表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/58

38 断罪者共の行進


 外周区南エリア、貧困街。


 今夜の貧困街は異様な空気に包まれていた。


 普段であれば昼夜問わず貧困街を我が物顔で闊歩する犯罪者達の姿は見えず、それどころか道の端っこに座り込む物乞いや、路地裏で虚ろな瞳で空を見上げるジャンキー共の姿すらもない。


 貧困街で暮らす者達は廃屋の中に生まれた闇に潜み、息を殺すようにして夜が明けるのを震えながら待っていた。


 住人達が普段見せぬ行動をしている理由はただ1つ。貧困街の中を一列になって歩く神の下僕共が怖くて仕方ないからだろう。


「見っけ♪」


 隊列の中から両手に魔導剣を持った者が飛び出す。着ている白い修道衣はすっかり赤に染まって、可愛らしい顔の頬にもべったりと血が付着していた。


「あははッ!」


 アンヘルは地面に剣先を擦りつけ、火花を散らしながら逃げる獣人を追いかける。


「く、来るなッ! 来るなッ!!」


 見つかってしまった獣人は必死に逃げた。荒く白い息を吐き出し、両手を振って己の足を急かすように。


「残念でした~!」


 が、アンヘルは容赦しない。獣人の背中に剣を投げて突き刺し、相手を地面に転ばせた。すかさず近づいて、もう片方の剣を相手の首元へ叩き落とす。


 両方の剣のグリップにあるトリガーを握り締め、魔導剣を起動すると腹を割くと同時に首を切断した。


 惨たらしい死に方をした獣人の首が僅かに飛び、ゴミに塗れた地面にごろりと転がった。


 返り血を浴びたアンヘルは剣を振って刃に付着した血と肉の断片を払い落す。すると、廃屋の間から3人の獣人が新たに飛び出して来た。


「貴様ッ! 仲間の仇だッ!」


 3人の獣人は小瓶の中身を飲み干して変身する。それぞれ違った形に成って、教会勢力を睨みつけるが……。


「ああ、なんと憐れな者達なのでしょう」


 モーニングスターを持った青い髪のシスターが困り果てるように言って、ゆっくりと獣人達へと近づいて行く。


「神から与えられた生を自ら放棄するとは、なんと愚かな」


 もう一人、共に前へ歩き出したのは男の聖職者。彼もまた白い法衣を着て手には槍を持っていた。


「ガアアアッ!!」


 変身した獣人達がアンヘル達に襲い掛かる。


 だが、所詮は薬によって理性を失った獣である。神の下僕である彼等には敵わない。


「困った方々ですわ」


 青い髪のシスターはモーニグンスターを片手で掲げると、上から叩きつけられるように振られた獣人の腕を軽く受け止める。


 そのまま腕を弾き返すと、両手で握ったモーニングスターをフルスイングさせた。


 腹にぶち当たったモーニングスターはアンヘルの持つ魔導剣と同じく、クロイツア王国と教会本部が独自に作り出した『神聖魔導具』と呼ばれる類の物。


 魔導技術発祥の地であるマギフィリアとは別の技術系統で発展した魔導具で、クロイツア王国にしか存在しない特別な魔導具と言える。


 特に神聖武器の中には『銃』といったカテゴリが存在しないのも特徴だ。神聖武器を持って戦う教会戦士達は伝統に従って『近接武器』にカテゴライズされる獲物を扱う者が多い。中には弓で戦う者もいるが、かなり少数である。


「そぉれっ」


 アンヘルの剣が『断ち斬る』のであれば、このモーニングスターは全てを『粉砕する』といったところか。


 腹に攻撃を受けた獣人の体が最初はくの字に曲がり、次は胴体にある骨という骨が粉砕した。背骨まで折れたのか、獣人の体はくの字からぐにゃりと変な方向へ曲がって吹き飛ばされた。


 青い髪のシスターは地面にバウンドした獣人に歩み寄ると聖母のような笑みを浮かべる。


「神のお導きがあらんことを」


 そう言って、獣人の頭部を叩き潰した。


 もう一方、槍を持った男性聖職者の方は……。


 飛び掛かって来た獣人の攻撃を身を低くして躱し、持っていた槍の先で相手の足を払う。


Amen(アーメン)


