
「私は違うわ。少なからず、世の中の平和を願っているもの」
「ハッ。どうだかな」
ロイドは新しいタバコに火を点けて、煙を吐き出した。
「心から平和を望んだヤツは1人しか知らない」
自ら渦中に飛び込んできて、戦争の悲惨さと自己の矛盾を受け入れながら、それでも平和を掴もうとした男。
後に罰を受けると言って、泣きながら敵を殺し、最後は敵の王族と交渉して戦争を止めようとした男。
己の両手を血で染めながら、血塗れの両手で帝国も南部の間に立った男はロイドにとって特上の偽善者だった。
今考えても大馬鹿野郎だった、と彼は零す。だが、その大馬鹿野郎こそがロイドの……。いや、105小隊にとっての、軍に所属する末端が考える「より良い未来」への希望だったのだ。
「……ローベルグ帝国第二皇子のフリッツ殿下ね。貴方、今でも彼を撃った男を探しているわけ?」
「ああ」
だが、その希望は潰えた。
敵の前線を崩した帝国軍が前進を開始。南の王国であるミーデンは後退を余儀なくされ、帝国軍の王都侵攻に備えるしかなかった。
王都侵略を前にミーデンは残された手段は少ない。このタイミングであれば降伏を受け入れやすいであろうと帝国第二皇子のフリッツは皇族権限を使用してミーデンへ使者を送った。
フリッツは指定された場所でミーデン側の王子と対面。そこで降伏についての条件――現在のような土地を一方的に植民地化・占領するのではなく、あくまでも自治区としての友好的な条件――を提示した。
一方的な侵略を行っていた帝国に対し、ミーデン王子の側近は怪しんでいたがフリッツの熱意に負けて条件は受け入れられる……はずだった。
「フリッツを撃ったクソ野郎は絶対に殺す」
フリッツとミーデンの王子が話し合う場を設定したのは……恐らく、フリッツでもミーデン側でもない。他の第三者によって場を指定され、フリッツとミーデンの王子は何者かに狙撃された。
講和に近い降伏締結間近に両国のトップが殺されたのだ。場は騒然となって大混乱に陥った。
当然、ミーデン側には帝国の罠だと誤解する者も多く、フリッツの護衛をしていた105小隊と銃を突き付け合う状況に至る。
だが、話はこれで終わらない。
その後、起きたのは105小隊を巻き込んだ帝国側の魔導大砲による一斉射であった。
被弾したフリッツを抱え、105小隊のメンバーはその場から逃げ出すも半数以上が死亡。最後まで生き残ったのはロイドを含めた4人だけ。
これまで語った通り、ロイドの相棒だったフリッツは死亡。
これが引き金となって帝国はミーデン王都に侵略を開始。大義名分は「第二皇子を殺したミーデン許すまじ」である。
明らかに誰かが仕組んだ事だったのは間違いない。ミーデン王国を確実に帝国の物としたかった誰かにロイドの相棒は殺された。
「はぁ……。犯人捜しの為に帝国へしがみついてるってわけ? 馬鹿馬鹿しい」
復讐したって死んだ人間は生き返らないのよ、とキャロルは肩を竦めた。
「うるせえな。俺がどうしようと勝手だろうが」
そもそも、この理由が無かろうがお前と一緒に働く気はないとロイドはきっぱり断った。
「じゃあ、殺した相手を探してあげる。見つけ次第、貴方は復讐する。終わったら……私と一緒に仕事をして、休日はベッドの上で過ごす。どう?」
「……断る。お前に借りを作る方が怖い」
一体何を要求されるか分かったもんじゃない、とロイドはタバコを灰皿に押し付ける。
「勿体無いわね。私がこんなに気に入る男なんて少ないのよ? しかもずぅっと長く気にしている男なんて、貴方くらいだわ」
「そうかい。そりゃ光栄だ。だが、俺の答えは変わらん。約束があるからな」
立ち上がったロイドはポケットの中から皺くちゃの札を5枚取り出してカウンターに置いた。
「約束って?」
キャロルが問うが、ロイドは答えずに背を向けてバーを後にした。
彼の背中を追う彼女はグラスの中にある酒を飲むと、小さく笑い声を漏らす。
「ほんと、勿体無い」
目を細めた彼女は口の周りをベロリと舌で舐める。その姿はまるで獲物を定めた蛇のようであった。
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バーを後にしたロイドは部屋に戻ろうと受付に鍵を受け取りに行った。
「お連れ様が既に鍵をお持ちになっております」
受付にいた女性がそう言って、預かっていませんと返される。
少々嫌な予感を感じながら部屋に行くと、確かに部屋の鍵は開いていた。
「おかえりなさい」
中には部屋のベッドで寛ぐアリッサがいて、彼女は笑顔でロイドを出迎える。
「……何してんだ」
「鍵を私に預けたのが失敗でしたね。ご愁傷様でした。私のベッドはこっちー!」
彼女が何を言うのか、ロイドは大体は予想できたのだろう。
到着時は別々の部屋だと油断させ、戻って来たら実は同じ部屋でした~! と、一体何の意味があるのか分からないフェイントである。
ため息を漏らすロイドは「さっさと戻れ」と言うが、同時にアリッサの体がピクリと何かに反応した。
立ち上がった彼女はロイドに抱き着き、胸に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。
「臭い……。女の匂いがするッ!!」
がばっと背中を反るようにして、ロイドの胸倉を掴みながらアリッサは眉間に皺を寄せて叫ぶ。
「またどっかの女を引っ掛けてヤッてたんですか!?」
このクソ野郎! ヤリチン野郎! と叫びながらロイドの体を揺するアリッサだったが、彼女の体はロイドにヒョイと持ち上げられて肩に担がれた。
「ちょっと! どうする気ですか! 今日こそはちゃんと訳を話してもらいますよ!」
肩に担いだロイドはそのまま廊下に出ると、隣の部屋のドアを開ける。
中にはベッドサイドのあった椅子にメイドが座っていたが、彼女は相変わらず無表情で何も言わない。
「ねえ! 聞いているんですか!? あーッ!」
ロイドはベッドの上にアリッサをポイと投げると、何も言わずに部屋を出て行った。




