37 相談役
拠点に戻ったアリッサはいつものようにドレスに着替え、城にいるアイザックの執務室を訪れていた。
夕食を終えていたアイザックはアリッサにあまりいい顔はしなかったが、国家規模の重要な報告があると言われては邪険に出来ず。
「……では、教会が介入し始めたと?」
「はい。さすがに私の一存で教会の行動を阻害すると外交問題に発展しかねないと思いまして」
事実、彼女の申し出は誇張ではなかった。麻薬騒ぎは教会が介入するまでに至ってしまったのだから。
前回のシャターンが起こした騒ぎではロイドの存在もあって教会も派手に動きはしなかった。
が、教会の禁書に描かれる薬がこの世に再登場したとあれば前回と同じようにはいかない。
前回の件がロイドのおかげという事は黙っていたが、今回の教会は本気であるとアリッサはアイザックへ素直に伝えた。
「既に外周区貧困街で行動を開始しています」
何故そうなったか、は詳しく言わない。あくまでも捜査中に教会勢力が現れて反帝国主義らしき獣人と戦闘を開始した、とだけ。
「厄介だな……」
さすがのアイザックも今回ばかりは苦い顔をして頭を悩ませる。
帝都内で教会が好き勝手するのも許し難いが、下手に突いてクロイツア王国を刺激したくはない。
低い唸り声を出しながら悩むアイザックとそれを見守るアリッサ。そのタイミングで執務室に続くドアがノックされた。
アイザックが入れ、と言うと入室して来たのは白髪の髪をオールバックにした老人であった。
「お呼びですかな、殿下」
そう言った老人の名はクライス・アーバイン侯爵。役職としては帝国帝都学園の学長。
加えて、豊富な知識を持つ彼は病で伏せている現皇帝から次期皇帝となる第一皇子の相談役になってくれと指名された貴族派の一員である。
「アーバイン卿、少し相談したい」
アイザックはよほど彼を頼りにしているのだろう。彼が入室してアリッサに挨拶するよりも前に声を掛けた。
彼はアリッサの報告を聞き、更にアイザックからどうするべきかと問われると迷いもせずに結論を出す。
「現状維持が最良でしょうな」
彼の結論を聞き、アイザックは眉間に皺を寄せた。それが最良と分かっていても、何か打つ手はないかと高望みしているのだろう。
しかし、そんなアイザックのリアクションを見てクライスは「やれやれ」と首を振る。
「むしろ、アリッサ様の行動力に感謝せねばなりませんぞ。軍が先に辿り着いていたら確実に教会とぶつかっていました」
獣人と遭遇したのが軍であったら、介入してきた教会ともひと悶着起こしていただろう。
教会相手に軍に勝ち目は無いものの、それでも向こうは難癖をつけて抗議してくるに違いない。
「それはそれでベイソン侯爵を叩く材料にはなりますが、国の代表たる殿下が尻拭いをせねばならなかったでしょう。アリッサ様のおかげで教会と問題を起こさず反皇族派を叩ける。これ以外に最良がありましょうか?」
「しかしだな……」
「なりません。マギフィリアとクロイツアの睨み合いは年々緊張感を増しています。ここで我々が問題を起こせば大戦争の引き金になりかねない」
今は抑えよ、とクライスはアイザックに自制を求める。
それでも不機嫌そうに顔を歪めるアイザックだが、クライスの意見を飲み込んだ。彼がクライスに従うのも帝都学園在籍中の師であったから、という理由が大きいだろう。
アイザックはクライスから政治の何たるかを学んだのだ。未だ敵わないと思っているのか、クライスの意見は割と素直に聞くように見える。
「それに、アリッサ様。反帝国主義者と思われる容疑者がマギフィリア人の恰好をしていたというのは本当なのですね? しかもマギフィリア軍の魔導機士団らしき者もいたとは」
クライスは隣に立つアリッサへ顔を向けて問う。
「はい。最初は我々にミスリードを与えたいのでは、と私は判断しました。魔導機士団に所属していた者に関しては、自らの口で古巣と言っていたので現在は除隊していると思われますが……」
「真相は不明、ですか」
