3 クビになった男を拾う者
クソッタレ組織をクビになったロイドは『まとも』だった同僚に別れを告げ、備品室の管理人に支給されていた装備を返却した後に憲兵隊帝都本部の建物から外に出た。
今の彼は着の身着のまま。黒いロングジャケットが特徴的な軍服を着たロイドの両手には何も無い。
特に持ち出す私物が無かったから、というのもあるが。
憲兵隊をクビになり、軍からも除籍される彼がローベルグ帝国陸軍の軍服を着る日は今日で最後だろう。
たった今からファッキン無職人生の始まりである。
「さて……」
明日からどうするか。実際問題、それが悩みの種である。
現在の帝都は就職難で苦しむ人々が多い。終戦以降、戦地となった元外国領土や国境付近の帝国領ならば日雇い仕事や力仕事を中心とした土建作業等の仕事もあろう。
と言っても、帝国の地方治安維持政策の一環として侵略された元外国所属の人間を帝国人として受け入れた際、優先的に仕事を与えるという政策がなされた。
この中途半端な優しさを見せたような政策が、元々帝国に住む者達による元外国人への批判と差別に繋がっているのだが。
その政策も理由の1つであるが、終戦から3年も経てば戦場となった街や地方の復興自体はかなり進んでいる。
今更、帝都の外に行っても職があるかどうか。保証は無い。
「帝都で仕事、か」
ならば、華の都である帝国の中心地。帝都で仕事を探すか。
先ほども語った通り、帝都はロイドのような人間――手に職を持っていない者は就職難といった状況だ。
ロイドは空を見上げた。青く晴れた空には白い雲と魚のような形をした物が浮かぶ。
魔石を専用の炉に入れてエネルギーを抽出し、そのエネルギーを使って内部機構の歯車を回したり、外部には秘密の装置を動かす。
空に浮かぶ魚型の物体は、そういった原理で浮力と推進力を得た飛行船と呼ばれる物だ。
飛行船の後部にはいくつもパイプがあって、そこから白い煙がゴウゴウと大量に排出されている。魔石から抽出されたエネルギーの成れの果て。それがあの煙だという。
空を見上げていたロイドは視線を戻し、帝都の大通りを見やる。
大きな道には飛行船と同じく、排気パイプから白い煙を吐き出す車が走っていた。
多くの荷物や人を地上運搬する魔導車。物資の輸送だけじゃなく、他国の上空まで侵入して空から攻撃を行う魔導飛行船。
帝国軍兵士1人1人が携帯する魔導銃や魔導剣、魔導杖といった兵器類。
帝国が周辺国家に喧嘩を売って勝利を収めたのも、これら魔導具を創る為の技術『魔導技術』のおかげと言えるだろう。
「帝都には魔導技師の仕事しかねぇだろうな」
先ほどロイドの前を通り過ぎて言った魔導車の行く先、大通りの先には長い煙突を生やした大きな建物がいくつも建ち並ぶ。
この長い煙突から白い煙をモウモウと吐き出す場所は帝都に建設された大規模な魔導具工場だ。
今の帝国で最もホットな就職先であり、人手不足と言われるのは魔導具を生産する技師。魔導技師と呼ばれる職業に就く者達が働く場所。
といっても、魔導技師が働く場所は工場だけでなく、小規模な工房や国営の研究所といった場所もあるが。
とにかく、魔導技術の成長著しい昨今、魔導技師は常に人手不足で戦時中の軍人よりも給料が良い。
最近のママは子供に魔導技師になれ、と言うだろう。
今後は魔導技師による技術と生産力が帝国を支えると言われ、一度就職すれば安定して食うに困らない職業とも言われている。
ただ、高給取りで人手がいないのには訳がある。素人が独学で学べるほど安い技術じゃない。
しっかりと専門の学び舎で勉強をして知識を得なければ、魔導技師の資格を得る事ができず魔導技師として就職できないからだ。しかも、その学び舎に入るにも条件やらが色々あるそうで。
そんな現実に対し、ロイドは10年以上前に始まった帝国の領土拡大政策に伴う侵略戦争で青春と学びの機会を潰した者の1人。
帝国西部に住んでいたロイドが、軍に徴兵されたのが17の頃。
