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44 魔石とオイルライター


 ホテルで魔導車をチャーターしたアリッサはアーティレの西側奥に位置する領主邸へと向かった。


 領主邸の造りは1階建ての平屋でまだ人間達の建築技術が浅かった頃の名残が残る。当時は貴族の屋敷であっても木造が多かったが、昔から続く貴族家は次第にコンクリート製の頑丈な屋敷に建て替えていった。


 しかし、アーティレ領主は今も伝統を引き継いでいるようだ。


 全体的な造りは木造で母屋自体を大きく拡張した後に、母屋を中心として渡り廊下と別の部屋を追加していっているようで。


 大きな箱に小さな箱を左右前後どんどん追加して繋げていると表現すれば良いだろうか。間違いなく、今の帝国に類似する屋敷は無くアーティレ領主独自の建築様式になっていると言えよう。


 屋敷の中にある調度品や生活用魔導具も帝都に暮らす貴族と違って、帝国産ではなくマギフィリア産の魔導具が大半を占めていた。


 隣国との貿易拠点を運営する領主らしいと言えば聞こえが良いが、少々マギフィリア寄りな印象も受ける。


「殿下。我が家へようこそいらっしゃいました。歓迎致します」


「アーティレ伯爵。こちらこそ、急なご訪問を許可して頂き感謝します」


 領主とアリッサが豪華な客間で対面すると、まずはお互いに礼をし合って挨拶を交わす。


 領主の恰好は上から下までマギフィリア式の洋服だった。お茶と菓子を配膳してくれた女性は領主の妻だと紹介されたが、妻となる女性はマギフィリア人。


 金と赤が混じったような色のショートカット、鼻が高くて美人と呼ぶに相応しい容姿。真顔は少しに怖そうな印象を持つが、笑うとギャップを感じるせいか一気に人が良さそうな印象に変わる。


 体型もモデル体型で、ウエストにぴったりと張り付いた服を着ている事から己の自慢なパーツを自覚しているのだろう。外見、所作共に完璧で領主の妻となるに相応の女性だ。


 ただ、ここまでくると同じ帝国人の屋敷に来たとは思えない。マギフィリア貴族の屋敷に招待されたんじゃないか、と錯覚してしまうくらいマギフィリア贔屓である。


 伯爵の妻が退室した後に、両者ふかふかのソファーに座るとアリッサはマギフィリア産の紅茶と菓子を勧められた。


 彼女は笑顔で「美味しいですね」と褒めながら訪れた用件を進めることにした。


「国内経済の要となるアーティレ貿易都市と伯爵の手腕についてもう少しお話を聞きたいところですが、生憎と領事館での予定もございますので……」


「ああ、軽くお話は伺っております」


 そう領主が言って、アリッサの頬肉がピクリと一瞬だけ痙攣した。なんでお前が知っているんだ、と言わんばかりに。


 目の前にいる領主は確かに皇族派であるが、例の事件に関しては蚊帳の外である。理由としては一介の領主に過ぎず、帝都勤めではないからだ。


 地方は地方で治安維持を行わせて、国に関わる重大な事は中央で決めるというのが今の帝国。帝都で決定した事項の中で地方へ伝えられるものとしては政策に関わる事だけである。


 今回のような帝都で起きた事件、それも外交に関わるデリケートな話は領主に伝えられないはずなのだが。


 本当ならばこの場を訪れたアリッサの口から初めて聞き、どうすれば良いかと指示を仰ぐのが普通だろう。


「先日、領事館にいる友人から聞きまして」


 この一言を聞いてアリッサは「なるほど」と思ったに違いない。


 領主は独自にマギフィリアとの繋がりを持っている。しかも、両国汚点ともなりかねない事態を共有するほどの深い繋がりを。


 元々都市の成り立ちからアーティレの領主家はマギフィリアと密になっていると言われていたが、近年では更に親密な仲へと進展したようだ。


 もしかすると、彼の妻がマギフィリアの美人さんだったのも関係しているのかもしれない。


「そうでしたか。でしたら、話は早いですね。実は領事館にお持ちする手土産に迷ってまして……」


 あはは、と困ったように笑うアリッサ。マギフィリアと領主の繋がりに対しての疑問などは欠片も見せない。


 帝都で評判の菓子を持って来たのですけどね、と話題をそちらに持って行きつつ、和やかなムードを作ろうとしているのだろう。


 笑顔を浮かべる領主からアドバイスを貰い、場の雰囲気が柔らかくなったところでアリッサは本題に入った。


「ところで、ご連絡致しました件は如何でしょう? 譲って頂けますか?」


 アリッサは紅茶を一口飲んだ後、ニコリと笑いながら問う。


「……ええ。構いませんよ。まさか殿下のご趣味が貴重品のコレクションとは意外でしたね」


「あはは。昔から英雄譚や御伽噺に目がなくて。そういった物を集めるのが趣味なんですよ」


 今回アーティレ伯爵からアリッサが譲ってもらおうとしているのは極大魔石と呼ばれる通常よりも遥かに大きい魔石だ。


 魔石とはこの世界の歴史、英雄譚や御伽噺にも欠かせない要素である。この大陸では、遥か昔に魔法使いと錬金術師が世を支配していた。


 彼等は魔法が使えて、魔石は魔法を使う為や魔法の威力を増幅させる為の触媒に使用されていた。


 特に極大魔石と分類される貴重な魔石は彼等にとって力の象徴としても意味しており、現在描かれた物語の中でも物語の核となるアイテムとして描かれたり、厄介事を引き寄せるアイテムといった役割を持つ事が多い。


