4 捜査対象とマグナム
クビになり、第四皇女にスカウトされた翌日。
本来であれば昨日で見納めだったはずの軍服に袖を通したロイドは、再び城の敷地内にある第四皇女が住む屋敷へ赴いた。
というよりは、昨日の別れ際に来いと命令された。
恐ろしいのは特務隊にスカウトされた日、帰宅する際から城の門番に止められなかった事だ。
それどころか「ああ、第四皇女様の」と門番が既にロイドの所属を知っていた事である。
いつ通告したのか。心当たりがあるのは彼女のメイドだ。ロイドが観念したのを知って門番へ情報を渡して、今後通れるように手続きをした……と考えるのが妥当か。
皇族に仕えるメイドは超一流、という噂は間違いではないのかもしれない。
「それで……。仕事は何を?」
相変わらずニコニコと笑いながら執務机の上で手を組むアリッサに、昨日と同じく用意した椅子に座って足を組むロイドは特務隊としての仕事内容を問う。
「最初に追う事件はこれです」
引き出しから出したファイルを手渡され、中身を読むと……。
「……人身売買か」
「ええ。憲兵隊に所属していた時、噂を聞きませんでしたか?」
「聞いた事はある。帝都の裏では元外国人の人身売買が行われているってな」
帝国法で人身売買は禁じられている。違法・合法などは存在せず、人を売買すること自体が禁止されているのだ。
奴隷なんて制度も無いし、そんな行為は以ての外である。
だが、悲しい事に帝都の裏側では帝国との戦争で負けた国の人間を捕らえて売買しているという噂が流れていた。
売買された人間がどうなるかは……様々である。聞くに堪えないのがほとんどだが。
「貴方がクビになった原因である麻薬販売。シャターン伯爵の件とも関わっていると思うんですよね」
アリッサは白紙を取り出すと羽ペンで「麻薬組織」「人身売買」と文字を書き、それぞれを丸で囲む。2つの単語の間に線を引いて、関連しているんじゃないかという推測を強調した。
「麻薬は南部から仕入れていたのでしょう? 麻薬の密輸と一緒に人も運んでいる……とは考えられませんか?」
終戦後、侵略して得た土地は帝国の領土となった。
3年経った今でも戦争での遺恨は消えず、元外国人と帝国人・帝国軍の間には深い溝がある。
元外国人の暴動、反抗組織による帝国軍への攻撃、元外国領土へ仕事にやって来た帝国人へ暴行を加えて追い出しを図るなど。
戦争が作り出した溝は簡単には埋まりそうにない。
よって、帝都周辺や元々あった国境沿いには軍の検問所が複数設置され、侵略した元外国の街などには帝国軍が駐留して治安維持を行っている。
これらの目的は主に元外国人による帝都へのテロ行為を防ぐためだ。
同時に、帝国では禁止されている物――麻薬を筆頭に帝国内では認可されていない外国製の薬物などが帝国内へ入り込まないようにするための処置である。
が、既に帝都内へ麻薬が持ち込まれてしまっているのが現状。
シャターンは帝都内へ持ち込む為のルートを確保しているに違いない。バレずに麻薬を帝都内へ運び込んだのだから。
禁止されている麻薬の密輸と人身売買に掛けられる人間の輸送。それらが別々に運ばれるとなると見つかる確率が高くなる。
麻薬をバレずに持ち込めるのであれば、人を輸送するルートも存在すると考えるのも妥当だろう。
検問をバレないよう突破する、リスクを増やさないようにこの2つを同時に運んでいるのでは、とアリッサは推測したようだ。
「検問警備の軍人が賄賂を貰っている可能性は?」
ロイドの推測は検問を担当している軍人共が賄賂で見て見ぬフリをしている、という推測を口にする。
「そちらも十分にあり得る話です。誰かが繋がっていて、担当者が決められているのかもしれません。例えば決まった曜日と時間に検問へ向かうよう指示が出ているとか」
この繋がりを結ぶのはやはり金だろう。賄賂を渡して組織に加担させているのかもしれない。
