42 魔導鉄道 貿易都市アーティレ行き
翌日、ロイド達は内周区西エリアにある魔導鉄道帝都駅に向かった。
内周区にある駅の規模は線路が右回り(北方面)左回り(南方面)の2種類あり、ぐるりと領土内を一周して帝都に戻る。
また、外国線として西にあるマギフィリアの東端にある街と結ぶ予定で作られた線路が1つ。
こちらはまだマギフィリアとの調整が終わっておらず、ロイド達が向かう貿易都市アーティレまでしか開通していない。
もしも、帝国貴族がマギフィリアへ向かうとすればアーティレまで魔導鉄道で向かい、そこから魔導車をチャーターして国境を越える。
もしくは、帝都発の魔導飛行船で一気にマギフィリア王都まで向かうか。
その為、外国線を使用する者の数は少ない。どちらかと言えばアーティレと帝都間を往復する貨物鉄道の方が運航本数が多い状況である。
ロイド達が当日駅で切符を買う際も、完全指定席である魔導鉄道の席は選び放題だった。
貴族や富裕層が主な客層である魔導鉄道の席は1等~3等にランク分けされており、特に中間である2等席が埋まりやすい傾向にあるがそれでも選び放題なのだから外国線の利用者数が少ない証拠となるだろう。
余談だが、帝国東にある街で芸術関係の催しが開かれる際は1週間前から切符を予約しないと席を確保できないとか。
「乗る度に思いますけど、2等席でも十分ですよね」
「ああ。1等席は目が痛くなるし、座席が柔らかすぎてケツが地面に着いちまう」
2等席は広めのボックス席で構成されており、鉄道内にいるメイドや執事によって食事と飲み物が配膳されるサービス付き。
3等席は2等席よりも狭くなったボックス席で食事等のサービスは無し。
1等席は小さな部屋と言うべきか。鉄道内に絨毯が敷かれ、座席の代わりに一人掛け用のソファーに近い席が置かれて、客室内は金ぴかの装飾で施された豪華仕様。
常に専属の使用人が1人配置されて命令もし放題。用意される食事や飲み物も高級品ばかりでそれらを飲食し放題。
ロイド曰く、貴族が好む高級な肉は脂身が多すぎて気持ち悪くなるそうだ。そういった食材を惜しげも無く使用した料理を自由に飲食できる1等席は、まさに金が有り余っている貴族向けの席と言うべきか。
ロイド達が席につくと外から「ジリリリ」というベル音が鳴った。ベル音の後に車掌が笛を鳴らすと車体がゆっくりと動き出す。
魔導鉄道の動力は専用に作られた大型の動力炉で、カートリッジ化していない表面を研磨した魔石を炉の抽出箱と言われる部分に投入する事で動く。
この投入量はかなりの量で、帝都からアーティレに向かうまで(距離にして500km程度)に直径5センチ程度の魔石を100個以上、運転中に計4回投入しなければならない。
年々動力炉の効率化が実施されており、これでも投入回数と魔石の数はだいぶ減った方だ。
魔導飛行船は同じ距離を飛ぶと仮定すると、単純計算で3倍の魔石量が必要となる。
魔導鉄道、魔導飛行船、どちらも大量に魔石を使用しているが前者は大量輸送として、後者は空を飛ぶというメリットがあるからこそ。
どちらも高額な切符代で採算は取れているものの、運航本数を調整してギリギリ黒字である。帝国がマギフィリアとの関係を切れない理由でもあるが、人間は便利な物を1度使うと手放せないといったところだろう。
「しかし、アーティレか……」
ロイドは窓際に肘をつき、頭を支えながら窓の外を見る。
「ロイドさんの出身地でしたね。孤児院で暮していたんでしたっけ」
「ああ」
アリッサは軍の経歴書を見て、これから向かう先がロイドの出身地であると知っていたのだろう。
「孤児院暮らしはどうでした?」
「どうと言われてもな……。まぁ、今の帝国だと孤児院暮らしが普通と言うヤツの方が多いだろうな」
帝国人の中で生まれた頃からずっと家族で暮している人間など、貴族や富裕層を除けば一握りだろう。
どの街に住む中間層も孤児院、もしくは貧困地区出身者の方が圧倒的に多い。戦争で親を失くした、食えなくなって捨てられた……そういった背景を持つ人間が運良く自立出来て中間層になったのがほとんど。
運が良かった、とあるように現在の貧困層はもっとひどい。孤児院にすら入れず、誰からも手を差し伸べられなかった人間が貧困層へと落ちるのだ。
そういった者達は一生、貧困地区、貧困街から出られない。一度落ちてしまえば、人生挽回の余地など今の帝国にはほとんど存在しないのだ。
「自前の運にも左右されるんだろうけどな。国は下の事なんざ考えてねえんだ。自力で這い上がれないヤツは相応の人生を送るしかないのさ」
こういった国のシステムだからこそ、下に落ちれば落ちるほど「力が全て」となりやすい。
「特に西部じゃ俺のような考えを持っているヤツがほとんどだ。商売、喧嘩、学問、なんでも良いから力をつければ食っていける」
特にロイドが幼少期に暮らしていた西部では、マギフィリアに倣って鉱山の開拓を始めた際に労働者が多く送り込まれた。
送り込まれた者達のほとんどが、今で言う貧困層のような者達ばかり。力こそ全てと思想を持つ者達が仕事を手にし、その一部が利益を得て西部の富豪にまで上り詰めた。
この思想は未だ彼等の根底にある。
故に西部出身者には荒くれ者が多いとの評判になっているのだが、同時にマギフィリア側から『帝国ならば一旗揚げられる』と考えた犯罪者達の流入も理由の1つだろう。
