表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/58

36 獣の薬


 貧困街を出て教会に戻ったロイド達。到着した頃には夕方を過ぎ、もう夜になっていた。


 路肩に停車した魔導車から降りて教会を見ると、灯りはついておらず、周辺の道路には人が1人もいない。


 夜になればなるほど喧騒が増える外周区とは思えぬほどの、不気味な空気に包まれている。


 ロイド達が教会の中に入ると、月明かりがステンドグラスを通過して赤い絨毯に絵の影を映していた。


「よく来たね。こっちへおいで」


 長椅子に座っていたシスター・マリアは振り返りもせずに言った。


 ロイド達が近付くと、彼女は魔導ランプのスイッチを入れて自分の横に置く。


「坊や、悪いがタバコをくれないか」


 ロイドは内ポケットからタバコケースを取り出し、ケースの端を叩いて1本飛び出させると彼女に差し出す。


 自分も口にタバコを咥えて、オイルライターで火を点けた。ライターの火を消さずにシスター・マリアへ差し出して2人は揃って煙を吐き出す。


「さて、どこから話そうかねえ」


 ため息を吐くようにフゥー、と再び大量の煙を吐き出すシスター・マリアは珍しくも悩んでいるような様子を見せる。


「そんなに複雑なのですか?」


 真剣な表情のアリッサが問うと、シスター・マリアはゆっくりと頷く。


「最初にこれだけは言っておこうか。これはウチが売られた喧嘩でもあるってことさ」


 シスター・マリアは遠くを見るような顔でステンドグラスに描かれた神の姿を見つめて言う。


「例の薬か?」


「ああ、そうさね。あれは禁忌の薬だ」


 ただの薬ではない。ただの麻薬でもない。


「あれを見た時、ちょっと気になってね。ウチも独自で調べたのさ。そして、該当する薬が禁書に描かれているのを見つけてね」


 禁書とは教会が持つ禁忌指定する物を記した本だ。この本に描かれた物がもしも世に登場したら「本気で潰せ」という教会本部からの指示書とも言える書物である。


「狂獣薬。遥か昔、獣人達が作り出した薬を元にして開発された悪魔の薬さ」


「狂獣薬?」


 アリッサの言葉に頷くシスター・マリア。彼女は薬の概要を語り始めた。


「見たんだろう? 獣人がおぞましい姿に変身する光景を。あれはね、獣人に秘められた力を目覚めさせるのさ」


 遥か昔、それこそ魔法使いや錬金術師が生きて世界を繁栄・支配していた頃よりも、もっと前の時代まで遡る。


 獣人は今のような人間に近い姿ではなかった。もっと獣の姿に近く、能力も人より優れていた。


 使用する言語、姿が人と違った獣人は人間から恐れられて、一部の地域では獣人の事を『魔物』と呼んでいた歴史もあったそうだ。


 その頃の獣人はロイド達が見た『人よりも体が大きく獣のような体毛に覆われた体、顔も獣のような形』をしていたという。


 簡単に言えば、今の時代に生きる狼系の耳と尻尾を持つ獣人は『ワーウルフ』と呼ばれる伝説の魔物と同じような姿をしていた。


 勿論、獣人の個体によって姿はそれぞれ異なるが、共通して言えるのは人よりも獣に近かったという事である。


「人間というのは自分と違う事を嫌う。優れている事を嫌う。だから、私達のご先祖様は獣人と戦った」


 嫌う、というよりも本質は『自分達よりも優れた生物への恐れ』だったのだろう。


 人間達は団結して獣人と戦い、彼等と殺し合いを始めた。


 だが、獣人の中には人間と共存しようという勢力(部族)がいて、彼等は人間と共に戦ったという。


 その人間と共に戦った獣人だけが生き残り、人間と交わって今の世界に生きる獣人の姿に変わっていった。


「つまり、人と交わった事で獣人は本来の姿を失った。生き残る為に姿を人間に寄せた事で弱くなった、とも言えるねえ」


 しかし、獣人は獣人である。過去から脈々と受け継がれる遺伝子には『本来の姿』の記憶・記録が刻まれている。


 この世界では未だ遺伝子の研究などは発達していないが、獣人の進化を辿っていけば必ず『ワーウルフ』のような魔物に行き着くだろう。


「人ってのはいつの時代も他人より上に立ちたがる。人の姿に寄った獣人に同じ考えが芽生えるのも必然。獣人の中には過去の姿を取り戻して人間を滅ぼそうという者が現れたって事さね」