「ええ。教会が介入してしまったので、捕まえて尋問する事も不可能でしょう。今回の件を暴くは不可能に近いです」
クライスの質問にアリッサは神妙な顔で答えた。彼女の答えに頷くクライスも同じ考えを持っているのだろう。
「教会も問題ですが、容疑者の恰好と本当の所属が気になりますな」
「クライス卿、それは」
「ええ。分かっています。マギフィリアは同盟国ですからね。私も信じておりますよ」
同盟国であり、ルーツであるマギフィリアに疑いを持つのは少々よろしくない。アイザックが制止しようとするが、クライスは承知の上であると頷いた。
「ですが、我々は傀儡ではありません。どんな状況にも対応できるよう考えておかなければ。それは殿下、貴方の仕事です」
「ああ、分かっている! 分かっているさ!」
例えどんな状況になろうとも国を守る為に最善を尽くさなければならない。それが皇帝という立場であり、次期皇帝となるアイザックの仕事である。
だが、彼は責められていると思ったのか声音には怒りが混じっていた。
「ともあれ、まずは反皇族派をどうにかせねば。材料が見つかったのは幸いでしたな。思いっきり叩いてやればよろしいかと」
ニコリと笑ってクライスはそう言った。アイザックが抱いた怒りの矛先を反皇族派へ向けさせるかのように。
「……そうだな。今日はここまでにしよう。お前は続報が入り次第、知らせろ」
ふぅ、と大きく深呼吸したアイザックはアリッサに指示を出す。彼女も「承知しました」と言って頭を下げた。
今回の報告と相談が終わったアリッサとクライスは揃って執務室から退室する。
廊下に出た2人は自然と顔を見合わせた。
「お見事でしたな。アリッサ様」
「そうですか? 先生に言われると照れますね」
クライスはアリッサに賛辞を、アリッサはいつものようにニコニコと笑う。
「貴女様は昔から優秀でしたからな。こんなジジイの心臓に負担を与えないのは貴女くらいだ」
はぁ、とため息を零すクライス。
「昔はお転婆娘とよく叱られましたが」
アリッサもまた、彼を師と呼んでいた時期があるようだ。クライスに説教されていた昔を思い出したのか「ふふ」と声を漏らして笑う。
「それはそうでしょう。屋敷の勉強室にトカゲを連れ込んで、私の使い魔よ! などと言っていたのですから」
クライスも懐かしい思い出を語るように楽しそうな声音でそう言った。
「それは……忘れて下さい」
まだアリッサが10歳にも満たない頃の話である。
当時熱中していた伝説の魔法使い物語に影響されて使い魔に憧れ、伝説の英雄を描く英雄譚を読めば剣を振るって。
今のアリッサにとっては恥ずかしい過去だろう。いい加減、それだけは忘れてくれと顔を赤くして言う。
「しかし今回の件、ただの反帝国主義者による事件で終わりそうにありませんな……。私は、やはり魔導機士団の件が気になります。殿下も疑心暗鬼に陥らないといいが」
「どう、でしょう……。魔導機士団の件もマギフィリアに疑いを掛ける事が狙いだったなら露骨すぎる気がしますけどね」
「ふむ……」
アリッサの答えにクライスの目付きが一瞬だけ鋭くなった。
だが、それが何故かクライスは問えなかった。1階のエントランスホールに到着したところで、アリッサがクライスに向かって頭を下げたからだ。
「私はこれから用がありますので。こちらで失礼させて頂きます」
「はい。夜も遅いですから、どうぞお気を付けて」
クライスもアリッサに頭を下げ、2人はエントランスホールで別れる事となった。
アリッサは城の正面出入口に向かって。クライスはその場で立ち、歩いて行くアリッサの姿を見送る。
途中、視線に気づいたのかアリッサが振り返った。すると、クライスが見送ってくれている事に気付いたようで彼女はニコリと笑って会釈した。
クライスもまた笑顔を浮かべて頷きを返す。まるで学園から帰宅する生徒を見送る先生のようだ。
しかし、彼は去って行くアリッサの背中に向かって――
「君は本当に優秀な生徒だよ。母親に似てね」
そう、小さく呟いた。