そして、運良く長い戦争を生き延びて今に至る。
ロイドは今年で27だ。10年も前線で戦っていて、学んだのは人を殺す術やそれに付随する知識だけ。
魔導具に分類される殺戮兵器、魔導銃や魔導剣、魔導杖などの使用やメンテナンスに関する知識はあれど専門家として就職できるほどではない。
先ほど語った通り、戦争参加者であったロイドはそもそも『魔導技師資格』を持っていないし、今更本格的に学ぶにも遅すぎる。
こういったロイドのような時代に取り残された者は数多く、新しい技術知識を持ち合わせていない者が既存の知識や能力だけで仕事をこなせる職の取り合い状態になっているのが帝都の現状。
さて、人に穴を開ける技術しか持たぬロイドは軍を除籍されてしまった。
明日からどうするか。振り出しに戻った次第であったが……。
「もし」
悩むロイドの背後から声がした。振り返ると、そこに立っていたのはメイド服を着た女性。
背丈は160センチ程度、顔は帝国人らしい彫りの深い顔。髪の色は茶髪でこちらも帝国では珍しくない色だ。
前髪は真っ直ぐ切り揃えられ、長い後ろ髪を三つ編みにして。
黒い瞳をした目でジッとロイドの顔を見ていた。
一見どこにでもいる庶民の娘といった容姿であるが、着ているメイド服の種類が問題だった。
全体的な色は黒く、白いボタンと白いエプロン、頭の上にはホワイトブリムを乗せて。
国家の旗にも使用されるベースカラー、黒色を基調としたメイド服を着用することが許されるのは『皇族』に仕える者のみである。
「あんた――」
「ご主人様より、ロイド様をお連れするよう命じられました」
今日は言葉を遮られる事が多い。
ただ、今回の相手は憲兵隊司令官なんて小物じゃない。もっと上どころか、最上位からのお誘いである。
自分の姿と名を知っている、という疑問に対しても相手が国の最上位であれば頷ける。強制力の含まれるお願いに対しても。
「……了解した」
メイドの真後ろに停車していた高級仕様の魔導車へと歩き出すと、彼女は後部座席ドアを開けてロイドを中へ誘った。
黙って後部座席に座ったロイドと遅れて運転席に乗り込んだメイドはバックミラー越しに目が合う。
相手はロイドの表情を確認したのか、それとも本当に後方を見ただけか。
真相は不明であるが、メイドがキーを回した魔導車は炉の動く音を鳴らした後、内部機構の歯車が回り始めて「ガチャガチャ」という音を鳴らしながら中央大通りを東側へ向けて進みだす。
ロイドは既に行先が分かっているのだろう。どこへ行くのか、とは問わずに黙ったままだった。
皇族所属のメイドが運転する魔導車が、憲兵隊本部のあった場所から東側へと向かうのであれば、同じ区画内にある帝城に決まっている。
行先を推測済みのロイドは黙ったまま、窓から道行く人々を眺めて到着を待った。
スイスイと道を進んで行く魔導車は、やはり帝城を目指していたようだ。
憲兵隊本部から進んだ魔導車は城まで続く中央大通りと呼ばれる大きな道に合流。中央大通りを真っ直ぐ進むと門番が守る帝城門が見えた。
運転手であるメイドは魔導車のライトを点灯させるレバーを何度か引いて、所属している者が知る合図を門番に出したようだ。
それを見た門番は門を開け、魔導車を城の敷地内へと入れる。進入の際にチェックも無く、魔導車に取り付けられたナンバーと先ほどの合図で既に問題無しとされたのか。
感心するように鼻を鳴らしたロイドはこのまま城の入り口まで行くのかと思っていたようだが……。
魔導車は敷地内に進入すると目の前に聳え立つ城へは向かわず、すぐに右折して城を迂回するように敷地内にある魔導車道を走り出した。
「城じゃないのか?」
「はい」
ロイドの問いには必要最低限の応答しかせず。どこに向かうかは明確にしない。
嫌な予感がする。そう思っているかの如く、ロイドの顔には苦々しい表情が浮かんだ。
結局のところ、魔導車が目指した先は城ではなく。敷地内にある別の建物――皇族の一員が住む屋敷の1つであった。
