41 引き渡し要請
アリッサがベルトマンの報告を受けてから3日後、予想通り帝城に呼び出されたアリッサはドレスの上に毛皮のコートを着て城の廊下を歩く。
今回の呼び出し先はいつものようにアイザックの執務室ではなく、彼が皇族派の貴族達と会議を行っている会議室であった。
「失礼します」
アリッサが会議室の中に入ると、中にいた貴族達の視線が一斉に向けられた。
同時に室内に充満していたタバコと葉巻の入り混じった匂いが、暖房魔導具によるムワッとした温かい空気によって運ばれてアリッサの鼻を刺激する。
喫煙者であるアリッサでも「少しは換気しろよ」と言いたくなるほどの濃い煙と匂いが漂っているが、貴族達やアイザックが浮かべている不機嫌そうな表情を見れば「そんな暇すらない」というのが容易に想像できた。
どうやらあまり良い話ではなさそうだ。
むしろ、アリッサが城に呼ばれる理由としてはそうでない方が多いのだが、今回は特別悪い話のように思える。
「お呼びでしょうか」
アリッサは天井にガラスで作られたシャンデリアの下に置かれた円卓で議論を交わす貴族達から離れた位置に立ち、苦々しい顔を浮かべるアイザックに対面する。
「前回の事件、マギフィリア側から回答が来た」
前回の事件とは狂獣薬を使用した反帝国主義者が起こした事件だろう。
マギフィリアからの回答という事は、反帝国主義者の中にいた元魔導機士団の件に違いない。
「マギフィリア魔導機士団の中から離反者が出たという事実は無く、書類上は全隊員が在籍・生存しているとのことだ」
一体それは何月何日時点での事なのだろうか。離反者が出てからカウントしたんじゃないか。
そうツッコミたくなるような回答であるが、帝国側がマギフィリアに意見など出来ようもない。
だが、実際に魔導機士団しか持ちえない魔導義手と本人の口から「古巣」という単語が出てしまっている以上は、あの男が元魔導機士団というのはほぼ確定だろう。
わざと言って帝国側に疑惑を持たせようという線も考えられるが……。どちらにせよ、マギフィリア軍が持つ「外に出さない技術」が使われたのは事実である。
「マギフィリアは今回の件に関わっていない」
当然、そういった回答になるだろう。同盟国内で自国の軍人、もしくは元軍人が事件を起こしたとなればマギフィリアも評判も落ちる。
例え帝国が同盟国でマギフィリアの方が「強い国家」であったとしても。
「そこで、回収した容疑者の義手が本当に魔導機士団の物なのか検証したいと申し出が来た」
そう言いつつ、証拠を回収するつもりか。
アリッサは思わず「現地で相手に追及するのか?」と聞きたくなったのだろう。しかし、言いかけて止める様子が見られた。
止めた理由はアイザックの表情を見てか。彼は言いながら奥歯を噛み締めて歯軋りをするほど不機嫌な顔を浮かべている。
同盟国で相手の方が大きいから追及すらできない。その件に関して不機嫌なのか、それともマギフィリアへ疑惑を抱えているのか。
どちらにせよ、帝国の皇帝となるアイザックはこれからもマギフィリアからの帝国を蔑ろにした一方的な要求に付き合っていかねばならない。
「場所はアーティレだ。マギフィリアの領事館で受け渡しを行う」
しかも相手は自らの足で帝都まで来る事すらしない。
お前達が領事館までブツを持って来い、という事らしい。なんとも上から目線の要請だ。
ただ、アリッサとしては「おや」と思う程のタイミング。昨日の時点でアーティレの領主にアポを取ったのでタイミングが良い。
「お前が受け渡しに行ってあちら側の言い分が本当かどうか探れ」
相変わらず不機嫌なアイザックはアリッサにそう告げる。
「殿下、それは――」
横にいた貴族が思わず言いかけた。
当然だ。アイザックの言い方はマギフィリアに疑惑を感じていると言っているようなもの。
現状ではマギフィリアに支えられている帝国がマギフィリアに意を唱えても良い事など1つもない。
「分かっている! それでも私達の国は私達のものだッ!」
アイザックは昔からプライドが高かった。それは皇族の第一皇子で次期皇帝となる事が幼少期から決まっていたが故に。
彼は彼の父が思い描いていた理想、帝国を完全に自立させて3つ目の巨大国家として成長させる事を現実にしたいのだろう。
しかし、この世界で1つの国がどこの国にも頼らず生き残るなど不可能に近い。
二大国家であるマギフィリアやクロイツアでさえ過去には他国を頼り、利用して大きくなった。今でもその名残は小さいながらも残っている。
二代国家よりも小さな帝国が今すぐ現実にしようなど、到底無理な話。アイザック本人もそれは理解しているようだが、彼は思考と感情が追い付いていないといった状況ろうか。