「どちらにせよ、元外国領土から流入しているのは間違いない事実です。麻薬組織の件を調べた時、密輸ルートはわかったんですか?」
シャターンの件で調べた事が使えるかも、とアリッサは言った。
「確保した証人はルートまで把握していなかった。シャターンが組織の頭である事が分かって逮捕したんだが……」
ロイドとしてはシャターンを捕まえた事で事態の全貌が掴める、と思っていたようだ。
が、その前に証人はあの世へぶっ飛んで行ってしまった。今頃は神様か悪魔のケツにキスしている頃だろう。
「シャターンはしばらく鳴りを潜めるんじゃないか?」
繋がっていると仮定しても、シャターン側から人身売買へ繋がる痕跡を調べるのは難しそうだ。
「でしょうね。ですが、人身売買の件を追えばシャターンも一緒にブタ箱へぶち込めるかもしれません。ほら、悪党って食い扶持が被らないようにするのが定番でしょう? 人身売買を行っている者はシャターンの件も把握しているかも」
密輸ルートを共有している可能性、協力し合っている可能性もあり得る。
麻薬販売と人身売買の件が密接な関係にあるとしたら、どちらかを追えば2つの事件の真相が同時に明るみになる可能性もあろう。
ついでにロイドにとってはクビになった事への意趣返しになる、とアリッサは笑ってみせた。
「別に憲兵隊をクビになった事に未練はねえけどな。ケツの穴みたいなアホウに命令されるのも嫌気がしていたし」
「そのケツ穴野郎も同時に引っ張れるかもしれないですね。賄賂を受け取っていたのでしょう?」
「ああ、確実にな」
憲兵隊司令官がシャターンに抱き込まれたのは確実だろう。彼が本物の正義を持っていればロイドの味方になっていたはず。
「とにかく、これから捜査を進めますが必要な物はありますか?」
ニコニコと笑うアリッサがロイドに問う。捜査で必要な物は全て用意しましょう、と言えるあたりが皇族らしい。
帝国に存在する組織や機関は年間予算が割り振られているのだが、特務隊はどういった具合なのだろうか。
ただ、ロイドの表情からはそのような事を気にしている様子は微塵も窺えない。少々悩んだ彼が口にしたのは1つだけだった。
「魔導銃だな」
魔導銃。それは今の帝国で最もポピュラーな武器である。
飛行船や魔導車に用いられる魔力を内包した鉱石である魔石から、魔力を抽出する魔力抽出技術を小型化して組み込んだ魔法の弾を飛ばす銃器だ。
侵略戦争の初期に開発された遠距離武器――魔導弓・魔導杖の発展形とも言える武器であり、開発された当時は武器開発における革命とも言われていた物である。
捜査においてこの魔導銃が無ければお話にならない。
何故なら、今の帝都は悪人に「お話を聞かせてもらえますか?」と問うて素直に応じてもらえるほど平和じゃないからだ。
帝都に存在するマフィア組織の一員どころか、街のチンピラですら絶対と言っていいほど魔導銃を所持している。下手すれば銃撃戦に発展する事もあるだろう。
「憲兵隊で使っていた物は返却したから丸腰だ」
「今は手持ちがこれしか無いんですが、使えますか?」
アリッサが執務机にある一番下の引き出しを開け、取り出した木箱の中にあったのは見た事がないタイプの魔導銃であった。
帝国で生産されている魔導銃には様々なタイプがあるが、憲兵隊や軍で採用している小型タイプの魔導銃――魔導拳銃に比べるとやや大きくてゴツいがフォルムは似ている。
全体的に四角いイメージの銃でバレル部分も円形ではなく四角くて長い。
本体中央には魔導銃から発射する弾のエネルギー源となる魔石カートリッジ――魔導車などの大型魔導具を除き、小型の魔導具を動かす電池のような物。魔石を加工した消耗品――の差し込み口がスイングアウト式となっていて、軍で正式採用されているグリップの下から差し込むタイプとは違うようだ。
「私が契約している工房で作られた物でして。新しい魔導弾生成術式であるマグナム式という新技術を採用した魔導拳銃です。試作品ですが、従来品よりも性能は高いそうですよ」