城に住む、否、住めるのは皇帝と次期皇帝だけという仕来りが存在する。
現在の帝国には皇帝の子が3人いるが、一番上の長男である皇子は正式に次期皇帝と指名されていて、城に住んでいるようなので除外される。
残りは2人の娘。第三皇女殿下と第四皇女殿下であるが、第三皇女は同盟国に留学中で不在のはず。
となれば、ロイドを呼び出した人物が誰なのか消去法で判明する。
車を降りたロイドはメイドに屋敷の中へと案内された。こちらです、と屋敷の廊下を通って案内されたドアの先にいたのは――
「ごきげんよう。急な呼び出し、申し訳ありません」
腰まで伸びる銀色の長い髪と魅惑的な褐色の肌。ぱっちりと大きな目にある瞳はエメラルドのように美しい。
ぷっくりとしてセクシーな形の良い唇には薄いピンク色の口紅を引いているのか、褐色肌と相まって色気を増幅させる。
白いブラウスに短い赤い色のネクタイを付けて。タイピンは皇族を表す黒曜石を加工した物。ブラウスの下には男を虜にしそうな大きな2つの果実が隠れているのが一目でわかる。
太陽の光が差し込む窓をバックに、銀の髪をキラキラと輝かせながら執務机の上で手を組みながらニコニコと笑う1人の美女。
ローベルグ帝国第四皇女。アリッサ・ローベルグであった。
見た目は絶世の美女と言える。だが、ロイドが抱いた彼女の第一印象は「作り笑いの女」だろう。
ニコニコと作った笑顔を張り付けて、こちらを見る様は相手に本心を読ませたいためだろうか。
だとしても、相手が皇族の一員だとすれば不自然さはないとも言える。上位者というのは往々にして心の内を隠すもの、そんなイメージは誰もが抱くだろう。
「あー……。申し訳ないが、呼ばれた意図が掴めないのだが……ですが」
突然連れて来られ、皇族と対面する事となったロイドは精一杯の敬語を駆使して問う。憲兵隊の司令官に告げたような下品さを隠し……きれてはいなかったが、それでも失礼のないように努めた。
そりゃそうだ。相手は国のトップである皇族のお姫様。一歩間違えば首が飛ぶ。物理的に。
いや、魔導銃が主流となった今では額にケツの穴が開くと言った方が正しいか。
「本日、貴方をお呼びしたのはスカウトをする為です。憲兵隊をクビになったのでしょう? ああ、それと。敬語は不要ですよ。西部訛りを出しても結構です。その方が喋りやすいでしょうし」
生粋の帝都生まれからは下品と言われる西部訛りを良しとするとは。さすがはお姫様、心が広い。
「いえ……」
と、素直に信用はしちゃいけない。一言喋った瞬間に魔導銃の発砲音が鳴る可能性もある。ロイドは迷わず「お構いなく」を選択した。
「本当に大丈夫ですよ。私の母は西部出身ですし。口から硬いクソを垂れるようなまどろっこしい表現をする帝都語の方が面倒です。立場上、人前では控えますけどね」
お姫様からとんでもない単語が飛び出した。
それに、今は人前じゃないのかと問いたくなったのか、ロイドはグッと我慢するような表情を見せる。
「タバコ、吸いますか? 西部の方は好きでしょう?」
ダメ押しとばかりに銀の金属ケースを開けて紙巻きタバコを取り出す皇女殿下。リラックスさせようとしているのか、それとも追い詰めているのかまるで分らない。
「西部の一流ブランドですよ。……フゥー」
皇女殿下は高級仕様の紙タバコに火を点けて、慣れた態度で一服し始めるではないか。
美しい容姿と高貴な生まれにはミスマッチ、随分とワイルドな一面をお持ちである。
「……断ると不敬罪になりそうだな。頂こう」
愛煙家のロイドも美味そうに吸う彼女を見て遂に折れた。この辺りが愛煙家の弱いところか。
「ふふ。ようやく観念してくれましたか。口調もいつも通りで結構ですからね」
執務机に近寄ったロイドが紙巻きタバコを一本手に取ると、アリッサは金色のオイルライターに火を点けてそれを差し出す。
皇女殿下直々に差し出してくれたライターの火を使って点けたロイドは肺に煙を送り込んだ。
さすが高級品。いつも吸っている三等級とはまるで味も香りも違う。