 一言、神への言葉を捧げると地面に転んだ獣人の頭部に槍を突き刺した。


 こちらの男性も青い髪のシスター同様に凄腕の人物なのだろう。ほぼ、最初にいた位置から動いていない。体の動作も屈んで腕を振ったくらいだろうか。


「ふむ。2人は悪くないね」


 教会勢力が成す列から2人の戦闘を見てそう呟いたのはシスター・マリアだった。


 彼女の傍にはフードで顔を隠した聖職者がまだ3人控えており、彼等も強者と呼ばれる類の者達なのだと容易に想像できる。


「それに比べて……。はぁ……」


 シスター・マリアは最後の1人に視線を向けると大きなため息を零す。


「イヒヒッ!」


 相手を解体するように殺すアンヘルは他の2人とまるで違う。彼を一言で表すのであれば『狂気の子』だろう。


 実際、アンヘルは教会本部で訓練を受けている際に指導者達から『制御不能』『狂気に染まり過ぎている』などと言われ続けていた。


 教会本部から押された評価は最悪。これ以上酷くなれば殺処分もあり得ると言われるほどの子供であった。


「アンヘル! いい加減におし!」


 だが、それに待ったをかけたのがシスター・マリアだった。


 彼女は教会本部が持て余すアンヘルを引き取ると言って帝都の教会へ連れて来た張本人。


 アンヘルは教会運営の孤児院で育ち、教会戦士の素質があると分かると訓練所へ強制的に連れて行かれた過去がある。


 本人に有無を言わさず訓練所に送られたのは当時減っていた教会戦士を早急に補充するために。


 内気な性格だった事もあって孤児院では友達が出来ずに孤独な生活を送り、訓練所に連れて行かれた後は指導員達からの叱責と指導という名の暴力に塗れた生活。


 アンヘルの性格が歪んだのは確実に訓練所に原因がある。


 恐らくシスター・マリアはアンヘルの過去を知って引き取ったのだろう。


 だが、アンヘルにとってシスター・マリアという存在は最初の理解者となった。


 自分を理解してくれて、対話を望んでくれて、親のように接してくれる存在。


「……あい」


 だからこそ、アンヘルはシスター・マリアの言う事を聞く。解体ショーを止めた今のように。


「さて……。あちらの勢力もそろそろ尽きる頃だろうね」


 シスター・マリアは3人の獣人が飛び出して来た廃屋の間にある路地へ顔を向ける。


 彼女達が貧困街に足を踏み入れ、殺害した獣人の数はこれで20を超えた。


 先発隊として先に入ったアンヘルと青い髪のシスターが殺害した数を含めれば40を超える。


「相手の数は100を超えると情報がきていましたが」


 男の聖職者が事前情報を口にするとシスター・マリアは先にある闇を見つめながら「ふん」と鼻を鳴らす。


「私達以外にも狩ってるヤツがいるからね。今夜は楽させてもらおうじゃないか」


 彼女は顎で路地の先を示し、教会戦士達と共に先へ進んだ。


 そこからは戦闘……いや、虐殺の繰り返しだ。


 獣人達が現れ、薬を飲んで変身。だが、アンヘルを筆頭とした教会戦士達に狩られる。


 戦闘と呼べるほどのやり取りは発生しない。教会勢力による蹂躙と虐殺が繰り返され、遂に彼女達は獣人達がアジトとする旧病院へ到着した。


 旧病院施設であった廃屋の中には獣人達が10人ほど集まっており、ロイドと戦ったリーダーらしき元魔導機士団の男の姿もあった。


「逃げてくれ! あんたは俺達の希望だ!」


 獣人達は片腕を失った元魔導機士団の男を守るように前へ出て教会勢力と対峙する。


「排除しな!」


 元魔導機士団の男が逃げ出そうとするが、シスター・マリアが発した激と同時にアンヘル達は駆け出した。


 変身する暇を与えない、とばかりに教会戦士達は獣人達を次々に殺害していく。


 だが、廃屋の2階から3人の新手が現れた。2階にある吹き抜けのエントランスから1階を覗き込み、小瓶を取り出して中身を飲もうとする。


 しかし、彼等の変身は突如鳴った銃声と彼等目掛けて飛んで来た赤い魔弾によって阻止される。


 最初の銃声と共に飛んで来た赤い魔弾は獣人の頭部を破壊。続けて2発連射された赤い弾が残り2人の上半身を吹き飛ばす。


「ふん。相変わらず良い嗅覚だ。あの女が飼うには上等すぎるね」


 シスター・マリアは銃声に驚きもせず、仲間達の虐殺を見守る。


「ヤツを追うよッ!」


 旧病院内の獣人を排除した教会勢力は元魔導機士団の男を追って前進。


 教会勢力が彼を追い続け、男は教会勢力から逃げ続け、行き着いた先は行き止まり。


「くっ……」


 追い詰められた元魔導機士団の男はシスター・マリアへ振り返る。苦々しい表情を浮かべて、無事な片手にナイフを持って構えた。


「おや、自慢の薬は飲まないのかい」


 獣のように荒い息使いで黙ったまま目で威嚇する男をシスター・マリアは嘲笑う。 


「アンタには聞きたい事があるんでね。素直に答えてくれると嬉しいよ」


 生い先短いババアの時間を浪費させんでくれ、と付け加えて彼女は質問を口にした。


「アンタのスポンサーは誰なんだい?」


 質問に対して答えぬ男に向かって彼女は言葉を続けた。


「アンタは南部から来た反帝国主義組織の一員だ。これに関してはウチの情報部が裏を取ったからね。正解だろう? だが、分からないのは狂獣薬さ。あれをアンタ達だけで復活できるとは思えないね」