「現物をお見せしましょう」


 領主が控えていた部下に持ってくるよう命じると、客室の中に大人2人掛かりで大きな木箱が運ばれてきた。


 箱の蓋を開けると、おが屑のような緩衝材に包まれていたのは直径40センチはあろう魔石。通常の色と違って濃い紫色をした極大魔石は室内灯の光を吸収すると星が瞬く夜空のような幻想的な色を見せる。


「これは……。すごいですね。これが鉱山で?」


「ええ。現在の最深部で発掘されました」


 さすがのアリッサも幻想的な色を持つ、御伽噺にも登場する魔石に息をのむ。


 極大魔石の発見報告がされたのは過去に2回だけ。2回とも魔石大国であるマギフィリアで発見され、マギフィリア王城にて厳重に保管されているという。


 現代では2つしか発見されていない魔石、3つ目がアリッサの目の前にある。大変貴重な魔石であるが――これを彼女は買おうとしているのだ。


 国の物にするのではなく、個人の物として。


「もしかしたら、まだ見つかるかもしれません」


 しかし、売り手であるアーティレ伯爵は「特に問題無い」といった表情。まだ見つかりそうである、と言ったように4つ目が発見されると確信を持っているのだろうか。


「まだ他にも見つかりそうなのですか。すごいですね……」


 まさか既に4つ目も? と驚きの表情を向けるアリッサ。


「それどころか魔石以外にも大きな発見があるかもしれませんね」


 と、伯爵は別の何かを匂わせるだけ匂わせて内容は言わない。


 アリッサとしても気になるが、他貴族の領地に首を突っ込み過ぎるのも干渉しすぎるのもマナー違反。これ以上はよろしくないと思ったのか、深く聞かずに「期待しております」とだけ返して終わる。


「さて、お譲りして頂く条件ですが……」


 コホンと咳払いを1つした領主がアリッサの顔を見る。対し、アリッサはニコリと笑ってみせた。


「はい。5000万ローベルグに加えて帝都貴族会への推薦ですね」


「ええ」


 帝都貴族会とは次期皇帝となるアイザックの後援会のよう立ち位置だろうか。


 皇族派として政策を決めつつ、アイザックの為に反皇族派を排除する為の貴族集団。帝城における皇族派の中核メンバー入りを彼は望んでいた。  


「既に伯爵が領事館の件でご協力して頂いた、と名前入りの報告者は作成します。明日の件と含めて帝都に戻ったら兄へ直接手渡しますので、間違いないと思いますよ」


「本当ですか! 助かります!」


「ええ。報告書を手渡す際に口頭でも説明致しますし、帝都の貴族にも個別で伯爵の名を出しましょう」 


 任せて下さい、とアリッサは紅茶を飲みながらニコリと笑う。


 その様子を見てアーティレ伯爵は満面の笑みを浮かべながら心底嬉しそうに「よかった」と呟いた。


「では、お譲り頂けますか?」


「ええ。勿論です」


 ニコリと笑い合う2人。交渉成立とし、アリッサは後ろに控えていたローラにアタッシュケースを机に置くよう命じる。


「念のため、ご確認下さい」


 開かれたアタッシュケースの中には札束でいっぱい。事前に告げられていた金額5000万ローベルグがみっちりと収まっていた。


「はい。確認致しました」


 金額の確認は伯爵自ら行ったが、数え方が割と雑であった。彼としては金よりも帝都への推薦の方が重要なのだろう。


「申し訳ありませんが、ホテルの部屋まで移送を頼めますでしょうか?」


「ええ。勿論です」


 最後にアリッサは伯爵と握手を交わし、領主邸を後にした。


 ローラが運転する魔導車に乗り込み、後ろから荷物を積んだ領主の部下がホテルまで魔導車でついて来る事となる。


 ホテルへと向かう道すがら、アリッサは窓越しに外を見つめてニヤリと笑う。


「ヴィヴィの喜ぶ顔が目に浮かぶわ」


 