「さて……。ああ、そこら辺の椅子を適当に持って来て座って下さい」
アリッサは部屋の隅にあった椅子にタバコを挟んだ2本の指で指し示す。ロイドは口にタバコを咥えると、言われた通りに椅子を運んで腰を降ろした。
彼女の執務机を挟み、2人はタバコを吸いながら話し合いが開始される。
「西部者同士の確認ができたところで、本題に入ろうと思います。といっても、先ほど申し上げたスカウトの件なんですが」
ニコニコと笑うアリッサは煙を口から吐き出した後にロイドを呼び出した理由について話し始めた。
「現在の帝都は腐っていると思いませんか?」
と、彼女が口にしたのはシンプルな一言。
YESかNOかで答えるとしたら、YESだろう。
「まぁ……。そう思う」
なんたってロイドは腐った帝都の洗礼を受けたばかりだ。
いつもの態度で問いの答えを返すと、アリッサは満足気に頷いた。
「でしょう? 貴方がクビになった原因。シャターン伯爵の麻薬販売を筆頭に帝都にはクソのような輩が蔓延っています。嘗ては華の都と呼ばれた帝都も今ではクソ溜め以下ですね」
彼女の言う通り、現在の帝都は『何でもアリ』だ。犯罪、汚職、この世の悪事全てが蔓延している。
こうなったのは戦争が終わってからだろう。
戦争が終わった途端、帝都の貴族達は利権の確保をし始めた。己の保身、欲望を満たすための金を得る為に。
「お父様の執事曰く、昔の貴族は違ったそうですよ。下々の為に働き、庶民の模範となるように努めたとか」
ただ、それも変わってしまった。原因はやはり戦争だ。
戦争の発端は領土を拡大して資源や土地を得るため。だが、それは帝国に住む人々が裕福に暮らせるようにと望んだから。
加えて、戦争を起こす前の帝国は周辺国家に東西南北囲まれた国であった。いつ侵略されて、領土を奪われるかと帝国人は恐れていたそうで。
それらの不安を取り除き、同時に国民の生活を豊かにするべく。暴力的な解決方法であるが、当時から続く世界的な考えからしてみれば普通の事である。
故に領土拡大政策が行われたようだが……。
「最初は理念通りだったのでしょう。ですが、勝ち続ける間に変わってしまった。欲に囚われてしまった」
簡単に言えば、上手くいきすぎた。
四方を囲まれる帝国が最初のターゲットとしたのは東にあった国である。理由としては東の海、東の国が持っていた貿易の要である港を手に入れたかったから。
この最初に宣戦布告した東の国に勝って酔ってしまったのだろう。事実、帝国は圧倒的とも言える力を見せて勝利した。
念願だった港を手に入れ、領土も手に入れ、領土内にある資源も手に入れた。
だが、敵国に勝つ優越感と獲得したご褒美は人の欲望を刺激する。
もっと、もっと。
帝国貴族達は次第に理念など忘れて、己の利益の為に動き出す。
特に欲望が膨れ上がるタイミングが悪かった。
最初の勝利から数年後、次のターゲットとしたのは南にある国だったが宣戦布告した頃から現皇帝の体調が悪くなって伏せがちになってしまった。
皇帝も持ち堪えてはいたものの、戦争後期になると病状が更に悪化。戦争指揮はおろか、国の行く末を決める執務すらできなくなってしまう。
戦争の指揮権は軍部に移り、国に対しての決定権はまだ若い第一皇子へと移行したのだが……。
当時まだ未熟だった皇子は内部に巣食う敵と味方の区別を間違えた。帝国内部のコントロールに失敗したのである。
やがて、この失敗はジワジワと帝国を蝕む。
戦争終結が見えた頃、帝国政治の舞台となる帝城内には皇族派と反皇族派が誕生。
反皇族派の筆頭は軍部の最高責任者。南の国との戦争――南部戦争を勝利で終わらせた立役者である。
『俺のおかげで戦争に勝ったじゃん。俺ってばサイキョー! 権力者としてブイブイ言わせてもよくね?』
と、各所に影響力を振り撒いて皇族制度を廃止したいと影でお気持ち表明までしている始末。
皇族が排除された先にある利益へ群がるハイエナ貴族共の勢いもあって反皇族派に所属する帝国貴族の数は多い。