 そこで誕生したのが禁忌の薬である狂獣薬。


 元は獣人と人間が戦っていた頃に作られた獣人用の『身体能力向上』を目的とした薬で、昔からの伝統を守ってきた一部の部族にだけ伝わっていたそうだ。  


 その効能をより強くして『身体能力向上』から『本来の姿を取り戻す』という効果に作り替えられた。


 獣人の権力復権を狙った一部の獣人勢力が作り出した物らしい。だが、作られたのは1000年以上も前のこと。


「当時生きていた魔法使いや錬金術師がその獣人勢力と戦ったかは不明だがね。だが、彼等が全滅した後に危険であると判断された狂獣薬は根絶やしにされた」


「教会にか?」


 ロイドがそう問うと、シスター・マリアは煙を吐き出しながら言った。


「そうさ。禁書には600年前に狂獣薬の存在を見つけて、製法を記した書物共々を焼いたそうだ。勿論、保管していた部族も丸ごとね」


 危険と判断されたのは、人と交わって数を増やした獣人が使用しないように。狂獣薬を飲んだ獣人が復権を狙って戦いを起こさないように。


 加えて、獣人以外が飲むと強烈な拒否反応を起こして劇毒になると分からったからだそうだ。


 貴族の息子が中毒死したのも狂獣薬を摂取した事で強い拒否反応が出たからなのだろう。


 当時の教会は獣人が服用して戦いが起きる事も危惧したが、獣人以外の手に渡って暗殺用の毒として使われないようにとも考えていたという。  


「だが、今になってまた登場したってか」


「ああ。どこの馬鹿かは分からないけどね。狂獣薬を復活させて獣人に渡したんだろうよ。これを飲めば力が手に入るぞ、ってね」


 やれやれだ、と首を振るシスター・マリアはアリッサの顔を見て口を開く。


「南部で活動している反帝国主義者の中に薬物に特化した組織がある、なんて聞いた事はあるかい?」


「いえ……。私に降りて来る情報の中には小規模な組織が個別に活動している、としか」


「そうかい」


 皇族ならば敵組織の情報に詳しいと思っての質問だったのだろう。だが、アリッサの答えはシスター・マリアも把握済みのものだったようだ。


 然程期待はしてなかったようだが、シスター・マリアはタバコの灰を落としながら眉間に皺を寄せる。


「んで? その狂獣薬が登場したから教会の仕事だってわけか?」


「まぁ、端的に言えばそうだね。ウチにも色々あるのさ。知ってるだろう?」


 シスター・マリアは最後の1口を吸うと灰皿にタバコを押し付けた。


「それに悪魔祓いをお望みだろう? 望み通りにやってあげよう、って言ってるのさ。薬の詳細を教えただけでも感謝しとくれ」


 ウチの秘匿情報だよ、と言ってシスター・マリアは長椅子から立ち上がった。


「狂獣薬を作った組織に検討はついていますか?」


「まさか。ウチが今一番知りたい情報だよ。教えてくれるなら個人的な貸しを1つ作ってもいいくらいだ」


「そうでしたか。それはとても残念です」


 教会とパイプを作れたら楽だったのに、とアリッサは肩を竦める。


「ウチの方針はこんな感じさね。皇女様はどうするんだい? ウチの仕事を見たかったんだろう? 一緒に来るかね?」


 シスター・マリアはアリッサへ挑発的な笑みを浮かべる。ガキの考えなんざお見通しだ、と言わんばかりに。


 思惑を当てられたアリッサは苦笑いを浮かべて「あはは……」と笑う。


「私としてもゆっくり見学させて頂きたいのですが、こうなると城に報告しないといけないので。といっても、城でふんぞり返るマザコンと能無し貴族が教会を止められるとは思いませんけど」