 彼等獣人の正体は反帝国主義を掲げる組織――ゲリラ、テロリスト集団といった類の小規模組織の集合体――に所属している事は既に掴んでいる。


 だが、裏にはスポンサーがいる。狂獣薬という薬の存在を知っていて、復活させられるだけの技術と知識を持った別の組織が。


「魔導機士団から反帝国主義者の組織に鞍替えするとは酔狂なもんだ。古巣のツテを使って支援を得たのかい?」


 シスター・マリアは彼等の裏にいるのがマギフィリアなのでは、と思っている様子。


 現にクロイツア王国と教会を世界で一番疎ましく思っているのはマギフィリア王国だ。


 反帝国主義者達は敵対国家の工作か何かに利用されたか。


 彼女は杖の柄を指でなぞったあと、トントンと何度か叩く。


「ふふ……。どうかな。我々は差別に苦しむ同胞達を救いたいだけだ」


 話す気は無いのか、そもそも知らないのか。男は最後にそう言ってナイフを構えながらシスター・マリアに向かって突進して来る。


「やれやれだ」


 そう言いながら首を振った彼女は、持っていた杖の先を地面に「トン」と軽く打ち付ける。


 彼女にとって男が取った行動は予定通り。なんたって、赤い右目はそうなる事を数秒前から彼女に見せていたのだから 


「あ……?」


 その瞬間、走って来ていた獣人の男の足は停止する。まるで地面に足が縫い付けられたように。


 ナイフを構えながら走る状態で停止する男の傍に男性聖職者が近寄ると、首筋に注射器を差して中身の液体を注入する。


 この首筋に注入された液体は教会ご自慢の強力な自白剤であった。


「あ、あ、あ……」


 男の目がぐるんと上を向き、口からは涎と泡が垂れる。まるで正気を失ったような表情を浮かべている彼にシスター・マリアは先ほどと同じ質問を繰り返した。


「くすり、は……。そしきの、うえから……。わたされて……」


 ブツブツと寝言のように真実を語り始め、狂獣薬は彼が所属する反帝国主義組織の幹部から渡されたと口にする。


 誰が作ったか、と問うても黙ったまま。この薬は確かに真実を語らせるが、本人が知らない事までは語らない。


 つまり、誰が作ったかは本当に知らないようだ。


「スポンサーの正体は?」


「…………」


 こちらも知らないようだ。知らないというよりも、所属している組織にスポンサーがいた事すらも知らされていないのかもしれない。


 フゥ、とため息を零したシスター・マリアは男の前まで歩み寄ると神に祈りを捧げる。


「汝、神を愛せ。汝の来世に祝福あれ」


 そう呟いたシスター・マリアは男の持っていたナイフを優しく奪い取ると、彼の心臓にナイフを突き刺しから刃を捻るように引き抜いた。


Amen(アーメン)


 心臓を破壊された男は倒れ、心臓から流れ出た血が地面に広がっていく。


「……マギフィリアだったら単純な話だったんだがねえ」


 シスター・マリアは心臓を突き刺したナイフを投げ捨て、青い髪のシスターから受け取った白いハンカチで手を拭く。


 そして、顔だけで背後を振り返った。


「聞いていただろう! 猟犬!」


 自分達の背後、闇の中に姿を隠す猟犬へ向かって叫ぶ。


「アンタの探しているヤツはスポンサーの中にいるんじゃないかね?」


 じっと闇に潜む猟犬の鳴き声は返って来ない。


 代わりに彼女へ向けられるのは高威力の弾が飛び出す()とギラついた猟犬の視線だけ。


 しばらくの間、猟犬とシスター・マリアの間には睨み合いの沈黙が続く。すると、彼女に向けられていた牙の気配と視線がふっと消え失せた。


 ふん、と鼻を鳴らして顔を戻すシスター・マリアに教会戦士の1人が「追いますか」と問うが彼女は首を振った。


「止めときな。アイツはこんな薬に頼る獣人よりも、よっぽど獣らしい存在だ。猟犬って異名は伊達じゃないよ」


 猟犬の持つ牙の鋭さは最近になって更に増した。それも脅威であるが、もっとたまらないのは地獄の果てまで追って来るような執念深さ。


 それを彼女は誰よりも知っている。


 何たって、彼に『猟犬』と異名を付けたのはシスター・マリア本人なのだから。


「死んだ主人の仇を追い続ける猟犬。ヤツほど厄介な者はいないね」


 彼女は小さく呟いて、再び背後の闇に視線を向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