アリッサの説明によると帝城内部の現勢力図は反皇族派がブイブイ言わせているようだ。
よって、現在の皇族は半分お飾りのような状態である。
何か国の制度を決める際に発言力の強い反皇族派の貴族が「YES」と言えば、それが押し通ってしまうのが現状。更に賄賂も添えれば完璧である。
といっても、全てがそうなる訳じゃなく。未だ皇帝と皇族の権力が少しは生きているのも事実。
派閥同士が睨み合いを続け、政治的なパワーは辛うじて拮抗している状態であるが『今は』と前置きが付くのが現状だ。
「このままいけば国内は欲深い貴族に支配されてしまうでしょう。そのうち、皇族は消えてなくなってしまいかねない」
フゥーと煙を吐き出したアリッサは「やれやれ」と他人事のように首を振った。
「それと俺を呼んだ理由に何か関係が?」
彼女と同じく、煙を吐き出したロイドが問うとアリッサはまたニコニコと笑い始めた。
「ロイドさん。貴方は優秀じゃないですか。先ほども言った通り、経歴を見ましたよ」
そう言ったアリッサは執務机の引き出しからファイルを取り出した。
開かれたファイルの中には憲兵隊に所属してからロイドが逮捕した人物等の情報が記載された報告書が。
「配属されて3年。その期間でこれだけの人数を逮捕したのは非常に素晴らしく、優秀な人材であると私は貴方を評価しています」
ロイドが逮捕した人数は100名以上。
ただ、相手は小物がほとんど。大物となれば帝都の裏側を牛耳っていたマフィアの幹部達だろうか。
当人は誇れる事じゃない、と感じているようだがアリッサはそれを素晴らしいと言った。
「ただ、大物を逮捕しようとしたら今回のようになってしまった。原因は貴方に後ろ盾が無かったからです」
クビの原因となったシャターン伯爵の逮捕。ただの憲兵隊所属隊員がやったからダメだった。
「つまり?」
「私と組めば怖いもの無し。私と組んで帝国を支配しようとするクソ共をブタ箱に送りませんか?」
後ろ盾という意味では最大級か。なんたって皇族だ。
が、先ほど彼女自らが語った事と少し矛盾する。
「皇族は半分お飾りなんだろう? あんたはともかく、俺は刺されるじゃねえか」
彼女自らが語った事だ。皇族は国のトップでありながら、貴族の意見が押し通される。
城にいる次期皇帝の第一皇子が苦戦しているのであれば、更に権力が低い第四皇女の力など及ばないのではないか。
「確かにそうです。ですが、建前は用意しましたよ」
ニコニコと笑うアリッサは引き出しの中から更に1枚の紙を取り出した。
受け取ったロイドが内容を確認すると――
「皇族直属の特務隊?」
「はい。正確には皇族全員ではなく、私が指揮権を持つのですが。しかし、組織設立の決定権を持つお父様とお兄様の連名、それと皇族派の貴族から承認と設立支援を得ています。賄賂を受け取っている法務部と軍部の指揮系統からも外れた組織を設立しました」
所謂、皇族を守る近衛部隊のようなものだろうか。
独立した指揮系統、この場合は第四皇女であるアリッサが直接動かせる特殊な部隊となる。
このような処置を取れば横槍を入れられる隙も無いし、賄賂漬けになっている組織からの圧力も受けない。
第四皇女であるアリッサが管理しているという建前にもなるし、皇族直属ともなれば後ろ盾という概念もバッチリである。
何より、現皇帝の名が入っているのが重要だ。
先ほどの説明にもあったが、例え貴族がブイブイ言わせていても現在の最高権力者は皇帝に違いない。反皇族派の貴族が表立って皇帝への意見や批判を言えるほどの力はまだ無い。
いや、まだそこまで及んでいないからこそ特務隊を設立したというべきか。
手遅れになる前に反皇族派の力を削ぐと同時に国内の悪を検挙する為に設立された、という事だろうか。この組織にロイドという優秀な人物を迎えたい、彼女はそう言っているのだろう。
「どうですか? これで後ろ盾は完璧でしょう? 現皇帝であるお父様の名がありますからね。これは最強最高の印ですよ」