アリッサの説明を聞きながら、ロイドはマグナムを弄り始めた。
セーフティの位置、握った時の感覚、本体中央にあるカートリッジ差し込み口を真横に押し出すようスライドさせてリロードを行うスイングアウト式の動作確認。
差し込み口から覗き見えるバレル内に刻まれている魔弾加速術式や内部後方にある魔導弾生成部の術式仕様など……。
術式部分は魔導技術の知識を持ち合わせていないロイドが見てもチンプンカンプンであるが、使用方法は現状生産されている魔導拳銃に共通している部分は多い。
従来品の魔導拳銃に新技術を加えたカスタム品と言うべきか。
各部確認を終えて、部屋の壁に銃口を向けながら片手で構えてみせる。
「ナイス。作ったやつに会ってみたいね」
彼が魔導銃を使用する際に最も重視するのは己の手にフィットするかどうか。
思ったよりも手に馴染む。
憲兵隊で正式採用されている拳銃よりも重いが、従来品の「軽さ」に違和感を感じていたロイドにとっては丁度良かった。
彼は何度か銃を構えてみせながら、小さな声で「どこかで試し打ちするべきか」と漏らした。
「今度会わせますよ。ちょっと変わった人ですけどね。ああ、そうだ。高威力な分、人に撃つ時は注意して下さい。簡単に殺しちゃいますよ」
アリッサは銃をお気に召したロイドに苦笑いを浮かべながら言った。
「ハッ。人なんざ魔導銃で撃たれたら簡単に死ぬ。いくらでも見てきた」
「あー……。足を撃ったら穴が開かずに千切れるって書いてありますよ」
アリッサは木箱の中にあった銃の仕様書を取り出し、仕様書に書かれた一文を指差しながら言った。
「そりゃあいい。貴族が飼ってる重装備兵も余裕でぶっ殺せそうで安心だ。予備のカートリッジは?」
「あー……。入ってませんね」
「マジかよ……。どれだけ高威力であろうと撃ち合いになったら1カートリッジだけじゃ足りなくなる」
フォルム、フィット感、仕様書に書かれた威力。それらは申し分ないが、予備カートリッジ無しはよろしくない。
ロイドは肩を竦めながら腰ベルトの背中側にマグナムを差し込んだ。
「仕方ないでしょう。まだ開発されたばかりの物です。試作品の完成披露という事で持って来てくれただけですし」
出資者であるアリッサへ完成の報告とお披露目として献上された1品のようで。
そもそも、開発者は皇族であるアリッサが新型の魔導銃を撃つとは想定していなさそうだ。そう考えれば予備カートリッジを同封していなかったのも頷ける。
私のせいじゃない、とアリッサもロイドの態度をマネするように肩を竦めてみせた。
「仕方ねえ。別の銃を調達してから情報屋に会うか」
ようやく捜査開始であるが、まずは馴染みの店に向かうようだ。
ロイドはそう言ってアリッサへ背を向けようとしたが……。
「ええ、行きましょう」
何故か彼女も立ち上がるとロイドに近寄って来た。
「……トイレか?」
「もう済ませてありますよ。最初はどこに行くんですか?」
返答に嫌な予感を感じたロイドは深呼吸をした後に問う。
「まさかと思うが……。付いて来る気?」
「ええ」
「正気か? アンタ、お姫様だろう? アンタに何かあったら俺のクビが物理的に吹き飛ぶ!」
「大丈夫ですよ。気にしないで下さい。それに、もう分かっていると思いますが特務隊のメンバーは今のところ私と貴方だけです」
「そんな気がしてたから敢えて聞かなかったのに!」
薄々そんな気はしていた、とロイドは頭を抱えた。
なんたって屋敷の中にはアリッサとメイドしかいない。他のメンバーが出入りしている痕跡もない。
といっても、お姫様が捜査に同行する理由にはならないが。
「あはは。じゃあ、行きましょう! 貴方の捜査方法を知っておく事も上司の勤めですからね!」
だが、彼女は退く気がないようだ。部屋のドアを開けて、外に待機していたメイドを連れて廊下を進み始めた。
「何しているんですか! 行きますよ!」
「……最悪だぜ」
ロイドはため息をつくと彼女の後ろ姿を追いかけ始めた。