「承知しました。明日の朝一に出発します」
アリッサは内心、ため息を零したに違いない。
お前達のクソどうでも良い理想に付き合っている暇はない、と言わんばかりに流れをぶった切って了承を口にした。
彼女はアイザックに頭を下げると会議室を退室。そのまま城の外に向かって、ローラの運転する魔導車で拠点まで戻った。
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「うー、さむさむ」
ロイドは内周区商業エリアで買い物を終えて拠点まで向かう最中だった。
いつもの軍服にコートを着て、首にはマフラーを巻く恰好ではあるが、今日の空は曇っている事もあって防寒着を着ていても寒さを感じる。
加えて冬特有の冷たい風が彼の顔を針の先端でチクチクするように刺激する。
片手に抱えた紙袋の中にはテイクアウト用の料理が入っていたが既に出来立ての熱は無くなっていた。
商業エリアまでは歩いて10分程度。それくらいの距離なら魔導車を使わないでいいか、と判断したのは間違いだったようだ。
さっさと帰って温かい室内でホットワインが飲みたい。そう思っているのか、彼の足取りは自然と早くなっていた。
「あ?」
彼が拠点に到着すると、同じタイミングで入り口の前に魔導車が停まった。
停まった魔導車がアリッサの使う物であると分かった彼は、彼女が降りて来るのを入り口で待つ。
「城か?」
「ええ」
魔導車から降りて来たアリッサは小走りでロイドの隣に並ぶと一緒に拠点の中へ入った。
「また面倒事か?」
「うーん。面倒事というか、前回の延長ですかね」
2人は一緒になって2階へ行き、2階のリラックスルームへ。
既に暖房が効いた部屋の中に入ると、ロイドとアリッサは上着をソファーに投げ捨てて席についた。
ロイドが紙袋の中から厚紙で作られたパックケースに入ったテイクアウト料理を取り出すと、アリッサは容赦なく1つを頂戴する。
「お前……。まぁいい。それで、今度はなんだ?」
商業エリアで人気のレストランが作ったハンバーガーを取られ、ロイドは指摘しようとするが素早く箱を開けて齧り付くアリッサの姿を見ると大人しく諦めた。
しょうがねえ、と零しながらも、もう1つ余分に買っておいたハンバーガーとフライドポテトを取り出す。
「アーティレのマギフィリア領事館に向かえと。前回の証拠品である魔導義手の受け渡しです」
口の端についたケチャップをペロリと舌で舐め取るアリッサは、城で受けた命令を口にするとロイドが広げたポテトを当然のように摘まむ。
城に行った事で受けたストレスを発散するように、お姫様とは思えぬほどの豪快な食べっぷりである。
「証拠品の回収か。揉み消しか?」
「いえ。それ以前に関与していないと。自国の軍用技術が帝国に残っているのが嫌なんじゃないですか?」
マギフィリアは同盟国に軍用技術が置いてある事すら気になる、とアリッサは言った。
その理由は帝国が軍用技術の解析を行うのが嫌、というよりは第三国へ流出するのが嫌なのだろう。この第三国とはクロイツアを差すに違いないが、マギフィリアはあまり帝国を信頼していないようだ。
といっても、自国の既存技術で支援している国で『格下』なのだから、マギフィリアが帝国へそう思うのも当然かもしれないが。
「どうせ回収したら、はいサヨナラですよ」
「パシリか」
「パシリですね」
簡単に言えばパシリなのは間違いない。
「明日の朝一に魔導鉄道で向かいます。到着したら宿を確保して、領主に会ってから領事館ですね」
「領主?」
「ええ。一応、挨拶しないといけないので」
アリッサはロイドの質問にそう答えた。
「宿は? 日帰りじゃないのか?」
「もしかしたら領事館で何か言われるかもしれないので念のためですよ。まぁ、無いと思いますけど」
一応、そうなった時の為にとアリッサは言うが、言ってから「んふ」と笑い声を上げる。
「パシリついでの旅行ですね。私と同部屋がいいですか?」
そう言って、誘うような視線を向けながらロイドの口にフライドポテトを差し出した。
「結構だ。というか、メイドがいるだろうが」
「居なかったら一緒の部屋でも良いと?」
「そういう問題じゃねえ」
ロイドはアリッサの顔から視線を外し、口を紙ナプキンで拭く。
「ケチ。それでも男ですか? これだからマギフィリアに帝国男児は玉無し揃いって言われるんですよ」
「ハッ。ナニを金属製にするサイコ共よりマシだ」
彼女の誘いをさらりと流し、酒を買ってくると言って地下に向かうロイドの背中を見つめながら、頬を膨らませるアリッサはポテトを1つ掴むとムシャムシャと乱暴に食べた。
「まぁ、いいですけど~。どうせ宿を取るのは私だし~」