「いや、俺は庶民出身だし。俺が刺されて死んでも影響無いだろ?」
最もな意見である。皇女であるアリッサが襲われたら大問題に発展するが、有象無象のロイドが死んだところで「お気の毒でしたね」と言われるがオチである。
「…………」
「…………」
ロイドの問いにそっと視線を逸らすアリッサ。
「お断りだ! なんで戦争で生き延びたのに帝都で命張らなきゃなんねえんだ! 髪にクッセェ油を塗りたくった貴族共に殺されるくらいなら、どっかの戦場でケツに魔導弾食らった方がまだマシだぜ!」
「待って! 待って下さい! 愛国心は無いんですか!」
部屋から出て行こうとするロイドを追いかけ、アリッサは彼の腕を取った。その豊満な胸に彼の腕を押し当てて上目遣いで問うが……。
「金欲しさに戦争を続けたアホ共がいる国に愛国心なんざあるわけねえだろ! しょうがねえから住んでいるだけだ!」
ふざけんじゃねえ! と、中指を立ててキレるロイドには皇族の色仕掛けは効かなかった。
加えて、愛国心なんてものは彼が持ち合わせているはずもない。むしろ、ロイドと同じように思っている国民は多いだろう。
忠誠心を揺さぶる言葉もロイドには効かない。
故にアリッサは次の手段に出る。
「……もうすぐ冬ですよね。帝都の冬は厳しいですよ。職を失った貴方は家賃を払えるのでしょうか。寒い中、放り出されてしまうんじゃ?」
「…………」
アリッサの意見は当たっている。無職となれば今住んでいる家の家賃は……貯金を切り崩しても精々、2ヵ月がいいところ。
2ヶ月後ともなれば冬真っただ中である。帝国の冬は厳しい。酷い時は外に置いてある水入りの樽が凍っていた、なんて日も。
そんな状態で家無き男になれば凍死は確実である。
「お金、欲しいですよね。特務隊になれば憲兵隊の時よりも給料良いですよ。ハッキリ申し上げましょう、3倍は出します。3倍ですよ、3倍!」
「クソがよォッ!!」
金に負けた。貧しさに負けた。今の世は「金よりも命」なんて綺麗事をぬかすやつから死んでいくのが現実だ。
戦争には勝ったのに、戦争当初にアホウ共が掲げていた「国民が豊かになるため」とやらの理念はどこへいったのやら。
まさに彼は被害者である。ロイドは心の底からクソッタレな世の中を呪った。
「ふふ。では、参加という事で。ああ~。優秀な人を確保できて良かった~」
タンタラタ~ン、とダンスステップを踏みながらくるくる回るアリッサはニコニコと笑いながら執務机に戻る。
「さぁ、お祝いしましょう!」
そう言って、ロイドに新しいタバコを差し出した。
観念したロイドは皇女様直々に火を点けてもらい、肺に煙を送り込んだ。
「私達で帝国のクソッタレ共を撲滅しましょう。シャターンのような者達を捕まえてブタ箱にぶち込むのです。もしくは、奴等のケツに魔導弾を撃ち込んでファックしてやりましょう」
そう言って煙を吐き出す彼女の顔にはニコニコと作ったような笑顔が浮かぶ。
彼女は母が西部出身と言ったが本人も西部の流儀を受け継いでいるのか、口から出た言葉には西部特有の言い回しが使われた。
ただそれは本心から望んでいるのか、それともロイドの気を引く為に言っているのかまるでわからない。ニコニコと笑う彼女の笑顔の下には何があるのだろうか。
「……分かった」
対照的に、ロイドは煙と一緒にため息を吐き出した。
提案を受け入れたものの……本当に大丈夫だろうかと己の行く末を心配しているのだろう。
もしかしたら、自分の人生はたった今から転がり落ち始めたのかもしれない。転がり落ちているとしたら、着地点はどこなのだろうか。
突然のクビ、突然のスカウト。人生何が起きるか分からない、とよく言ったものだが、今日の出来事に関しては人生の行く末が不安になるのも頷ける。
とはいえ、これが2人の出会い。
軍人と皇女。
対等とは言えぬ身分のコンビが結成され、これからローベルグ帝国に影響を与えていくのであった。