国内の気風と外国からやって来た者達に揉まれる西部出身者は力無しくして生きていけない。
「だからロイドさんは軍に入ったんですか?」
「ああ。軍に入れば自力で食っていけるし、戦う方法も教えてくれる。戦争が控えている事もあって仕事には困らない。……まぁ、当時想像していた以上にクソッタレな職業だったがな」
暮らしていた孤児院の院長は口癖のように「自立できる仕事に就きなさい」と言っていたと彼は言った。
幼かったロイドが懸命に考えた末に出した答えが「軍人」だったようだが、今では後悔しているのか窓の外を見るロイドの眉間に皺が寄った。
「西部に戻ろうとは思わなかったんですか?」
「別に。俺が軍に入ってから数年後に孤児院は潰れたと聞いたし、今更戻ったところでな」
西部方面の軍施設でのんびり田舎暮らしも悪くはなさそうだが、と付け加えるロイド。
だが、彼の口ぶりからは帝都から離れたくないようにも思えた。
「私の母もアーティレ出身なんですよ。母はアーティレの学院で経済学を学んでいたそうです」
今度はアリッサが語り始める。
彼女の母は元々西部出身者でアーティレに店を持っていた商会のお嬢さん。現在で言うところの富裕層に近い。
実家が多少裕福だった事もあり、商会を営んでいたのもあってアーティレに建設された帝国学園の姉妹学園に入学して経済学を専攻していたそうだ。
「へぇ。学生だったのに皇族入りか?」
すごい人生だ、と唸るロイド。確かに彼の言う通り、小さな商会生まれの女学生が皇帝の嫁になるなど物語のような話である。
「母は優秀で学園を首席で卒業しました。当時から帝都学園の学園長だったアーバイン卿が母の存在を知り、城の財政局にスカウトして帝城勤めになったそうです」
彼女の母は同級生をぶっちぎる勢いで優秀な成績を叩き出したそうで。それを知った貴族が彼女を放っておくはずもなく。
城勤めになった彼女の母は城でも才能を発揮していたそうだ。
「それに母は美しかった。私の美貌も母譲りなんですよ?」
ふふ、と笑いながら自分で自分の美しさを称えるアリッサ。
「頭が良くて美人だった母は皇帝に見初められて2年後に側室入りです。そして……」
第二王子であるアリッサの兄を生み、その後はアリッサを生んだ。
順風満帆かと思われたが……ここで悲劇が起きる。
「母は死にました。病気でね」
「病気?」
「ええ。私がまだ小さい頃、別室で勉強している間に死にました。お茶を飲んだあと、喉を掻きむしりながら死亡したそうです」
「おい……。それって……」
ロイドが驚くのも無理はない。
恐らくはお茶の中に毒が仕込まれていたのだろう。誰がどう考えても病気ではなく、暗殺の死に方だ。
だが、母を失ったアリッサはロイドに力無く笑う。
「病死ですよ。そう処理されています。死に様は私が成人してから調べて知ったんですけどね」
城の中で暗殺が起きたという事実を隠したかったのか。それとも彼女の母を消した勢力による隠ぺいか。
何にせよ、まだ子供だった当時のアリッサは純粋に病死であると信じていたようだ。
しかし、蓋を開けてみれば病死ではなく暗殺。
母を殺した犯人について恐らく目星はついているのだろう。一瞬だけアリッサの表情が怒りに変わるが、すぐに手で顔を覆うように眉間を揉み解した。
「それが特務隊を作った理由か?」
母の死因を聞いたロイドは真剣な顔でアリッサへ問う。
「まぁ、一部ですが」
アリッサはロイドから顔を逸らし、窓の外を見つめながら呟いた。
「実家の商会はどうなったんだ?」
「今もありますよ。ロイドさんもよく利用しているじゃないですか」
え? と声を漏らすロイドにアリッサはようやくいつもの笑顔を浮かべた。
「地下の売店。あれを経営している商会が母の実家です」
「ああ、なるほど……」
つまり、今アリッサが経営している商会が母の実家の商会。
彼女の母が死亡した際にゴタゴタして規模は縮小したものの、少人数で経営は継続していたようだ。
アリッサの祖父にあたる人物が死亡した際に彼女が商会を引き継ぎ、経営者として運用しているそうで。
「まぁ、元の従業員はほとんどいませんので、商会としては別物ですけどね」
「ふぅん」
「地下の売店も苦労したんですよ。特に酒を税免除で売るなんて相当ですからね。感謝して下さい」
ふふん、と胸を張るアリッサ。確かに他では再現できない価格設定は、特務隊においてありがたい福利厚生と言えるだろう。
それを享受しているのがロイド1人というのも微妙だが。
「確かに助かってる。毎晩好きな時に飲めるし、寒い中買いに行かなくて済むからな」
「でしょう? はい」
そう言って、アリッサは頭をロイドに差し出した。
「あ?」
一体何をしろと言うのか。ロイドはアリッサの意味不明な行動に疑問を口にする。
「撫でなさい」
「は?」
「頭を撫でなさい」
「…………」
頭を向けたままじっと動かないアリッサ。撫でない限り諦めないのだろう、と観念したロイドは猛獣を触るかの如くぎこちない動作でアリッサの頭を撫でる。
「ふむ。今日はこれで許してあげます。次に向けて撫でる練習をしておきなさい」
ふんす、と勝ち誇るアリッサはロイドに課題を申し付ける。
「意味わかんねえよ」
「欲を言えば1日1回は撫でなさい」
「売店で西部産のスモークチーズとサラミを置いてくれ。そうすりゃ考えてやる」