 苦笑いからいつもの作ったような笑顔を浮かべて、アリッサはシスター・マリアに本音をぶつけた。


 ぶつけられたシスター・マリアもここまで言うとは思わなかったのだろう。一瞬だけ目が点になって、すぐに腹を抱えながら笑いだした。


「あっはっはっは! 本当に面白いお姫様だ! 気に入ったねえ! あんたとは楽しいお喋りが出来そうじゃないか!」


「あら。それは光栄ですね」


 彼女は一頻り笑ったあと、落ち着きを取り戻したシスター・マリアはアリッサに笑顔で告げる。


「さて、お喋りはここまでだ。私も仕事をしようかねえ」


「わかりました。我々もこの辺りで失礼させて頂きます」


 では、と言って頭を下げたアリッサはロイドを連れて教会を後にした。


 彼女達の背中を見送ったシスター・マリアは教会の扉が閉じると、スッと表情を元に戻す。


「南部からやって来た反帝国主義者に狂獣薬……。南部で仕掛けてきた奴等の狙いがこれだけとは思えない。どうも匂うね」



-----



「おい、いいのか?」


 教会を出て、路肩に止めていた魔導車へ向かう途中でロイドはアリッサへ声を掛けた。


「何がですか?」


「結局、真相は分かってない。反帝国主義者であるかも確定ではないぞ?」


 そう、ロイドの言う通りだ。


 結局のところは相手が本当に反帝国主義者だったのか、狂獣薬を作り出したのはどこの誰なのか、作り出して何をしたかったのか。


 今回の事件を通して何1つ真実は掴めていない。辛うじて分かったのは教会が狂獣薬を禁忌指定しており、それを根絶する為に動き出したという事だけである。


「ええ。そうですね。ですが、これは城へ報告するべき案件ですよ。我々の独断で動くべきではありません」


 アリッサはロイドの問いにそう返した。


「教会に始末を頼んでおいてか?」


 独断で動くべきではない、と言いながらアリッサは教会が動く事を容認した。これを独断と言わずに何と言うのか。


 しかし、アリッサは笑ったままだった。


「前回はロイドさんの人望で抑えられたのでしょうけど、教会が動くのは初めからほぼ確定してます。中身は狂獣薬でしたが、麻薬が焦点になってたじゃないですか。例え薬の正体がただの麻薬だったとしても教会は少なからず動いたはずです」


 そう言って、アリッサは教会を見つめてからロイドに視線を戻す。


「それにね。教会という存在は現状では無敵なんですよ。教会を抗議したり、動きを邪魔すれば国際問題に発展しかねない。ちょっとでも突けば難癖か別の案件をでっち上げてクロイツア王国から文句言われるでしょう。城はそれを望みません」


 十分突いといて何を言っているんだ、と言わんばかりにロイドはため息を零す。


「あはは。事前情報から、あれぐらいなら平気だと思いまして……」


 帝国も馬鹿じゃない。教会を任されているシスター・マリアがどういった人物なのかはある程度調査しているのだろう。

 

 その調査報告書を読んだアリッサは自分がやった程度であれば問題無い範囲だと思っているようだ。


「まぁ、城の皇族派としても軍に解決されるよりはマシと思うでしょうね」


「そういうものか?」


 政治を理解できないロイドはアリッサの言い分がいまいち同意できない。


「そうですよ。反皇族派に手柄を立てられたくなくて私達を使っているんですから。城での発言力を高められるくらいなら教会が死体を量産する方がマシと思うでしょう。しかも、死体ができるのは外周区ですし」


 外周区に住む国民がどうなろうと貴族達は痛くも痒くも無い。


 経済を回す為に、自分達の手足になるようにポコポコ産まれて勝手に増えてくれれば良いのだから。多少の数が死んだところで誤差の範囲、というやつである。


「反帝国主義者とバックにいる組織に関しては?」


「そちらも反皇族派に指摘できる材料になりますね。軍の怠慢が生んだ事件である! ってバカな貴族が言っているところ、想像できません?」


 アリッサは責任を押し付ける貴族が言いそうなセリフを言って肩を竦めてみせた。


「……ひでえ国だ」


「まったくもって同感ですね」


 ひどい国のお姫様だというのに、アリッサは心底楽しそうに笑う。


 そうして、話がひと段落するとアリッサは後部座席に乗り込んだ。しかし、ロイドは乗り込もうとしない。


「どうしたんですか?」


 首を傾げたアリッサが問うとロイドは後部座席にいるアリッサを覗き込みながら言った。


「ちょっと用事を済ませてくる。先に帰ってくれ」


 ロイドはそう言って「じゃあな」と別れを告げるが……。


「ちょ、ちょっと! 用事ってなんですか! ああっ!? またあの女のところへ行くんですね!?」


 あの女、が誰を指しているか明確にはしていないが、恐らくアリッサはアルミラージを指しているのだろう。 


 また男の欲を発散させに行くつもりか、このヤリ〇ン野郎! とロイドの背中に叫ぶ。


 だが、ロイドは足を止めず、それどころか振り返りもせずにアリッサへ手を振って外周区の闇の中へ消えて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