-----



 一方で、ホテルのバーで酒を飲むロイド。ソファー席などには貴族やマギフィリア人が占拠しており、少々場違いな身分のロイドはカウンター席の端っこで酒を楽しんでいた。


 幸いにも特務隊になってから金は有り余るほどもらっている。


 日頃使わない金を盛大に使おうと、高級ホテルにしか無い高い酒を片っ端から試していたのだが……。


 結局はリーズナブルで庶民的な銘柄のビールかウイスキーに落ち着いてしまう。なんとも悲しい舌の持ち主だ。


 今はタバコを片手にウイスキーをロックで楽しんでいるとロイドの隣に黒いコートを着た男性がやって来た。


 男は顔からして30代前半だろうか。手には黒い革手袋をはめて、頭にはコートと揃いの黒いハットを被っている。着ている黒いコートは見るからに上質でデザインを見るにマギフィリア式の洋服だろう。


 その証拠に男がコートのボタンを外すと、中には白いシャツと茶色のベスト、その上に黒い2つボタンのスーツ、下は上着と揃いのトラウザーズを着て。


 ホテルの道中にあった洋服店のショーケースに飾られていた『マギフィリアで大流行!』と宣伝されたマネキンが着る物とほぼ一緒のチョイスである。 


 男は足元に茶色のスーツケースを置きながら席につき、バーテンに合図を出した。


「モディナウイスキーをストレートで」


 マギフィリア王国の辺境、モディナ地方で誕生した世界最初のウイスキー。ウイスキー好きからは長く愛される定番な酒をチョイスした男は、内ポケットから銀のシガーケースとマッチ箱を取り出す。


 シガーケースの中から茶色の紙で巻かれた紙タバコを一本取り出し、マッチ箱を開けるが……。


「おや」


 マッチ箱の中が空になっていた事を忘れていたようだ。男は上着の上から両手を使って替えのマッチを探していたが、見つからない様子。


「使うか?」


 見兼ねたロイドが愛用のオイルライターを差し出すと、男はロイドの顔を見て笑みを浮かべる。


「申し訳ない。助かりました」


 ロイドのオイルライターを受け取ると、チンと音を鳴らして蓋を開ける。タバコに火をつけて煙を吐き出すと、男はもう一度ロイドに感謝を述べた。


「ここに置いておくから好きに使って良い」


「助かります。本当に」


 苦笑いを浮かべた男は三度目の礼を言って、ロイドに会釈した。


「そちらはお仕事ですか? 帝国の軍人さんのようですが」


 恐らくは安月給と評判の帝国軍人が高級ホテルのバーにいる事が珍しかったのだろう。


「ああ。護衛でね。今は暇をもらっているのさ」


「なるほど。大変ですね」


 ロイドがバーにいる理由を告げたタイミングで男が注文した酒が届く。


 男はウイスキーを一口飲むと美味そうに「ふぅ」と息を吐く。


「そちらも仕事で?」


「ええ。コンサルティングの仕事をしてましてね。クライアントと会う為に訪れました」


 次はロイドが男に問うと、男は簡単に自分の職業を答えた。


 お互いに深くは聞かない。だが、両者高級ホテルのバーで時間を潰せるほどの実入りがある事は察しているのだろう。


「そちらも大変そうだ」


「はは。仕事は何事も大変でしょうね」


 それから2人の会話は無くなった。お互いに気まずいといった感情は無さそうで、ゆっくりと酒とタバコを楽しむ。


 男は2杯目を注文し、ロイドのオイルライターを借りて2本目のタバコに火を点けた。


 2本目のタバコを吸い終えて、グラスに残っていたウイスキーを飲み干すとカウンターに札を置いて席を立つ。


「ライター、ありがとうございました」


 足元にあったスーツケースを持つとロイドに会釈をして。対するロイドも会釈を返して。


「気を付けて」


「ええ。ありがとうございます」


 最後に一言交わすとロイドはバーを出て行く男の背中を見送って、何本目かのタバコに火を点けた。


 すると、再びロイドの隣の席が埋まる。


「ライター借りても良いかしら?」


 またか、そう言わんばかりに煙をフゥーと吐き出して隣を見る。声からして今度は女性のようだが……。


「ゲェ!?」


 隣を見たロイドの口から高級ホテルのバーには似合わない下品な悲鳴が漏れた。


「ふふ。ロイド、久しぶりじゃない」


 心底嫌そうな顔をするロイドを見て、ヘビのように目を細めながらクスクスと笑うのはウェーブの掛かった長い金髪をサイドで纏めた美女だった。


 特に目を惹くのは左目にある泣きボクロだろうか。やや鋭さを感じる目と人形のように整った顔つきにそれが加わった事で彼女の色気が増しているように見える。 


「テメェ……」


 色気を感じる理由は顔つきだけじゃない。


 胸元がガッツリと開いて豊満な胸を見せつけて、腰までスリットの入ったセクシーなドレスを着る彼女は、ロイドが浮かべた表情に構わずカウンターに置いてあったオイルライターを手に取る。


 細い紙タバコに火を点けて、バーテンに注文した酒が届くとグラスを持ってロイドに告げた。


「さぁ、愛しい戦友さん。再開を祝して乾杯しましょう?」


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